俺の種族は……
俺は呆然と赤く染まった、部屋に立ちすくんでいた。
脳内に何か靄がかかり何かを体験した気だけが残る。
次第体に自由を取り戻し、辺りをゆっくり見渡す。そこに泣き顔はなく散らばった手を見つめて自分の体を見つめる。
(俺の体、体、体に口がない。覚醒前の体と同じだ。)
俺は何度も何度も自分の体を触り、自分の体というものを確認していく。
(尊い、俺のカラダ! )
「菅原さん、菅原さん、聞こえますかー。菅原さんは自分の体を弄る趣味でもお持ちなんですか?私のことわかりますか?」
俺は不意に声をかけてきた男とも女とも認識できる能面をつけた係の人の声に驚いた。いや驚いたのは不意に声をかけられたからではない、自分で自分をスリスリしていたのを見られてのだ恥ずかしくないはずはない。
「えっあ、あ、あーはい。わかります。体を触る趣味なんてないですよ。いつから、いつから居たんですか? あっ、それより僕の体醜くないですか? 鏡とかありますか?」
少々テンパった感は否めないが返事を返す。
「鏡ありますよ。皆さん覚醒後の自分の変化が気になりますからね。はいどうぞ。それと、こちらに転移したのはあなたが自分の体を弄りはじめて5分ぐらいしてからですかね。」
「やっぱり。よかった。よかった。触手人間じゃない。体にも口がない。普通の人の姿だ。」
俺は係の人の声に耳をかさず、鏡に映された自分の姿にうっとり心奪われた。少し天パの髪型、目はつり目、程よい唇。引き締まったからだ、まさに俺のあるべき姿だ。
俺は感動のあまり涙を流してしまった。今日ぐらい泣いてもいいじゃないか、嬉しさで止まらないこの涙!人型は最高だ。
「どうです俺の体なんか変なとこありますか?」
「いいえ、おかしなところはありませんよ。嬉しそうでなによりです。しかし、触手系統への侮辱はいけないことですよ。もしよければ、こちらの水飲みますか。」
と能面をつけた係の人は少々引き気味で返事を返しつつ、ペットボトルを渡してきた。
「しかし、酷い汚い部屋ですね。血なまぐさいですし、なんですかこの手は?一応、覚醒状況見ていたんですが、ここまでひどい覚醒の仕方をする人は今日私が監視してきた人の中ではいませんね。部屋の空間も、途中で拡張してもらったんですから。もし遅かったら、圧迫死されてたかもしれませんね。それにしてもよかったですね。覚醒後の姿が人型で。」
「覚醒変化、見られてたんでしたね。」
受け取った水を飲み、冷や汗を垂らしなが、そう呟くしかなかった。
(そういえば、この部屋に入ってからのことは録画されるって習ったな。恥ずかしい、俺の筋トレのシーンとかいろいろヤバイじゃん。めちゃんこ変態や)
「ええ、はい。菅原さんは薬の入ったビンをわってしまったり、長い時間筋トレされていたようで我々係の方もいつ覚醒するのか注目していました。結局ほとんどの方が覚醒してから、菅原さんが薬をお飲みになられましたよ。」
係の人は続けて、
「しかも、菅原さんの覚醒中も危なっかしかったので、それなりのスタッフの方が注目していましたよ。それにしてもよかったです。今のところ今回の覚醒では死人は出ていないので、最初の1人になるのか不安でした。長い時間待ったかいがありました。」
「そんなにズバット言わなくてもいいんじゃないですかね。」
「ああ。すいませんね。こちらも疲れているもので。」
能面の係員は悪びれた様子もなく言ってのけた。
「でもまだ終わってない方もいらっしゃるんではないですか。」
(そうだ、俺だけが遅いんじゃないんだ! どれだけ覚醒に時間がかかったかわからないが、俺より遅いやつだっているはずだ。言わないけど。)
「はい、長い方ですと覚醒変化に2週間かかる方もいらっしゃいます。そうゆう方は大変ですね。」
「では落ち着いたようなので本題に入ります。その前に服をどうぞ、パンツの方はお買い上げなさいますか?」
係りの人はそう言うと、籠に入った服を出してきた。籠の中の上の服に今日持ってき忘れた黒ブチメガネ型のウェアラブルデバイスが置かれていた。
俺は一抹の不安を感じながらもメガネを掛け下半身に視線を動かすと穴食いになり赤黒く染まったパンツの残骸が腰に弱々しく巻きついていた。
(うわー恥ずかしいーそういえばパンイチだった。もっと先に言って欲しかった。それにしてもデバイス誰が持ってきたのか?)。
「あのメガネ持ってきた記憶がないのですが。」
「あーあーそれはですね。菅原さんのお母様が持ってきて持ってらっしゃいました。結構いるんですよね。皆さん覚醒のことで頭がいっぱいで、ご両親が何か忘れ物持ってくるんです。デバイスの方を忘れる方は少ないですが。受付の方は生体認証のみでの確認でしたのでデバイスを使うことがないですからね。良い親子さんですね。それで会場で紹介されたパンツの方なのですがご購入なさいますか。」
(そういえば会場まで送ってもらったから、メガネ忘れてたことすら忘れてたからな。)
薫はメガネが起動していることを確認すると係りの人が提示した料金コードを読み取り、パンツの支払いを済ませた。
「いったいどこで着替えればよろしいんですか、あの着替えづらいのですが。」
「大丈夫ですあーそうでしたね。すぐ後ろのほうにすぐ後に着替えるスペースを用意しましたのでそちらでお着替えください。」
「用意するの早いですね」
「ダンジョンなので。」
俺はそそくさと着替えスペースに入った。
(何が大丈夫だ恥ずかしは!)
「あの、着替えてるシーンも撮られているんですか?」
「大丈夫ですそちらのほうは着替えスペースのほうは、録画できないようになっておりますのでご安心ください。」
「いや安心できるんだけどなぁ。」
着替えが済み外に出るとそこは辺り一面お花畑に変化し、机の前に腰をかけている能面の係の人がいた。戸惑う俺に気づいたのか
「部屋が汚れていたの模様替えさせていただきました。こちらの椅子にお座りください。では早速いくつか質問させていただきます。いいですか?」
そこから有無を言わさず事務的な質問が繰り出された。
何かしらのデバイスを持たず、質問をしてくるということは埋め込み式のデバイスなのだろう。
「ご自分の名前はわかりますか。」
「家族構成とお住まいを教えてください。」
俺も淡々と質問に答えていった。
「質問はあと2つあります。菅原薫さん、あなたは菅原薫さんですか。過去の記憶に侵食されていませんか。あなたはあなたですか?」
「過去の記憶はまだこれといって思い出せていませんので、まだなんともいえません。」
「そうですかすぐに記憶が戻る人と時間をかけて戻る人がいますので安心してください。」
「最後の質問なんですがご自分の前世の種族はわかりますか。」
「いえ、まだ……」
答えようとしたその時、頭痛とともに宇宙に佇む、黒い影が脳裏に映し出された。燃えさかる炎の中黒い巨人が全てを食いつくす。
転がるように椅子から落ち、頭に手を当てうずくまる。
「菅原さん、菅原さん、大丈夫ですか大丈夫ですか? 」
「ファ丈夫です。はい。」
呂律が回らず、返事を返すことで精一杯だった。
「何か思い出したんですか?」
係の人は能面の仮面に似合わず駆け寄り、薫の背中をさすっていた。
「魔神だと思います。まだ確信はありません」
酷い声だったのだろう。魔神だなんて厨二もいいところだ。しかし、能面をつけた係の人はこういう事に慣れているのだろう。淡々と処理を進めていく。
「魔人ですか。まだ確定ではないため暫定的魔人で処理いたします。ご両親の方が人狼とエルフ。ご自身が魔人ということなので、これから種族覧の方は人から魔人に変わります。国民証明書の方も変更されていると思いますので確認をお願いします。あと、先ほどの発作は記憶が戻るときにこれからもおきますので。」
(背中をさすってくれたのは、心配の気持ちじゃないんかい!)
などと思いながらも呼吸を整えてメガネから瞳に映される国民証明書を確認する。この時代全ての証明書は電子化され実際の紙で貰うことの方が少ないのだ。
(しっかし、コンタクトしてないから、眼球に直接映された映像見ずらいな)
などと思いながら国民証明書の種族覧を確認するとそこに記載されていたのは『魔人』おかしいと思いつつ再び自らの種族を告げるが。
「魔人であっても大丈夫ですよ。前世でどんな悪行を犯そうと前世のことですから。きっと魔王の手下として何かしたことを気になされているんですよね。結構前世での行いを悔いる人もいますから安心してください。魔人は当たり種族ですよ。また記憶が完全に戻られていないようなので、記憶が完全に戻ったさいもう一度指定の役所または大学の方で種族申告してください。」
(一体何を言っているのか、この能面は何を血迷ったのか、勝手に自分の中でストーリーを構築してるんだ。)
と考えているうちにあれよあれよと進行していく。
「本当であればこれから能力テストを行いたいところなのですが、能力テストの受付時間が過ぎておりますので、指定の場所で能力テストを受けてもらうことになります。こちらの場合ももちろん無料ですので必ず期間内に受けてください。受けない場合ですと大学の先行に響きますのでご了承ください。また今回の覚醒中の動画の方なのですが、流出の恐れがあるためお送りすることができません。帰りに受付の方でお受け取りください。お気づきになっていないようですが、こちらの部屋に入ってから約1日ほど経っていますので、容量の方が大きくなりますがご了承ください。また入らない場合ですと、受付の方でUSBの方を買うことができますのでそちらをご利用ください。受け取った動画に関しましては、ご自由に使っていただいて構いません。ただし菅原さんの覚醒動画については、18禁に相当するかと思われますので動画あげるさいにはお気をつけください。また……質問はございますか?それでは気よつけてお帰りください。」
俺はその後の圧倒的情報量の多さに負け、録画機能をオンにし説明を聞き流していた。
(帰ってから見直せはいいじゃん)
その後受付を済ませ、端末に書類があることを確認し動画が入ったフォルダを覗き見し帰路についた。
道中の事は覚えていないただ家に着いた瞬間体が軽くなったことだけは覚えている。
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筆者感激のあまりトイレに立て籠もってしまいました。
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