第95話 抜け毛の季節です
とある日の朝――――――寝室でエイミーにブラッシングしてあげた。
ファサッ
「おや、エイミー? 今年もそろそろ毛がわりの時期が来たみたいですね」
「ふぇ? …あっ、す、すみません殿下っ、ベッドの上に落としてしまったのです」
猫獣人のエイミーは1年に1度、毛が生え変わる。
エイミーに限らず、獣人さん達のほとんどは、夏毛と冬毛で生え変わりの時期があるのを知ったのは、実はまだ最近だったりする。
あの離宮に荷物を運び入れる時、コエナさんと世間話をしていた際にたまたま話題にあがった事で、知ることができた。
「(傭兵や軍属だと、魔物との戦闘中に毛が抜けることもあって、鎧の内側がすごい事になるって話だったけど、確かに多毛な人ほど大変そうだなぁ)」
エイミーも、毛量はそれなり。だけどまだ獣人の中では少ないほうだ。
抜け毛の時も、こうしてブラッシングすると抜けはするけれど、全部が全部生え変わるわけじゃないみたいで、毎年見てきた抜ける毛の量は見た目でも、髪の毛のボリュームより遥かに少ない。
「すぐに掃き取ります、ええっとホウキは……」
慌ててベッドから降りようとするエイミーだけど、可愛らしいキャミソール姿のままだという事を失念しているっぽい。
だけど僕は、エイミーの何気ない一言に引っかかった。
「待ってくださいエイミー。掃き取る……? シーツごと洗うのではなく??」
そう、ベッドの上に落ちた毛なのだから、そのままいつも通りにメイドさん達が、シーツを取り替え洗うので間に合うことだ。
だけどエイミーから、意外な答えが返ってきた。
「いえ、抜け落ちた毛はですね、糸にするのですよ」
「……え?」
僕がポカンとしたことで、エイミーも気付いたらしい。
ハッとして慌てふためき出す。
「あ、す、すみません殿下。つい昔の癖で……そうですよね、殿下のお妃さまになっても、そんなお小遣い稼ぎなんて」
どうやらメイドの頃は、自分の抜け毛で小銭を稼いでいたみたいだけど、僕が気になったのはそんなことじゃない。
「エイミー、……その、抜け毛を糸にして売れるものなのですか??」
「ふぇ? ええと、はい。獣人の皆さんは、昔からそうしてるのです。あ、もちろん抜け毛のある方だけしか出来ないことなので、毛のない方は出来ないので、皆さんではないですね」
まるで常識のように語られ、そのことで恥ずかしがる様子は見られない。
あのすぐに照れて赤くなるエイミーが、しれっとしている―――つまり獣人さん達の間では、自分の抜け毛を売り物にするのはごくごく当然だってことだ。
「そのお話、詳しく教えてください」
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僕がエイミーの抜け毛の話に食い付いたのには、理由があった。
「(北は鉱山がある……平野は食料の畑が広がってはいるけど……)」
日々、コロック氏より送られてくる書類に目を通していると、見えてくる問題があった。
それはルクートヴァーリングの産業構造だ。
「鉱山は数えるほどの家族が銅を少し掘ってるくらいで、産出量は日に200キロあるかどうか。食料品は麦類が中心で、分量は現地消費と同じくらい……つまり余所に売ったりする分はすごく少ない……と」
とにかく産業が少ない。
惰性的に生活に必要なものを必要なだけ産出してるという感じで、産業の幅も生産量もほどほど。
しかもそれぞれの産業を細かく見ていくと、活発なものが一つもない―――特産品も名産品も全然ないんだ。
執務机の上で、改めて今まで届いた産業関連の報告書類を見比べながら、僕はため息をついた。
「(人だけじゃなく産地名でも影響があったわけだから、仕方ないかもしれないけど、うーん……)」
こんなに産業が縮こまってるのは、やはりエイミーが受けた悲劇の、その結果がもたらした影響だ。
(※「第09話 僕の愛猫です」参照)
出自差別は人々の自業自得だけど、産物も風評被害を受けて売れなくなった。当然、作り手は生産量を減らしてその日暮らしレベルでしかやる気もなくなる。
正直、僕としてはそんなやる気の失せた人達に、再びやる気を出してもらうことは考えてない。
今ある産業を多少盛り立ててみても、軌道に乗るまで時間と手間がかかるから。
ならいっそ、新しい産業を入れるべきだ。上手くいけば刺激を受けて、他の産業も引き上げる起爆剤効果もあるはず。
「ルクートヴァーリング地方の気候……土壌……それから……」
最初は獣人さん達の村カール・ラバイツで、抜け毛の織物とかそういうのが出来ないかなと考えた。
けどエイミーの言い方から後で資料を調べてみたところ、獣人抜け毛の紡績は平凡なもので珍しいものじゃない上に、抜け毛の時期しか材料が取れないから、安定した産業には向かない事がわかった。
「(そもそも大規模にやるものじゃなく、獣人さん達が個人でやる内職っぽいし)」
そこで次に考えたのが繊維生産だ。
代表的なのは綿花を育てることだけど、この世界だとその辺の事情はどうなのかが分からない。
なので今日の僕の執務机の上には、ルクートヴァーリングの報告書といっしょに、繊維や織物の本がたくさん積み上がっていた。




