第44話 危うい将軍です
「ふんっ……実に不愉快な時間であったわ」
「まったくその通り……将軍の心中お察しいたします」
ゴーフル中将とその補佐官のヴィルデーゼン大佐は、ワザと聞こえる大きさの声で、捨て台詞を吐きながら会議室を出ていった。
議題は、国内奥深くで強力な個体も含めた魔物出没件数の増加について、だったんだけど……
「(国内に魔物が出現する話は今に限ったことじゃないのに、そんなに怒るようなことかなぁ??)」
ゴーフル将軍は国境に展開している王国軍の総大将で、“ 魔物はすべからく国外より来るモノである ” と主張している人達のトップだ。
なので国内で魔物が発生している話を不快に思うらしいんだけれど、それにしたって会議での態度は少し度を越えてた。
「ゴーフル将軍は何故現実を解せぬのか?」
「分からん……国境で外部からの魔物の侵攻を食い止めている、という矜持がおありなのは分かるが」
「いささか頑固に過ぎよう。実際にこの王都付近においても相応に強力な個体が確認されているというのに、対策どころかそれそのものを認めぬなどと、まるで子供の駄々のようだ」
会議に列席した大臣たちは揃って首をかしげてる。
でも彼らにしたって、そろいもそろってマードリィアドムの一件までは王都付近で強力な魔物が出現するなんてー、と鼻で笑ってた人達だ。
貴方達がそれを言うかとツッコミたい。
自分たちの近くに危険があって、はじめて慌てだしたのはどこのどなた方でしたっけ?
軽く腹が立ったけれど、僕は微笑みを浮かべて我慢した。
「……ゴーフル将軍が退席してしまいました以上、本会議もひとまずはここまでと致しましょう。皆さん、お疲れ様でした」
王である兄上様が解散を宣言したことで会議は終了。だけど、とても後味の悪い感じになってしまった。
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「軍の実権を取り上げることも選択肢に含めておくべきではないか?」
会議のあとのいつもの執務室。
宰相の兄上様はそう切り出した。
「難しいでしょうね。困った方ではありますが剛毅で実績もありますし、兵の統率においても確かです。今、彼の代わりが務まる将軍となると、他の方では中々難しいでしょうね」
要するに軍のお偉いさんの首をすげ替えるお話。
でも対魔物戦線の現場総指揮官っていう国の命運も左右しかねない重役だけに、兄上様達の声色には慎重さがにじんでる。
けど、一つ確かなことがあった。
「(兄上様は “ 難しい ”って言ったけれど、否定はしなかった……)」
つまりはそういう事。
必要ならゴーフル将軍から軍を運用する権利をはく奪する事も考えてる。
「(あの優しい兄上様がそう考えるって事は、やっぱりあんまりよろしくない人物なんだろうなぁ)」
確かに会議で見たゴーフル将軍は、お世辞にも人としてよく出来てる感じじゃなかった。他の人の意見を遮ったり、自分の主張ばかり声高々に繰り返したり……
「(子供の僕が言うのもヘンだけど、全然落ち着きがなくってなんていうか子供じみた会話をする人だなぁって思ったし、うーん……)」
僕としても将来のことを考えたら、ああいう人が軍を率いているのはちょっと困る。
なので首をすげ替える話には賛成したい。でも僕は知ってる、安直にそういう人事をしようとすると、ああいうタイプはきっと――――――
「(自分の率いてる軍隊を掌握して反旗をひるがえす展開とか嫌だなぁ)」
アンチ自分な意見や主張を認めないどころか聞こうともせずに、ただ一方的に自分の意志が尊重されて当然みたいな性格で、しかも無根拠に自信たっぷり。
それでいて手元に十分な軍事力があって、深く物事を考えないで感情的にもなりやすい将官。
おお、なんという事でしょう。典型的な浅はか反逆者の首魁像そのものではあーりませんか?
「(この世界は魔物の存在が強力だから、国や人間同士で戦争する事が歴史上はなかったわけだけども……)」
これは思ったよりも危険な兆しかもしれない。
兄上様たちがそこまで考えが及んでるかどうか怪しいからだ。何せもし、この国の中で二分して内戦なんて状況になったりしたら、それは歴史に前例がない事態。
下手をするとそんな事になるだなんて兄上様達だけでなく、この世界の人々の誰であっても想像すらできない可能性がある。
「(うーん、かといって今すぐ兄上様たちに警戒した方がいいって言ってみても、現実味がないって言われちゃいそうだよね)」
これは僕が動いて、今から備えるために色々と行動しなくちゃいけないかもしれない。
その上で改めて兄上様たちに警戒を促して、納得してもらわなくっちゃ。
「(差し当たり、今の僕に出来ることで効果が見込めそうなことは……)」
僕は軍事の専門家じゃない。それは前世にしたってそう。
なので前世の記憶や知識を頼りにしてみても、確実なものはなくて不確実で曖昧な話や例から有効そうなのを繋げて頼みにするしかない。
その中でも、理屈としてはいけると思えたモノをいくつか、信じて採用することにする。
まずは……
「兄上様、お話の途中に割り込んでしまい、申し訳ありません。僕のお願いを聞いてはもらえないでしょうか?」
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――――――前王の離宮。
「父上様、お久しぶりです」
「おお、久しぶりじゃな、我が息子よ。ささ、お菓子を用意しておいたぞ、たくさん食べなさい」
何だかんだで父上様も僕には甘々だ。特に王位を兄上様に譲って隠居してからは、父上というかお爺ちゃんみたいなノリで、僕がこうして訪ねるとすぐ甘やかそうとしてくる。
話がしやすくていいのだけれど、あまり子供に見られてもそれはそれで真面目に話を聞いてくれるか不安になってしまう。
とりあえず僕は出されたお菓子を一つ口に運んでお茶を一服してから、本題を切り出した。
「実は父上様に一つご提案があって本日は参りました」
僕の考えた一手。表向きはまさか軍事クーデターに備えてのことだとは思われないような妙案、それは……
「この離宮の建物の一つを、孤児院として活用したいと思ったのですが、どうでしょうか?」