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オレンジ色の温もり

「息子が世話になったようで」

「いえ。わたしは何もしていません。しっかりした息子さんですね。申し遅れました。私は伊佐と申します」

「伊佐さん! よろしくお願いします。いやぁ、息子は私に似なくてよかったですよ。あははは」


 イカを片手にぶら下げて、男は大きな声で笑った。こんな豪快な男から、いかにも優しくていい子が生まれるなんて。伊佐は思わず母親の方を振り返って確認してしまう。伊佐と目が合った母親はにっこり笑って会釈した。


(なるほど。たしかに母親似だな。いやまた、素敵な年の差カップルじゃないか)


「おーい、海音(かのん)! ちょっとこちっちに来てくれ。ここの海上保安官だそうだ」

「いや、わざわざ悪いですよ。プライベートなのに」

「我々は仲間でしょう。警備も救難も同じ海上保安官。その家族もまた仲間ですからね」


 紹介しますよと、五十嵐という男は伊佐に言う。五十嵐は七管区から十一管区に異動してきた航空基地の職員だった。話を聞くと、伊佐の思った通りで昔は三管区の特殊救難隊に所属したことがあるそうだ。


「おじちゃんすごいでしょ? パパはねトッキューだったんだって」

「すごいなぁ。おじちゃんにはできないお仕事だよ」

「海優ったら、おじちゃんじゃないわよ! お兄さんでしょっ」


 母親は大慌てだ。伊佐はそんな家族の風景が羨ましくもあり、微笑ましくもあった。


「いいんだよ、おじさんで。その方がしっかりした大人に見えるからね。ありがとう海優くん」


 子どもたちがこれからも安全な海でたくさん遊べるように、海上保安官たちは責務を果たさなければならないのだ。

 伊佐は海優という少年と約束の意味を込めて握手をした。すると海優は伊佐に小声で言った。


「ないしょだよ。海のかみ様が、おじちゃんのこと、おうえんしてた」

「えっ、会ったのかい?」

「うん。伊佐おじちゃんがんばってね」

「ありがとう」


 そう、この子もまた綿津見が見えるのだ。


「さて、海優帰るか!」

「うん!」

「主人がお世話になりました。では、失礼します」

「はい、お気をつけて」


 大きな背中、小さな背中、しなやかな背中が遠ざかる。不思議と彼らからオレンジ色の温かな温もりを感じた。きっとそれはあの大きなゴリラさんが放っているのだろう。

 伊佐はその背中に向かって静かに敬礼をした。すると、見えていたかのように五十嵐は前を向いたまま手を挙げた。


 《イサナギサ ヤマトノウミヲ マモレ オマエノ シメイダ》


「ワダツミ!」


 まさかあの五十嵐という男は人間の姿を借りた綿津見なのか。突然海から伊佐の目の前に現れた。


(いや、まさか、そんなんなわけない)


 いくらなんでもそれはないと、伊佐は自分に苦笑いした。そのとき、


「伊佐さーん」

「うん?」


 声の方を振り返ると、手を振りながら砂浜を走ってくる我如古レナの姿があった。


「レナさん」


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