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汗は最高の匂い


 会場は呼吸音だけが存在した。

 目の前で爆死を見せつけられ誰もが微動だにせず、固まっている。

 司会者ですら画面を見つめたまま動こうとはしない。


 誰もが思ったであろう、蝉にはなりたくはないと。

 そして、彼のなき声に打ち震えた。


 司会であるライオネルもまた、たてがみをしっとり濡らしていた。

 壊れた機械人形のように体を動かし始めた。

 

 「えー今からでも、覚醒拒否申請はできます。

 覚醒すればあなたの前世はわかります。しかし、一度爆死すれば、今と同じ生活はできない可能性もあります。よく考えて下さい。

 生活基盤が海の中であった者は、陸に上がらねばならないかもしれません。親に会うことさえできなくなるかもしれません。もう一度言います、よく考えてください」


 このままでは大量の覚醒拒否申請が提出されてしまう事と、このままではネット放送が炎上してしまうという思いが、ライオネルの混乱に拍車をかけた。

 

 「この中にはいじめに苦しんでいるものや鬱の人も少なからずいるでしょう。いじめはしてはいけないでしょう。

 ただいなストレスを抱え、鬱の人もいるでしょう。

 かつて辛い青春を過ごし、何度も自殺しようとした若者がいました。しかし、彼はこの覚醒に大きな希望を抱き覚醒式に臨みました。現状打破できると考え。しかし現実は甘くありません、彼の前世はノーマルの奴隷だったのです。しかし彼はかつての生活に比べれば今の生活では屁でもないと感じるようになり、今では社会的にも成功されています。

 私は何を言っているのですかね」

 

 ライオネルはそう言うと、疲れた顔をして笑った。

 辺りを見渡すと会場の空気の重さが少し薄れたのを感じ始めた。彼方此方で話声が上がり始めたのを確認し。


 「ではこれより、個人個人で覚醒してもらいます。

 今ご自分の座っている席の左側をご確認ください。その方々があなた方の受付員となります。受付員があなた方を各部屋に転送いたしますので、皆様がたに前もって送らさせていただいた覚醒案内表を準備し左の方から順に受けつをしてください。

 本日の司会はライオネルでした。では皆さま幸運を」


 ライオネルは口でマイクを噛み、二足歩行から四足歩行で脱兎の如くステージの袖にはけて行った。


 俺は獣人の司会者がはけて行くのを目で追っていた。

 

 「菅原、菅原! 凄かったな! セミ男くん。ビビってきた、、、」 


 山崎はテンションが上がったのか声が大きくなっていた。


 「俺も覚醒拒否しようかな。あれ見たら脚がすくむは」

 「まあ、でもここまで来たらね! やるしかないでしょ。一%を引けば良いんだよ」

 「でも、前世を呼び起こすのに確率とか意味なくね。もう決まってんだし!」

 「うわー!受付の人皆お面やキグルミ被ってるよ!」


 俺は曖昧に返事を返した。


 そうだ! そういうはずなんだ。来世はわからないが、前世は決まっている。死んだあとに来世ガチャを引いて生まれて来るなら、知的生命体を引けた時点で当たりのはず。なぜまたガチャを引かなければならないんだ!おかしいだろ!


 「すいません。次おたくらですよ。後がつっかえています」

 

 俺は長く変な事を考えていたらしい。 

 山崎の隣に座っていた、骸骨風スケルトンに俺は教えてくれた礼を言い、席を立った。

 

 「終わったら連絡ちょ!」


 山崎の声を背に俺は福笑いのお面を付けた受付へと向かった。


 俺は手に持っていた案内標を係員に渡し、テーブルに置かれているタブレットに右手をかざした。


 この生体認証タブレットは個々の微弱な電気信号をマイナンバーとし、本人確認書類の代わりを果たす。


「薫さんですね。御本人確認できました、では転送させます。ええと、14559Aの部屋ですね。これから、転送させていただきますが、転送後の所持品は下着のみとなっております。その他の所持品につきましては帰宅時にご返却されますので」


 話が終わるや否や足下から浮遊感を感じ、落ちて行った。

 落ちて行く瞬間、仮面の口が笑っていたように見えた。

 目お開けると一体どんな原理わからないが、天井が薄く発光している部屋の中央に転送された。


 気分は悪くないな。


 先程見せられた部屋同様に中央の机の上には半透明の液体が注がれたビーカーが置かれていた。


 俺は唐突に後悔した。

 公開覚醒でセミ男くんを見たからだろう。

 うわー飲みたくねーよ。親二人はあたり種族なんだ。ここで、これを飲む必要はない。

 未だに、なんでこれが前世を呼び起こすのか分かってないし。


(神様、魚人などと高望みしません、セミは嫌、蝉は嫌、人型こい人型!)


 唾を飲み込み、勇気を振り絞り、ビーカーに手を伸ばす。


「あっとと」


 ビーカーをしっかり握っておらず、手から水を掬うが如くすり抜けていく。

 薫は辺りの景色が遅くなっていくのを感じた。ビーカーが刻々と地面に落下していく。

 鬼気迫る勢いで薫は手を伸ばす。


「掴め、、!!」


 指に何かに触った感触を感じながら、俺は瞬間的に腕を振った!


 カチャン!


 思いは虚しく、手はただ空を切った。 

 自分の手を見つめ、視線を下げる。

 

 ヤバイ、しっかりバラバラになってる。

 

 急いで辺りを見渡すが誰もいない。


(誰もいないんだった)


 ビーカーの破片に触れようとした時、突然天井が赤く点滅しだし、けたたましい音が室内に鳴り渡る。


 う、うるさい。半人狼だから耳がいいんだよ。


 耳を塞ぎ、ブザー音が鳴り止むのを待つ。

 次第に薫の耳には、さっきの男の鳴き声に聞こえたてきた。


 ミーーン、ミミン、ミミン、ミーーン、ミミン


 まるで『次はお前の番』と言われる錯覚に陥る。


 ブザーが鳴り止み、再び机に振り向くと、眩い光とともにビーカーが出現した。


 落とした時にはどうなるかと思ったがなんとかなってよかった。

 今度は落とさないようにしないと。

 覚醒ガチャの大当たり確率は大体一%あるかないか。確率としては酷い。確率表記すらなく、どこかにクレームを入れるとこもない。

 (だが、俺は引ける! 俺は引ける!)


 「俺は引ける!俺は引ける!俺は、、、」


 「俺は引ける!俺は引ける!俺は、、、」

 

 心の声、もはや自己暗示と言われるそれを、俺は汗だくになるまでやり続けた。

 時にジャンプしながら、時に自分を投影したシャドーボクシングをしながら、筋トレをしながら自分に言い聞かせる。


 『俺は引ける!』と! 

 『俺が神なんだ!』と!

 

 意を決し、再びビーカーの前に立つ。

 

 そして、筋トレを再開する。


 部屋が自らの匂いに染まり、汗で霧が出始め、意識が朦朧としてきた時に再びビーカーを見る。

 半透明状の液体がまるでスポーツドリンクのように、砂漠の中のオアシスのように、ビーカーから後光が差し込んでいるではないか。


 俺は両膝を付き手を合わせ、神に祈った。


 神様大当たりを引かして下さい。

 せめて魚人。いや、天使か悪魔でお願いします。

 楽できそうなんで。ダメならせめて陸で生活できる種族を!


 俺は震える手に喝を入れ、ビーカーを握り机の上に登る。

 空いている手を腰にかけ、液体を口に流していく。




 頭によぎる、幼少期までの輝かしき青春!




 拝啓、お父様、私は今お父様が隠し持っていた普通の犬特集《メス犬》に興奮している姿が脳裏に浮かびます。


 拝啓、お母様、貴方が月末になると、父の夜ご飯に精力剤を混ぜているのは如何なものかと存じます。


 

 


皆様、お待たせしました。


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