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26 ミカンの木にイチゴは生らない

 健康診断と夕食を終えたグリフィンが部屋で休んでいると、部屋の扉がノックされた。


「館長よりお届け物です。ドアノブにかけておきますので、後ほどご確認下さい」


 扉をノックしただろう相手が立ち去る足音を聞いてから、グリフィンは届け物を受け取る。

 届いたのは新しいノートと、『スキルの検査について』と印字された紙だった。

 ベッドに腰かけて、スキルの検査の詳細に指を滑らせる。


『スキルの検査では、3種類の検査を行います。

1つは適性について。魔術、武術、交渉、探索、芸術の傾向や属性がわかります。

1つは現在習得しているスキルについて。

1つは血統について。勇者適性が認められた場合は時間がかかります。

検査はシレーネシア時間6月26日にお部屋までお迎えが参ります。それまではご自由にお過ごしください。』


 シレーネの手配だろう、グリフィンにとって読みやすい紙面に、無自覚にグリフィンは顔をにやけさせた。

 翌日からスキルの検査がある日まで、シャクラは金策と運動能力の確認を兼ねてダンジョンに向かうと言ったため、グリフィンは無限図書館の隅で借りた本を読むことにした。

 呪いの解除についてはたいていの本に同じ内容が書かれている。


『呪いを解除するには、術者に解除させることが最も容易である。ほか、術者の血液を使用する、術者の血族の生き血を使う、術者の遺灰を使用するといった手段も存在する』


 グリフィンは取るべき選択を悩み、ひとまずは本を傷めないために閉じる。

 幸いにして、グリフィンはアンワズから魔術や呪いに対する対抗策について教わっている。よって、書かれていない方法も知っている。


「呪いの術者が死んで、誰も知らないひとになるまで誰にも会わせないこと」


 しかし最後の手段でもあるとアンワズはきつく言っていた。アンワズの教えを破る気にはならないので、グリフィンはグリフィンなりの最善を尽くしてこれを狙うつもりでいる。

 ……これを狙うつもりでいた。日付を間違えた迎えの者が、目の前に立っていなければ。


「キミが、グリフィン・ミンターさん?」

「えっ」


 呟いていたことを聞かれたのか、とグリフィンは顔を上げる。

 目の前に立っているのは、炎のように赤い髪をした人物だ。体温が高いのか、近くにいるだけでも分かる熱気にグリフィンは首を傾げた。


「はい、そうです……けど」

「ボクはチェルシー。スキルの検査のため、迎えにきたんだわ。シレーネちゃんからスキルの検査については聞いてる?」

「聞いてます。でも、明日ですよね」

「そうだった? ごめんごめん、日付ってどうも覚えられないんだよね」


 早すぎる迎えに、グリフィンはやや呆れながらも日付を訂正する。チェルシーと名乗った迎えの者は、反省の色を見せず苦笑いをした。


「そしたら、ボクがお金出すからお茶でもしに行かない? シレーネちゃんからアンワズの知り合いって聞いてるし、話してみたかったんだよ」

「おじ……アンワズの?」

「知らない? 魔導士で、頭が固くって、田舎者。でも先祖返りでとがり耳の」

「魔導師のアンワズは心当たりがあるけど、それ以外は知らない」


 チェルシーの列挙した特徴に、グリフィンは心当たりがないと返す。本心では半分くらい本人だろうと思いながら。

 グリフィンの意図をくみ取ったのか、チェルシーは大喜びでグリフィンの手を取る。


「じゃあきっとそうだ。ずっと会ってなかったから、元気かどうか知りたいんだよ。キミは孫? それとも子供? 年齢的にはどっちもありそうだよね」

「ここは図書館ですから、この辺で。お茶とやらにお誘いいただきましたし?」

「やったね! じゃあ、こっちだよ!」


 遠まわしに同行の誘いを了承すると、チェルシーは子供のような体温の手でグリフィンの手を引いた。

 しかし、チェルシーは数歩進み、止まり、考える。


「……職員用通路、どっちだったかな」

「近くの人に聞きません?」


 グリフィンはチェルシーについて、とてつもない鳥頭なのだろうと片付けた。


 時折道を間違えるチェルシーに連れられながら、グリフィンは無限図書館の職員用に設置されている喫茶店・閑古鳥にやってきた。

 チェルシーに何を注文するか聞かれたので、グリフィンは紅茶をお願いする。チェルシーはそれを勝手にアフタヌーンセットにして注文した。


「それで、あなたはアンワズの何なんです?」


 歩いている音はグリフィンと同じかそれ以上に軽く、座った音もまた同じく。服装は無限図書館の職員に多い白黒茶ではなく赤色をしている。職員用通路の守衛には挨拶をされるような相手で、グリフィンの現雇用主をちゃん付けで気さくに呼ぶ。そして、声はやや若いが40歳程度だろう。

 聞き取った情報から相手を推理しつつ、グリフィンはチェルシーに質問を投げかける。


「アンワズとは戦ったことがある仲だよ。直前まで仲間でも、敵だなーって思ったら溺死させる辺り容赦ないよね」

「は?」

「『古語と魔術と歴史』、読んだことないのかい?」


 飛び出した物騒な単語と、暗唱できるほどに読んだ本の名前。グリフィンはそれらしい内容を何とかして取り出す。


「まさか、おじいと同じパーティにいたっていう調律師の?」

「あの時死んだから、今は無限図書館(ここ)の職員だけどねー」


 グリフィンの脳裏に浮かんだ回答。それはアンワズがかつて勇者と共に魔王を討伐した時の物語にある、パーティメンバーだった希少種のヒト。

 勇者たちが旅に出て最初の窮地を救い、そのまま魔王を討伐する直前まで支えあった、そして魔王に寝返ったという大悪党。

 その名もチェルシー・フェニア。今ではほとんど使い手のいない炎の魔術を使い、また不死鳥(フェニックス)族がいまだ実在するとに知らしめた存在だ。

 年のころも、アンワズが魔王を討伐した時と計算が合う。グリフィンはシレーネの知り合いであることも勘案して、目の前の人物は本物だろうと信用することにした。


「それで、アンワズは元気にしているのかい? 奥さんはどんな人? さっきの呪われているってのはアンワズなのかい?」

「ちょ、質問が多い!」

「お待たせいたしましたー」


 運ばれてきたアフタヌーンティーセット。音と温度を頼りにグリフィンは紅茶に手を付ける。


「呪われてるのはおじいじゃないよ。それに、おじいは結婚してないし」

「そうなの? ならいいけど、呪われているのがだれか教えてくれないのは、本当にあの解呪方法をやるつもりなんだ」

「それはあなたに関係ないでしょう」

「ところでキミ、本当にアンワズの直系なのかい?」

「っ、」


 チェルシーの不躾な言葉に、グリフィンは席を立つ。チェルシーはすかさずティーセットのクッキーをグリフィンの口に押し込み、残すのはもったいないと言った。


「大丈夫だよ、ボクはあと20年くらいで今回の命は終わる。それにこの店、気に入ってくれると思ったんだ」

「……クッキーと紅茶はおいしいです、同行者があなたでなければきっともっと」


 クッキーのふんわり甘いニンジン味に免じて、グリフィンは今だけチェルシーの質問に付き合うことにした。それくらい、クッキーはグリフィンの好みの味をしていたからだ。


「それで、おじいの子かどうかなんてどうして聞くんです」

「簡単だよ、アンワズは青の家系によく出る外見をしている。それなのに、キミは緑の家系によく出る外見をしている。キミの分かるような感覚で説明するなら、ミカンの木にイチゴが()っているような感じさ」

「青の家系だの緑の家系だのは、おれが聞いてもいいことなんですか?」

「いいんじゃない? ありていに言えば、ふたりはぜんぜん似てないってことだし。シレーネちゃんもボクの口が猫の毛より軽いのをわかったうえで、キミに会わせているんだろうからさ」


 チェルシーはクッキーを口に放り込みながら、追加の紅茶をポットで注文する。グリフィンは手近なクッキーを口に入れて、野イチゴの風味を味わった。

 口が軽い、しかしグリフィンの知らないことを知っている存在。ふと、グリフィンはチェルシーに疑問に思っていたことを投げかけた。


「ふたつ聞きたいことがあるんだけど、不死鳥(フェニックス)族なのにどうしてここで働けるの?」

「簡単さ。不死鳥族(フェニックス)は自分から生まれた焔で燃やす燃やさないを自在に操れるから、入国時に契約を結んだんだ。アンワズの近くにいたキミなら、魔術を用いた契約位は聞いたことがあると思うけど」

「そっか」


 グリフィンの予想通り、チェルシーは聞いたことを必要以上に教えてくれる。

 それならば、とグリフィンは本命の質問をすることにした。


「もうひとつ、スピネルになるには、なにか資格が必要なの?」

「もちろん。綴人(スピネル)っていうのは魔王の議会に出席できるヒトだから、他薦なんだよねー。なりたいの? シレーネちゃんと、その友達の誰かに推薦貰う? 多分キミならすぐ推薦貰えるよ」

「いらないです」

「そうかい? というかもしかするとシレーネちゃんの推薦だけでも」

「フェニアさん」「おっと」


 3つ目のカップがテーブルに配膳される。チェルシーは気まずそうに、横に座る人物へ顔を向けた。

 グリフィンも気づかぬ間に、チェルシーの隣の席にはシレーネが座っていた。警戒を怠っていたことに気が付いて、グリフィンは自分の唇を噛んだ。


「ミンターさんを誘うとすればシャクラの方が道理が通ります。フェニアさんは相変わらずですね」

「え、えへへ」

「褒めてません」

「そっかー。でも、グリフィンくんが呪いの千日手を狙ってるらしいっていうのは聞いたんだよ?」

「それは素晴らしい。間に合ってよかったです」


 秒ごとに居心地の悪くなる環境に、グリフィンは何と言って離席しようか思案する。

 シレーネはグリフィンのその様子を見て、チェルシーにはこの場所で見聞きしたことを口外しないようにと言った。元よりこの店にはグリフィンたちが来るより前から他に客はいない、従業員もシレーネの口添えがあれば店内の話などなかったことにするだろう。


「ミンターさん。呪われたものを誰も知らない誰かにすることについてはいくつかの不備があります」

「……」

「ひとつ、シャクラに知られた時点でシャクラと私の殺害が最低条件になります。試してみるのはかまいませんが悪手かと。ふたつ、ミンターさん自身も居なくならなければ効果はありません。みっつ、これからお伝えする次からの依頼を達成してただければ解呪はほぼ間違いなく出来るかと」

「……できるの?」


 グリフィンはシレーネの方を見る。


「シレーネシア及び無限図書館は純然たる智の収集場所でありこのワルフィス()最大の諜報機関となります。お代をいただければ魔王のステータスから隣人の今日の下着の色まで販売いたします。呪いをかけたのは誰か。どのような手段を取れば適切に解呪できるのか。本案件はミンターさんを雇用するうえで解決しなければならない案件と判断し優先して対応することが決定してます」

「依頼というのは、」


 シレーネはグリフィンの声にやる気がにじんでいるのを聞き取って、にんまりと狐のような笑みを浮かべる。


「シャクラの遺体(身体)は競売に掛けられたというのは以前お伝えした通りです。その競売はシレーネシアの通信回線の何割かをお貸しして行われましたので落札者が分かるのです。今回は落札者の中でも交渉次第でお譲りいただけそうな方への現地交渉をお願いしたく」

「……それ、情報漏洩って言いませんか?」

「それを加味したうえでご利用いただいておりますので。詳細は明日の検査後に私の執務室でよろしいですか?」

「はい」


 グリフィンの返事に納得したのか、シレーネは角砂糖をいくつか自分のカップに入れる。ティースプーンでぐるりとかき混ぜるも、ざらざらと堅い音がした。


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