第117話 緊張感が漂い始めました
新たに発生した魔物の軍勢は無事に撃滅された。防衛圏を設定しての軍再配備は十分な効果を示した。
(※「第111話 忙しさと怪しさが増しています」参照)
なのでこの件を主導した王室や、支持した保守派貴族達の影響力を少し押し上げる形になった。
当然、ゴーフル中将の肩を持ってた軍部の一部は苦々しい思いをし、反王室派の貴族なんかは負け犬の遠吠えばりに、政策論争の場で前にも増して声だけうるさい。
「有効であることが実証されれば異論を唱えることが難しくなる。逆に、その有効な策を否定したい者からすれば、強引な暴論に走るより他ない―――走れば走るほど、醜く凝り固まり、冷ややかな視線を受ける事も分らずにな……哀れなものだ」
哀れなんて言ってるけど表情は全然哀れんでない宰相の兄上様に、執務机に肘つきながら苦笑する兄上様。
二人から見ればすごく愉快だろう。反王室派の貴族達は普段から嫌味ったらしい態度を隠そうともしない人が多いし、中には不敬罪ギリギリのところを攻めて罰せられるもんなら罰して見ろと言わんばかりの、挑発的な態度の人までいる。
もし僕が王様だったら、10人はあの世送りにしちゃってるかもしれない。
だけど兄上様は表面上は穏やかな笑みを浮かべて彼らの毒気を抜く。それでいて裏できっちりとバランスの取れた対応をしてるんだ―――生かさず殺さず。
「まぁ、これまでのところは良い流れですね。これでアイリーンさんが無事に出産を終えていただけたら、さらに勢いもつくでしょう」
本人は周りから期待がかかっても何の事やらさっぱりだろうけど、アイリーンの出産が無事に済むかどうかは王室全体の威信にも関わってくる。
何せ王家の場合、その出産から近辺警護から何から何まで王家の采配でのみ行われてる。そこに貴族達が関わる余地はない。
だからこそ反面、なにか問題があったら王家に対する口撃材料にされる。
「(しかも王室の初子。無事に生まれることは吉兆的な感じで、国全体に王室の存在感を強く示す意味合いもある)」
前世みたいな科学文明万歳じゃない世の中じゃ、理屈だてて説明しきれないことはものすごくたくさんある。
病気なんかも目に見えない病の精霊がーとか、悪魔に呪われたーとか、そういう風に考える人は多いっぽいし、何か1つの出来事の成否で人々は社会の吉凶を信じてしまう危うさがあるから、注意が必要なんだ。
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「 “ だからこそ万全を期さなくてはならない ” ……かぁ」
宰相の兄上様もピリピリしてたけど、兄上様も穏やかそうに見えて緊張してるっぽい。
アイリーンの予定日まで1週間を切った。本人は相変わらずだけど近頃はさすがに時々陣痛があるらしい。……ただ、陣痛の痛みに僕のお嫁さんは余裕で耐えられるせいで周りが気づけずにケアに走りづらいみたいだ。
「(完全にアイリーンの自己申告頼りだもんね。悪阻が軽い、苦痛をもろともしないってのも良し悪しなんだなぁ)」
本人にとっては完全に良い事なんだろうけど、周囲の人達からしたらちょっと困る。特に定期健診にくるお医者さんは、苦痛をぜんぜん訴えないアイリーンにいつも困惑してた。
「殿下、お疲れ様です!」「お疲れ様です!」
アイリーンの部屋の入り口。二人組の兵士さんがビシッと挨拶してくる。
「警備ご苦労さまです。どうですか、何か問題は?」
「ございません! ですが我々、気を緩めることなく警備を務めてまいります、どうかご安心を!」
威勢は頼もしい。だけど正直当てにはしてない。
彼らに期待するのは何かあった時に素早く増援を要請できるかどうかだ。
出産を控えた王弟妃の寝室―――何か起こるとしたら、兵士2人で対処できるレベルで済むはずがないんだから。
寝室に入ると、護衛メイドさん5人が壁を背にする位置に等間隔で並び、待機してるのがまず印象的だった。
それとは別に3人の見慣れないメイドさんがいる。明らかに誰かの側仕えだ。
ベッドの傍にはお見舞いに来てくれた、キュートロースさんの姿があった。
「殿下、ごきげんうるわしゅうございます」
「キュートロース義姉様も。妻のお見舞いに来ていただき感謝します」
妻と言われたのが嬉しかったのか、ベッドの上で顔を赤らめながら、はわはわしてる僕のお嫁さん―――可愛い。
キュートロース=ヘスン=ピュナレット第一宰相妃。
宰相の兄上様のハーレムリーダーだ。役割的に言ったらアイリーンと同じで、ハーレムリーダーの先輩になる。
可愛らしくてハッキリした瞳の朗らかな女性。ちょっと令嬢らしくない、庶民派なひとで、僕的にはとても落ち着く。
「(兄上様の奥さんの中じゃ、一番奥さんっぽいもんね)」
美人というより可愛い、少女漫画の主役、着飾る前のシンデレラ。良く言えば器用に何でもこなしそう、悪く言えば個性に乏しいありきたりなヒロイン像―――そんな感じだ。
「丁度よかった、キュートロース様。兄上様がキュートロース様にご用があるようで、後ほどお部屋に伺うとお話していらっしゃいましたよ。そのうち伝者が参るかもしれません」
「まあ、アイリーン様のご出産のことかしら? 殿下、お教えくださりありがとうございます。ではアイリーン様、くれぐれも無茶をなさらないように、お大事にしてくださいねっ、わかりましたか?」
ピッと親指たてて、片手は腰に当てながらアイリーンに注意する姿は、面倒見のいいお姉ちゃんかお母さんっぽい。
ベッドの上でアイリーンが渋々、はーいと返事してる様子を見るに、また臨月妊婦らしからぬ事を言ったのか、あるいはしようとしたのか……
「(本当に、僕のお嫁さんは元気が有り余ってるなぁ)」
微笑ましい光景に僕は苦笑しながら、退室していくキュートロースさんを見送った。




