0 祝勝会にて
魔王討伐成功を祝う舞踏会が、クロスランドの王宮で開催された。
それもそのはず、勇者トレイを中心とした魔王討伐のパーティは、クロスランドの王女にして神に選ばれた聖女・クリスティニア姫、クロスランドの王宮魔導士・アングラード卿、クロスランドの王家に仕える騎士・マッキンタイア様とクロスランド王家に所縁のある方々が半数を占めていた。
活躍の程度はさておいても、最終的にパーティメンバー6人のうち5人がクロスランド国内出身で、それなら勝利を祝うイベントはクロスランド王家が主導で行うのも当然と思える。
ただ、聖女様もアングラード卿も、おれに舞踏会に参加しないようにと命令していた。理由は簡単、トレイを聖女様の許婚ないし夫として発表したいからだった。もちろん、トレイと聖女様の間にお付き合いをしていた、なんて事実はない。それでも発表さえしてしまえば、クロスランドでも辺境出身のトレイに断ることはできないだろう、とアングラード卿は見下して笑っていた。
おれは魔王討伐の旅の間ずっと、2人ともトレイを見ていないんだろうと思って聞き流していた。
舞踏会当日。おれは舞踏会に参加していた。なんてことはない、トレイが「フィーがいないなら参加しない」と言ったからだ。そもそも参加してくれないなら聖女様との関係をにおわせることもできない、と国王陛下が参加するように命令してきたのは笑ってしまった。
舞踏会では食事も出ていて、ウェイターさんがワイングラスを運んでいたりした。おれはお酒が飲めないのでスパークリングジュースでごまかしつつ、注目されないように壁際にいた。
「あら、お荷物くんはここにいたの」
「ケイトリンさん。素敵なドレスですね、舞踏会は楽しんでいますか?」
「そういう気色悪い言い方やめてくれない? ドレスだって好きで着ている訳じゃないんだし」
「ま、まあまあ」
おれに声をかけてきたのはケイトリンさん。パーティの中で唯一クロスランド外出身で、猫人という猫の特徴を持つ種族の混血だ。といっても猫のような三角耳と尾があるだけで、猫人というよりヒューマンに猫の耳と尾をくっつけたような外見をしている。
「今日は聖女様と別なんですね」
「あのねえ、アタシにだって自分の時間は必要なの。あんたみたいな勇者サマのおまけと違うわけ」
「は、ははは」
ケイトリンさんはウェイターさんからワイングラスをひったくると、行儀悪く一気に飲み干す。このまま愚痴が始まるだろう、とおれが構えていると、意外にもケイトリンさんはおとなしくなってしまった。
「セオドアサマがさ、」
「うん」
「アタシと踊りたいんだって」
「うん」
「アンタ、どう思う?」
耳までほんのり赤くしながら、ケイトリンさんはおれに聞いてくる。
セオドアサマ……セオドア・マッキンタイア様はケイトリンさんをパーティに誘った張本人だ。もう恋人同士だと思っていたおれは、ケイトリンさんが断りにくくなるように、マッキンタイア様が彼女と踊れるように言葉を選んだ。
「いいんじゃないかな。彼は貴族だし、何か言われたら命令されたってことにすればいいよ」
「あっ、アンタねえ! そこはいつもみたいなダッサイ顔で『ケイトリンさんが踊りたくないならそう言えばいいんじゃないの~』とか言いなさいよ! 断れなくなるじゃない!」
胸倉を掴んでゆすられて、持っていたジュースがこぼれる。おれとケイトリンさんを注目していたヒトがこちらに歩いてきたので、おれはつい「断りたいの?」と聞いた。
「それは、」
「断りたいのか」
ケイトリンさんの背後にいたのは、パーティの盾役だったマッキンタイア様。おれはケイトリンさんを彼に押し付けて、後はお二人でとテラスに送り出した。
グラスをウェイターさんに返し、会場を見渡す。トレイは目立つところで貴族らしい人と話をしていたが、おれが周囲を見ていることに気付いたらしくこちらに向かって歩いてきた。
「フィー、帰ってなかったんだね」
「ケイトリンさんと話をしてたんだ。トレイは?」
「クリスティニアをエマニュエルに押し付けて来たところ」
固めていた髪を手で崩し、トレイは深くため息を吐く。離れたところでトレイを呼ぶ声がするのは、聖女様が探しているかららしかった。
おれは軽食の並んだワゴンの方へ向かい、手掴みでも食べられるものを少しずつ取り分けてトレイのもとに戻る。離れていた少しの間に聖女様が来ていて、トレイに話しかけているもののまったく相手にされていない。
「トレイ、何か食べる?」
「ありがとう」
ひとつの皿に2人で手を出すのは行儀が悪いけれど、おれも小腹が空いたのでチョコレート入りのクッキーをつまむ。聖女様はウェイターを呼び止め、クッキーだけでは喉が渇くだろうとトレイにシャンパンを差し出した。
そこからの記憶はあいまいで、シャンパンを飲んだからなのかクッキーを食べたからなのか、トレイはその場に蹲り、血を吐いて倒れた。聖女様はおれが毒を飲ませたと叫び、会場中の注目が集まる中、おれはトレイが助かるために出来ること――空間魔術にトレイを入れて、知っている中で最も薬や毒に詳しいおじいを訪ねるためにテラスから王宮を飛び出した。
王宮の警備は過剰なほどだったけれど、偶然と幸運が合わさって王都の外に出ることが出来た。そしてたまたま王都の外に店を出していた知り合いの運送屋に会えたので、王都の上空を飛ぶよりかはとラインカーディン方面――おじいの居るミンターの森と反対方面に運んでもらった。残念なことに、途中で指名手配となっていることが判明したため、ロウリィトンより手前で下ろされてしまったけれど。
これがおれの逃げていた顛末。シャクラと出会う直前の、数日の話だ。
トレイはまだ空間魔術で生きているだろうけれど、解毒方法がわからない今取り出すことは避けたい。空間魔術にいてくれれば、まだしばらくは大丈夫だと思うから。
グリフィンは最も思い出したくない、しかし確かに見聞きしたことと、自分の主観での舞踏会をまとめ、ノートに書き記す。
ざっと見て記憶との食い違いが起きていないことを確かめて、ベッドを降りてノートをテーブルに置く。
設備を確かめた時に脱衣所と浴室、トイレがあることは見ていたので、久々に湯に浸かろうとグリフィンは空間魔術からシャンプーを取り出しながら浴室に向かった。




