19 ミンター(2)
シャクラはアンワズに促されるまま、奥側のソファに腰かける。客間の扉に背を預けつつも、もう一つある扉を足で固定し、アンワズは険しい顔で聞いた。
「ンで、なんで魔王がここに?」
「……なんと?」
「しらばっくれてもいいが、おれァ魔王を識っている。お前の目は魔王のソレだろう?」
アンワズの指摘に、シャクラは内心焦る。彼の言う通り、シャクラの獣のような瞳孔は魔王の特徴である。
聞かれた意図が読めず、シャクラはなるべくはぐらかすような物言いをする。しかし、アンワズは眉間のしわを深くするだけだった。
「似ているだけかもしれんぞ?」
「ならなんだ、緑の魔王から直接聞いた、って言った方がいいか?」
と、抗議するような強さで客間の扉がノックされる。アンワズは扉から離れ、返事代わりのノックをした。
「おまたせ。おじい、来客用の茶葉みんなカビてたから捨てていい?」
「好きにしな。グリフィン、お前も座れ」
ローテーブルに人数分のお茶と、クッキーが載った皿が置かれる。
グリフィンはシャクラの隣に座り、アンワズも自分のソファにどっかりと腰かける。
「正直に答えろ。グリフィン、お前魔王なんてどこで拾った?」
「拾ったというか、倒したと思ったら生きてたんだよね。シャクラとして拾ったのはロウリィトン手前だよ」
「ったく、お前ってやつは」
アンワズは話す内容を決めきれず、数度口を開閉する。しばらくして、アンワズは「トレイはどうした」と言った。
「こないだっから新聞で騒がれてるが、おれはお前から聞きたい。殺したのか、殺していないのか。生きているのか、死んでいるのか。それぐらいは答えられるだろう」
「おれは殺してない。まだ生きてるよ」
「……わかった、じゃあ他のことも聞かせてもらおうか」
グリフィンの表情に、アンワズはグリフィンがそれ以上語る気がないことを悟る。
大きくため息を吐いて、アンワズはグリフィンとシャクラにいくつかの質問を投げる。その中で、追手がかかっていること、シレーネシアに雇われていること、依頼でクロスランドへ来たこと、クロスランドには密入国してきたことを話した。
とりわけ、アンワズは密入国についてを詳しく聞きたがった。
「もう一回聞くが。ミンターの森を通ったって?」
「うん。大体お昼過ぎくらいから歩いてきたよ」
「お前が速いのか森が狭くなったのかはわからねえが、3時間はありえねえだろ」
「そうだよねぇ」
ははは、と笑ってごまかすグリフィン。アンワズはローテーブルの向こうにあるむかつく顔を、風の魔術で小突いた。バチン、と痛そうな音でグリフィンの首が後ろに倒れるのを見て、シャクラはアンワズの実力を推し量る。
「お前、仮に平地で直線距離なら馬で3日かかる距離を3時間だァ? 今何年何月何日だか言ってみろ」
「4620年6月18日だよね」
「だぁッ、ズレてねえのかよ!」
グリフィンの口元はへらへらと笑いながら、見えない目元が感情を読み取らせない。
壁に掛けられている時計がいくつかの音を立てる。アンワズは話はここまでと区切り、グリフィンの保護者として最大限の言葉をかけた。
「お帰り、グリフィン」
「ただいま、おじい」
今日の夕食は任せろ、とアンワズは立ち上がる。グリフィンはサラダを多めにと希望を述べた。
「そうだグリフィン。お前が依頼でなんだかっていうのを置きに来たってのは聞いたが、うちの近所にゃ置ける場所ねえからな?」
「そう?」
「客間から見えてた通り、畑の前まで森に呑まれっちまったからな」
グリフィンの希望通り、テーブルには複数のサラダとカチコチのパンが並んでいる。シャクラはこれで物足りないから、と干し肉を足してもらったが、アンワズもグリフィンと同じものを食べている辺りグリフィンの草食主義はアンワズ譲りなのだろうと判断した。
「つうことだ。グリフィン、明日ァ伐採に出てこい。お前が家出た時くらいまで減れば、次の木こりが来るまでなんとかもつだろ」
「明日だけじゃ終わらないと思うんだけど」
「そこのシャクラも連れてきゃいいだろ」
「のじゃ?!」
「なんだ、タダ飯食って帰る気だったのか?」
シャクラの皿に干し肉を追加しながら、アンワズは「働かざる者食うべからずだぞ」とシャクラを諫める。
働かないつもりではなかったのだが、誤解されないようにとシャクラは伐採に出ることを受け入れる旨を伝えた。
夕食後。アンワズの家には作り付けの風呂場がないため、今夜は特別に魔術で簡易風呂を作ってもらう。場所は家の近くを流れる川沿いで、一人ずつしか入れないためグリフィンが最初に風呂へ向い、シャクラとアンワズはリビングでのんびりと待つことにした。
アンワズはボトルワインを持ってきて、シャクラの前で掲げる。シャクラは首を振り、酒はやめておくと空間魔術から水筒を取り出した。
「しかし、また魔王に会うことが出来るなんて、考えもしなかったな」
「緑の魔王と話したことがある、と言うておったのう。何がきっかけで奴が魔王と知ったのか、わしに教えてくれんか」
「知ったも何も、緑の魔王を討伐したのはおれたちだ。……おれ以外は墓の下だがな」
空になったボトルをテーブルに置き、アンワズは別の飲み物を取りに行くため腰を上げる。シャクラはそれを手で止め、空間魔術から果実酒のボトルをいくつか取り出した。
「詳しく聞かせてもらっても?」
「どうせ本にしてある話だ。飲み終わるまでは、話そうじゃねえの」
アンワズはすかさず杯を差し出す。シャクラは黙ってボトルを開け、なみなみと注いでやった。
「何がいい。討伐するまでの3年か? それとも、おれと緑の魔王の馴れ初めか?」
「なら、馴れ初めとやらを聞こうかの」
「そりゃいい。どうか、笑い飛ばしてくれよ」
保護者の顔から泣き出す寸前の子供のように変わったアンワズに、シャクラは仕方あるまいと肩をすくめた。
グリフィンが濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに戻ると、アンワズが床で酔いつぶれていた。
「シャクラ」
「すまぬ!」
「怒ってないよ」
グリフィンはシャクラに風呂を勧め、アンワズのだらしない顔をつつく。
いそいそとテーブルの上を片付けながら、シャクラはグリフィンに問いかけた。
「グリフィン。今は黒髪でないが、よいのか?」
シャクラの指摘の通り、今のグリフィンの髪はすすけた金色になっている。ロウリィトン近くで出会った時のような、間違いなく黒と言える色ではない。
「んー、明日は伐採に出るだけで誰かに会う予定はないし、丁度シャンプーが切れちゃったから。染めてるって教えてたっけ?」
「アンワズ殿と盛り上がっての。誰かに言いふらすつもりはない、気に触ったなら謝る」
「おじいが教えていいと思ったのなら、おれは文句言わないよ」
風邪をひくといけない、とグリフィンはアンワズの部屋に毛布を取りに向かう。
シャクラはアンワズから聞き出したことを思い返しながら、グリフィンを見送った。




