監査の依頼
この世界には、いくつもの神様がいる。神様とはいっても、上の階級から下まで様々である。それぞれには任される仕事があって、しかし、それも部署によって違う。例えば、俺の所属する、戦いを管轄する神様は、特に何もしなくていい。ただ、血の騒ぐ戦いを見つけては、他の世界の神様と争うのである。
戦いの部署には、20人の武神がいる。それぞれ、特性があり、例えば剣に特化したものや、魔法に特化したものなど、様々である。
ちなみに俺は、両方を器用に使う。
「おい、下っ端。」
俺は上司に呼ばれ、「はいはい」と駆けつける。俺を呼んだ上司は、この部署の3トップでもある女性、カリーアである。
「何かご用で?」
俺は、へこへことそう聞く。カリーアは怒ると手をつけられない。平和な関係を気づくのが大事なのである。
「実は、下っ端のお前に仕事を持ってきた。」
カリーアは、俺のことをいつも下っ端と呼び、俺を何かにつけて面倒ごとを押しつけるのだ。俺の不満もたまりにたまっている。しかし、実力も、知名度も、何一つとして勝てないので、俺はただ「了解です。」と言うしかないのである。
「仕事ですか?」
そうきくとカリーアは、深く頷く。
「ああ、下っ端のおまえに監査を頼みたい。」
俺は、眉をひそめた。確か、監査は監査部が引き受けていたはずである。決して戦いの部署にはこない仕事である。
「人間界の監査ですよね。確か、監査部が行ってたんじゃないです?」
俺がそうきくと、「確かに。」とカリーアは頷く。
「去年までな。今年からこちらが引き受けることになったんだ。」
カリーアは、面倒さそうにしている。カリーアは、こういう面倒な仕事が嫌いであった。むしろ仕事が嫌いである。
戦いの部署に所属すると基本、仕事はない。ただ、他の世界の神様と小競り合いが発生したときに、武力を持って仲裁に行くのだ。あとは、適当に血の騒ぐ方へと本能で戦いに出向くだけである。
「なぜこちらに?余りに我々が仕事しないからです?」
戦いの部署は、近年、小競り合いもなく平和な解決が目指されているため、活躍が少ない。この部署を潰すべきだという声も挙がっているぐらいである。
少し前に、この部署の戦闘狂が他の世界で暴れまくり、出禁を食らったばかりである。仲裁が目的なのに、逆に小競り合いを活発化させているのが現状である。他の部署からすれば、迷惑きわまりない存在である。
「いや、まあ、それもあるだろうが。」
そういってカリーアは、後ろめたそうにする。恐らく何かやらかしたに違いなかった。
「しかし、本当の理由は他にある。実は、最近人間界での発展が目覚ましくてな。送られた監査役人が死亡する事が多くなってきているんだ。」
カリーアは、実に満足げにしている。
「流石は、私が担当する世界ともあり活発的でよろしいんだがな。 」
「まあ、全く机にしか座ってない奴らにとっては少し危ないわけだ。」
カリーアは、そう続けて言う。
「なるほど。だから、基本的に殺されることがないであろう此方に回されてきたんですね。」
俺はなんて厄介な世界になってしまったんだと思う。監査部とはいっても神様である。一応、数百年前までの基準で行くと、人間ごときに殺されるようなものではなかったはずである。
ここ数十年で突発的に発展しているようだ。
カリーアは、とても嬉しそうにしているが、ふつうに考えれば異常事態だろう。役立たず、暴れ馬の戦いの部署に頼んでくるぐらいだ。そうとうせっぱ詰まっているに違いなかった。
「そんなに、強くなってるんです?」
そうきくと、カリーアは首を振る。カリーアは、この世界を少し見てきたそうである。
「まだまだだ。私の敵ではないよ。」
カリーアは、自慢げにそういう。しかし、カリーアの敵かどうかなんて全く関係ないのである。カリーアにかなうものなんてそれこそ数人いるかいないかだろう。カリーア基準に答えてもらっては全く参考にならない。
「まあ、そうでしょうね。」
俺は、カリーアに聞いたところでしょうがないとあきらめた。
「ところで。」
カリーアは、そういい裏から何やら書類を出してくる。
「監査を行うに当たり注意事項があるようだ。えっと、何々。一つ、決して感情のまま暴れないこと。」
「二つ、監査役は戦いに行っているわけではありません。ちゃんと仕事をまっとうしましょう。」
「三つ、目立たないよう、影に徹しましょう。世界に影響を与えてはいけません。」
「四つ、・・・って多いな!後は見ておけ。」
カリーアは、めんどくさそうに書類を俺に投げる。とは言っても、なんて信用されていない注意文なんだ。『感情のまま暴れないこと』って、当たり前だろう。
俺は、ため息をついた。これまでの行いからまあ、仕方のないことではあるのかもしれない。
しかし、『影に徹する』というのは案外難しい注文かもしれない。
俺は、書類の中にあった、写真を見ていく。過去の監査役の人物の写真が載っているようだった。
「えっ、これ写ってます?」
俺は、目を疑う。監査役の個人写真なのに、全く目に入らない。人物より後ろの背景に目がいってしまうとはどういうことなんだ。
俺は、カリーアに写真を見せる。
「わあ、ほんとね。見えないわ。」
カリーアも頷く。
俺は、冷や汗を流した。普通にめちゃくちゃ大変そうな仕事である。俺は、こんな透明化する能力なんて持ってはいない。監査役の人も持ってはいないと思うが。
「俺には、身に余る仕事ですよ。」
そういうとカリーアは、「うーん。」と悩む。
「おまえが適任だと思ったんだがな。・・・仕方ない、暇そうにしていたバクシャーダに頼むか。」
俺は、あわてて止める。バクシャーダは、最高にやばい戦闘狂である。世界をつぶしてしまう可能性だってある。そして、非常に短気だ。
「それはだめですよ!戦闘狂じゃないですか」
そういうと、カリーアは何を言っているんだという風に俺を見てくる。
「何が戦闘狂だ。ここにいる奴は全員頭のねじが飛んでいる奴ばかりだよ。誰に頼んだって一緒だろ?」
俺は、あまりの正論にうんざりする。確かに、普通に考えて、監査役出来るのは俺ぐらいだろう。みんな調子に乗って戦いに参加するはずである。
「・・・わかりました。俺やります。」
そういうと、カリーアは、満足げに「頼んだぞ。」といった。
「いつからです?」
そうきくと、カリーアはさも当然のように、「明日からだ。」という。普通、こんな仕事の依頼は数ヶ月前に頼まれているはずである。恐らく、放置していたのを偶々発見して、慌てて俺に頼んだに違いなかった。
俺は、ため息をつきながら、「わかりました。」と了解した。