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49 温泉街ヴァルトユーデル(1)

 妖精の小道はいつでもそうなのか、明るい霧の中にある獣道のような場所であることは変わらなかった。

 グリフィンはシャクラの手のぬるい温度と引かれる感触を頼りに、おぼつかない足取りで歩いていく。


「そういえば、会都に近い場所ってどこ?」

「会都の隣にある、ヴァルトユーデルという温泉街だ。里では年に数回の湯治や、会都に集まる用があるときに使う道だ」

「温泉街か! いいのう、ダンジョンで一仕事したゆえ、わしも温泉に入りたいのう」


 シャクラはこちらの様子を見ている妖精を尾で追い払いながら、温泉の様子を想像する。

 湯煙の中、のんびりと湯につかりながら木桶を抱える。木桶には酒瓶を入れて、温泉の熱でぬる燗になった地酒の杯を傾ければたまらないだろう。ついでに、景色もよければよりうれしい。


「じゃあ、シャクラひとりで行きなよ。おれは先に会都へ向かうからさ」


 グリフィンの言葉に、聞き間違えたかと思ったシャクラは首を傾げる。


「……温泉街で一泊くらい、いいじゃろ?」

「宿代は渡しておくから、シャクラひとりで泊ってくれる?」

「のじゃー?!」


 うるさい、とセヴェルスは文句を言う。周囲にいた妖精たちはやり取りが面白いのか、くすくすと笑っているばかりだ。


「そろそろこの道から出る、あまり騒いでいると警邏が飛んでくるぞ」

「しかしじゃな、グリフィンは温泉が嫌いか?」

「うん」


 シャクラはグリフィンの前髪に覆われて見えないはずの目が、恨めしげに睨むのを幻視する。同時に、思い描いていた温泉宿の楽しみはグリフィンと旅する以上断られるということを理解した。

 ひたすら落ち込むシャクラを哀れに思い、グリフィンは妥協案を出す。


「おんせん……おんせ……」

「あ、でもおれひとりで入れる温泉があるなら付いて行ってもいいよ」

「!! セヴェルス!」

「そんなの部屋付き風呂がある部屋に泊まればいいだろ」


 喜びにシャクラの尾が揺れる。グリフィンは内心言わない方がよかったかもしれないと思いながらも、温泉宿に泊まることは反対しないことにした。

 妖精の小道を出ると、目の前には入国検査場もかくやという行列と、その先にある長く高い壁があった。シャクラはまじまじと見まわし、セヴェルスは場所を開けるべくグリフィンたちを引っ張る。


「ここは空間転移ができる貴族なんかも使う。さっさと退くぞ」

「馬車の乗り合い場みたいだね」

「その認識でおおむね間違ってないな。もう遅い時間だから、並んでいる分は街に入れてもらえるだろ」


 行列は亀よりか多少早い程度の速度で進んでいく。その最後尾に並べばそのうち壁にたどり着くだろう。


「約束通り、妖精の小道で来れる会都に最も近い場所だ。……ダンジョンでは世話になった」

「うむ。またあのあたりを通ることがあれば挨拶に行こう」


 妖精の小道で去っていくセヴェルス。それを見送ったシャクラは繋いだままのグリフィンの手を引いて列の最後尾へ足を向けた。

 グリフィンとシャクラはおとなしく列に並ぶ。シャクラの腹から文句が聞こえたが、グリフィンは黙殺した。

 壁には日付が変わる寸前でたどり着いた。壁の中で最初に案内されたのはすでにヒトがぎゅうぎゅう詰めになって座っている部屋で、前方で役人らしいヒトがこの街に入るにあたっての注意事項を案内している。


(……眠いな)


 グリフィンは何度目かのあくびを隠さずにして、役人が話す内容を脳裏で整理する。

 ヴァルトユーデルは通常の市街地よりも厳しい法が敷かれていること、特に注意してほしいことが「覗きができる温泉(娼館のプレイ)以外()覗いたら初犯は3日間の磔刑になること」「滞在している間は微量ながらも魔力を徴収されること」と言われた。また通行税が比較的高く、通常なら通行税が減免される冒険者でも支払いが必要であり、街に滞在する場合はその滞在日数に応じて金額が変動するという。幸いにして、これから入場するにあたり2日分の通行税は徴収されないようだ。

 役人の話が終わったのを見て、グリフィンはシャクラを小突いて起こす。


「ふが……」

「会都に直行する?」

「んぐぐ、起きる、起きるから……」


 座っている区画別に部屋の出口に近い側から、通行税徴収のための小部屋に案内されていく。

 グリフィンたちは最後から数えた方が早い組で案内された。小部屋は入口の正面に渋い銀色のシャッターが下りていて、左手には座面の大きい椅子が2脚、右手にはグリフィンの胸くらいまで高さのあるカウンターが設置されている。

 カウンターの奥から役人らしいヒトが身分証明の確認ができる書類を要求し、シャクラは2人分の入国許可書を提示する。役人は即座に記載内容を確認し――裏面に記載されたシレーネの名に気付いてかわずかにひるんだものの――入国許可書を返却した。


「滞在は何日の予定ですか?」

「そうですね、ひとまずは1泊2日で考えています。これから宿泊できるような、部屋に温泉があるような宿はありますか?」

「もちろんございますよ。数が多く紹介しきれないので、申し訳ないですがこちらの冊子を参照していただければ幸いです」

「ありがとうございます」


 宿が列挙された冊子を差し出され、シャクラが受け取る。きらきらとした目ですべてのページをざっと確認すると、金銭管理(財布)のグリフィンにこの宿をと高級宿のページを見せてそっと冊子を閉じられた。


「1泊2日なので通行税は1人1,800トーカ、お2人で3,600トーカになります。他の通貨でお支払いいただく場合は両替手数料をいただきますので割高になりますが、いかがしますか?」

「トーカで払います」


 役人の差し出したコイントレーに額面より多めの紙幣を出す。役人はそれを確認すると、コイントレーをカウンターの奥へひっこめた。

 ガコン、と鈍い音がしてシャッターが持ち上がり始める。だんだんと見えてきたのは夜中だというのにきらびやかな湯煙の街。

 シャッターが上がり切り、おつりと通行許可書2枚を乗せたコイントレーがカウンターの上に置かれる。


「ようこそ、温泉の街ヴァルトユーデルへ」

「わしは先に宿に行っておるからな!」

「あっ、シャクラ! ……行っちゃった」


 街に飛び出していったシャクラの音が遠ざかる。グリフィンはいくらか呆れながら、おつりと通行許可書2枚を持ってヴァルトユーデルの街を進むことにした。

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