44 落ち着かない宴
グリフィンがセヴェルスに手を引かれてシャクラの元に戻ると、シャクラは臓物を埋めるために開けた穴を埋め戻し終わったところだった。
「シャクラ、服に血がついてるんじゃない?」
「む? ではきれいにしておくかの」
シャクラはルパギンティニアでグリフィンの礼服に使用したのと同じ、物体の時間を戻す魔術を発動し――盛大に失敗した。汚れを落とすだけのつもりが、服がすべて糸に戻ってしまった。
もしかすると服が爆発したかのように見えたそれに、セヴェルスは思わず「服を着ろ!」と叫ぶ。
「……また失敗してしまったのじゃ」
グリフィンの予備の上着を借り、シャクラはしょんぼりしながら糸を空間魔術に収納する。光幻犀の肉はすでに枝肉に処理されているため、セヴェルスには肉をふるまうことを喧伝してもらっているので、しょんぼりしたシャクラを見ているのはグリフィンだけだ。
「シャクラって、もしかして魔術へたくそ?」
「ちがうもん!」
「でも失敗ばっかしてる気がする」
「わしの特性の問題じゃよ、なんでもできる代わりに達人にはなれんのじゃ」
糸を回収しきったシャクラは、グリフィンの手を取って集落の広場へ向かう。そこでは集落のうちで体力に自信のある洞人たちが肉を調理する場所の設営をしており、料理の得意な洞人たちは付け合わせにするための野菜を用意していた。
体力にも料理にも適正のない洞人はいくらかいるらしく、手すきなのかシャクラたちを見つめている。グリフィンは視線を感じて機嫌が傾いてきたが、シャクラは別のことを考えていた。
「しかし、思いのほか数がいるのう。光幻犀であれば足りるだろうが、わしの取り分が減るかもしれんの」
「洞人のヒトたち、そんなに数がいるの?」
「今ここにいる範囲では50近く居るの。じゃが……」
シャクラは洞人たちを見比べ、小さくため息をつく。
「ここは洞人の集落のはずじゃが、いやにらしくない者が多い気がするのう」
「お肉が好きとか?」
「そんな内面の話はしておらん、見てくれの話じゃ」
「へえ」
グリフィンはシャクラの言葉に興味がなくなったのか生返事を返す。
わらわらと表れて宴の準備をしている洞人たちに、セヴェルスのように洞人らしい外見の者は数えるほど。それ以外は犬猫のような耳であったり尾が生えていたり、はたまた耳の代わりに角が生えていたり、とがり耳でも二の腕ほどの長さがあったりと洞人らしくない。
「来たか。……ひとまず服は着てくれたようだな」
「先ほどは失礼した。光幻犀の肉はどこに出せばよいかの」
「料理をしている奴らに渡してくれ。それと……宴の後で話がある」
セヴェルスの思い悩むような表情に、シャクラは自らの裸を見せられてしまったことに対する何かしらの行動があるのかと邪推する。
「グリフィンも共に聞いてよい内容であれば受けよう。明日は早くに出かけるつもりじゃから、あまり時間をやれんがな」
「かまわない」
シャクラはにまにまと気味の悪い笑顔のまま、料理をしている洞人たちに光幻犀の枝肉を渡す。
光幻犀の枝肉はすぐに作れる丸焼きを中心に、香草焼きや薄切り肉にして野菜炒めになり、グリフィンとシャクラには喉肉のサイコロステーキも提供された。
洞人秘伝の樹液から作るという酒もふるまわれ、宴は夜遅くまで続いた。グリフィンは酒に手を出さずジュースのみで宴を楽しんだが、シャクラはかぱかぱと杯を空けたがゆえに顔が真っ赤になるまで酔ってしまった。
「セヴェルスさん、シャクラを運ぶのを手伝ってもらってもいい?」
「ああ」
グリフィンはひとりでシャクラが運べない、とセヴェルスに助けを求める。シャクラはすでに船をこいでいて、いつ眠るかわからないほどだ。
集会場に借りている部屋の中、壁沿いに置かれているベッドにシャクラを運び込み、グリフィンはシャクラをゆする。シャクラはふが、と文句を言って起きる様子がない。
「……ごめんね、シャクラが」
「いい。代わりに……グリフィン。いくつか聞いても?」
「対価によるかな」
ベッドに腰かけ、グリフィンは前髪越しにセヴェルスを見る。ドア近くの壁にもたれて立っているセヴェルスは、懐から100トーカ分の硬貨を取り出してグリフィンに投げる。
「前髪が長いのはなぜだ。邪魔くさくないのか」
「家族に延ばすよう言われているから。そういう戒律とでも思ってくれれば」
グリフィンは音を頼りに硬貨を受け取り、簡潔に答える。
「シャクラに言われて、ではないのか」
「シャクラは言ってないからね」
「この国を訪れた理由は?」
「通り過ぎるためだよ」
硬貨をマジックバッグに仕舞うグリフィン。ほかにも聞きたいことがあるから、とセヴェルスは追加を取り出す。
「おれからも質問。そんなことを聞くなんて、何かあった?」
グリフィンは遮音の魔術を使い、様子をうかがっている洞人たちに聞こえないようにする。セヴェルスは魔術の発動に気づいたのか、顔をしかめて「兄弟が失礼した」と形ばかり詫びる。
「ルパギンティニアの爵位持ちが探し人として入国してきた。金髪碧眼の青年と、黒髪の少女の組み合わせだそうだが」
「犯罪はやってないよ」
「そうだろうな。怪我ひとつなく引き渡せ、と言っていた」
「そっか、どうしようかな」
グリフィンは即座に逃げ出すか、集落を平らにしてから逃げ出すかを考え、聞き耳を立てているシャクラに声をかける。
「シャクラ、今夜のうちにダンジョンに行って、そのまま逃げない?」
「バレておったか。よいぞ、わしも納得するまで魔物を食べたしの」
「待て、俺も行く」
「どうして?」
セヴェルスへの興味を失ったグリフィンは、心の底から不思議そうにセヴェルスに問う。
「ダンジョンの位置を確かめるためと、命を取らなかった礼だ。これでも俺はこの集落の次の長だ、盾にでもすれば他の連中は攻撃してこないだろう」
「シャクラ、「連れてゆくぞ」わかった」
置いていきたいというのがありありと浮かぶグリフィン。シャクラはそれを制し、セヴェルスを連れて行くと答える。
「その代わりじゃ、ダンジョンを何とかしたら妖精の小道で会都に一番近いところに出してくれんか。追ってきているのはグリフィンに粘着しておる他人なんじゃ」
「わかった。俺の行ける中で最も会都に近いところへ送ろう」
交渉が成立する。シャクラは「すまんの」と断りを入れてセヴェルスを尾で持ち上げる。
「グリフィン、先導を」
グリフィンは頷き、遮音の魔術を解かないまま部屋を飛び出す。
監視に立っていたのだろう洞人が対応できないうちに集会場を飛び出し、グリフィンたちは森へと走る。シャクラの軽量化の魔術で速度が上がり、そう時間をかけずグリフィンたちはダンジョンへ向けて森へと入っていった。




