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短編もの

ドラゴンキラーが生まれるまで

※あらすじ通り身も蓋もない下ネタオンパレード

 カイトは王の庶子であった。

 彼の母は身分こそ低いが若くして王宮のメイド長に上り詰めた女傑で、城に住まう者ならば必ず世話になったことがあるような人だった。

 そして彼の父は王族特有の美しい顔立ちをしていたがそれ以外は平凡。その美貌すらも他の王族と比べれば遙かに劣るものだった。それもそのはず、彼は先々代の王の庶子の子、王家の血は1/4程度しか入っていない。

 そんな二人の間に生まれたカイトは母からごくごく普通の人好きする容姿と父から穏やかな性格を受け継いだ、世間一般がイメージする"王子様"からかけ離れた青年であった。

 カイト自身も王子だなんて柄じゃないなと自覚しており、彼が王子と知らぬ者からは時折城に仕える召し使いと間違われるほどである。だがその間違えた人物が後に必死で頭を下げて、なんなら土下座を決めてくる程度には彼の扱いは悪いものではなかった。


 本来ならばカイトの父は王になるはずもなかったのだが、他の王位継承者が次々と不幸に見舞われ仕方なく王へと祭り上げられた。そのような状態から今の善政を築けているのは彼の人柄と妻の助力によるものだ。

 その時、彼は既に妻を娶りカイトも生まれていたのだが、妻の強い勧めにより公爵家より正妃を取った。後に伯爵家と別国の王女も側妃とした。おかげでカイトを除いても世継ぎには困ってない。

 最初こそ側妃に落とす事で愛する妻子が虐げられるのを恐れてカイトの父は酷く抵抗していたのだが、元々妻の尻に敷かれていた彼は泣く泣く彼女の意見を採用した。そして彼の心配を余所に正妃、他の側妃、彼女達の子供、ついでに彼女達の関係者とも仲睦まじくなっていた逞しい妻子にカイト父は今や遠い目をしている。

 高貴な正妃や側妃(けんりょくしゃ)に好かれ、また城のビッグマザー(オカン)と何故か逆らえない感満載の二つ名を持つ母のおかげで、カイトは微妙な立場でありながら至って平和な生活を送っていたのだった。


 正妃が男児を産んでいたこともあり、カイトは王を継ぐつもりはなかった。あと内外共に安定しているので国交の道具に使われる可能性は低いし、何より彼の立場も容姿もプラスに働かない。母に似て世話を焼くのが好きな彼としては召し使いは適職かと思ったが、仮にも王族の血を引いてるので逆に気を遣わせそうだ。それに王宮が嫌いなわけじゃないが、あまりここにはいたくなかった。幼心にそう思っていた彼は冒険者を目指していた。

 冒険者と言ってもドラゴンを倒そうだとか魔王を倒そうだとか、カイトはそんなたいそうな事は考えてない。そもそも彼の世界では人族と他種族は友好関係にある。魔物と呼ばれる魔王が統べていない知性の低いモンスターは他者を襲うものの、倒されるような悪いドラゴンや魔王はいないのだ。

 だからといって彼の世界でメジャーなダンジョン潜って魔物を退治しつつ宝探しで一攫千金なんてことも目指していない。カイトは平和主義かつ質素な暮らしを好んでいた。王宮よりたまに帰るこぢんまりとした母の実家が落ち着くタイプだった。

 ならば何故カイトが冒険者に憧れるのか。何も冒険者の仕事は冒険するだけではない、一種の便利屋も兼ね揃えていた。薬草採取に害獣や魔物退治、清掃などギルドに寄せられる依頼をこなすのも彼らの役目だ。カイトはその便利屋になりたかったのだ。

 それに冒険者は成人していれば身分関係無く就ける仕事である。良くも悪くも実力主義、殆どが自己責任となるが、老いても鍛錬を怠らず体を壊さなければ冒険はともかく簡単な依頼をこなして最低限の生活はできる。くわえて素性を隠して働くにはもってこいというわけだ。

 大体そういった経緯と思惑で「よし冒険者になろう」と彼は決意した。カイト当時六才、よく言えば堅実、正直な所かなり夢の無い子供だった。


 雑用専門の冒険者としてデビューして早四年。街でのほほんと暮らしていたカイトだったが十九歳の時、城に呼び出され竜人族の元へと婿入りするよう命じられた。

 実はカイトには十一歳の時から竜人族の申し出による婚約者がいたのだが、もうすぐ迎える彼女の成人と共にめでたく結婚する運びとなったのである。城から出た後も毎週のように手紙は交わしていたし、年に一度は顔を合わせていたが本当に結婚してもらえるとは。この子俺の婚約者なんですよーと冒険者仲間に彼女の写真を見せびらかしてはいたが、そんな事で外堀は埋まらないだろうに。

 何の因果か彼女の婚約者になったとはいえ、相手はあの竜人族の姫君だ。美しく賢く強く気高い、自分とは不釣り合いな少女の姿がカイトの頭に浮かぶ。自分が選ばれた理由はなんとなくわかるが、それでももっと良い条件があったはずなのに。実際問題、冒険者時代に婚約者自慢を聞いた女の子は引いた様子だった。きっとなんだこの妄想野郎とでも思われていたんだろう。

 だからといって断ったり破棄しようだなんてことはないが。今の身の丈にあった生活は捨てがたいがそれはそれ、これはこれ。国際関係の悪化を恐れて云々といった政治的な問題ではなく、単にカイトは婚約者にベタ惚れだったのである。一目惚れだった。不相応だと彼女の事を思って身を引くなんていじらしさなど備えていない、こんな美味しい話を逃さない程度には彼も男だった。



 結婚式に備え、一月前にカイトは婚約者の国へと住まいを移す事となった。婿入り道具を携え、迎えの飛竜に揺られること一時間。


「……やっと来たの」


 てっきり次に彼女と対面するのは結婚式だと思っていたカイトは登城した途端、面食らった。玄関ホールで仁王立ちする婚約者の姿を目にしたからだ。不機嫌そうな彼女は竜人族の特徴である尾をバシンバシンと床に叩き付けている。

 竜族の生態は人族の間では殆どわかっていない、その血を引く竜人族も同じくだ。だから決して短くない付き合いだが、カイトは彼女のその行動が何を示しているのか、はっきり知らずにいる。

 だがおそらくウサギのスタンピングみたいなものだろうとカイトは思っている。警戒している時や苛立っている時に後ろ足で床を叩く一種の威嚇方法だ。

 カイトは昔魔物に襲われ怪我した子竜を保護していた時があるのだが、その子も自分が撫でると睨み付けながら尾で床を叩いていた。竜族は気位が高いものの義理堅い性質らしい。だから助けられた恩故に嫌でも抵抗できなかったのだろう。わかっていたがひんやりと滑らかな肌触りを気に入っていたカイトは図太く撫でまくった。そのせいで嫌われ、怪我が治った途端に逃げられてしまったのだけれど。無事に群れへ帰れていればいいなと思う。

 つかつかと早歩きで近づいてきた婚約者は目の前で立ち止まる。王者の風貌とでもいうのか、背丈は頭一つ分小さいというのに彼女から妙な威圧感をカイトは感じていた。


「随分下々の女と仲良くしていたようだけど変に混じったりしていないでしょうね」


 竜族は番と定めた相手以外とまぐわうことはタブーとされている。人族のように酔った勢いでワンナイトラブだとか娼館で一発なんてもってのほかだ。彼女の質問はその確認なのだろう。汚らわしい真似をして私の婿になれると思うなよ、そんな重圧を感じる。

 幸いかどうかはさておき、平凡な自分に言い寄ってくる奇特な女の子などいなかった。彼女の写真見せびらかし事件による妄想癖持ちのやべー奴認定のせいだろう。だからといって事実だとしても童貞だと主張するのは男としてちょっと悲しい。そもそも万が一モテたとしても不貞を働けない理由がカイトにはあった。ならこれを伝えるのが一番か、どうせこの国の人達みんな俺が彼女に一目惚れ以来ぞっこんなの知ってるし。訝しげな婚約者に笑顔でカイトは言い張った。


「俺ヴィヴィ以外じゃ勃たないから大丈夫だって」


 一瞬の沈黙から腹に抉りこむ彼女の尻尾。物理的に腹筋が割れるのではないか、それほどまでに強烈なボディーブローを味わったカイトは鍛えてて良かったと思いながら意識を失ったのだった。



 と、初日にそんなトラブルはあったものの、式の準備は滞りなく進んだ。それでも怒らせてしまったのか、結婚式まで顔を合わせる機会は訪れなかったのだけれど。結婚式でも口をきくことはなかったけれど。でもいいのだ。その後しっかり楽しんだから。


「ヴィヴィ」


 微かに残る閨事の熱と甘やかな空気にカイトは我に返ると結構恥ずかしいものなんだなぁ、なんてどこか他人事のような感想を抱いていた。寝台に横たわるカイトの目の前には先程本当の意味で妻になった少女がいる。自分はちゃんと番として認めてもらえていたようだ、身をもって実感したカイトの心の中ではお祭り騒ぎを通り越してカーニバルが繰り広げられていた。

 腕に抱えた妻の髪をカイトは指で梳く。胸へと顔を押しつけられているせいで彼女の表情は読めない。ただ背を向けられたり、寝台から蹴落とされていない具合からしてそこまで機嫌を損ねたわけではないのだろう。

 愛しさに頭へと軽く口付ければ、彼女の尾が足へと巻き付いてくる。爬虫類独特のひんやりとした、それでいて滑らかな感触にカイトは懐かしさを覚えていた。彼女の尾はビビと名付けた子竜とまるっきり同じ質感だった。それもそうか、なにせ竜人族は竜族と人族の子孫なのだから。

 嫌われていたがカイトはあの子竜が好きだった。だってとびっきり可愛かった。カイトは可愛いものに目が無いのだ。ほぼあの子の親族とも言える彼女の子供もきっとまたとんでもなく可愛いのだろう、できれば自分じゃなくてヴィヴィに似てほしい。そんなことを考えていたらつい口から出てしまっていた。


「赤ちゃんできてるといいな」

「……竜人族の子供がそんな簡単にできるわけないでしょう」


 出し入れ可能な角と翼と尾をしまってしまうと人と変わりない姿をしているが、彼女達は根本的には竜族の血が強いらしい。そのせいで彼女達は竜族と同じく繁殖力が弱い、番以外とまぐわおうとしない上に性欲が殆どないらしい。長生きだから増えすぎないよう本能的にセーブされているのかもしれない。

 証拠にヴィヴィが生まれて以来、十五年間、竜人族の子供は生まれていなかった。寿命が数百年単位だから、よっぽどのことがない限りは絶滅しないんだろうけど……不安にもなるだろう。

 だから自分が選ばれたのだとカイトは考えている。人族で、子だくさんの家系で、種族の中では比較的身分が高く、けれど婿入りしても問題無い立場の男だから。

 人族はクソ弱いがその分、繁殖力は強い。なにせ他種族との間に子供はできないのが基本だというのに、人間に限ってはエルフ・オーク・ゴブリンなどなど他種族相手だろうがバンバン子供を作る。そのうえ万年発情期である。更に人間は性行為に対する好奇心と発想力が強すぎた。エロを動力に様々な知識や技術を開発し、今や変態種族の称号を……いやこれは関係無いか。


「じゃあたくさん頑張らないとだめだなあ」


 そう口にはしていたがカイトは週一、いや月一なら行けるだろうかと悩んでいた。竜族は性欲が殆どないのだ、いくら子供を望んでいても行為自体が苦痛になるだろう。なら無理強いはしたくない。愛するヴィヴィにまで嫌われたくないのだ。それに子供は天からの授かり物、気長に待てば良い。この時のカイトは心からそう思っていたのだ。



 結婚生活から一月経ったある夜、カイトは違和感に目を覚ました。何かが腹の上に乗っている、対して重いものでもなさそうだし、腹筋も鍛えていたのでさほど苦痛ではないが純粋に怖い。だって寝室には自分と妻しか居ないはずだ。

 ならばこれはおば……彼は最後の一文字が出そうになった所で考えるのを止める。カイトは霊感こそないがそういった類いは大の苦手だった、だってあいつら物理攻撃効かないしと脳筋思考による恐怖で彼は瞼を開けられずにいた。

 ただそうなってくるとヴィヴィが。金縛りではないのか腕は動く。だが隣に寝ているはずのヴィヴィがいない。その事実に気付いた瞬間、全身から血の気が引いた。幽霊に対する恐れも忘れてカイトは瞼を開け、そして目を見開いた。


「え、っと……ヴィヴィ?」


 腹の上に跨がっていたのは他でもない最愛の妻だった。暗闇に目が慣れていないせいで彼女の表情はうまく窺えない、ただ真っ暗な中で彼女の赤い瞳が妙な輝きを帯びている。ようやく夜目が利きはじめた頃、ヴィヴィはその紅玉からぽろぽろと涙を流し始めた。まるで置いていかれた子供のような寂しそうな表情から一転、突然の涙にカイトは混乱した。


「カイト、おなか、おなかが」

「どうした、ヴィヴィ、お腹痛いのか?」

「おなか、せつない」


 お腹が切ない?思わぬ言葉にカイトは首を傾げた。考えて考えて……つまりお腹減ったのかと彼は結論づけた。弟妹も育ち盛りの頃よく夜中になってお腹が空いたと言い出す事があったという体験談に基づいて。

 なんとなくお察しいただいていただろうが、カイトは大変なにぶちんである。あとついでに人たらしでもあるとヒントを出しておこう。


「カイト、カイト、とれない、カイト、はずして……」


 それはさておきカイトは悩んでいた。今は何時か分からないが、きっと皆寝静まっている頃だろう。勝手に厨房借りて良いんだろうかと明後日の方向に。ダメだったら後で謝ろう、とりあえず夜遅いし雑炊辺りにしておくかと決定した所で、カイトの上着が引きちぎられた。

 え、と声を出した時には上半身裸になっていたことにカイトは混乱を極めた。その前にヴィヴィが必死に彼を脱がそうとして、だが焦りで上手くボタンを外せず懇願していたにも関わらず(聞こえてなかった)カイトに無視され、焦れに焦れた結果である。お前は生娘かと言わんばかりに、思わず両手で胸を隠すカイトにヴィヴィは声を荒げた。


「どうしてしてくれないの」

「な、なにを……?」

「頑張るって言ってたのに、うそつき、うそつきぃ……!」

「ちょっと落ち着こうなヴィヴィ、それ何の話だ?」

「私との赤ちゃん欲しくないの?」

「欲しい!」


 話の流れは読めないが、それは譲れなかった。ただしヴィヴィはその答えが気にくわなかったらしく更に泣きじゃくった。だったらなんでしてくれないの、か細い訴えにようやくカイトは悟った。初夜以来、営みが無いことを怒っているのだと。

 そのことにだいぶ興奮したが、ヴィヴィの泣き顔にやましい気持ちは即座に萎えた。カイトの性的嗜好はまだノーマル、間違っても女の子の涙に興奮できる上級者では無かった。ひとまず宥めようと身を起こそうとしたがそれは敵わなかった。カイトの肩をがっちりと押さえつける彼女の腕によって。

 竜人族は人族よりも遙かに身体能力が高い。それは腕力とて例外ではなく、これだけ体格差があっても関係無く。

 寝てる時は邪魔だからとしまわれている角と翼を携えた様子からして、彼女には眠る気は一切無いようで。


「おなかいっぱいにして、カイト」



「おやおや婿殿、どうなされましたか。腰に貼る湿布ですかな?」

「いやそれは大丈夫なんだけど」

「じゃあ精力剤かね?」

「間に合ってます」

「ほほう、さすが変た……ヴィヴィアンヌ様の選んだ婿殿ですなあ!」


 今変態種族って言おうとしたよね。ただ追求した所でさくっと流されるだろうなとカイトは尋問を諦めた。

 この好々爺然とした男はこの城の侍医であり、たいそうな有識者で情報通だと伺っている。だからカイトは彼に相談を持ちかける事にしたのだ。他でもない最愛の妻の異常について。


「夜になるとヴィヴィがもの凄く積極的なんだけど……」


 あの一種の夜這い事件から更に二晩過ぎた。昼間こそいつも通りだが、夜になると相変わらず性的な意味で食われる日々が続いている。食べているのはこっちのはずなのに、毎晩搾られすぎて乳牛ってこんな気持ちかなと悟りを開きつつある。

 まあカイトの赤ちゃん欲しい、赤ちゃん欲しいよぉと跨がっておねだりする姿は控えめに言ってもドチャクソ興奮するし、ご褒美なのだが。

 ただいいかげん心配になってきたのだ。だって竜人族は性欲が殆ど無いはずなのだから。何かしらの異常が起きてるのなら、早く楽にしてあげたい。そんな気持ちから尋ねたカイトに侍医は目をしばたたかせていた。


「そりゃあ竜人族ですからなー、人族の婿殿からすれば異常かもしれませんが」

「……その言い方だと竜人族は性欲が強いみたいに聞こえるんだけど」

「その通りですな」

「いやいやいや竜人族って性欲が殆どないんだろ?」

「どこのどいつですかな、そんなはた迷惑なでたらめ流したのは!」


 怒り心頭の侍医をなだめすかして話を聞いたところ、人族に対して竜人族の情報が間違って伝わっている事が発覚した。おそらく伝えられる際、情報が混雑したのだろうと。彼から説明された話を纏めるとこうだ。

 まず竜人族は一生に一度だけ番を作り、その番と生涯を共にする。番以外には性欲は湧かない、あと番以外とまぐわうと死ぬ。尚これはたとえ別種族でも番じゃない竜人族を襲った者、竜人族と番った者に適応される。

 つまり今のカイトは浮気すると死ぬ、知らず知らずのうちに彼の人生はハードモードに変更されていた(※取り消し不可)のだった。

 繁殖力が弱く子供ができにくいのは合っている。ただ番にだけは常夜発情状態となり、他に向かない分、番にはとんでもなく強い性欲を抱くものらしい。


「ようするに惚れた相手にだけドスケベですな」

「惚れた相手にだけドスケベ」


 その言葉のインパクトに負けてカイトはつい復唱する。こんな時に思うべきではないが、全く俺の嫁は最高だぜ!とカイトは内心で祝杯をあげた。


「子供ができにくいのに我らは番との子供を強く望んでしまう、我ながら厄介な一族ですな」


 性欲の強さは子供を望む本能の裏返し。だけど他種族が番になった場合は体力差を慮り、並外れた精神力で我慢するらしい。それが今回悪い方向に働いたんだろうなとカイトは推測する。今のヴィヴィの状態は番が嫌がってるんだと遠慮したその反動なのだろう。で、その爆発した状態に付き合えるだけの体力が自分にあったからあんな目にハートを浮かべるようなことになってしまったと。今日ほど冒険者やってて良かったと思った日は無い。


「身ごもれば性欲こそ次第に落ち着きますが、妊娠中は独占欲が跳ね上がりますのでお気を付け下され。ただでさえヴィヴィアンヌ様の婿殿への惚れ込みようは筋金入りですからなー」

「もしかしてヴィヴィも俺と同じく一目惚れだったり……?」

「婿殿はその顔でよくそれだけ自信家でいられますな」

「事実とは言え容赦がなさ過ぎる」


 ちょっとしたジョークのつもりだったのに、大げさに嘆く振りを見せるカイト。ただ彼の頭は別の疑問で満たされていた。

 他国である人族の勘違いはともかく、恥ずかしながら自分が彼女に一目惚れしたのは竜人族の間でも有名な話で、情報通のこの侍医が知らなかったとは考えづらい。

 ヴィヴィと会ったのは婚約が決まった時が初めてのはずだ、そこで違うなら彼女が好きになってくれたのは自分より遅いはず。それなのに筋金入りっておかしくないか?と。

 考え込むカイトに侍医は目を細める。気が遠くなるような時間を生きてきた彼にとって十数年生きただけの若造の思考を読むなど赤子の手を捻るよりも容易い事だった。口添えする気になったのは他でもない姫君の為である。


「我々竜人族は求愛行動で尾を上下に動かすんですな」

「尾を上下に動かす……」

「ただヴィヴィアンヌ様は力加減が下手くそで動きに品がないのですが」

「侍医さん、王族に対して不敬すぎません?」

「おそらく竜人族と竜族合わせたってヴィヴィアンヌ様ほど酷い動きをする方はいらっしゃらないでしょうなあ」


 誰かに聞かれてたらどうするんだと冷や汗ダラダラ流していたカイトだったが、しばらくしてピタリと動きを止める。わりと最近そういった動作を見たし、似た動きを昔よく見ていた。二つといない、つまり癖のようなものだとしたら。ほぼ確信したそれを裏付けるためにカイトは確認する。


「……もしかして竜人族って竜の姿にもなれたりします?」



 その日はちょっと遠くに行ってみたい気分だった。だから竜の姿を取って方角を確認しながら、いつもより遠出して。少し休もうと立ち寄った森で魔物に襲われたのは完全に計算外だった。飛び回った疲れのせいで思ったように動けず、怪我を負わされて。疲労と怪我の痛みで撒く事もできずに死を覚悟した私を助けたのは。


「よしよし、よく頑張ったな。もう大丈夫だからな」


 人の良さそうな、でも平凡な顔の少年。それから弱くて、私より傷だらけになってまで助けるような底なしのお人好しだった。


 鍛錬の途中だったと聞いてたからてっきり町民なのだろうと思っていた。それにその国の王族は揃って顔が整っていると聞いていたが、私を助けた少年は例外だったのもある。でもその人の良さそうな顔はけして嫌いではなかった。

 ただ王子であることはなかなか信じられなかった。王城に連れて行かれたし、私室だって持ってるのにも関わらず。それほど上に立つ者には向いていない、優しすぎる少年だった。

 彼は私の世話をよく焼いた。弟妹を可愛がってる様子は話だけでも十分窺えたのだが、彼は誰かの面倒を見るのが好きらしい。人の役に立つのが好きで、人に何かをやってもらうのが苦手で。なんでも将来は冒険者を目指しているのだとか。やっぱり王族らしくないなと思った。

 少年は私に触れるのが好きだった。少年は私を撫でながらたくさん話しかけてきた。少年の手付きや声は心地よくてその時間をわりと楽しみにしていたけど、一つだけ不満を抱いていた。睨み付ける私にそんなに怒るなよビビと彼は口にする。それよ、それ。それが気に入らないの。

 名前を教えてと聞かれたから答えたのに上手く聞き取れなかったのか、彼は間違って発音する。この姿だと上手く喋れないから訂正できず、ずっと彼は違う名前で呼ぶ。それがすごく嫌だった。でも怒ってるけど嫌ってるわけじゃないのは尻尾を見てわかってるのか、彼は撫でるのを止めなかった。


「竜族は好きな人以外好きにならなくて良いし、好きな人は自分だけを好きになってくれるんだよな……いいなあ」


 ある日、ぽつりと彼が呟いた言葉も顔もとても悲しそうで。一息吐いて彼はいつもとは違う声色で語りはじめた。


 父さんは母さんがすごく好きなのに、王様になっちゃったからいっぱい子供を作らなくちゃいけなくて。でも母さんは俺を産んだ後にもうこれ以上子供は産めなくなっちゃって、それに父さんも母さんも身分が低いから守ってくれる人が必要で。だから色んな人と結婚したんだ。

 俺は王様にならないつもりだけど、もしも父さんみたいに他のみんながいなくなったら俺も色んな人を好きにならなきゃいけない。そうじゃなくても他の強い国が出てきて人質になるような事になったらたくさんの中の一人になる、俺の顔と身分じゃたった一人に選んでくれる人はいない。それがすごく怖い。

 だからできれば一人で生きていくつもり。もし普通の女の子をお嫁さんにしたら母さんみたいなことになっちゃうかもしれないから。女の子は弱くてかっこよくない冒険者なんて好きになってくれるはずないしね。

 ……でも本当は、俺さ、王様じゃなかった頃の父さんと母さんみたいになりたかったな。


 その願いを聞いて私は国に帰る事にした。怪我はとっくに治っていたけれどカイトと離れたくなくて決心が付かなかったけど、彼の心からの願いを叶えられるのは私だけだから。

 心配してくれた皆には悪いけれど、番を見つけたのだとすぐさま彼の国へ私と彼の婚約を持ちかけたのだ。ゆっくり愛を育むつもりが、まさか一目惚れされるとはこの時の私は夢にも思っていなかったのだけど。



「ビビ」

「……発音違う」


 さすがに三日三晩はちゃめちゃしたら少しは落ち着いたのか、四日目の今夜はちょっとマシだった。昨日までは終わるとぐっすり眠りに就いていた彼女だが、今日は初夜の時のよう意識を保っていた。

 わざと昔のように呼びかければ即座にお怒りが飛んでくる。子竜の時、俺に向けていたあの鋭い視線はきっと同じ意味だったのだ。俺はあの子を撫でながらよく名前を呼びかけていたから。撫でられるのが嫌だったわけじゃない、だってあの子は触れるといつも。


「ヴィヴィはあの頃からずっと俺の事好きでいてくれたんだな」

「……やっと気付いたの」

「番に選んでくれるぐらいだから嫌われてないのはわかってたけど、求愛行動が威嚇みたいに攻撃的だったし、態度もわりとツンツンしてること多かったし」

「求愛行動下手くそで悪かったわね!性格は元から!それでも私の事好きになったくせに!」

「うん、めちゃくちゃ好き」


 思いっきり抱きしめると大人しくなる、こういうところ子竜の時から変わってないんだなあ。

 一目惚れだった。でもその前から好きだったんだ、たった一人の存在に俺を選んでくれた女の子を知った時から。もし途中で番じゃないと言われたらどうしようっていつも不安だったから、ちゃんと番になったあの時は本当に嬉しかった。

 俺の願いを叶えてくれたんだから、今度は俺が彼女の願いを叶える番だ。


「なあヴィヴィ、いっぱい子供作ろうな」

「前にも言ったけど竜人族は子供が」

「お前が嫌って言うまで俺は頑張るから」

「……言う訳ない」


 どっちの意味でなんて聞くなんて野暮だ。ついさっきあれだけ重ねたのに、また口付けても怒らないんだから。そして再びお互いに溺れていく。




 竜人族は子供ができにくい。子供ができにくいはずなのだ。だがカイトは知らなかった。今現在進行形で慈しんでいる彼女の腹に既に第一子が宿っていることを、つまり初夜から既に彼の伝説は始まっていたのだ。

 最終的に彼は七人もの子をヴィヴィに授けて、あまりの的中率に彼は後に竜人族の間で伝説となる。敬意と畏怖を込めて、後世にて彼は『ドラゴンキラー』と呼ばれる事となった。


余談:ドラゴンキラーの命名者は面白がった侍医さん

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― 新着の感想 ―
[一言] ドラゴン相手にハーレムでも作るのかな、と思ったら方向性が違ってましたねw しっかしそれでも、マジでドラゴンキラーで笑いました。面白かったです。
[一言] その後、カイトが亡くなると 『子宝に恵まれるご利益』がある!とされて、 竜人族の若夫婦の中でカイトの墓石を削り持ち帰る のが流行した。 おかげでカイトの墓石はボロボロに・・・(涙) 一計を案…
[良い点] おぅふ必中w [気になる点] ドラゴンキラーの犯人は『侍』医             ↑これ [一言] ドラゴンキラー(武器)良かった! ゲイボやグングニ等の武器が上がってるけど、必中って…
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