38 災害指定存在(不死鳥)
手を引かれているのをいいことに、グリフィンは周囲に意識を向けていた。
グリフィンにとって居心地の悪い森を、シャクラはためらいなく進んでいく。居心地が悪い原因は簡単で、獣ではないものの気配がそこかしこにあるのに息遣いのひとつも聞こえない。
「シャクラ」
知覚できるかどうかの遠くにひとつ、追手らしき心音を聞いた。グリフィンはそれを知らせようと声を出して、すぐにそれを後悔する。
「みっ」
力強く地面を蹴る音。グリフィンはとっさに全力でシャクラの手を引いて盾にした。
「け」
森の中を滑空してくる影。
「たー!」
それはグリフィンたちの横をすりぬけ、勢いのままに木に激突した。
激突の衝撃で気絶した相手に、グリフィンは近寄りたくなさそうに間にシャクラをはさむ。
「なんじゃ、シレーネのところの小間使いではないか」
「面倒だから無視していかない?」
「どうしたグリフィン、知り合っておったのか? 面倒というのは確かにそうじゃが、放置しても面倒ではないか?」
「いやー、追手が来るといけないし?」
グリフィンたちの前で気絶しているのは、グリフィンがシレーネシアで会ったチェルシーだ。ところどころ焦げ臭いのは、滑空のために火の魔術か何かを使用したのかもしれない。
グリフィンの嫌そうな口元とチェルシーを見比べ、シャクラは溜息を吐く。
「ならば、起きるまで連れ歩くとするか。久々ゆえ精密につかめるか分からんが、こやつなら死なんじゃろ」
シャクラはそう言うと、自身の着るワンピースの裾から手を入れて尾てい骨の辺りをつまむ。そのまま長めに引っ張りだせば、その軌道のままに爬虫類のような尾が生えた。
尾を見ながら何度か振り、意のままに動くことを確認する。精緻な動作以外は問題がなさそうだと判断したシャクラは、チェルシーを尾で掴む。
「では行くか」
「ねえ、ミシミシって音がするんだけど」
「死んでおらんならよかろ」
国境までそう距離はない、とシャクラはグリフィンの手を引いて歩き出す。
チェルシーを拾ってからの道のりは、グリフィンにとって歩きやすいものとなった。というのも、チェルシーの気配を感じてか森の木々が避けていくからだ。グリフィンは内心、絶対に口にすることはないだろうと確信しながらもチェルシーに感謝した。
チェルシーを連れたまましばらく行くと、木々の合間から川が見えてきた。シャクラの足首までもない浅い川だが、見渡せる範囲では向こう岸まで少し距離がある。
「グリフィンは馬に乗るがよい。わしはチェルシーを持っておるゆえこのまま歩く」
「わかった」
空間魔術から馬を取り出し、グリフィンがまたがる。シャクラは靴が濡れないようにと脱いで、そのままグリフィンに預けた。
川は深くてもシャクラの膝より下までしか水が流れておらず、そのためか見える範囲に橋や渡しの船の姿はない。ワンピースの裾をくしゃくしゃにして持ち上げて、シャクラはざぶざぶと水をかきわけて歩く。
川の真ん中を過ぎたころ、シャクラはルパギンティニアの方を振り返る。
「おおよそじゃが、これで国境は過ぎたの。しかし、チェルシーは何用で来たやら」
「このまま落とす気は?」
「シレーネに怒られるわ」
いま横断している川の流れそのものは、うっかりすると足を取られそうなほど早い。深い場所ならヒトひとりくらい簡単に流れていくだろう。
「そういえば、ここはどんな国なの?」
「この世では珍しい森住洞人の国・リンクドスクじゃな。洞人といえば──」
シャクラは自身の知識でリンクドスクの話をしようとして、口を開いてからやめる。ルパギンティニアの話で古臭いと言われたのがまだショックだったからだ。
「チェルシーならもっと知識が新しかろ。今日はどうせ対岸で野営じゃから、その時に聞くとするか」
「えぇー」
「また街で恥をかくよりかはましじゃ!」
グリフィンが視線をリンクドスク側の川沿いに向ける。川すぐは灰色で岩が露出しているが、十数歩も進めば草木が茂っているようだ。
川を渡り切ったところで馬から降り、グリフィンはシャクラから預かっていた靴を返す。馬もシャクラも足を振って水気を切っており、日が落ちて冷える前に火を起こした方がいいだろうと考える。
シャクラに声をかけて、グリフィンはたき火の燃料になりそうな枝がないかと森へ歩いていく。あまり遠くへ行かないようにと返事をして、シャクラはチェルシーを地面に下ろした。
「それで、いつまで狸寝入りをする気じゃ?」
「バレてたの。何でもっと早く言ってくれないのさ」
「グリフィンはおまえが苦手のようでな。それに、どうせシレーネからの使いじゃろ?」
地面に下ろされたチェルシーは口をとがらせながら文句を言う。シャクラは厄介だと言いたいのを隠さず、早いところ用件を済ませて帰らせようと話を聞く。
「そうだよ。シレーネちゃんから伝言があるけどそのまま聞く?」
「……頼もう」
「“ファーニュで私の名前を出したことは許します。どうせ壊れているでしょうから端末をチェルシーに預けてください。数十年ぶりに素材が手に入りましたので修繕します。”だって」
言われてすぐ、シャクラは自身の空間魔術から金属板を取り出して渡す。受け取ったチェルシーが自身の空間魔術に入れ、預かり票をシャクラに返した辺りでグリフィンが森から戻ってきた。
「戻ったか。怪我はないか?」
「こっちは普通の森みたいだし、特に怪我はしてないよ。ついでだし、高く売れるキノコが生えてたから少し採ってきた。チェルシーさんも今日は食べていくの?」
「ボクは自分で用意するから気にしないでいいよ」
グリフィンが視線を向けると、チェルシーは追い払うかのように手を振る。それならばとグリフィンは昼に焼いた魚を切って出すことにして、たき火が出来るよう拾ってきた枝を手探りで組む。
「で、シャクラの言ってたリンクドスクの話はどうする?」
「ぜひ聞かせてほしい、ファーニュでは恥をかいたからの」
「シレーネちゃんもあれはないって言ってた!」
けらけらと笑うチェルシー。シャクラは軽く小突いて話を促した。




