32 魔王の存在意義
グリフィンたちがそれぞれまたがる馬は、ソディストリアの国境へ向けて軽やかに道を進む。
「この辺りって、魔物の気配がほとんどないんだね」
「それは幸い。わしらも頑張ったかいがあるというものよ」
「シャクラと関係ないでしょ」
「それがそうでもないんじゃよ」
街を出てから進んでいる土の道は、何度目かの橋を渡るまでは青々とした麦畑を、麦畑が途切れてからはなだらかな草原を背景に遠くまで続いている。
魔物の気配がほとんどないことはシャクラも分かっており、遠くから護衛のいない馬車が走ってくるのが見える。もうしばらくすれば馬車とすれ違うことになるだろうから、馬の休息もかねて草原に逸れようとシャクラは声をかけた。
道沿いに植えられている木の陰に入り、グリフィンたちは休憩をとる。馬は木に繋いでおけば勝手に草を食べるので、グリフィンは空間魔術から桶と水を出して馬の近くに置いた。
「それでは、馬の面倒を見てもらった礼として、“なぜわしらが頑張ると魔物の気配が減るのか”でも教えるとするかの」
「わー」
内心そこまで興味はないものの、グリフィンは両手を叩いて適当に喜んだふりをしておく。
そのとき、獣のふりをした何かがこちらを伺っていることに気が付いた。シャクラもそれに気づいているらしく、それゆえに休憩を申し出たのだと察しがついた。
グリフィンは出来る限り静かに遮音の魔術を使う。シャクラはグリフィンの察しの良さに、同じものに気付いたのだろうと判断した。
「どれくらいの、何がおるか分かるか?」
「……背がすごく低いから、子供かそういう種族。2人……でも別々にいるね」
「おそらくは兎人じゃろ。ウサギのような外見で間諜向きの種族じゃ。わしらを追っているのかどうかはわからんが、先の話で様子をみるとするか」
グリフィンは兎人の説明を聞いて、ぼんやりとトレイはウサギ狩りが上手かったなと思い返す。アンワズの家から近い、ミンター自治領のたったひとつの村は貨幣より物々交換の方が早かったので、寒くなる前にウサギを狩って毛皮と麦の袋を交換するなんてことがよくあった。
シャクラはぼんやりと思い出を見るグリフィンを引き戻すため、何度か咳ばらいをする。
「改め、“なぜわしらが頑張ると魔物の気配が減るのか”。そもそも、グリフィンはなぜ魔王がおると思う?」
「え、と」
唐突な質問にグリフィンは好奇心半分に「いたら面白いから?」と答える。
「なんじゃそれ、その解答の方が面白いわ。正解は“のっぴきならないゆえに強い道具が欲しかったから”じゃ」
「のっぴき……?」
「どうしようもなくなった、と言い換えてもよいの」
桶の水がなくなった、と馬の片方がシャクラのワンピースを蹄で引く。器用だと撫でてほめながら、シャクラは水を追加してやった。
「わしが生まれた頃は、魔物によってヒトが滅びかけておっての。魔物は昼夜問わず襲撃してくるわ、食うものも土地も頭数も足りんわで、わしの父親はわしみたいなものを生んでどうすると非難されたものじゃ」
「……それ、どれくらい前の話なの?」
「お前の産まれるより、ずっとずっと昔の話じゃよ」
シャクラの生みの親はろくな人間ではなかったが、会えなくなってみれば不思議と胸に穴が開いたように寂しいものだった。
「しかし、わしみたいなものを生んだおかげで、他にも滅んでおらん集落がいくつもあるとわかっての。加えて魔物は何を狙うのかもわかったゆえ、わしの動きを分析した情報から他の魔王が生まれたんじゃ」
「じゃあ、シャクラは魔王の中では最年長なの?」
「それどころか全員のおしめを換えたこともあるの。シレーネなんぞ……いや、これはやめておくかの」
グリフィンも知っている魔王の、グリフィンは知りえないことを言いそうになって、シャクラは慌てて口をつぐむ。これ以上辛辣になられても困るからだ。
「そんなこんなで魔物を滅ぼすことを理由の一つとして、魔王は生まれたわけじゃ。高い戦闘力と継続戦闘性で魔物を滅ぼすための魔王。知性のある魔物を各個撃破するための魔王。魔物を効率よく倒せる環境を作るための魔王。より効率よく魔物を倒す手段を調べる魔王。ヒトの文化と知性を維持するための魔王。それと、食糧の確保と経済の維持を目的とした魔王。わしはその全部が出来るが、いずれも劣っておるのう」
「へえ。魔王なんて呼ばれ方は“魔物の王”って感じがするけど」
「王ということばに長という意味をみていたからの。ヒトの再興のため、魔物に関する各部署のリーダーじゃから魔王。ただ、八神暦で言われておる8人目は誰なのか、魔王の誰も知らんがの」
遠くにある気配を意識して、ある程度から近づいて来ないことを確認する。どうやらグリフィンたちを追っていることは間違いないようだが、襲ってくる気はないようだ。
「“なぜわしらが頑張ると魔物の気配が減るのか”、それは“魔王こそが魔物の討伐に尽力しているから”じゃ。ヒトの末裔として感謝してくれてもよいぞ」
「うーん、ありがとう?」
休憩は十分だろう、とグリフィンたちは立ち上がる。馬の片方はうたた寝していたのか、少し驚いたような表情をしている。
出していたものを片付けて遮音の魔術を解き、馬の手綱を引いて道に戻る。グリフィンはふと、喋りたい気分なのだろうシャクラにひとつ質問をした。
「シャクラ。あなたは姿が自在に変えられるみたいだけど、今の外見にしている理由は何かあるの? 例えば竜尾人とかなら強そうだと思うんだけど」
「そりゃ決まっておるじゃろ。今はともかく、旅の当初はグリフィンどころか赤子にも負けるような状態だったんじゃ、ヒトが本能として守りたくなるようなか弱い少女をかたどっておった方が生存競争上有利になろう?」
「で、おれが相手だったからいまいちだった、と?」
「それはまあ、それじゃ。あと2日も行けばルパギンティニアに入る、その前には竜尾人の姿も見せよう」
「楽しみにしておくね」
2頭の馬はのんびりと道を進む。グリフィンは数度まばたきをして、柔らかい日差しに眠気をおぼえた。




