第67話 味方が減って敵が増えます
―――――――僕達がこの地でセレナのサポートを始めて10日ほど経ったこの日。
飛び込むようにして僕の陣にきた兵士さんの報告を聞いた瞬間、僕はとても怖くなって、その場で気を失いそうになった。
「……合わせて3万になる、と?? それは間違いないのですか?」
「は、はい、殿下……信じられないことかと思いますが、魔物どもはどこからともなく湧き出し、その数はおよそ1万。ヒルデルト准将閣下が現在抑えている2万に合流せんと向かってきていると。位置はここから東方へ約8km地点、ですので1時間もあればこの戦地へと到達致しますっ」
場は一気にざわめきだす。
ただでさえ数で劣っていたのを何とかやりくりして頑張ってた状態。なのに敵がこれまでの1.5倍に増える―――このままじゃ状況が悪化するのが明らかだ。
「何故だ?? 国境に主力が張って国内への侵入を抑えているのだろう、一体どこからそんなに湧いて出てくる???」
「いや、今はそこではなく、いかにその追加の1万と合わせて対処するかが問題で」
「こちらは合わせても1万と少々が精一杯、しかも重軽傷者も多数いるというのに」
せめてもの救いは、王都からの補給物資が絶えてないこと。増援はまったく来ないけど、最前線も僕達も食べるに困ってないし、医薬品や武具の補充もたっぷりある。
それでも日に日に戦えないほどの深手を負った兵士さんの数が増えて、補給隊に王都へ連れ帰ってもらう人数も昨日100人を超えた。
最前線はなんとか6000を維持。だけど補充の兵士さんを捻出している僕達後方の戦力はジリジリと目減りしてる。
もう合わせて1万どころか、満足に戦える兵士さんの数でいえば全部で9000あるかも怪しい。
4日前に戦況報告と一緒に増援要請を兄上様に送ったけど、新たな戦力が送られてくる気配もまったくない。
「(戦況報告と一緒に送ったのは僕のミスかもしれない……)」
兄上様が増援を出せない理由として思い当たるのは一つだけ。おびえる貴族達の反発だ。
戦況が悪いってなると王都の守り―――自分達の守り―――の分を、イザという時のために少しでも多く残しておきたいと彼らは考えるに違いない。
表向きは、これ以上戦力を出しては王都の最低限の防備もままならない、とかそれっぽい理由をかかげて、増援を出させないようにしてる光景がハッキリと想像できる。
「(でも、王都の貴族達もそうだけれど、国境の主力もおかしいよ。ここで魔物の軍団を倒さないと、そっちにだって補給路が断たれたままになっちゃうのに)」
この東へ真っすぐに伸びる大街道は、元はと言えば国境で魔物と戦う軍主力への増援や補給を円滑にするために整備されたもの。
なのにその肝心な街道が魔物の軍団の出現で寸断されてたら、主力だって困るはず。
なのに国内に魔物がいるのを認めないだとか、意味不明な駄々をこねてるっていうんだから腹がたつ。
『准将閣下の使いです、火急の用件にて参りました、殿下に御目通りを!』
僕がイライラを募らせてると、陣の外が慌ただしくなった。
あの声には聞き覚えがある――――――オーツ三尉だ。
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「―――と、現在の戦況は芳しくなく、殿下におかれましては今すぐにも王都へ御退避願われたし、とのことです」
セレナからの伝言はこの状況じゃ当然の一言。僕に安全な王都に逃げ帰るように促すものだ。
王弟の僕は万が一にも怪我を、ましてや死なせるなどあってはならない。仕える者として正しい判断だけど、それを聞き入れるわけにはいかない。なぜなら……
「(セレナは死ぬ気だっ)」
伝言を伝えるオーツ三尉の表情、そして言葉のイントネーション。そうした諸々から感じられるのは、上司が自分の命を捨てる決死の覚悟で魔物を食い止めようとしてることへの苦しさだ。
「(……けど、ここでただ退避しないって言うだけじゃ、周りには子供のワガママにしか受け止められない。きっと強制的に連れてかれる感じになっちゃうから言い方を考えて……―――よし)」
僕は一呼吸おいてからオーツ三尉にきり返した。
「後退の要請は理解しました、オーツ=コルカット三尉。その上でヒルデルト准将にはこうお伝えてください。“ あと2日の間、時間を稼ぐこと。それまで死ぬことは決して許しません。これは命令です ” と」
僕の言葉に、居合わせてる近衛兵や戦術参謀官たちが引っかかりを覚えているようで、小首をかしげている。
彼らを代表するようにウォーケット大尉が訊ねてきた。
「殿下、2日間とは……何か意味があるのでしょうか?」
普通に考えるなら僕が安全なところまで逃げる時間だ。
でも王都までは直線で30kmほど。軍隊連れならともかく、脚の速い馬で全力疾走すれば半日もかからずにたどり着ける距離。
なので2日と明確な時間を提示したのが気になるのは当然だ。
「その意味は今は言えません、まだ確実な話ではありませんから。それよりもウォーケットさん、いえ大尉。この後方陣地には3000を残していきます。最前線の重傷者を出来るだけ引き受け、ここから5km後方に移動する僕達の陣地へと移送する手はずを整えてください。それが終わったら3000の兵士さん達はヒルデルト准将の傘下に編入し、その指揮に従う事をしかと手配してください、これも命令です」
我に策あり。
その意図を滲ませながら急いで色々な指示を出して陣地の移動を始める。
僕達が後方に大きく移動することでセレナ達はこれまでほど円滑なサポートは受けられなくなる。
……けれど、完全に撤退するわけじゃない。
もしセレナの提言通りに僕が王都に逃げ帰ったら、最前線の兵士さん達は見捨てられたって感じちゃうはず―――数で劣勢なら士気をなるべく落とさないようにしなきゃいけない。
けど、僕がもし魔物の軍団に殺されでもしたら大問題だ。
だから一定の距離をあけて万全じゃないけれどある程度は安全を確保しつつ、サポートは続ける。
「(苦しい妥協案だけど今はこれしかない。あと2日……たのむから、どうか間に合ってっ!)」
2日、というのは僕の打った手が実を結ぶための時間じゃない。僕の目から見て、セレナ達最前線がどうにか持ちこたえられる限界があと2日だと感じた時間だ。
それ以上はどんなに頑張っても不可能―――これで僕にはもう、彼女たちが間に合ってくれるのを祈るしか、やれる事がなくなった。




