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20 トレイについて

 シャクラはリビングにテントを立てて、グリフィンは懐かしの私室にて眠る。

 翌朝、日が昇るのと同じころにグリフィンは目が覚めた。

 リビングへ行くと、アンワズはまだ床に転がっていた。夜中に起きることはなかったのだろうアンワズを脇に寄せて、シャクラに軽く声をかけてグリフィンは朝食を用意する。


「おはよう、グリフィン」

「おはよう。おじいはもうしばらく起きそうにないから、朝ご飯食べたら伐採に行こうか」


 テントから這い出してきたシャクラと共に薄い粥のみの朝食を済ませ、一通りを片付ける。


「いってきます」


 外に置かれて朝露に濡れた斧を引きずりながら、グリフィンはシャクラと共に木を切るためにミンターの森へ向かう。

 森は昨日以上にどんよりとした雰囲気をまとっており、畑のあぜ道だっただろう部分を飲み込んでいる。

 グリフィンは空間魔術(ストレージ)からシャベルを取り出し、シャクラに預ける。


「手順なんだけど、最初におれが木を切って奥に飛ばすから、シャクラはその隙にシャベル(それ)で根を掘って森の奥に放り投げてほしいな」

「なぜじゃ? 普通、木はそこまで急ぎ根を掘らんじゃろ」

「じゃあ、やってみるから見てて」


 グリフィンはふらつきながら斧を持ち上げ、なんとか振り下ろして木を切る。2、3回斧を振り入れたところで木はぐらりとかたむき、周囲の枝や草を巻き込みながら地面へと倒れこんだ。

 しかし、地面に倒れた木は勢いを得たボールのように地面で跳ね、動かなくなったかと思えば氷が融けていくようにでろりと形をなくしていった。一方、切り株の方は切り倒した木と大して太さの変わらない木が生えていた。


「ミンターの森の植物はほとんどが“ヨウセイノキ”っていう品種なんだって。なんでも、妖精がお気に入りの切り株を持ってきて、椅子として座っているうちに植物に変身した、とか。だから、木を切るっていうよりそこに居座るのやめてーって追い払う方が近いんだよね」

「ほぉ、道理で昨日は騒がしかったわけじゃ。にしてもヨウセイノキのう」

「草でも木でもだいたい全部ヨウセイノキだから、うっかり踏み込みすぎると惑わされるよ」


 さーて、とグリフィンは袖をめくりながら斧をかろうじて持ち上げる。

 シャクラは役割が逆では、と思いつつシャベルを手にグリフィンのおぼつかない様子を見守った。


 日が背の低い木を超えるくらいまで斧を振り、グリフィンは一休みしようとシャクラに声をかける。

 日差しは少し厳しいが、木陰に座れば森に惑わされる可能性がある。グリフィンはタオルをかぶって作った小さい日陰で、シャクラはグリフィンに設置してもらったテントの入口に、ターフの下に足を投げ出すように座って一息つく。


「グリフィンはあまり木こりとしての才能がないのう」

「そうだね。おれもそう思う」

「……そういえば、おまえと共にわしを倒した勇者は斧を持っておった気がするのう」

「トレイは元々木こりの子で、旅に出るまでは一緒にミンターの森の伐採をしてたからね」


 勇者についての話に興味をひかれたのか、シャクラはグリフィンが隣に座れるように端に寄って続きをねだる。


「一休みの間に、勇者殿のことを聞かせてもらいたいのう」

「おれが知ってる範囲でならいいけど、なにか対価をもらっても?」

「では、今更ながら魔物避けのカンテラに燃料を足した対価をいただいても?」


 気取って真偽のわからないことを言うシャクラに、グリフィンは隣に座ることで応えた。



 勇者になったトレイは、アンワズの家近くにある川を越えてすぐにあるミンター村に住む子供だった。

 トレイの両親はミンター領から離れた南東の国境近い町の出身で、ミンター自治領では伝統的に行われている木こりの募集でやってきた若い夫婦だった。ミンター村に越してくるなり、ひとりふたりと年子で男の子が生まれ、村には(ささやかだが)ベビーブームがやってきたとか。

 木こりとしての腕はまあまあで仕事は少し遅かったけれど、募集をするのも引っ越してきてもらうにも国境沿いのミンター自治領ではお金がかかる。仕方なしに、アンワズが村のささやかな余剰人員を雇ってなんとかミンターの森の増殖を防げるかどうか、という状態だったと聞いた。

 その木こりの家の末の子が「トレイ」だ。


 「トレイ」には正式な名前がなかった。戸籍もなかった。

 クロスランドの法律では、生まれた子供はすべて領主への届出が必要で、届出をもとに戸籍が作られる。ミンター自治領は領主が貴族ではなくミンター家なので、最終的にはアンワズに届ける必要がある。

 けれど「トレイ」はそれがされなかった。だって、平民の家は後継ぎの男の子が1人、予備(・・)が1人いれば事足りるから、3人目はいてもいなくても変わらないし、もっと言うとどちらかがいなくなった後に新しく届けてしまえばいい。他の領地であればそれで文句は言われない。

 そして、後継ぎも予備も十分に育った後であれば、3人目は食い扶持を減らすためにどこかにやってしまえばいい。5才にもなればある程度自分で自分のことは出来るから、と両親は「トレイ」に家を出るよう伝えた。


 トレイは着の身着のまま家を出て、村で暮らすよりか食料のありそうな森に向かうことにした。幸い、2人いる兄に森へ行く道は聞いていたので日が暮れる前にと急ぐ。

 森に入ると、数歩もしないうちに来た道がわからなくなって、「トレイ」はそのまま森の奥に歩いて行った。


 ここまでは、トレイが言っていたことと、おじいが調べたこと。

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