41 誤解を解くには一歩から
洞人は十数歩も離れていない木の根元に倒れていた。よく見ると体つきは全体的に細く、麻痺毒が効いているのか時折反射のように揺れるだけで転がったまま動かない。
シャクラは洞人が呼吸困難にならないよう横向きに姿勢を整えてやり、グリフィンは麻痺毒の中和剤が空間魔術に入っていないか調べる。
「しかし、気付いてすぐに突っ込んでくるとは思わなかったの」
「たまたまこのヒトは近くにいたんじゃない? このヒト以外は結構遠いみたいだし」
幸い中和剤が見つかったため、シャクラの尾で動けないよう押さえながら中和剤を使う。洞人は悔しそうに暴れるが、シャクラの尾が重たいのか逃げられないようだ。
シャクラはグリフィンに離れるよう指示し、洞人に話しかける。
「それで、おまえはなぜわしらに襲い掛かった?」
しかし、洞人はシャクラをにらみつけるだけで応える気はないようだ。
シャクラはため息を吐くと、洞人の横っ腹に座りグリフィンの方を向く。
「口を割る気になるまで、わしが重しとなっておくとしよう。グリフィン、早めに昼にせんか?」
「いいね。焼き魚と……スープ付けちゃおうか」
「うむ!」
グリフィンは何事もなさそうにその場に座り込んで、空間魔術から串焼きの魚、スープ鍋、木製の深皿と取り出しシャクラの分を渡す。シャクラはそれを受け取り、熱々の焼き魚にかじりついた。
「やはり塩味じゃな」
「シレ―ネシアで食べたソースもおいしかったよ」
飲み干したスープの皿を差し出し、おかわりと唱えるシャクラ。グリフィンは快く鍋からスープを盛りつける。
そのうちに、シャクラが椅子にしている洞人の腹が鳴る。シャクラはちらりと洞人の顔を見て
「話す気にはなったか?」
と問うと、洞人は悔しそうな顔で首を横に振る。
「グリフィン、こ奴の分を用意せい。腹が減っているものをいたぶるのはあまり好きではない」
「はいはい」
グリフィンは洞人のためにもう1人分を用意する。シャクラはそれを見て、洞人に「粗末にするなよ?」と言って腰を上げた。
洞人はシャクラが退いてすぐに食事に飛びつき、獣のようにスープ皿に顔を突っ込む。その様子を聞きながら、グリフィンは自分の分を小鳥のようにちまちまと食べ進めた。
洞人は食事がひと段落すると、グリフィンたちに頭を下げた。
「襲い掛かったことについては謝る。てっきりどちらかが従魔師でコカトリスを使役しているのだろうと早とちりをしてしまった。それがこんな子供ふたりづれだったなんて」
「コカトリスぅ? そんな大型の魔物がおればさすがにわしらも気づいておるわ」
シャクラは呆れたように肩をすくめる。しかし、グリフィンは考え込み、心当たりを口にする。
「シャクラ、その……こことりってどんな魔物?」
「コカトリス、じゃ。頭の先がおまえを縦にふたり並べたくらいの高さにある、雄鶏と蜥蜴を足したような魔物じゃよ」
「もしかしたら、さっきのカスタネットがその……こかとり? の嘴で出来てるかも」
グリフィンは洞人の前にカスタネットを出す。どうやら正解だったようで、洞人は申し訳なさそうに視線を逸らす。
「勇者パーティで討伐したのなら、コカトリスの名前くらい覚えてはどうなんじゃ」
「おれは討伐に行ってないよ。トレイがくれたから、ちゃんと使わないとってだけ」
コカトリスの嘴は、勇者パーティの旅の途中にグリフィンが「探索用に、なにか音が出る道具があればいいんだけど」と呟いた結果、10日ほどトレイが不在にしたのちに渡されたものである。
10日の間にグリフィンがパーティメンバーから受けた暴言は数知れず。ただ、グリフィンが風に揺れる小麦のごとく聞き流していたので、結果的にはトレイの耳に入っていない。
グリフィンの頓着しなさにあきれながら、シャクラは洞人の対処を考える。
「ふむ、ではコカトリスはいないということが確実になったが……どうしてくれようか。そういえば、なぜあそこまで腹を減らしていたのじゃ」
ダンジョン住みにしろ森住みにしろ、洞人が飢えるのは珍しい。シャクラは目の前の洞人がコカトリスを警戒した理由がそこにあるのではないかと思い問いかける。
「それは……」
「なに、わしらは旅の冒険者じゃ。魔物に関することであれば力になれるかもしれんぞ」
「本当か?」
洞人はしばし黙り込んで、シャクラの言葉を信じるかどうかを悩む。
結論が出たのか、洞人は顔をあげる。グリフィンはやっと自分の分を食べ終わり、「ごちそうさまでした」と形ばかりの祈りを告げた。
「実は、俺たちの集落の畑や狩場に魔物がよく出るようになったんだ。俺たちの討伐できる魔物ならいいんだが、大物だとそれこそコカトリスが出る」
「なるほどの」
「狩場って、洞人って肉も食べるんだ」
「ヒトによるな。俺は好きだが、全く受け付けない者もいる」
シャクラは洞人から、いつから魔物がよく出るようになったのか、またどんな魔物が出るようになったのかを聞く。洞人曰く、出るようになったのはここ1年のことで、鳥型の魔物を中心に草原を模したダンジョンに多い魔物が出るという。
「洞人の中には魔物退治が得意な奴もいるが、段々と魔物が集落に近づいているうえ数も多い。幸い魔神の怒りに触れることは起きずにいるが、それもいつまでと言ったところだ」
「ふぅむ……。特定のダンジョンに多い魔物ということであれば、見つかっていなかったダンジョンから魔物が溢れるようなことが起きてあるのかもしれんのう。グリフィン、この近くにダンジョンがあるかどうか調べてくれんか?」
「いいけど、広い範囲を調べるならさっきのカスタネットを使わないと出来ないよ。他のヒトが駆けつけても困るし」
「ならば俺たちの集落に来るか?」
グリフィンたちを招いても良いと思うほど、目の前の洞人は魔物に困っていたらしい。グリフィンは「シャクラがいいなら」と答え、この洞人に着いていくことにした。
「俺たちの集落なら妖精の小道ですぐだ、妖精と仲の良い者にその嘴を使うと伝えれば集落の者に伝えてくれるはずだ」
「よいのか? わしらが冒険者を騙るものだとしたらどうする」
「このまま魔神の怒りに触れることがあるより、部外者に助けを求める方がいい。2人とも、手をこちらに」
グリフィンたちは言われるがままに手を差し出す。
洞人はグリフィンたちの手をそれぞれ握ると、囁き声で妖精に語りかけた。
「我らが友よ、道を開きたまえ」
語りかけに応じてか、グリフィンたちのそばに細い空間の切れ目が出現した。洞人はその切れ目へ体をねじ込むように妖精の小道へと踏み入れ、グリフィンたちを引き込んだ。




