第109話 大いなる危険に気付きました
王城が広くて巨大な理由をセレナに聞いてから、僕は恐怖していた。
「ではシャーロット、また来ますね」
「はい、殿下。お待ちしています」
チュッ、チュッ……
帰りの馬車に乗る前に周囲の目も気にせずに2回、ソフトな別れのマウストゥマウスする。ファンシア家の若いメイドさん達がキャーキャーと騒いだ。
このところ、僕とシャーロットの仲はますます深まってる。
1カ月ほど前、母上様がもう教えることは全て教えましたって、彼女の教育を修了した。
以後、シャーロットはファンシア家でずっと暮らしてる。一切の気兼ねなく、貴族令嬢としての平和で幸せな日々だ。
「(シャーロットのおかげでまだ落ち着いていられる……)」
彼女と深く愛し合うことで、僕は恐怖心を和らげられる。
「(………)」
何気なく、走る馬車の外を眺める。ファンシア家の門を出て、やがて王都の町並みが見えてきた。
活気ある都市、行き交う国民、平穏な雰囲気……
「(この全てが壊れる日が―――やってくる可能性がある)」
それは王城改築の由来を聞いた後、興味本位でもっと詳しく調べてたことで分かってしまった事実。
――魔物の大軍が、国境からじゃなく、なんでいきなり国内に出る?
――国境戦力を張り付かせて、頑なに国内に動かさなかったのはなぜ?
――魔物由来品で、税免除される制度があるのは、本当に王侯貴族の富貴のため?
他にも前々から、ちょっと無理があるんじゃないかって疑問に思ってたことが山とあった。
だけど僕の至った考えが事実だとしたら、ゾッとするけど納得できる。
―――魔物がこの国の、それも貴族の中に潜んでいる可能性がある。
「(いきなり国内に魔物の大軍が現れても誰かが手引きしてるとしたら納得いくし、あれやこれやと理由付けて国境から戦力を動かさなかった不可解さの理由にもなる。何より魔物の採取物だけで庶民の税を免除なんて、それでこの国の王侯貴族の富貴を保てるはずない)」
税収、献上された採取物の質や量、魔物の大軍が出現した地理的な位置、各貴族の領地の位置関係……
さまざまな資料を見比べていっておかしな点にいくつも気付いて、そして一番高い可能性として浮上したのが、“ 潜伏者 ” の存在だ。
さらに過去の歴史から、この国に同じようなことがあった時代の出来事を読んで、その潜伏者の目的も何となく理解した。
「(この王国の人間はエサも同じ。国を滅ぼすというより、数が増えたところで食べ散らかした結果として滅んじゃうかもしれないんだ)」
かつて王都まで魔物の大軍が攻め寄せ、王城に国民を収容しての厳しい戦いを強いられてた時代は今から200年近く前のこと。
そう言うと随分と昔のように思える。だけど傷ついた国の再興という目で見たら、短いほうだ。どうやってそんな詰み状態から今の王国の繁栄まで200年で挽回することができるのだろう?
前世の世界じゃ、他に援軍のアテがない籠城戦は勝率が恐ろしく低いのが当たり前。この世界でも同じだとしたら、そこまで追い詰められてどうして王国は勝利できた? どうやって退けることができた??
………答えはものすごく単純。王国が勝利したんじゃない、王城以外の王国のすべてを蹂躙し尽くしてしまって、満足に食えなくなったから魔物達の軍勢は他所へ移動する事にした、それだけのことだ。
「(王国じゃそれを神の奇跡だとか言って歴史を美化しちゃってるけど、それはつまり、魔物側の事情と気まぐれでギリギリ滅びずに済んだってだけだ)」
そして時系列を合わせてみると、王国を滅ぼす寸前で消えた魔物達が一体どこへ行ったのかもわかる。
「(ハイレーナさんの故国)」
宰相第二妃ハイレーナ=ケイ=マクスムル。
彼女の実家のマクスムル家は、魔物に滅ぼされた国からこの王国へと流れてきたお家だ。
その今は滅ぼされてなくなった国は、かなり長いあいだ魔物の大軍と戦争状態にあった―――その期間、じつに100年以上。
「(王国から流れていった魔物の軍勢相手に、国をあげて戦い続けたエルフ主体の大国フェーレハルテス。寿命の長さと大国の軍事力でもってしても、当時の魔物の軍勢を退けきれずに結果、滅んでる)」
一番最初にその事実にたどり着いた時、僕は恐ろしすぎてしばらく動けなかった。
今の王国に、当時の大国のような力があるとはとても思えない。
そして魔物の軍勢は必ずまた来る。歴史をどんどんさかのぼって調べると、襲来はある程度の誤差はあっても、一定周期で起こってたのも突き止めた。
「(セレナと一緒に退けたこの間のがソレだとは思えない……)」
(※第五章参照)
もっとずっと、手に負えないようなレベルで攻め寄せてくるに違いない。
「(僕の子供がもうすぐ生まれるのに……)」
順調だったのに、全部をいきなり失うことになっちゃうのかな?
魔物に通じてる人は何考えてるんだろ?
僕のお嫁さん達や子供も魔物に―――
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」
ダメだ、考えちゃ。
考えれば考えるほど、せっかくシャーロットとの時間で和らいだ恐怖心がまた強くなっちゃうじゃないかっ。
「(……どうする、どうすればいい?? 僕はこれからどうするべきなんだ?)」
魔物達の襲来に向けて、僕が出来ることは?
今なら領地もある、産業だって始めた。何かする地盤はある。
「(調べよう、本格的に……。せめて魔物と通じてる奴を探し出せれば、まだ)」
前向きに考えよう。
僕が気づかなかったって魔物の襲来は起こる。むしろ今気づけたおかげで、それに向けて何かできることがあるはずだ。
いつ起こるか分からないけど、時間があればあるほど備えだって出来るはず。それに、それに……
「(もしかしたらそんな事起こらないかもしれないじゃないか)」
絶対に起こることだって言い切れない。何せ、魔物の軍団が突如として国内に出現する理由も原因もまだ明らかじゃないんだ。
まだ……まだ僕の調べた限りの話でしかない。理由がわかれば発生を事前に阻止できるかもしれない。
それから僕は、何度も恐怖に飲まれそうになった。
気付けばファンシア家にシャーロットを訪ねることが週に1度から、週に1~2度へと増えていた。




