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37 吸血種の森

 ファーニュを出て1時間ほど。途中で馬を変えて道を進んでいたが、2頭とも疲れてしまったようなので仕方なく徒歩で北西へと歩いていく。

 歩きながら空を見上げていたシャクラは、いくらかがっかりしたような声色でグリフィンに確認を取る。


「あれは鳥のかたちをした魔術じゃな。グリフィン、国境を越えるまでは野宿でよいか?」

「いいよ。にしても、しばらく草原しかないとは思わなかったな」

「まったくじゃ。遮蔽物がないとやりにくくて仕方ないのう」


 風が吹くたびに、ざぁと草がこすれあう音だけがする。ソディストリアを出てすぐについてきていた兎人(ラビットフット)の気配もない。

 グリフィンは手綱を手に歩きながら、ぼんやりとシャクラの話を聞き流す。


「ダンジョンの近くというのは、たいてい森を残しておらんのじゃ。ダンジョンから魔物があふれた時に、木立に隠れられてはたまらんからの」

「へえ」

「しかし、ここまで木がないのは……領主が潔癖なのかのう」


 気温は暖かく、グリフィンはあくびをこらえきれない。

 シャクラはむにゃむにゃと何かを言うグリフィンを振り返り、早めの昼食にしようと提案した。

 街道のわきに逸れ、空間魔術(ストレージ)から食料を取り出し、また収納する。手持ちの食材と相談し、今日の昼食はオレンジと干し肉入りの麦粥に決まった。

 火を起こせるような場所はないが、グリフィンの空間魔術(ストレージ)には野外調理台が入っている。久々に平坦かつ広い場所が使えるので、地面からちょっと浮くようにと取り出してゆっくりと置く。


「シャクラ、種火入れてもらうことってできる?」

「当然。ほれ」


 野外調理台は勇者パーティのメンバーだった王宮魔導士に購入を勧められ、手持ちが足りないからと断ろうとしたところ勇者個人から贈られたものだ。グリフィン個人としては重たく持ち上がらないので断りたかったのだが、|「気が向いたときにこれでぼくにご飯を作ってくれないか」《プロポーズじみたことば》と共に贈られたのでまあまあ気に入っている。

 魔力さえあれば上下水道が使えて、さらに火種があればオーブン兼コンロが使える野外調理台。麦粥を作るためだけに取り出すのはちょっと面倒だが、草原を火の海にする危険がないという点ではいい道具だ。 


「しかし、本当にいろいろ入っておるのう」

「そうでもないと勇者パーティに荷物持ちで参加なんてできないし、させてもらえなかったと思うよ。多分パーティの他のヒトたちの空間魔術(ストレージ)を足してもおれのより入らないし」


 シャクラから種火を受け取ってオーブンに入れ、深い皿を使って水を寸胴鍋に注ぐ。多めに水を入れた寸胴鍋は重くグリフィンでは持ち上がらないので、いちど空間魔術(ストレージ)に水ごと寸胴鍋を収納してコンロの上に取り出した。

 水を注ぐのに使った深い皿の水気を切って、袋から麦を取り出し水洗いをして寸動鍋に入れる。同じ動作をもういちどして、煮えるにはしばらくかかるからとコンロの隣にある調理台でオレンジをくし切りにする。切っている途中でシャクラがひと切れつまんでいったので、シャクラの分は1つ少なく渡すことにした。

 オーブンに火が入っているのをいいことに、塩漬けの魚を水洗いしてオーブンに入れる。焼けたらグリフィンのストレージに入れておけば、1ヵ月は温かいままだ。

 調理時間の参考に、とグリフィンはシャクラに話題を振る。


「追手、どれくらいで追いつくと思う?」

「そうじゃのう。昼の後は日が暮れるまで移動するとして、目くらましの効果が十全なれば国境寸前までいけるじゃろ。地理は頭に入っておるか?」

「ぜんぜん」


 正直に答えるグリフィン。焦げないようにと寸動鍋の中を混ぜる。頻繁に混ぜる必要はないので、合間合間に泥付きで買った野菜を洗っていく。


「商業ギルドで地図を見た限りでは、ファーニュの次の街を過ぎると森がある。その森の中にある川を過ぎれば、次の国・リンクドスクじゃ。ロウリィトンを出た時のように浅いが幅がある川を進むことになるゆえ、そこでは馬には頑張ってもらう必要があるの」

「次の街までは?」

「そうじゃな……」


 シャクラは何かいいことを思いついたかのように手を打つ。 


「ときにグリフィン、わしに背負われる気は?」



 昼食後に服と財布代わりのマジックバッグ以外のすべてを空間魔術(ストレージ)に仕舞い、グリフィンはシャクラに背負われて街道脇の草原を最短距離で走っていた。それも、今できる全速力で。


「あまり身体を起こすでないぞ」


 シャクラの小さい背中に出来るだけくっついて、グリフィンは風景を見る。

 空色と薄い黄緑の風景がまばたきに合わせて明滅する。耳元でごうごうと風がうるさく唸る。

 何かしら言われたかもしれないが、風がうるさくてわからないふりをした。

 大股で跳躍するように、低空を跳ぶ燕のように、シャクラは走る。何度目かのまばたきで白い山のようなものが視界に入り、だんだんと速度を落としているのか風の音が小さくなっていく。

 シャクラが早歩きくらいまで速度を落とし、やがて立ち止まる。グリフィンは軽く背中を叩かれて、身体を少し起こして「降りればいいの?」とシャクラに聞いた。


「かなり走ったからの。馬なら数日分の距離じゃ」

「シャクラって足が速いんだね」

「いや、そういうアレではないのじゃが」


 グリフィンの方へ振り返るシャクラ。その背後には薄暗い森が広がっている。


「強化の魔術を重ねがけし、足回りだけは走るのに適したかたちに一時変えていたまでじゃ。昼に話した森は覚えておるか?」

「うん。もしかしてここがそう?」


 グリフィンの問いにあわせてか、森の奥から風が吹く。葉のこすれあう音に、グリフィンは故郷(ミンター)の森とはまるで違うと不安になる。


「そうじゃ。まだ夕方じゃから、夜になる前に国境を越えたいのう」

「国境を越えても、追いかけてくるヒトがいるのは変わらないのに?」


 背筋を冷えた風に撫でられて、グリフィンは怖気づいたように言う。

 シャクラはひとつ深呼吸をしてから、グリフィンをなだめるように手を取って考えを伝える。


商業ギルドで(あの)待つと言づけた片方は、店で魅了された吸血種かそれの手の者じゃろ。吸血種であれば流水()を横切るというのは難易度が高い行動、の、はずじゃ」

「なにそれ」


 ふへ、とグリフィンが力なく笑う。緊張がほぐれた様子に、シャクラは手を引いて森の中を進み始める。


「わしの記憶にある吸血種の話じゃ。……青がそういう魔王でな」

「魔王なのに吸血種なの?」

「そうじゃ。わしの父曰く、わしは(ドラゴン)、奴は吸血種の……なんじゃったかな、少なくとも“青”なんぞより赤の方がぴったりだと思った記憶はあるんじゃが、年かの」


 シャクラのヒト並の耳にも、遠くから水の流れる音が聞こえ始める。

 国境まではそう遠くない、とシャクラは背後に警戒しつつも水の音へ向かって歩き続けた。

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