第41話 強引な貴族を防ぎます
―――――前国王の離宮前。
この日、父上様の離宮が完成した。
退位した前国王とその伴侶が暮らす場所だけど、今までのものは老朽化が酷かったから兄上様が建造を手配して、数年かけてようやく出来上がった。
「(母上様は今まで実家で暮らしてたけど……これからはどうするんだろう?)」
落成式典の場には母上様にファンシア夫妻、そしてその養子のシャーロットも出席してる。
ほとんどの王室関係者が来ているわけだけど、中には遠縁の親戚ですらない貴族の姿もあった。
『無理に押しかけて、強引に出席してくる愚か者がいるからお前も注意しなさい』
式典前、宰相の兄上様にそう言われた。
どうやら無理矢理にでも格式高いイベントごとに出席して、王室に顔を売ったり、式典そのものに出席したという事実を虎の威を借りる狐のように他の貴族に示したりする、ズルい連中がいるんだって。
でも僕には、それ以上に気を付けなきゃいけないことがあるかもって警戒していた。それは―――
「可愛らしい淑女ですね。ファンシア様のお孫様ですかな?」
「ぜひともウチの息子の嫁に貰いたい器量ですな、ホッホッホ」
シャーロットに対する貴族達のアピールだ。
彼らが強引にこういった場に出席しにくる理由の一つに、あわよくば自分達よりも格上の貴族家と縁を結ぶことができれば……つまり縁談話の取りつけを狙ったりもするらしい。
もちろん格下の貴族家と軽々しく縁を結ぶほど、王室ゆかりの人々は甘くない。
けれど年齢が若い―――10代前半かそれ以下の子供同士とかになってくると、大人の思惑をこえて仲良くなるケースもある。
「(子供連れの貴族がいるのはそういうわけ……と)」
子供同士が仲良くなればそれをダシにして二人を婚姻させませんか、と迫る手法。
使えるなら子供何でも利用するっていうその執念には感心するけれど、思惑通りにさせるわけにはいかない。
僕は素早く、しかし流れるようにシャーロットの前に割り込んだ。
「僕の許嫁を褒めていただき、感謝します」
ニッコリと微笑む。
一瞬、貴族達はぎょっとしたけれど、何とか作り笑いを浮かべて取り繕った。
「お、おやこれは王弟殿下。……さようでございましたか、それはそれはおめでとうございまする」
そもそも彼らは招待されていない出席者。強引にとはいってもこの場での行動やアピールには限界がある。
彼氏がいると言っている女性を無理にナンパするような真似をしたら、良縁を得るどころか窮地に陥る事にだってなりかねない。
だから僕が割り込んだ後、彼らはまるで逃げるようにあっさりと引き下がって、離れていった。
「あ、ありがとうございます殿下。どう対応したらいいかちょうど困ってたんだ―――んっんっ、困っていたんです」
「いえいえ、僕の未来のお嫁さんですから。守るのは当然ですよ」
途端にシャーロットの顔が火がついたように赤くなる。
あー、もう可愛い。
ドレス姿やこういった場での振舞いも完璧。
だけど僕には分かる。サーカス団にいた頃のクロエの感じが消えずに残ってる、その他に代えがたい彼女独自の魅力がたまらない。
「(アイリーンが妊娠したタイミング? ううん、それだとなんか女癖の悪い男みたいに思われるかな)」
彼女と結婚する日を想像すると、思わずにやけそうになってしまう。
でもシャーロットが徐々に社交界に露出してくれば、今みたいな事はまた起きる。僕のお嫁さんになるまで気を付けなくっちゃ。
「うふふふふ、見てましたよぉ~。さすが私の△△△△ちゃん~、女の子を守る素敵な姿に、ママは思わず気を失いそうでした~♪」
「これは母上様、見てらしたのですか」
「こ、皇太后さま、ご機嫌麗しゅうございます!」
母上様が進めてくれている話にはシャーロットも関係している。なので二人は頻繁に会っているはずだけど、やっぱり皇太后っていう身分の人を相手にするからか、シャーロットはちょっぴり緊張気味だ。
「はぁ~い、ご機嫌よう~。それにしても災難でしたねぇ、あんなコバエにまとわりつかれて……彼らのような貴族はいつの時代もいなくならないのよ~、困ったものねぇ」
かつてイチ貴族令嬢だった頃の母上様も、こうした王族関係のパーティでどこの誰とも知らない貴族によく言い寄られたものだと自分の若い頃の経験を語りだす。
おそらくはそれも後進への教育の一環なのだろう。シャーロット自身、すぐにそれに気付いたようで、途端に真剣な面持ちになってその話に深く聞き入りだした。
「(実際、貴族女性は結婚してからも交流と称して言い寄られることがよくあるって言うし、今みたいな状況での対処の仕方の一例を教える、っていう感じになるのかな)」
世の貴族達も、彼らは彼らで自分の家の栄達のために必死なんだろうけども、じゃあそれに言い寄られて利用される方はたまったもんじゃない。
貴族社会の男と女……まさに化かし合い。
その中を生きていくためのありがたい経験談に、今後のためにと僕もそれとなく耳を傾けて、そのお話を聞き続けた。