28 依頼:ポーラ王国連邦の王へ謁見せよ、シャクラの身体を蒐集せよ(1)
検査結果についてを把握したところで、グリフィンはシレーネとの約束どおり彼女の執務室に向かうことにした。特に時間指定は受けていないものの、検査後にと言われていたので早すぎることはないだろう。
依頼の話であれば興味がある、とシャクラも執務室までついてきた。グリフィンが依頼を受けたなら、シャクラもついていくことになるだろうからだ。
「シレーネさん、グリフィンです」
「どうぞお入りください」
許可を得てシレーネの執務室に入る。どうやら仕事が立て込んでいるらしく、卓上には無数の書類が乗せられていた。シレーネは書類の仕分けをしている2人の執事に、グリフィンとの話を優先する、書類と休憩用のティーセットを用意するように、と伝えた。
「丁度シャクラもいますのであらすじを。ミンターさんの懸念事項である勇者の解呪にはいくつかの方法がありますがミンターさんは一番時間がかかるアレを選びそうになっていましたがフェニアさんにより阻止されました。よかったですねシャクラ」
「待つのじゃ、展開が早い」
「待ちません。決算期なので時間が惜しい」
グリフィンたちは着席を促され、執務室内にある応接セットのソファに並んで座る。若干疲れた様子のシレーネが2人とテーブルをはさんだソファに座ると、3名分のティーセットが配膳された。今日のシレーネはコーヒーを、グリフィンとシャクラは紅茶を要望した。
「これからミンターさんに受けていただく依頼はすべて完遂した場合確実に呪いを解くことが出来るものです。呪いを解くためには術者を特定する必要がありますが、術者はクロスランド王女クリスティニア・マクブルームで間違いありません。この度かけられた呪いの材料を購入したという情報がありました」
気持ち早口でシレーネは言う。呪いの内容と材料を書き付けた書類に目を通しながら、シャクラは聞いてみたいことを好奇心のままに聞いた。
「ほう? では、どのような呪いをかけたのかは調べがついておるのか?」
「もちろん。内容としては一定期間術者と定期的に性的接触しなければ自我の崩壊が起こるというものです。洗脳などの初手に使用することが多いですが王女の狙いは当初から勇者との既成事実かと」
グリフィンは紅茶を喉に詰まらせた。シレーネは書類に零さなければいい、とそのまま話を進める。
「一定期間、というのは半日でよいのか? わしが見た時はそれくらいしか持ちそうになかったが」
「それは術者の力量にゆだねられますがおそらく性的接触の必要となる間隔が半日であると思われます。勇者は今ミンターさんの空間魔術に入れられていると聞いていますがあとどれほど入れたまま耐えられるでしょうか」
「時間係数から考えると、50年くらいです」
「は?」
シレーネの心底よくわからない、と言いたさげな返しに、シャクラは訳知り顔で肩をすくめる。
「グリフィンの空間魔術は時間係数が1時間につき1秒じゃからのう。わし入ってたことあるし」
「それは……あの解呪方法も現実的な方法にもなりますね。外界で50年経過しても内部では半日と少しくらいですから」
話がそれました、とシレーネはコーヒーのお代わりを淹れてもらう。グリフィンの紅茶はまだ残っているので、手慰みにクッキーをひとつ取った。
「本題に戻りますがクロスランド王女に呪いを解かせるには向こうにも何かしらの利益がある取引をすれば可能かと思われます。そこで取引材料となるものをミンターさんに用意していただきたいのです。具体的にはクロスランドが勇者を家系に取り込むよりも重要かつ可及的速やかに解決しなければならない、しかし彼らにとってどうしようもないことです。そこで私の提案する取引は『ヘオース学院との関係修復をしたくはないか』です」
「ヘオース学院って、おじいが仕事で行ってる?」
ヘオース学院、と聞いてグリフィンはアンワズを思い浮かべる。
ヘオース学院についてグリフィンが知っていることと言えば、クロスランドの王都の近くにある川の中州の学校であることと、アンワズの出身校であることだ。いまだにアンワズは在学時代に使用していたストラを客間に飾っているし、ストラにいくつもつけられている単位認定証のピンバッジ群は定期的に磨かれていることも知っている。
「ええ。100年ほど前にクロスランドの任命勇者であるアダムス・マクブルームはヘオース学院のとある生徒をパーティに強制加入させました。結果ヘオース学院は一部を除きクロスランド国民の入学を拒否、その生徒の母国とクロスランドの関係はかなりの緊張状態となりました。幸いその生徒のとりなしにより開戦とまではいきませんでしたが」
「それで、ヘオース学院との関係修復を持ち掛けるの? それって許してもらえることなのかな……」
「ヘオース学院としてはおそらくどちらでもよい案件なのですが件の生徒が問題でして。ミンターさんはポーラ王国連邦の王についてご存知ですか?」
「いいえ」
正直にわからないと答えたグリフィンに、シレーネは予想していたとばかりにかいつまんで説明をする。
「ポーラ王国連邦には複数の王がいます。大別すると大半が“ポーラ王国連邦に含まれる小国の王”です。そしてたったひとりだけ“ポーラ王国連邦全体の王”がいます。アダムス・マクブルームがパーティに強制加入させたのは後者“ポーラ王国連邦全体の王”の許嫁であり激重感情を向けている方でした。よって取引の為には穏便にポーラ王国連邦から了承を得なければなりません」
「それで、ポーラ王国連邦に行くのがおれの仕事かな? いいけど、おれだと偉い人に会えないんじゃないかな」
「依頼についてはその通りです。そして、政治的手配をするのは私の仕事です」
ふー、と息を吐いてコーヒーを口にするシレーネ。どうやら緊張しているらしく、何度か瞬きを繰り返した。
茶器とオードブルスタンドの合間を縫って、テーブルの上に2通封筒が置かれる。シャクラが半開きになっている片方を開けると、中にはカードが2枚入っていた。それぞれシャクラとグリフィンの名前が、申請者及び保証人としてシレーネの名が書かれている。
「シャクラの見ているものははポーラ王国連邦の入国許可書です。ミンターさんとシャクラの分を手配させていただきました。加えてこちらの封筒にはポーラ王国連邦全体の王へ宛てた私からの手紙が入っています」
「わしが預かっておこう」
「お願いします」
シャクラは2通の封筒を空間魔術に入れる。茶器をテーブルの端に寄せ、依頼文書が広げられる。グリフィンは初めて見るが、どうやらグリューネ教会へ依頼を出すときに使用する用紙らしい。インクをのせればそのまま裏移りしそうな紙には、シレーネの言った内容がそのまま書かれていた。
「まとめましょう。本依頼は『勇者の呪いを解く』ためのマイルストーンとして『ポーラ王国連邦の王へ謁見せよ』というものになります。私の予想通りつつがなく進んだときは『ヘオース学院長へ謁見せよ』『クロスランド王家へ密書を配達せよ』と続きます。私の予想するとおり謁見が上手くいかなかった場合は次の案をなんとかしますので速やかにご連絡ください」
「かなり限界が近いことしか伝わらんが」
なんとかする、というあたり次善の策はないに等しいのだろう。グリフィンは何としてでも了承を得ねば、と膝の上で握った手に力が入った。
「正直謁見そのものは断られないと思うのですが了承が取れるとは限りませんので。また並行して『シャクラの遺体を蒐集せよ』としてとある方を訪問していただきます」
「昨日言っていた、交渉次第で譲ってくれそうなひとですか?」
「ええ」
依頼文書の上に羊皮紙が広げられる。大半は読み取ることが出来ないように黒塗りされているが、わずかに残された文字があった。
「ポーラ王国連邦通貨にして1兆9,000億トーカ、クロスランド通貨なら両替手数料を別として金貨190万枚で落札された“肉”のひとつがあります」
「きんか、ひゃく……?」
金額を聞いて、グリフィンは何度か指を曲げたり伸ばしたりして、考えることを放棄した。
なお、クロスランドでは平民の年間収入がおよそ金貨4枚と言われている。また、ミンター自治領の領地経営費は年間で金貨10枚程度であった。単純計算するなら、その“肉”ひとつでミンター自治領が19万年運営できることになる。
さらに言うならば、今年のクロスランド国家予算は金貨180万枚である。ちょっとした国家予算より高い“肉”とは何なのだろうか。
「落札者は“ポーラいち有名なアルヴィ”。これは通名らしくシレーネシアの把握している情報では住所地等を割り出すことが出来ませんでした。おそらくポーラ王国連邦内でこの名前を出せば通じると思いますので探すところからお願いします」
「それだけ出して、わしの何が買い取られたんじゃ?」
「卵巣部です」
シレーネがそう言ったところで、執事のひとりが声をかける。シレーネは執事に目配せをし、グリフィンとシャクラに念押しをする。
「この依頼、どちらも受けていただけますか?」
「はい」「もちろんじゃ!」
「では私の方で依頼の提出及び受領処理の手続きを行います。“ポーラいち有名なアルヴィ”捜索には時間がかかるでしょうがそれらの日程はあなた方にお任せしましょう」
コーヒーを一息にあおり、シレーネは満足そうに言う。
グリフィンはシレーネに礼を言い、シャクラと共に足早に執務室を退出した。




