30 無軌道無計画旅
殆どのヒトが眠り始めるころ。ソディストリアにある街のひとつに、シレーネシアの旗を付けた竜がキャビンを抱えて降りてくる。キャビンに入っているのは半分がヒトで、半分がシレーネシア産の食物だ。
ヒト側として入国したグリフィンとシャクラは、手早く防疫検査を受けて入国検査へ向かう。眠たげな入国検査場の職員は、シレーネの用意した入国許可書を確認するなり氏名の確認のみで入国を許可した。
「ようこそ、ポーラ王国連邦そしてソディストリアへ」
グリフィンたちは入国検査場から外に出る。道沿いにぽつぽつと設置された街灯はわざと明るさを絞っているらしく、ほぼ月明かりしか頼りにならない街ではたまにヒトが転ぶ音がした。
「グリフィン、早速じゃが宿を取らんか?」
「野営広場は探さなくていいの?」
夜目が効くのか、シャクラは転ぶ様子もなくレンガで舗装された道を歩いていく。シャクラに手を引かれるグリフィンは、あちこちから聞こえる水音の正体を知りたい気持ちを抱えつつもおとなしくついていった。
「ポーラ王国連邦はほとんどの冒険者が国ないし街付きゆえ、殆どの地域に野営広場なんぞないのぅ。ま、その辺はわしの方が詳しいか」
「そうだね、クロスもご」
シャクラはグリフィンの口を押さえる。グリフィンは即座に遮音の魔術でお互いを包み、何をするのと文句を言った。
「グリフィン、当然のことと忠告しておらんかったが、ポーラ王国連邦内でクロスランドの名前は出すでないぞ。馬鹿にされるか刺されるかのどちらかじゃ」
「じゃあ、次からは遮音して話すよ」
「それがよい。ま、口の動きを読まれることもあるから、テントや部屋の中で遮音をして出すのが一番じゃが」
入国検査場近くにある宿はあまり安くなかったので、街の主要な道から外れたところにある宿に部屋を取る。グリフィンは部屋を分けるかと聞いたが、シャクラはわざとらしく「きょーだいなんじゃからいいじゃろ?」と宿の従業員に聞こえるように言った。
鍵を受け取り、部屋へ入る。室内を照らす灯りは小さいランプだけで、1つしかないベッドはシャクラに譲ってグリフィンは部屋の端で毛布を取り出した。
「グリフィン、寝る前に少し良いか?」
「手短にね」
グリフィンはふわ、とあくびをしながら答える。魔術を習得したことで、無自覚のうちに疲れていたようだ。
「そう言われてものう。わしは話が長いのも個性じゃし?」
「わかった、本格的に眠くなったら勝手に寝るよ」
「よかろう。遮音を頼む」
言われるがままにグリフィンは遮音の魔術を使い、部屋の外に音が漏れないようにする。
シャクラは腰かけていたベッドを降りて、グリフィンの両頬を手で包んだ。
「グリフィン、お前の顔をよく見せてもらっても?」
「いいよ」
シャクラの子供の域を出ない細い指が、グリフィンの前髪を持ち上げる。傷ひとつないかんばせはシャクラの知る魔王のひとりに似て、しかし別の色をしていることを確かめた。
「グリフィンは魅了のスキルがどのように発動するか知っておるか?」
「ううん。スキルとか、興味なかったから」
「そうか。魅了は基本的に、自身の魔力を相手に見せることで発動すると考えよ」
今は多少、スキルに興味があるらしいグリフィン。シャクラはよしよしと頭を撫でた。
「声に魔力を乗せるもの、匂いに魔力を乗せるもの、魔力で描いた文様を見せるもの。あとは魔眼か」
「魔眼……聞いたことあるかも」
眠気より興味が勝ち始めたらしいグリフィン。シャクラは「そうじゃろな」と肯定する。
シャクラはグリフィンの深緑の――孔雀石から濃い緑を集めたような色の瞳を見つめる。シャクラ自身には耐性があるが、魅了疎外を使った方がいいだろうと唱えれば、魔術が発動している証拠の光がそこら中に飛んだ。
「グリフィン、お前の目は魅了の魔眼じゃ。それもいっとう上等な。魔眼という言葉もアンワズ殿なら知っておろう」
「んー……いや、ヤシュに聞いたんだと思う。おじいなら間違いなく、どういうものでどう使えるのかきちんと教えてくれるから」
「それもそうかの。先日話した限りでは、なんだかんだ生真面目で苦労しそうな性格をしておるようじゃからな」
シャクラはグリフィンの前髪を元通りに戻す。魅了疎外の魔術は解除していないが、視線が合いにくくなったせいかほとんど発動しなくなっていた。
「明日は打ち合わせじゃな。割と行き当たりばったりに出発してしまったゆえ、ポーラ王国連邦のどこを通るか全く決めておらんしな」
「依頼が達成できるなら何でもいいよ」
「ポーラ王国連邦の王への謁見は、どこかしらにしばらく逗留してその間に連絡を取ればよかろう。問題はもう一つよな」
「“ポーラいち有名なアルヴィ”さん、だっけ」
「夜が明けたら、冒険者ギルドと商業ギルドで聞いてみるかの。金はかかるが、どちらかはさすがに知っておるはずじゃ」
そうだね、と返事をしてグリフィンはランプの灯を落とす。
シャクラも眠たくなっていたので、おやすみと言葉を交わしてベッドにもぐりこんだ。




