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歌川、拉致される

「はー! やっぱり石垣島は空気が違いますね。体がバカンスだって言っていますよ」


 歌川は空港ロビーを出ると、両手を上げて背伸びをした。造船所のお偉いさんにひたすら頭を下げたせいで、今はすっかりと気を緩めていた。

 それは伊佐も同じだった。胸を張って肺を広げて、南国の柔らかな空気を吸い込んだ。


「今日は休みだろ。ゆっくりしろよ」

「言われなくともそうさせていただきます」


 眼鏡のふちを上げながら歌川はキャリーケースに手をかけた。「では」と歌川が足を踏み出した時、伊佐は歌川の前に腕を突き出した。


 ドンッ


「うへっ。ちょっとなんなんですか。伊佐さんここに来て嫌がらせですかっ。僕は疲れているんですよ」

「おい、歌川。あれ」

「ですから、あなたのイタズラに付き合っている暇はないと」

「おまえに、迎えが来ている」

「はい?」

「歌川専属のあの子じゃないのか」

「なんです? 僕専属って……えっ」


 伊佐の視線を追いかけて確認した歌川。そこにいたのは主計科主任の虹富まどかだった。虹富は満面の笑みを浮かべて、こちらに向かって大きく手を振っている。


「おや? またどうして彼女が」

「歌川さーん! おかえりなさい!」

「歌川。俺はタクシーで帰るから、じゃあ」

「えっ、伊佐さん! ちょっと、どういうことですかー」


 片手を上げてまたなとタクシーに乗り込んだ伊佐は、歌川を待つことなく行ってしまった。歌川はそんな伊佐を呆然と見送った。何が何だか頭の整理が追いついていないのだ。


「歌川さん! 宿舎まで送りますね。さあ、乗ってください。疲れたでしょう?」

「虹富まどかさん、なぜここに!」

「ですから、歌川さんを迎えに来たんですよ。私もたまたまお休みだったので。あっ、お夕飯食べてもらえますよね? 職員のために新しいメニューを考案したんです」

「は、え、ああ」


 あの饒舌な歌川が完全に虹富のペースにおされていた。伊佐がさっさと帰った理由はここにある。とにかくこうなることは想像ついていたし、それを見ていられなかったのだ。


「かみしまが帰ってくるまで、私たちもがんばりましょうね! もう、歌川さんたら。しっかり」

「うおっ」


 歌川は虹富に、ドンと背中を押されてあっという間に車に乗せられる。船から降りた方が、なんだか大変な予感がしたのはいうまでもない。


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