第28話 お嬢様へのステップは順調なのです
「えーっと……こうして、こう……っと!」
「素晴らしい、見事ですよシャーロット様」
クロエ―――改めシャーロットは、母上様が付けた教育係の指示に従って順調に成長していた。
アイリーン同様に耐えかねて途中で逃げ出したり、それこそ悪戯したりしてしまうんじゃないかってちょっと思ってた。けど、意外にもシャーロットはすごく真面目に教育係の言う通りにレッスンに励んでいるみたいだった。
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「えへへ、だってキミと……っとと、殿下と一緒になれるんだって思ったら、頑張らなくちゃってなるのは当然じゃない?」
午前は身のこなしのレッスン―――結構なドレス姿で頭に本を数冊乗せて落とさずに歩く―――を終えて、様子を見に来た僕とやっぱり食事の席と接客マナーのレッスンを兼ねた昼食を取る中、彼女はそう言ってとても明るくにこやかに笑った。
うん、すっかりいつものシャーロットだ。それに毎日のレッスンもあまり苦には感じていないみたいでよかった。
「(考えてみると、サーカスでいろんなアクロバティックな演目をこなしてたし、悪戯だってそれなりに頭がよくないと上手くできない……シャーロットは心身ともに器用だから、貴族教養のレッスンは意外と楽しいのかも)」
元庶民で、貴族社会をよく知らないというのも新鮮な世界を感じて楽しむ要因になってるのかもしれない。
加えて将来、僕と一緒になる事が確約されてることも大きいみたいだ。
「……そう言ってもらえると僕もすごく嬉しいです、シャーロット」
本心からそう思う。
自分のために、まるで違う世界でやっていけるようにと日々頑張ってる女の子にジンとくるものを感じない男性はいないはずだ。
「そんな照れちゃう事言わないでよー、エヘヘ。ほら、スープが冷めちゃうよっ」
出会った頃と変わらない、和気あいあいとしてる彼女。
けれど、これも教育の賜物なのだろうか。シャーロットの所作には一切の粗忽さが感じられない。
スプーンを手に取り、スープを掬い、口に運ぶ動きが流れるようで、音もまるで立っていなかった。
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クロエの様子を見に行ったあと、僕は母上様を訪ねた。
「それはもうファンシア夫妻もすっごく褒めていらしたわ~。シャーロットちゃん、すっごくいい娘だって。・・・ちゃんにお礼をって会うたびにおっしゃっているのよ~、ママも・・・ちゃんの女の子を見る目に鼻高々なのよ~♪」
ファンシア夫妻はとても温厚な老夫婦。もうどちらも70代で、母上様の親戚筋だけど後継の子供がいない。なので前々から御家存続のために、どこかから養子をとらなくてはと思ってたらしい。
そこへシャーロットが養子になったのはいいタイミングだったみたいだ。
……ちなみにシャーロットは将来、ファンシア家当主じゃなくて “ 当主預かり ” になる。養子とはいえ、貴族家の血筋の者じゃないからだ。
将来、僕との間に生まれた子供の中から次期ファンシア家当主が誕生するというのが、ファンシア家の御家存続に関する今後予定されている流れらしい。
王家血筋の当主になるので、次代のファンシア家は御家存続の危機から一転し、比較的近縁な王家親戚筋として、いまから繁栄が約束されてる。
「先方にもお喜びいただけて何よりです。シャーロットも日々頑張っているようでした。……それで、お願いした方はどうですか母上様?」
僕は、シャーロットを単なるお嫁さんにするつもりはない。彼女には庶民経験と器用さを活かして、前々からウワサになってた “ 王家御用達の情報網を担う者 ” を本当に組織するにあたり、その長になってもらうつもりでいる。
もちろん公の組織じゃなく、僕の前世の知識から忍者とか隠密とか、あるいは特別諜報員的な感じのイメージの組織を想定してる。
そのための諸々を母上様にお願いしていたんだけど……
「人員の方は問題ないと思うわぁ~。口がとってもかたぁ~くて、忠義心のあっつぅ~い人をさらに厳選させて、ふるいにかけてかけてかけまくっちゃって選出させてるの~。人数は少ないかもしれないけれど質は最高のはずよ~」
何となくその言い回しから僕は、別のところで問題が生じていると察した。
「……問題は資金、ですか?」
「や~ん、さっすが私の・・・ちゃん! とっても聡しくて、ママ思わず感涙しちゃいそう~、立派になってくれて嬉しいわ~。……その通り、活動資金と維持運用のための諸経費を賄う方法が別途必要なのよ~」
小規模組織を維持運用する金額なんて、軍隊に比べればすごく安い。母上様がいつでも自由に使えるお小遣いから出しても、たぶん10分の1もかからないと思う。
けど問題は、金額じゃない。
編成したい組織は表向きには完全秘匿、存在すら明かさないこと前提なんだ。お金の流れを調べられて、母上様のおサイフから資金が出てるって分かったら、きっと頭のいい人なら簡単に嗅ぎつけてしまえるはず。それでは意味がない。
「ですよね、僕にもいくつか考えがあります。けど、上手くいくかはまだ分かりませんので、そこについてはもう少しまとめてから母上様にもお話したいと思います」
理想は、その組織自体が稼ぐ方法を持ってること。お金の流れが完全に独立してるから、調べて辿っても王室にはつながらない。
それにそういうお仕事の集団だっていうカモフラージュもできるから、秘匿性はより高まる。
でも、それはそれで問題もあるんだ。
何せ資金を自前で稼げるっていうのは、依存性がなく独立しやすいってこと。
組織が功績をあげて力を持つようになったら、王室のいう事を聞かないようになって、暴走しはじめるかもしれない。
上手く手綱を取れる形にもしなくちゃいけないわけで―――ハーレムのことでも悩む僕に宿題がまた一つ出されたような気分。
お城への帰りの馬車の中、僕は深くため息をついた。