第74話 堂々帰城です
ようやく帰り支度が整ったのは、アイリーン達支援部隊が到着してから3日後だった。
最終的に600人の兵士さんが軍隊の列とはまた違った、パレード向きな整然とした列を作って進む様子に、僕はちょっと感動する。
「(うーん、すごいなぁ。軍の隊列は見た目より実用性だから、割とバラバラに進む感じだったけど、パレード的な列になるとここまで綺麗に揃うものなんだ)」
本当にザッザッザッて感じで進む、とても揃っている足音。手足の動きもバッチリで、鎧が立てるガチャガチャとした金属音すら、全員揃ってるように聞こえてくる。
さすがに戦地からずっとこの調子で移動するのは無理なので、王都へと入る外門をくぐる直前からだけど、いかにも軍の凱旋って感じだ。
先頭が門をくぐりぬけるかどうかというところで、迎えにきて先導する騎兵さんが、王国の旗を掲げた―――途端
ワァァァァァァァァッ!!
「!?」
まだ城門をくぐってる最中の、中ほどにいる僕のところまですごい歓声が聞こえてきて、ちょっとびっくりした。
「殿下、アイリーン妃、エイミー妃、しっかり胸を張ってください。国民は我々の姿を心待ちにしております」
セレナに促されて頷くと、隣に座るアイリーンとエイミーもコクコク頷いていた。僕達は馬車が引く専用の荷台の上にいる。
中央に今回の戦いで司令官を務めたセレナが立ち、その左右やや後ろにエイミーとアイリーンが並んで立って、中央後方に僕がいる形。
一見すると、王弟の僕が一番後ろなのはどうなのかと思われる配置だけれど、こういう時は全方位にアピールする必要があるので、後方は実は重要なポイントだ。
過ぎた列が完全に見えなくなるまで人々は僕の姿を見る事ができるので、むしろ前中央の一番目立つセレナよりも長く見てもらえる配置になる。
「(本当にパレードになるとは思わなかった)」
おそらく宰相の兄上様の計らいだろう。民衆に今回の戦勝を広く印象付ける気だ。
特に、セレナの軍権を維持したままで僕への嫁入りする計画は、兄上様たちも乗り気だ。反王室派は猛反対するけれどそれを突き抜けて通せれば、逆に彼らを抑えやすくなる。
王室の立場からしたら、様々な観点からも権力拡大は有意義だ。
そして、その実現には当人達が国民から慕われているかどうかは凄く大きい。反王室派はいわゆる悪欲的な貴族が多いから、ただでさえ民衆に嫌われてる。
……もし、もしも王家と王家に反旗を翻す貴族達が表立って争うことになったら?
しかも王弟の僕は先日、領地を獲得してる。そんな争いの時が来たら、王家を慕う人々は各地の貴族領地から僕の領地へと何も言わずとも移ってくるだろう。
そうなったら反王室派貴族達の領地であがる税収はもちろん、経済も困窮する。領民が減るから。
「(それで争ったら確実にこっちの勝ちになる……と、きっと兄上様達はそこまでは考えてはいないだろうけども)」
人間同士の戦争がない歴史を歩んできたこの世界だ、兄上様達はせいぜい派閥争いが最悪レベルに達するくらいまでしか想定してないと思う。
だけど、もしも反王室派貴族が想像以上にこじらせていたとしたら、僕が考えているところまで突き進んでしまう可能性は高い。
「(いつかのヘッケイロフさんみたいな、ビックリするくらい愚かな人も実在してるし、あんな自己中心と強欲の塊みたいなのが他にも……いるんだろなぁ、それもすごくいっぱい)」
(※「第37話 醜い魔物は味方にいます」参照)
だからここでまずセレナと僕、そしてお嫁さん達の存在感を示すんだ。国民に慕われる王室でいるためにも。
・
・
・
お城に帰りついた僕達は、すぐさま兄上様に呼ばれて、謁見の間に通された。
意外にも、謁見の間に居並んでいる大臣の数がいつもより少ない。
「此度の戦……まことにご苦労でした。ヒルデルト准将の采配のおかげで、この王都にまで魔物の群れが襲来せずに済みました。国を代表し、ここに深く感謝いたします」
そう言うと兄上様は玉座から立ち上がって、僕達を代表して唯一膝をついてるセレナに歩み寄ってしゃがむと、儀礼的ながら流麗な動作でもって頭を下げた―――一国の王さまが個人に対してする、最大限の謝意を示すお礼の行動。
大臣たちが一斉に慌てふためきだす。
「へ、陛下!?」
「そのような真似をなさるのはっ」
「あまりにも過ぎた行為で―――」
「お黙りなさい!」
一喝。
普段温和な兄上様から、ピシャリと氷水でも打たれるかのような一声を浴びせられて、大臣たちは一気に黙ってしまった。
「(あれ、この人達……)」
よくよく見ると、並んでいる大臣たちの顔ぶれは反王室派の貴族ばかり。何人か涼し気な表情をしている人もいるが、それらは王室支持派だ。
しかもこの場にいる反王室派の貴族達は、普段は消極的でどちらかといえば日和見な動きをする人達ばかり。
「(! あー、そういうこと!?)」
僕が兄上様が叱りつける様に隠された真意を見抜いたのを理解したのか、主のいない玉座の隣で佇んだままの宰相の兄上様が微かに口元を笑ませて、その通りだって目線で僕に伝えてくる。
これはパフォーマンスだ。僕やセレナをダシに使って、反王室派貴族の中でも懐柔しやすそうなのを集めて王の威厳を叩きつける気だ。
彼らは、自己保身から反王室派に属しているというだけであって、自分なりの信念やら王室が嫌いだとか、そんなハッキリした理由もなく王室を支持しないという、態度が比較的フワフワした人達。
そんな大臣たちばかりをこの場に居合わせさせて兄上様がバーンと王の威厳を示す。それで考え直して王室支持派に回るなら良し、反王室派に居続けるならそれも良しでその場合は覚悟しておけ、という無言のプレッシャーを加える。
「(僕達は何もしなくていいけれど、この場は兄上様達にとっての戦場というわけだ……うん、やっぱり王様も大変だよね)」
そういう意味じゃ、僕はまだ三男で良かった。
だってもし王様になんてなったら、毎日貴族と派閥争いを気にしてとか、やってられないもん。