33 吸血種の国
グリフィンたちがポーラ王国連邦に属する吸血鬼の国のひとつ・ルパギンティニアに入ったのは、シレ―ネシアを出発して5日目のことだった。
国境すぐの地域には道を挟んで牧場があり、背の高い柵の従業員だろうヒトがのんびりと仕事をしている。
「グリフィン、あまり見るでないぞ」
「わかった」
シャクラに釘を刺され、グリフィンは牧場から意識をそらす。
まだ日は高いが、昼は過ぎている。シャクラはこのまま街に入るのはあきらめた方がよいと判断し、街の外壁が見え始めたところで移動を中断しようと提案した。
「わしはともかく、おまえが吸血鬼と遭遇するのは避けた方がよいからの」
「そうなんだ」
「今日は吸血鬼について、予習をするためにも早めに移動を切り上げたわけじゃ」
早めに夕食をとり、火は焚かずに魔物避けを使って2人テントに入る。遮音の魔術は手慣れたもので、シャクラは重ねがけは不要だろうと話を続ける。
「この辺りの吸血鬼については押さえておくことがある。一つ、奴らはより旨い血の為なら何でもする。二つ、奴らの戦闘能力はダンジョンボス級じゃ。三つ、名を教えるな。四つ、洗脳には気を付けること」
「どうしよう、どこから突っ込みを入れていいかわからない。吸血鬼って魔物か何か?」
「まあ、近いの」
まずは旨い血の為なら何でもすることについて、とシャクラは解説する。
「奴らは自身の食事である、ヒトなどの血液について研究をしておる。牧場もその一環で、あれはヒト牧場じゃ」
「じゃあ、柵の中に居たヒトが牧畜されてるの?」
グリフィンは昼過ぎに聞いた音を思い返す。……なんだか歩き回っているようではあったけれど、衣擦れらしき音はしなかったなと気が付いてしまった。
「その通り。より旨い血液が採れるヒトを作るためなら、ヒトの売買・近親交配・ブランド化と一通りのことはしておる。旅人は新しい品種の材料位にしか思われんじゃろ」
「こわ~」
二つ目、戦闘能力について、とシャクラは指を2本立てる。
「奴らの戦闘能力はダンジョンボス扱じゃ。と言っても初心者でも踏破できるダンジョンもあれば勇者でも攻略できないダンジョンもある、それと同じで奴らの強さは個体差が大きい。戦闘にならないように気を付けさえすればよい」
「近寄らないとか?」
「適度に友好的な隣人であればよい。取引はほどほどに、じゃが」
三つ目、名を教えるな。シャクラはグリフィンに刷り込むように言う。
「名を直接教えると、奴らの使う洗脳や魅了に抵抗しにくくなる。わしの場合は洗脳魅了に耐性があるが、おまえはどうかわからんからな」
「うーん、よほど至近距離じゃなきゃ大丈夫だと思うよ」
「視覚以外にも、嗅覚や聴覚から入る洗脳や魅了はある。油断大敵じゃ」
四つ、洗脳には気を付けること。グリフィンは小首をかしげる。
「さっきも言ってたけど、洗脳って受けるとそんなにまずい?」
「そうじゃのう。自分の意思はさておき、20年くらいこの国で過ごす可能性が高いの。それに、気が付いたら自分の子と孫を合わせて30人規模になってもおかしくない。洗脳を受けたら自分の血が死ぬほどまずいことを祈るしかないの」
グリフィンはしばし考えて、いつになく真剣な顔で切り出す。
「……シャクラ、やっぱりこの国迂回しない?」
「買い込んである食料と水の量を鑑みるに、近く街に寄らねばならん。今から来た道を戻っても厳しいのう」
面白そうと言ったのはグリフィンであり、シャクラではない。
グリフィンは好奇心に負けたことをいくらか後悔しながら、明日はなるべく早く起きようと思った。
翌朝、日が昇ってすぐに移動を始め、ルパギンティニアの街のひとつ・ファーニュへと向かう。
ファーニュはダンジョンの周囲にできた村が発展してきた街であり、街の周囲にはダンジョンから魔物があふれ出した時のための外壁が築かれている。
外壁には数か所門が設けられており、たとえ外壁を自力で越えられる種族であっても門を通行するのは常識とされている。
グリフィンたちが向かったのも外壁にある門のひとつで、ソディストリアとの国境からほぼ道なりに行くとある門だからか先客が数組手続きを待っていた。
「次の方ぁ」
眠たげな受付の声に、グリフィンは受付に入国許可書を提示する。馬は2頭ともおとなしく、シャクラは手綱をまとめて持って待っている。
「シャクラさんと、グリフィンさん。ようこそルパギンティニアへ。吸血種に会ったことは?」
「ないです。でも、名前を教えたりしないようにと聞いています」
「あー、奴隷にされるとかそういうあれですか。入国許可書に出身地が書かれていませんが、おふたりはどちらから?」
ほぼ真っ向から「田舎者」と言われ、シャクラは唇を尖らせながら前に出ようとする。グリフィンはそれを押さえ、受付に対しへらりと笑った。
「地名がいらないくらいの田舎出身なんです。今はそういうのないんですか?」
「完全にないとは言いませんけど。もし吸血種がそれ以外を牧畜するとか、洗脳するとかって話を信じているならそれは1000年前の話ですねえ」
「のじゃっ?!」
「そうだったんですか」
「ええ。先々代の領主は食事にこだわるヒトだったみたいですけど、先代はそうでもありませんでしたし、今のは混血から吸血種に成ったのでそもそもそこまで血の味がわからないとか」
シャクラはグリフィンの後ろでのじゃのじゃとつぶやいているが、グリフィンは無視して手続きを進める。シレーネから渡された入国許可書は身分証明としての効力を最大限発揮しているようで、受付は「最後に」と入国許可書を返却しながら聞く。
「入国許可書には金髪と書かれていますが、今黒髪なのはなぜですか?」
「趣味で染めてます」
「そうですか。よい旅を」
ひらりと手を振って見送られ、シャクラはグリフィンに声をかけて足早にファーニュの街中に向かう。
「なんと態度の悪い職員なんじゃ」
「まあまあ。それより、迂回しないで街に入ったってことは、今日は宿をとるの?」
「そのつもりじゃ。こやつらも走り出して4日目、まとまった休憩を与えてやった方がよい」
なんだかんだ馬に愛着のわいてきたグリフィンは、シャクラの意見に同意する。
グリフィンは外壁の近くを歩くヒトを捕まえ、宿屋のあるあたりを聞き出す。街の中心方面に行けばいくつか宿があるとのことで、幸いこの時間なら厩のある宿も空いている可能性があるだろうと教えてもらうことができた。
「じゃあ、馬を預けたらお金を下ろしに行ってきてもいい?」
「かまわんが、面白そうじゃから同行させてもらっても?」
「もちろん」
宿に馬を預け、2人部屋と厩使用料分の代金を支払う。宿のグレードとしては最低限のものだが、厩が広々としていたのが決め手だ。




