36 三重らせんの魔術
スープ以降の料理をシャクラに食べてもらいながら、グリフィンは炭酸水で口を潤す。
どれもこれもおいしそうではあるが、どうも食べる気が起きない料理。説明によるとソディストリアから運ばれてきたカニらしいが、シャクラにそっと皿を渡せばペロリと食べてもらえた。
口直しは大して量がなかったので、ひとくちだけ貰ってシャクラに渡す。冷たい冷たいと文句を言っているが、おいしいのだろう。小さい食器の音は止まらない。
「次が魔物の肉の料理じゃな」
グリフィンが暇にならないよう、シャクラはそれぞれの料理についての説明をしてくれる。
「楽しみだね」
「うむ! 何の肉が出てくるのかのう」
楽しみと声だけで分かるシャクラに、グリフィンは微笑みながら同席を続ける。
と、給仕が料理の皿を運んできた。
「本日の肉料理は光幻犀のヒレ肉のソテーとなります。光幻犀はその名の通り自身が光を纏うことにより姿を隠し、また攻撃をしてくる大型の魔物で──」
目の前に置かれてすぐ、グリフィンの胃は空腹を訴えた。
あまりに急な感覚で、グリフィンは思わず静止する。シャクラはそれまでであればすぐに皿が渡されていたので、待っている間にまた食べたくなったのだろうと様子を見ていた。
手探りでナイフとフォークを持ち、ソテーをいくらか切って口に運ぶ。
「……グリフィン?」
「シャクラ、どうしよう。すごくおいしい」
「それは重畳。食べきれないようであれば声をかけるがよい」
「うん」
弾力がある肉はしかし柔らかく、赤身の隙間を走るサシは口のなかでとろける。
皿の上にあったソテーがなくなり、グリフィンは肉汁が混ぜられているだろうソースをなめとろうとして、シャクラの咳払いで冷静になった。
「シレーネの名を借りておるからの、やんちゃはほどほどにするのじゃ」
「ごめんなさい」
「そう殊勝な顔をするでない。……また解けたか」
シャクラは「よっこらせ」と席を立つ。
と、シャクラはこちらを見る人影に気付いた。半個室で他の席とは区切られているが、通路から自分たちの席は丸見えだ。
逆に言えば、通りすがりの客が魅了封じをされていないグリフィンの顔を見てしまう可能性もあった。
「シャクラ?」
「あー、ちと緊急事態じゃ」
通路に立つ男性は魅了にあらがっていたようだが、グリフィンがしゃべったことが止めになったのだろう、立ち眩みを起こしたかのようにその場でよろめく。
「きみは……吸血種かい?」
通路に立つ男はグリフィンだけを見て声をかける。シャクラのしゃべらないでほしいという願いと裏腹に、グリフィンは返答をした。
「違います」
「淫魔の類か?」
「違います」
「では、私の運命のヒトか?」
「違います」
だんだんと冷えていくグリフィンの声に、シャクラは慌てて魅了封じを施す。しかし、男はすでに魅了にかかっているので意味がない。
「きみ、よければ私の屋敷で話を「ごめんなさい~」え、」
男は色よい返事をもらうつもりだったのだろう、グリフィンの気が抜けたような返答に戸惑う。
「おれに御用があるのなら、あちこちに話を通してもらわないとなんです」
例えば同行者のシャクラとか、とグリフィンはシャクラの居そうな辺りを示す。男は示された辺りを見やり、男の視界からグリフィンが外れた。
ぱん、と男の前でシャクラが猫だましをすれば、魅了が解けたのか男はシャクラを見た。
「……今のは、」
「デザートは無しじゃ、帰る」
「あ、うん」
騒ぎにならないうちに、とシャクラはグリフィンの手を強引に引いて歩き出す。店を出る直前に支払を忘れていることに気付いて、ドアマンへ代金として多めに紙幣を握らせる。
「不足するようであれば、シレーネシアのシャクラ宛に請求してもらえるか」
「承りました」
わざと大回りをしながらグリフィンたちは宿へ戻る。部屋にバタバタと駆け込んだせいで隣室から壁を殴る音がしたが、直後グリフィンが遮音の魔術を発動したため続く文句は届かなかった。
「明日朝にはここを出る、支度を急げ」
「後は着替えるだけだし、すぐでも?」
「いや、朝を待つ。店でおまえの魅了を受けたのは吸血種、もしかすると血統書付きじゃ。単なるヒトならまだしも、夜目の効く吸血種を相手に夜間移動するなぞ狙ってくれと言うのと変わらん」
何しろ相手は夜行性じゃからの、とシャクラは警戒しながら吐き捨てる。
手早く着替えたグリフィンたちは、交代で再度の仮眠をとる。グリフィンが起きている間に宿の外で騒がしくヒトを探す声がしたが、幸いにして宿の中まで入ってくることはなかった。
翌朝。こまごまとした荷物をまとめ終わり、宿を出るグリフィンたちの背後から声がかかる。
「ご兄妹。お客さんが来てましたよ、それも2組」
声をかけてきたのは宿の職員らしい。グリフィンはシャクラと顔を見合わせる。
「シャクラ、」
「どことどこから来ておるのか聞いておるか?」
「いえ。ただ、片方は真夜中に来ましたので、直接通すわけにもとお帰りいただきました。2組とも商業ギルドで待つと言づけていきましたよ」
「なるほどのう。ともかく、把握はした、悪かったの」
別に会いに行く義理はないため、グリフィンは無視することにした。何せクロスランドからの追手がかかっている身である。
「最低限の買い物をして街を離れようか。どこのヒトかわからないし」
「そうじゃな」
幸いこの街にはダンジョンが存在し、また流れ者の冒険者も少数ながら存在する。おかげで大量に物を買いこんでも不審な顔をされないため、グリフィンたちは必要なものを買い付けて街を出ることには成功した。
最低限の荷物と馬1頭をお互いの空間魔術に分けて入れ、グリフィンたちは残しておいた馬にまたがる。
「これからどうしようか。いったんソディストリアへ戻る?」
「いや、このまま進むつもりじゃ。商業ギルドで待つと言づけた連中の正体もわからんのに時間は無駄にできん」
「そうだね。クロスランドのヒトかもしれないし」
「それはあまり考えられんがのう。なにせ、もう追ってきた」
「それは困った」
街の中が騒がしくなる。グリフィンには分からない言葉が飛び交い、とにかく逃げた方がよさそうだと直感する。
「シャクラ」
「手綱は任せる、あちらとこちらの間を遮るように遮音の魔術を」
グリフィンは馬を操るために、シャクラは後方の追手を見るために、馬の上で抱きしめあうようなかたちで役割を振る。
外壁を破壊するようなのは好ましくない、相手に追いかける理由を与えてしまう。それゆえ、この辺が妥当だろうと声に出して魔術をなぞる。
「目白の歌声、光帯、猫のあくび、脈動、花吹雪、薔薇園、整った春の霹靂!」
馬が速度を上げる。どんどん離れていく街の外壁近くでシャクラの魔術が発動する。
グリフィンは遮音の魔術を貫通した音を聞きながら、シャクラに「何をしたの?」と問う。
「五感のうち三つを使いにくくなるようにしただけじゃ。具体的には、視覚と聴覚と嗅覚じゃな」
「そうなんだ。それであんな、ガラスをひっかいたみたいな音が?」
「まあの。ただ、しばしの追跡妨害にしかならんからのう。こいつが疲れたら入れ替えて飛ばすとしよう」
馬の背中を撫でてシャクラは言う。幸いにして道は均された土だ、まだしばらくは走れるだろう。
ファーニュにある商業ギルド。そこで、男は予想通り待ち人が来ないことにいくらか安心し、また次の手を考えていた。
「エドから聞いていた通り、野良猫のような性格なんですね」
とにかく、発見した連絡だけはしておこう。男は待つのをやめて、情報元へ手紙を書くことにした。




