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恋する乙女

 買い物を済ませた伊佐は、徒歩で石垣保安部が指定した宿舎に戻った。海上保安庁の独身寮のようなものだ。本来はかみしまが家の代わりを半分するのだが、今回は長いドッグ入りのため伊佐たちは大人しく宿舎で過ごすことになる。

 呼び出しがかかれば30分以内に港に走らなければならないので、指定された宿舎は位置的にも好都合だった。


「緊急出航時のリストも更新したし、なんとかなるだろう。さて……お嬢さんはそこで何をしているのかな?」


 伊佐は部屋がある階でエレベーターから降りると、買い物袋を下げそわそわ落ち着きのない女性が廊下に立っているのを発見した。


「伊佐監理官! もしかして、同じフロアだったんですね! 平良隊長と」

「なんだって? 平良さんも同じ階とは……はぁ」


 伊佐はついつい頭を抱えてしまう。何を隠そう伊佐の隣人は歌川なのだ。歌川だけでもプライベートな気がしないのに、平良まで同じとなると、ますます己のプライバシーが心配になる。

 いつ呼び出しがかかるかわからないとは言えども、帰宅後は余計な気を遣わない環境で体を休めたいものである。


「あの、なんだかすみません」

「いや、金城さんが謝ることではないですよ。それ、今から作るんですか、平良さんの部屋で」

「あはは……」


 金城は少し顔を引き攣らせて、乾いた笑いを見せた。


「金城さん。大丈夫ですか? もしかして無理に来いと言われたのですか。であれば私が」

「違いますっ!」


 金城が片手を顔の前でブンブン振りながら伊佐に訴える。であれば先程の妙な笑い方はいったいなんなのか。ますます気になってしまう。


「しかし、あまり楽しそうではないように見えます」

「確かに緊張しています。もう、胸がバクバクいってて心臓が飛び出そうです。でも嫌とか怖いとかそういうのではなくて、なんというか」

(それはきっと……恋だよ)

「先程の電話は大変失礼しました。確かに私もいい大人にのに、業務外のことで変なこと聞いてしまいました。とにかく、カレーライス作ってきます」


 金城は顔を真っ赤にして平良の部屋に行くことを伊佐に告げる。


(いや、完全に恋する乙女だろ)


「分かりました。平良さんなら大丈夫ですよ。彼はいい人だと思います」

「はいっ! ありがとうございます!」

「おっ……」


 伊佐の言葉が嬉しかったのか、金城はキラキラした笑顔で伊佐に敬礼をした。その勢いに伊佐は思わず後退ったくらいだ。


(まったくここの連中は、自分のことに鈍感なんだよな)


 伊佐もその一人だということに、いつ気がつくのだろうか。

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