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中二っぽい話を目指してみた。

作者: 季月 ハイネ

 視界を瞬時に埋め尽くしたのは、白と黒、二色の閃光。耳元で風を切るような音が鳴り、剥き出しの肌に焼け付く程の熱気が触れ、ざらついた苦いものが舌へと絡みつく。熱い筈なのに、背中には冷たい汗が流れる。

 視覚に捉えられた線が走っていく、それだけが見えた。


「そんな、阿呆な……」

「嘘だろ……街が――」


 突然光ったかと思えば、一瞬でその場の全てを灰燼かいじんに帰した。元の形さえも残らない。そう、あの大火災の後のように――


「こんな、こんなことがあってたまるかよ……。お前なんかに、俺達は負けるわけねーんだよ!」

「よせ、太郎たろう!」


 はっとしてそちらに目を向けるも間に合わない。


「うおおおぉぉおおぉぉおぉ!」


 制止の声も虚しく、太郎は走って行ってしまう。追いかけようと踏み出した右足に激痛が走り、その場に座り込んだ。辛うじて呻き声を噛み殺すも、この足では走れない。それどころか立っていることすらやっとなんて――

 一番近くにいた自分が追えないのであれば、他の誰にも追いつくことなんてできやしない。拳と雄たけびを上げて突進していった彼に、黒い光が再び牙を向く。大型獣の咆哮とよく似た轟音ごうおんが、彼の背中を包み込んだ。


「太郎おぉぉぉ!」


 一瞬の光が彼一人を囲み、耳をつんざく絶叫をも呑み込んだ。

 その圧倒的な力の前に言葉を失う。

 ここまでか。もう、終わりなのか。何も出来ないのか。諦めるしか――

 あまりにも無力な自分に気づいてしまう。その途端、絶望感が胸に去来した。


『絶対、帰ってきてね。私、ずっと待ってるから』


 思い浮かぶのは最後に見た桜の笑顔。

 ――ごめんな、桜。お前との約束、守れそうにないんだ。

 この足じゃ走れない。こんな場所じゃ、君のところまで帰れない。最後に、君に――


「こら、晴喜はるき。なーにしけた顔して座り込んでんのや。しっかりしい」


 ぐいと引かれる腕に無理矢理立たされ、左足で重心を支えた。


佐助さすけ……」


 こんなときでも変わらない彼の態度が、眩しく思えた。


「無理だ。俺はもう、立てねぇよ……」

「阿呆。立たせてなんやけど、お前は立つ必要ない。――平太へいた、わかっとんな?」

「がってん」


 交わされる会話に首を傾げる。

 何だ。一体何を――


「先に逃げ。やっこさんはここで食い止める」


 そうしている間にも平太に背負われる。


「なっ……お前、何考えて……! つか平太、お前も余計な事してんじゃねぇ!」

「ちょ、こら、そこの怪我人! お前が殴んなよ! 怪我人だからってやって良い事と悪い事があるだろ!」

「うるせえ黙れ、あったとしてもお前相手にそんなものはねえ。――で、佐助。本気で残るのかよ」


 背負われながらといういささか不格好な状態だったが、立つ事も満足に出来ないのだから仕方ない。


「すぐに追いつくわ。先に行っとれ」

「馬鹿か!? あんな得体の知れないもの、敵うわけないだろ!? 俺らで何も出来ないっつつーんだから、お前一人に何が出来るんだよ!」


「酷い言われようやな……。そんなん、やってみなきゃわからんわ。背向けて逃げるんはすぐにでも出来る。せやけどな、あいつに挑戦するんは今しか出来んような気ぃするん。な、ここは俺に任したってや」

「挑戦!? んな悠長な事、言ってる場合か!」


「心配せんで? すぐ追いつく言うたろ。俺が約束破った事、あったか?」


 にっこり笑う佐助はいつもの彼で。これから何をするのか本当に解って言ってるとは到底思えない、そんな態度だ。馬鹿だ。どうしようもなく馬鹿だ。

 まともに顔が見れない。


「――お前はいつもそうだよな。人に心配ばかりかけさせて、そのくせお前は何でもないって言いやがる。心配する俺らの身にもなってみろよ」

「すまん」


 申し訳なく頭を下げられるのを視界の端に見つけ、それ以上何も言えなくなった。


「ほんまにすまん」


 今更、何を言えというのだろう。


「――晴喜、平太」


 呼ばれるままに顔を向ければ、差し出される小指が一つ。


「約束しよか」


 ――どうせ守る気もないくせに。肩越しに指を出そうとして、残念そうな平太の声に遮られた。


「ええー、ロマンがないー。こういうのは女の子とするものだって、相場は決まってるんだけどな」

「誰のだ、誰の」

「オレに決まってるでしょうに――って痛い痛い! 後ろから攻撃は卑怯ですよ、晴喜さん!?」


 位置の関係で口まで届かないのが悔しい。仕方ないから代わりに耳を引っ張ってやったというのに。


「後ろから攻撃するというのはだな、こういった奇襲作戦には非常に役立ったそうだ。よーく覚えておくとのちのち良い事があるかもな」

「ない! それは絶対ない!」


「そうかそうか、お前の脳みそじゃ入らないか。それは残念だ」

「残念なのはお前の頭のな――ごめんなさい何でもないです」

「わかればいい。うんうん、最近の平太は物分かりが良くて助かるよ」


 口ではそう言いながら、今度は両耳を引っ張ってやった。


「ほーらごらん、僕はうさぎさんだよ――って違う! 激しく違う! 確かにオレは愛くるしい自覚あるけど!」


 どこの誰が愛くるしいとかほざいてやがる。


「黙れナルシスト。こんなのがうさぎさんになったらうさぎに失礼だ」

「どう見ても愛くるしいだろ。見ろよ、オレのこの円らな瞳! ふさふさの手! それに人参好きなところもそっくりだ!」


「見えねぇしきもいし人参好きとか関係ねぇし。うさぎに謝れ」

「いいや違う、うさぎがオレに謝れだし」


「動物虐待」

「それ意味ちがくね!?」


「いいや、お前にだけは当てはまる。良かったな。感謝しろよ」

「差別ー、差別だー。晴喜の虐めっ子ー」


 佐助が突然噴き出したかと思えば、お腹を抱えて笑い出した。


「相変わらず漫才コンビやな」

「お前らには負けますー……だから痛いって言ってるでしょうに。いい加減にしないと子供の頃から大事に持ってていまだにぎりぎり捨てられずにいた思い出落とすよ!?」


「いや、ないから」

「オレの」

「いらねぇから。寧ろ落とせ」


 ひとしきり続いたいつもの会話が途絶え、互いに言葉なくたたずむ。


「ほな」


 振り返る佐助の背が少しばかり大きく見えて、その向こうに黒ずんだ街があって。変わり果てた街から逃げるように、走り出した。

 そして――



 唐突に目が覚めた。なんだ夢か。びびらせやがって。

 それにしてもリアルな夢だった。あの場所も、何処かで見た事ある気がする。気のせいだろうか。あの場所は一体――


「なんや、やっと起きたんか晴喜」


 そこには佐助と太郎が立っていた。

 当然ながら二人に傷なんてない。見渡してみれば、そこここでお喋りをしている制服人がいる。机の上にはパンの袋や弁当が広げられ、中にはコンビニで買ってきたつわものもいる。

 そう、いつもの教室だ。


「すっげ寝こけてたな。まーたゲームで徹夜したんじゃね?」


 からかい混じりに言われ、少しばかりむっとする。こちらは真面目に考えているというのに。


「間違っちゃいないけど、お前に言われるとなんか腹立つ」

「うわー、おれ限定か? 酷い上に冷たいなー。クラスメイトには優しくしておいて損はないんだぜ? 今からでも遅くない。いっつも眉寄せてると、そのうち縦じわ取れなくなるんだって知ってるか?」


「非常に余計なお世話だ。そもそもお前に言われるほど寄せてない」

「ああ、自分じゃわからないからなー。今の晴喜は面白いくらい不機嫌満開だ。そんなんだと女子も逃げてくぜ」


「余計なお世話だ。何処でもいい顔してる、八方美人のお前に言われたくない」

「人と人との付き合いってもんは大事だぜ? しかしお前、寂しいくらいボキャブラリないな」

「せやせや、もっと修行せい?」


「だーかーらー、うるさいっての」

「少なくともお前よりは静かだ。ほら見ろ、みんなが注目してる。笑って手でも振ってやれよ」


 嫌味なくらいにこにこと教室を示されれば、あちこちから視線を集める始末。決して俺のせいではないと思いたい。


「……なあ、佐助」

「ん?」

「お前、」

「やっほーん。眠り姫は起きたかい?」


 言葉を遮られ、無言で立ちあがる。


「お。どうした晴喜?」

「うさぎさんが相変わらずですげぇ嬉しい」

「うさぎさん? うわあ、晴喜から褒め言葉とか。これはきっと明日晴れるねー」


 呑気に手をかざして窓の外を見やる平太のところまで行き、無防備な後頭部に、持っていた辞典を真っ直ぐ落とした。


「空気読め!」

「いって!!」


 涙目になった平太が恨めしそうにこちらをにらんでくる。


「ちょ、晴喜が遅い反抗期!」


 何も言わずもう一発同じ攻撃を入れてやった。



 あんな夢を見たからか。目覚めたそこに、いつもの日常があったから安心したなんて絶対に言わない。

 そう、あんなのはただの夢だ。

 夢なんだ――



 続かないよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前半と後半の落差で、ほっとした自分がいます。 [一言] 懐かしいなぁ。あの頃に戻りたいなぁ。 読後、作者様の思惑通り、そう思ってしまいました。
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