第120話 お祝いムードです、そして……
「殿下、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます、殿下!!」
「ありがとうございます、皆さん」
赤ちゃんが生まれてから2時間くらいお祝いの言葉が止まない。気持ちは嬉しいけど、僕は笑顔を返しながらも気持ちは引き締めてた。
「(ヘカチェリーナ。護衛メイドさん達にアイリーンと赤ちゃんの周辺警戒を厳しくさせてください。こういう時が一番危険です)」
「(オッケー、おっまかせー)」
アイリーンの寝室への訪問者は許可されない。もちろん警備上の理由からだ。
なのでお祝いに押しかけた人達を部屋の外で僕が一身に受けつける。
この間、僕はアイリーンの側にいられない。もちろん彼女と赤ちゃんを守るため、怪しい人間が紛れ込んで侵入しようとする防波堤の意味がある。だけど……
「(何も紛れ込むだけが侵入の手口じゃない、むしろ……)」
一番の危険は窓辺だ。
アイリーンと赤ちゃんが寝てるベッドは窓から見えない位置にあるから、直接弓矢で狙撃するだとかはできない。
だけど窓から強引に突入して刃を突き立てる―――数秒とかからないで二人とまではいかなくっても、どちらか一方を殺害できてしまう。
「(前回は直接、襲撃者を侵入させてきてるわけだし、今回だってその可能性は排除できない)」
押しかけた人々に愛想笑いでありがとうございますと返し続ける中、僕は懸命に考えた。万が一の時のシミュレーションを頭の中で繰り返す。
もちろん、何事もないのが一番なんだけど。
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押しかけた人達は、それぞれお祝いを一言述べて場から散っていく。
全員、この城内勤務で常駐してる人達ばかり。怪しい動きや知らない顔の人間は見られなかった。
「ふぅ、杞憂ですんでくれるならそれに越したことはないんですけどね」
やっと静かになって僕は一息つく。寝室周辺担当の護衛の兵士さんやメイドさん達がお疲れ様ですと労ってくれる中、一人のメイドが僕に近づいてきた。
「お疲れ様でした、殿下。周囲の警戒は引き続き、気を引き締めて行ってまいりますゆえ、殿下はどうぞ奥方様のお側に」
「ありがとうございます、テレーズさん」
テレーズさんはメイド長―――といっても要人のお世話をするメイドさん達じゃなくて、このお城全体の管理維持を担ってる、通称 ” 王城メイド ” って呼ばれてるメイドさん達を取りまとめてる女性だ。
今回のお産に当たって、王城の構造を把握しきっている彼女達も、城内警備にあたってる。僕が生まれた時も同じように警備についてたらしい。
「では、引き続き警戒を。兵士の皆さんも、お疲れでしょうが、よろしくお願いしますね」
「「ハッ、お任せください殿下!」」
僕はアイリーンの寝室に入る。室内は外の喧騒と違ってとても静かだった。
「お疲れ様です、殿下。大変な賑わいようでございましたね」
「お祝いしてくれる方が大勢いらっしゃるのは喜ばしいことです。ジェシェーナさんも護衛任務、ありがとうございます」
ジェシェーナ=ホードル。
護衛メイドさん達の筆頭で、昔は前王である父上様の近衛を務めていた実績もある女性だ。
30を大きく過ぎてもその強さに陰りなしと評判で、僕と結婚したばかりのころの、手加減したアイリーンに唯一何とか渡り合えた数少ない個人として、兵士さん達の間でも有名。
アイリーンとも顔見知りなので、今回の寝室内の警備を取りまとめるのに最適な人物だ。
「アイリーンと娘の様子はどうでしょうか? 外が騒がしかったので、よく眠れないとか……は、大丈夫そうですね」
お産で疲れた僕のお嫁さんと、生れたばかりのお包みの中の女の子は、揃って寝息を立ててる。
僕はホッとして二人の側の椅子へと静かに腰かけた。
「産声は大きく、ですがアイリーン様のお休みと同時に眠られました。とても元気で溌剌とした王女様で……将来はさぞ良き姫となられることでしょう」
「それは先々のお楽しみですね。そのためにも今は気を引き締めませんと……ヘカチェリーナ、どうですか外の様子は?」
バルコニーにいる専属メイドに声をかけると、うーんと唸り声が返ってきた。
「とりあえず遠目にも怪しいのは特になし、なんだけど、なーんかピリッてするってゆーか……」
遠眼鏡を覗きながら周辺を伺う彼女は、なんとも言い難い表情をしてる。緊張感とモヤモヤ感が入り混じった様子で、しきりに外を警戒を続ける。
もちろんバルコニーには他の護衛メイドさんも配置されていて、ヘカチェリーナ同様に周囲を伺っている。
僕はまさかと思いながらも、嫌な予感を覚えた。
「……ジェシーナさん。荒唐無稽なことを言うかもしれませんが、壁から2歩、内側に皆さんを移動、そこで待機させてください」
「それは……壁を注意するように、とのことでしょうか?」
僕はコクリと頷いた。
ありえないと言いたいけど、ありえない考えこそが一番危ないんだ。何せこの王城の警備はもちろん、王家の赤ちゃんが生まれたばかりのこの寝室の警備が厳重なのは敵も当然予想してる。
なので、その上でなお襲ってくるというのなら、こちらの予想を裏切る―――つまり、“ まさかそんなところから ” 仕掛けてくる可能性は低くない。
この寝室の壁は分厚い。一面の厚さが1mもあって、ぶち抜くという事はまず不可能……に思える。
寝室の入り口もその壁の厚さから、間に1つ小さな小部屋を挟んでの二重扉。部屋の外から強引に壁を破壊しての侵入は、ハッキリいって悪手。
仮に強引に壁を破って襲ってきたとしても、壁を破壊する行為でこちらは兆候に気付きやすいし、ぶち破った瞬間は、相手の動きも鈍るだろう。待ち構えてる護衛が対応するには十分のはずだ。
ただ、そう考えた僕もまだ、甘かった。
どうして壁に危険を感じたのに、侵入してくるのが人間前提でしか
考えられなかったのか?
ことあるごとに魔物という脅威がとても強い世界だって調べて学んだっていうのに。
「―――……」
アイリーンが起きていた。無言で上体を起こしていた。
そしてその表情は産後の女性ではなく戦士の、危険を察知したソレになっていた。
シュランッ!!
「アイリーン様!?」
近くにいた護衛メイドの、予備の剣を鞘から抜き奪いつつベッドから飛び降り、眠る赤ちゃんの前に立つ。
真新しい寝巻の裾を目にも止まらない速さで動きやすいよう斬ったかと思えば、深く呼吸をした。一言も発しない。
そして瞳に炎のような猛る輝きを浮かべつつ、ゆっくりと構える。
「―――くる」
とても静かに呟いたアイリーンは完全に戦士になっていた。そして……
ゴガァアンッ!! ガラガラガラ……ッ
次の瞬間、壁はヒビが走るなどの前兆もなく破壊され、巨大な異形の影がのそりと寝室に入ってきた。




