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君の瞳に魅せられて

「伊佐さん! お散歩ですか」

「レナさんこそどうしたんですか。もしかして、いま上がり?」

「そうなの。今日も平和に終わりました。伊佐監理官」


 今日は地上勤務だったレナは、定時で退社して気分転換にやってきたというのだ。Tシャツにジーンズ姿のレナは、スポーツドリンクのコマーシャルにでも出そうな爽やかさがあった。


「ご苦労さま。いつもここに?」

「ええ。ここでサンセットを見てから帰るの。小さいころ、父は米海軍でいなかったから、海に向かって明日もがんばってねっ。ありがとうって祈るのが習慣だったの」

「そうなんだ」

「今はリタイアして、山に篭ってるけど」

「えっ? 山に?」

「あのね、陶芸してるの。夢だったんだって。おかしいでしょ」

「いや、羨ましいよ。俺もいつかリタイアする日がくるけど、そのとき何してるんだろ」

「なに言ってるの。リタイアだなんて、うんと先じゃない。まだまだこき使われるんだから」

「あはは。そうだった」


 そのとき、沖から吹く風が止まった。

 伊佐とレナは水平線に目を向ける。大きな南国の太陽が今日の終わりを告げながら沈んでいく。

 赤いようなオレンジ色のような、黄色のような眩い光が、しだいに赤褐色、丹色へと変わっていく。まるで世界の入れ替わりを見ているようだ。


「これは……」

「きれいでしょう? 船の上からみる夕日とはまた違うの」


 伊佐はレナの横顔を見ていた。真っ直ぐに夕日を見つめるレナの瞳は、燃えるような茜色をしていた。


「うん。とても綺麗だよ」


 伊佐は、いつか見たレナの海の色をした瞳を思い出していた。米国人と日本人の血を引く彼女の瞳は、夜の海、朝の海、そして夕暮れ時の海の色へと様変わりするのだ。


(本当に君の瞳は美しいよ)


「伊佐さんったら! こっちを見ないで、あっちを見て。ほら、もうすぐ太陽が消えちゃう」

「うん」


 伊佐はレナの瞳に夢中だった。辺りがどんどん暗くなっていき、空に一番星が光り始める。それでも伊佐はレナから目を離せない。


「伊佐さん。そんなに見られたら、勘違いしちゃうから。本当にあなたはいけない男ね」

「うん? 俺がいけない男?」

「そうよ。女をたぶらかす、いけない男」


 そう言いながらレナの視線は伊佐と絡み合った。


「俺にたぶらかされて、くれの?」

「あなたにたぶらかされて……あげない!」

「それは残念」

「ほら、もう真っ暗になっちゃうから。帰るわよ!」


 伊佐は背を向けたレナを目を細めて見つけた。まだまだ、甘えてはいられない。この海は俺たちの力を頼りにしているから。


 イサナギサ


 遠くでワダツミの声が聴こえた気がした。


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