プロローグ
壁には無数の小さな穴が空いている。精密機械の音だけが規制正しく流れる一室。
扉と思われるゲートの向かい側、ガラスケースの中には化学薬品と思わしきものが所狭しと並んでいた。
その部屋の中央、手術台の上に小柄な男が裸でその身体に合わない量の鋼の拘束具、そして三本のチューブが体から機械に伸びていた。彼を囲むよう四つのカメラが彼の変化を見逃さないよう四方から観察している。さらに周りに幾多の精密機械、机の上には使い捨てられたビーカーや試験管が乱雑に置かれていた。
静かに機械音が流れていたはずの部屋に、何処かそわそわした7人の男たちが入ってきた。白衣を纏った3人の初老の男、後から歩いてくるのは漆黒の軍服を着た4人の男たちだ。
「こんな実験で本当に屈強な兵士が誕生するのかね。カエリ博士?」
低い嗄れた覇気のない厳つい軍人の声が室内に響いた。
その発言を嘲笑うように白衣の男たちが軍人を見つめ笑いあっていた。
「何がおかしいの貴様ら」
若い士官たちが白衣の男たちに迫ろうとした時
「我々は再び見たいのです。知性ありし者たちの足掻く様をね。」
そのカエリ博士と呼ばれたものはまるで悪魔が人の皮を被ったような笑みを浮かべ、目を爛爛と輝かせていた。
「では実験を始めよ、カメラの前ではお上がお待ちかねだ。私たちは隣の部屋で見ている。」
再び嗄れた声を発すると、そそくさと持っていたケースを科学者たちに手渡し、早足でその場から去っていった。
カエリ博士と初老の男たちはそのケースを我が子のように大事に受け取り手術台の前で立ち止まった、ケースから取り出した注射器をうっとりと眺め歓喜で震えた手を抑え。
「君たち人類は新たな種へ進化する。いや退化か。」
言い終えると同時に注射器の鋭利の穂先を男に突き刺した。
次の瞬間人が発することのできないような声が小柄な男から発された。
「アァアアアア゛ースススススズ」
謎の発声とともに男の筋肉は隆起し、目が顔の外に出るほど大きくなり、徐々に体の色も緑に変色し所々黒い斑点模様が浮かんでいた。だが最も特質すべきは手足が異様に太く拘束具がつけられている部分のみが瓢箪のように細くなり、血が充血していた。
ギギギギィギッギ
っという音とともに彼を拘束していた拘束具が悲鳴をあげ続けている。
3人の科学者たちはいつ拘束具が壊れるかも知れる中、歓喜の声を上げていた。
隣の部屋では無数のモニターの中実験を観察していた。
「おい。あれは大丈夫なのか、あれは、あれは人なのか?」
「いかん、睡眠ガスを流し込め。」
若手士官が驚く中厳つい軍人が素早く催眠ガスを流すボタンを押す。
画面に映し出されていたのは、拘束を逃れた化け物と3人の科学者が地面に横たわる姿であった。
数日後繁栄しているとは言えない弾痕すら残る街中に、街からは想像もできない豪華なビルの薄暗い会議室に、国の重鎮が集められた。会議室には巨大モニターが一つその前を巨大なテーブルが置かれていた。
上座に座っていた一人の男が挑発するように言い放った。
「それでボル将軍、例の薬の結果はどうだったのかね?まさか失敗なんて言わんでくれよ」
まるで人を圧迫するように言い放ったのは今この国を牛耳る独裁国家の首相その人である。
「ヒェル首相、今回の件はカエリ博士から直接話させていただきます。カエリ博士を。」
ボル将軍がテーブルの前に開かれている受話器を手に持った瞬間、カエリ博士と言われた存在はまるで影から出るがごとく突然出現した。
皆が突然の出現に驚く間を与えず。まるで世界中から視線を独り占めする大スターのように言い放った。
「結論から言いましょう。我々が開発してきた強化薬は、今生きているものたちの前世を覚醒させることのできるものだったのですよ。」
騒めきだす、国の重役たち。
「君は我々を馬鹿にしているのかね。第一にあの緑のモンスターがあの被験体の前世だと言いたいのかね? あんな化け物はこの世には存在しないではないか。」
首相の発言に同調するかのように周りのものたちも次々に発言していく。
「確かにあの化け物はこの世には存在しないでしょう。この世には、しかし、別の世界、異なる惑星ではどうでしょうか?この宇宙に我々以外に生命はいないと言えるでしょうか?世界は一つでしょうか?ヒェル首相、輪廻転成は御伽噺ではなくなったのです。」
「馬鹿目、前世だかなんだか知らんが、我が国に今必要なのは一騎当千の兵だぞ何が前世だ」などと首相が考えていると他の重鎮たちが発言した。
「それであの化け物は戦場に遅れるのか?戦力としてはどの程度だ。」
「あの被験体の前世はなんだったのだ?」
「モニターをご覧下さい。最初の被験体の前世はゴブリンであると。自白いたしました。生まれて3年ぐらいで死んでしまったらしいですがね。その後解剖した結果この男の体は人のそれとは全く異なるものになっていました。この他にも役31名で試した結果様々な化け物、いえ、様々な種族へと変化していきました。獣人、昆虫人間、人外、中にはかつて自分は精霊だったと言う女性もおりました。魔法が使えると言うので物は試しでやらせて見たのですが面白いものが見れましたよ。」
モニターの画面が変わり、ボロボロの射撃訓練施設内の場所にいる二人組が映し出された。使い古された迷彩服を着た男とボロ布を纏わされた赤毛の老婆だ。
今は使われていないかのようなであった。
「ババア、あの目の前の的に魔法を使って攻撃してみろ。出来なかったらわかってんだろうなぁ!」
激しい罵声とともに老婆に銃口を向ける男。
奇声を上げるとともに老婆の手から巨大な火の玉が男に向かって投げつけられた。火の玉は真っ直ぐに男に直撃。
その反動で男は壁に打ち付けられ、男は業火に晒されの地面たうち回る。
次の瞬間乾いた音と共に老婆の頭から血を流し、地面に打ち付けられそこで映像は途切れた。
静寂に包まれる会議室の中
「我々はこれを強化薬と名付けました。夢のような体験を再び。」
カエリ博士の赤黒い眼球だけが薄暗い部屋で輝いていた。