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ワダツミ? 海坊主⁉︎ いや、ゴリラ!

 伊佐は車に乗り込むとマエサトビーチに向かった。

 宿舎からそう遠くないのですぐに着いた。時刻は午後四時を回ったところだ。日の入りまではまだ遠い。

 海は穏やかだった。太陽の光が宮古島の海を照らし、反射した水面がキラキラしている。


「この海は本当に美しいな」


 浜辺に立つと潮の香りと太陽の香りが混ざって、南国独特の空気になる。不思議と磯臭さは感じない。伊佐は、ずっとこうであるようにこの海を守りたいと思った。

 近くで小さな男の子が母親と砂山を作っている。その光景を見ながら伊佐は何かの気配を感じ取った。

 沖に目を向けると、一ヶ所が盛り上がって見えた。小さな渦のような波が起きて、浜に少しづつ近づいてくる。


(なんだあれは……まさか、ここで現れるのか)


「ワダツミ……っ⁉︎ じゃ、ない! うおっ」


 ザバーと海坊主かと思うような大きな影が、海面から現れた。その影の背は高くそして大きい。そして、その手から触手のようなものが生えている。


「なっ……」


 さすがの伊佐も驚いて後ろに下がった。ぼたぼたと砂に水を垂らしながらそれは笑った。人の形をしたそれは片腕をあげ、天になにかを捧げた。


「ぐははは、うわははは……あ?」

「ひっ」


 伊佐はそれと目が合った。

 ぎょろりとした目、ガッチリとした骨格、盛り上がった肩の筋肉、浅黒く焼けた肌。


「海優じゃねえな。あ、すみません。驚かせてしまいまして」

「え……え?」


(しゃべった!)


 その時、先ほどまで砂浜で母親と遊んでいた小さな子どもが、大きな男に向かって走ってくる。


「パパー!」


(パパ⁉︎ まさか、本物の人間だったのか! 紛らわしいな!)


 てっきりワダツミが現れるかと構えていた伊佐。しかし、ワダツミと異なる姿のものが現れた。自分にしか見えない新たな敵の襲来かと思ってしまったのだ。


「海優! そこにいたのか。父さん、上がってくる場所間違えたな。年取るのはこれだから嫌なんだ。そうだ、見ろよ! イカが獲れた」

「うわぁー。すごい! すごい!」

「だろう? 海女(あま)さんにも負けてないだろう?」


 親子のやりとりを、呆然と眺めていた伊佐に男の子が気づく。


「あっ! くりーんさくせんのときの、かいほのおじちゃん!」

「えっ……ああ! 君はもしかしてあの時の子かい」

「はい。かいゆうです!」

「そうだった。海優くん! ということは、この人は君のお父さんで、オレンジさん?」

「うん!」


 伊佐があらためて振り返ると、目尻に皺を入れて大きく頬を上げ笑った。航空基地に勤めている五十嵐という人物だったのだ。


(ああゴリラだ……たしかに、三管のにおいがする)


 伊佐渚、元トッキューとご対面。


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