22 スピネル(1)
グリフィンは交渉の様子を見たいというシャクラを連れて、ミンターの森に入っていく。
数歩進んだだけなのに、振り向いても元来た場所は見えず、どこまでも森が続く光景が広がる。そんな中、グリフィンは特に気にした様子もなく進んでいく。
「そういえば、シャクラと一緒だからか妖精が出てこないね」
「単純に妖精なら出てきてもおかしくないはずなんじゃが。グリフィンは魔精という物を知っておるか?」
「妖精の仲間?」
ヨウセイノキもそうだが、この世には妖精が存在する。時には他のヒト種と交わることがあり、洞人との混血は強力な魔術と傾国の美貌を、鱗人との混血は海を支配する、とそれぞれのヒト種の特性をより引き立てると言われている。
「というよりかは、妖精を模して造られた魔力の塊じゃな。ゴーレムの類に近い」
「見分け方とかはあるの?」
「製造者とほぼ同一の魔力を発しておるから、製造者と知己であればほぼ分かる。それに妖精と違って自分で考える頭は持っておらんから、難しい質問をすれば妙な答えが返ってくるはずじゃ」
よほどの例外でもない限りな、とシャクラは結ぶ。なぜなら、グリフィンが足を止めたからだ。
木々の合間、大人が眠れるかどうかの広さで土が露出している。周囲の木々は土が露出している方に向かって小さな扉が付いており、まるで妖精の村のようだとシャクラは思った。
「おれがトレイを受け取ったのはここだよ」
「ほぅ? ではあの小さな扉は妖精の家と言ったところか?」
「たぶんね」
しゃがみ込んだグリフィンたちが話している間に、木の裏から小さな影たちが顔を出す。
「知らない顔だね」「知らないヒトだ」「見たことあるね」「知り合いかしら」
頭の先から足先までが人の顔より小さいヒトがひとり、グリフィンの手元まで寄ってくる。グリフィンは犬猫にしてやるように、柔らかい手つきで首の辺りをなでた。
「この感触はヤシュかな?」
「この手つきはグリフィンだね。ようこそ、お隣の方を紹介してもらっても?」
グリフィンがヤシュと呼んだヒトは、背に生えている蜻蛉のような羽根でグリフィンたちの顔位の高さに飛び上がり、くるりと回転する。数枚の木の葉で作られたチュニックは、ヤシュの髪や目と同じ緑色をしている。
「このヒトはシャクラ。おれが森の外で会った……おもしろいヒトだよ」
「それ以外にも紹介のしようがあるじゃろ?!」
「じゃあえっと、わがまま放題に育った結果みたいな存在だよ」
「わしのことをなんじゃと思っとるんじゃ?!」
「珍獣?」
ヤシュは社交辞令程度の興味だったようで、グリフィンの髪をもてあそびながらシャクラを見ている。その目に見覚えがあるような気がしたシャクラは、ヤシュを掴もうと手を伸ばした。
「シャクラ、駄目だよ」
「むぅ」
企みがばれたシャクラは、黙ってグリフィンの隣でおとなしくなる。
グリフィンは咳ばらいをして、ヤシュに「お願いがあるのだけど」と話し始めた。
「ミンターの森がおじいの家を飲み込み始めたから、10年前と同じくらいまで木を減らしてほしいんだ」
「いいけど、そうしたらグリフィンはスピネルになってくれる?」
「ほう」
「そういう勧誘は断るようにっておじいから言われてるんだ、ごめんね」
「おお?!」
グリフィンはヤシュのお願いを断る。シャクラは驚いているのか、あんぐりとしながらグリフィンの顔を見た。
「おおおおおまえ、スピネルの素質があるんか?! わしはおすすめじゃぞ!」
「グリフィンならぴったりだよ。おすすめ!」
「シャクラもこう言ってることだし、やめておくね」
「なぜじゃ?!?!?!?」
「シャクラうるさい」
グリフィンはヤシュにもう一度木を減らすよう伝える。しかし、ヤシュからはよい答えが返ってくることはなかった。
「ミンターの森はこれから広がっていく、これは森の意思だ。だからグリフィンがそれをやめてと言っても、僕らは君がスピネルになる以外でそれを受け入れる対価を認めない。なんなら他のこにも聞いてみるかい?」
ヤシュの見せた敵意に、グリフィンは優しくヤシュの首を撫でながら別の案を挙げた。
「おれはヤシュの言うことを信じてるから、そんなことはしないよ。それより、森を広げるなら、ミンター村の人間は迷わないように、あと畑は使えるようにしてほしいんだよね。それなら、森がいくら広がろうとミンターの人間は文句を言わないと思うよ」
「それはみんなにも伝えておくよ。でも、グリフィンがスピネルになってくれれば、」
「だめだよ、おれはきっとずっとそれにならない」
今日はありがとう、とグリフィンはシャクラを森の外へと歩いていく。
手を引かれながらシャクラが振り返ると、空ろな表情のヤシュが糸の切れた人形のように地面に落ちていた。
「グリフィン、」
「なあに?」
「スピネルに」「ならないよ」
おじいが困るからね、とグリフィンはそれきり黙る。シャクラは何も言わず、グリフィンについていくのだった。




