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雨夜の帳、月が水面に写るまで

作者: 秋月雅哉





――そなたは、月。我は、夜。


同じ世界に属する者。されど永遠に届かぬ我が巫女よ。


我は輪廻転生を繰り返し、幾度業火に灼かれようと。それでも。


――そなただけを、愛する。たとえそれが狂気の沙汰と呼ばれる所業を招いても。


もとより罪深きこの命。永久に続く呪いの果てに、救いがなかろうとも。


我が巫女よ。我が永遠よ。そなたをこのかいなに抱く事だけが、我が願い。






夢を、見た気がする。目が覚めると同時に拡散していって掌で受けた水のようにこぼれていく。


微かに引っかかる、朧な記憶。


世界を呪い、己を呪い、全てを嘲笑うような…冷たくて、でもどこか哀しい声。


あの声を知っている気がする。


「…夢、なのに」


そう、夢。ただの夢。


たとえそれが物心ついたころから繰り返し見た気がする感覚がするものでも、夢は夢だ。


でも私…『あの人』を知っている?


そんな馬鹿な。


聞こえてくるのは知らない人の声だ。落ち着いた、低い…男の人の声。


世界を憎み、己を憎み、けれどそれを哀しんでいるような、誰かに恋焦がれるあまり全てを壊してしまうような、そんな危険な声。


――馬鹿馬鹿しい。そんな風に思われた事なんて一度もない。


恋愛小説じゃあるまいし。


――…女…我が巫女――…。


「声…?」


夢で聞いた、あの声。


懐かしいような、胸が締め付けられるような。酷く切ない気分になる。


私は知らず両手を胸の前で組んでいた。


呼ばないで。呼ばないで。


私は巫女なんかじゃない。あなたの求める人じゃない。


どうして私に声が届くの?人違いなのに。


――今世の主もまた…我を拒むか。


どうして……どうしてそんなに哀しそうなの。


今世って何?私は私。


「藍、遅刻するわよ?」


ハッと我に返る。髪を梳かして服を着替えて自室を飛び出した。


歯磨きと洗面を済ませて鞄を持って家を飛び出す。


「ご飯は?」とお母さんが不満げに聞いてきたけれどご飯食べてたら遅刻しちゃう。


「藍、お弁当忘れてるわ!」


「ありがとう、お母さん。行ってきます!」


走りながらお弁当を鞄に入れる。中、崩れなきゃいいけど。


家から学校が近いのがせめてもの救い。あんまり走らなくて済むし。


体力も運動神経もそんなに優れているわけじゃないし遠かったら全力疾走なんてできなかった。


予鈴がなる前の教室に入ると朝の喧騒が身を包んだ。


「おはよ、藍」


「おはよー…」


「なんか疲れてる?」


「遅刻しそうになって全力疾走…ご飯抜きで」


「あはは、ご愁傷様」


クラスメイトの友恵がからからと笑う。


「笑い事じゃないよー……はぁ、お昼までもつかなぁ…」


「夜更かしでもしたの?」


「んー…そうでもないと思うんだけど」


ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴って皆が自分の席へと戻っていく。


やがて担任が入ってきた。


「転校生を紹介します。…入ってきて」


一瞬教室がざわついて、すぐに静まり返った。


そのあと近くの席同士で囁きあう声がさわさわと葉ずれのように広がる。


「静かに。乙夜秦君です。みんな仲良くね」


いつや、しん、かぁ。変わった名前。


高校二年にしては背が高かった。多分学年でみても高い方に入ると思う。


艶のあるピアノブラックの髪と目。


「陰のある美少年、って感じ?転校生がくるなんて聞いてなかったけど…現実で美形の転校生ってあるのねぇ…」


友恵が小さな声で話しかけてくる。


「席は…窓際から二列目の前から三番目ね。近くの席の人は学校について教えてあげて」


乙夜君がすっと歩き出す。身長の高さとは裏腹に足音を立てない静かな歩き方だ。 動作が凛としてる、っていうか。洗練されてる。


「こりゃ休み時間になったら女子が放っておかないわね」


一瞬、目があった気がした。 哀しい目をしている、何故かそんな風に感じた。


間違いなく生まれて初めてみる顔。でもどこか懐かしいような…?


すっと視線が外される。椅子を引く音も立てずに転校生が席についてホームルームが始まった。


心が軋む音が聞こえる気がする。


その扉を開けないで。


記憶の扉を開けないで。


中には、恐ろしい、モノがきっと封じ込められている。


だって怖い。自分の知らない筈の過去にゆっくり侵食されているようで。


自分が自分じゃなくなるようで。


怖い、怖い、怖い、怖い――!






幾千万の月日が過ぎても。幾億の夜が明けても。


この悲しみは終わらない。


そなたは永遠に我が許を去ってしまった。


憎き太陽。彼の者の恩恵を受けた星に生きる全ての命で贖っても罰には足りない。


月よ、巫女よ。何故我が許を去るのか。何故太陽に焦がれるのか。


なれは月。我が『夜』 に属するものだというのに。


何故彼奴に、光に恋するのか。


彼奴はそなたを愛すまい。


彼奴からそなたを奪い返すまで――我が悲しみは、我が恨みは終わらぬ。


永久とこしえに続く命を終わりある命に代えても。


我が魂は安らぎを得ない。


我が巫女。我が巫女。どうか再び我が許へ――……。






「月科さん。月科さん!月科藍さん!」


誰かが呼んでる。


ツキシナアイ。それは誰?


「藍、起きなって…やばいよ?」


それは…私?


「授業中に寝るなんていい度胸ね。そんなに私の授業は退屈かしら?」


「……すみません、西織先生」


「……教科書の七十八ページを和訳しなさい」


「…はい」


うーん…英語苦手なのにうっかり寝ちゃったみたい。


また変な夢を見た気がするし…。


今朝感じたのと同じ苦しさが胸を満たす。


あの人は……誰、なの?


私を呼び、私以外の全てを憎み、それを心の何処かで悲しんでいる男の人。


英文をたどたどしく訳しながら私の心は空滑りする。


「――故に私は彼を許せないのです」


「…よろしい。座って。次に寝たら特別課題を出すわよ」


「…はい」


『故に私は彼を許せないのです』


英文の最後の一文が頭の中でこだまする。


【彼】も誰かを憎んでいた。許せない、と何度も言っていた気がする。


あぁ、駄目だ。夢に引きずり込まれる。混乱する。


内容なんて殆ど覚えてないのに…ただ【彼】の哀しさと、憎しみと。消す事の出来ないいとおしむ気持ちが胸をかき乱す。


あんな風に誰かに愛された事なんてない。少なくとも【私】は。


誰かを愛するという気持ちはよく分からない。


格好いいな、とか面白いな、とか。そんな感情で止まってしまうからそれ以上の、『特別』に思う相手はいないしいた事もない。


誰かに告白された事もない。


恋に憧れる気持ちもなくはないけど恋をして振り回されたり自分が変わっていくのが嫌だ。


そんな思いで好きという気持ちを止められるから、きっとこれは本物の恋じゃないんだって、本物の恋ならどう思っていても、どう足掻いても止まらずに落ちていくものだっていうのはなんとなく分かるから、そういう点では私の初恋はまだなんだろう。


狂おしいほどに誰かを思い、同じくらい思われる。


恋愛小説ではお決まりのパターンでも現実にそうなる可能性って案外個人差があるみたいで。


友恵は恋愛話が好きだしお洒落が好きだし告白されたりもしてるしその内何人かとは付き合ってる。


クラスメイトの大半が片思いの経験談をしてくれる。


でも私が恋愛に感じるのはタブーめいた思い。


好きが特別になる前に予防線を引いてしまう無意識の自制。


恋愛談を聞くのは嫌いじゃないけど…自分がするものではない、してはいけない。そんな感じがする。


お堅いとかそういうんじゃなくて……。


――私の愛の先には 不幸しかないから――


割り込む誰かの思考。


――不幸しか生まないなら 誰も愛さないほうがいいから。そうすればあの人も――


これは何?


――けれど貴方に逢ってしまったら、私は――


誰の思考なの?あの人って、貴方って誰?


――禁忌と知りながら貴方を愛する事をとめられないでしょう。それこそが私の、罪――


「藍?大丈夫?顔色悪いよ?」


「……ん。平気」


波のように引いていく誰かの思考は、恐れていたように寄せてはこなかった。


徐々に普通の高校生である私の思考に戻っていく。


「やっぱり夜更かししたんじゃない?英語の授業で寝てたし」


「…夜更かしはしてないけど頭、ぼーっとして…」


「ふぅん…?」 首を傾げながら友恵が曖昧に相槌を打つ。


「そういえばさっき転校生君がこっち見てたよ」


「へぇ?」


「こっち…っていうか藍の事?」


「授業中寝てたからかな」


「何であんたはそう色気がないのよ…此処は『もしかして運命の出会いってやつ!?』とかときめくところでしょうが」


「…あんたは少女漫画の読みすぎよ」


「だって、藍、恋愛避けてるでしょ?」


思考を読まれたのかと思って一瞬言葉に詰まった。


「外見は悪くないから磨けば男共が放っておかないと思うけどなー」


「お世辞を言っても何も出ないよ」


「過ぎる謙遜は美徳にはならないぞー」


謙遜なんかじゃなくて。


「私には恋愛、無理だと思うな」


「なんで?」


「まだまだ子供だから?」


「そうやってはぐらかすー」


でも本当に。


「…恋愛は、憧れてる間が一番楽しいよ」


友達の恋愛話を聞いたり、漫画や小説でそれこそ運命の出会いとか言うのを果たした二人を傍観者として眺めたり。


俯瞰の位置で見ていられるのが私には似合ってる。


そんな気がする。


観察者でいる間は私は私でいられるから。薄皮一枚隔てていれば他人事で、だから冷静でいられるから。


「まあ恋は落ちるものだからねー。理性が勝つ間はどうしようもないか」


「…感情が勝っちゃったら、どうなるんだろうね」


「さぁ?落ちるところまで落ちて結論出すしかないんじゃない?」


「…何かその言い方だと人生お先真っ暗、みたいに聞こえるんだけど」


「仕方ないよ。恋は落ちるものって言ったでしょ?」


「友恵も落ちたの?」


「着地点は早いけどね」


「クラスの皆も落ちたのかな」


「多分ね。本当に落ちたのか落ちたつもりでいるのかはしらないけど」


「良くわかんないなぁ」


頬杖をつく。


「何で恋愛感情なんてあるんだろ」


「…あんたってたまに思考が飛ぶわね…」


「そう?」


「自覚ないから飛ぶのかしら。妙に厭世的だったよ、今の発言」


だってない方が楽だと思うし。


「あ、またこっち見てる」


「え?」


友恵の視線を追うとピアノブラックの瞳とかち合った。 鮮やかに、深い。そして何処か哀しい。 やっぱり…知らない顔。でも懐かしい。…気がする。


女子に囲まれながら乙夜君はこっちを見ていて。 私と目が合った瞬間、朝の繰り返しのように視線を外した。


「……藍の事、気になってるみたいだね」


「偶然だと思うけど」


「何でそう否定するかなぁ。あんな美形が何度も見てたら普通少しは自惚れない?」


「勘違いだった時虚しいだけだし」


「…夢がないなぁ…」


偶然であって欲しい。勘違いであって欲しい。 日常が壊れてしまいそうだから。私が私じゃなくなってしまいそうだから。


時を進めないで。まどろんでいたいの。微温湯のような日常をたゆたっていたいの。 私の中の誰かを、起こしたりしないで。そうすればずっと。


――夢を、見ていられる。


胡蝶の夢、という単語が頭を過ぎった。


私は蝶になった夢を見ているのか。それとも蝶が私になった夢を見ているのか。 蝶は夢の中の誰かが呼ぶ私。私と誰かの境界が曖昧になっていく。


これ以上夢に浸食されたくない。 私は私の事で手一杯なんだから。


彼岸と此岸を繋ぐ門が開いたりしませんように。 それは開かれてはいけないもの。 開かれれば悲しみを呼ぶ。滅びを呼ぶ。 その世界は繋がってはいけないもの。 繋がれば憎しみを呼ぶ。痛みを呼ぶ。


誰も幸福にはならない。ただ痛いほどの後悔だけで満ちた場所。


「…私には、やっぱり無理だな。恋愛なんて」


「どしたの。急に」


「今を壊したくないもの」


「そう思ってる人ほど激流のような恋に落ちるのが二次元の定番だよねー」


返した苦笑は、何処か乾いていた。


二次元の定番。逆に言えば三次元じゃ滅多に起きない事。


それが『本来繋がらない筈の彼岸と此岸を繋ぐ門が開く』ように現実で起きたりしないように、と願っている自分がいる。


小説や漫画の読みすぎであって欲しい。ただの勘違いであって欲しい。 疲れた脳が与えた単なる白昼夢で、勘違いで、あって欲しい。


誰かの記憶が混じるなんて変だもの。 しっかりなさい、月科藍。私は私でしかないんだから。 非日常なんていらない。少なくとも現実では。


漫画や小説だから楽しいのであって現実に起きたら楽しんでる余裕なんてない。


トリップしそうになる思考を封じ込める。 ただの夢で終わりますように。 ただの空想で終わりますように。 ただの勘違いで終わりますように。 繰り返し、繰り返し。呪文のように願う。


『――シビル』


その願いを切り捨てるように、闇が蠢いた気がしたけれど。 私は気付かない振りをした。 だって気付いたと自覚したら其処で終わりだから。


必死で、気付いていない振りを。


日常が続く事を疑っていない振りを、したの。


滅びの予兆に、耳をふさいで。目を閉じて。


蹲って怯えているもう一人の私に気付かない振りを、したの。






シビル。我が巫女。我が愛する唯一の存在。


今世も我を拒むのか?


我は何処までもそなたを追うぞ。


幾度転生を繰り返してもそなたに刻んだ証は消えぬ。


幾度輪廻を巡ってもそなたの光は消えぬ。


我は追いかけよう。


我は終わり持たぬ者。


そなたがいなければただ死を呼ぶ者でしかない。


我の持つその性がそなたの命を縮めようとも。


再び汝を我が手に取り戻すまで。


何度でも。


追い求める。手を伸ばす。


シビル。愛しい、我が巫女。






何故私の許に来る?兄上の巫女よ。


兄上は貴方を追っている。


貴方は月。夜の、兄上の世界に属する者であるはずだ。


昼の月など朧で存在に意味を成さないというのに。


何故私の許を訪れる?月の巫女よ。


私と貴方は…太陽と月は共には在れぬというのに。


ほら、兄上が呼んでいる。


貴方を焦がれて私の愛する命を奪っている。


私には全ては捨てられない。


兄上のようには貴方を愛せない。


それは許される事ではない。


だから戻りなさい、巫女。


全てが手遅れになる前に。


在るべき場所へ。


貴方を愛してくれる者の許へ。


そうでなければ。


全ては壊れてしまうのだから。






忌々しい、夢。


これはなんだ?


初めは朧に。やがて姿を得てはっきりと。


それらはやってきた。


夜が焦がれる月。


月が愛するのは夜の弟、太陽。


太陽は月を拒み、月は太陽を追いかけ、夜が全てを滅ぼす。


拒んでも拒んでも夜毎に訪れる夢。


俺を憎む声。


俺が慈しんだ大地に芽吹く命に死を与える夜。


ただ哀しげに俺の隣に佇む月。


――初めは、単なる見間違いだと思った。


初対面の相手が、たまたま夢で見る面影とだぶっただけだと。


ただの他人の空似だと。 夢と現実がリンクする筈がない。


実際、そいつ――月科とかいうクラスメイトの視線には特別な感情は感じられなかった。


月の巫女が太陽に向ける罪悪と恋慕の視線ではなく、ただ新しいクラスメイトを見る幾分かの興味だけを宿した視線。


――その顔で。俺を見るな。


あの女の面影を宿したその顔で。


似ているからといって憎むのは筋違いだ。


怒りをぶつけるのも相手にとってはいい迷惑だろう。


月の巫女。存在するなら答えてくれ。


何で太陽を愛したりしたんだ。


太陽はただ、兄が休む間地上を照らし命を芽吹かせる事だけを望んでいたのに。


本当に太陽を愛しているなら何故、太陽が愛する命達に夜による死が与えられるのを見ていられるんだ。


誰かを不幸にするなら誰も愛さなければいい。 慈しむ者が奪われるなら誰にも愛されなくていい。 第三者を不幸にして、愛が成立するなんて思いたくない。


月の巫女はどうして――太陽を愛したりしたんだ。


毎晩投げかける問いに答えはなく、それを合図にしたように目が覚める。


朝。太陽が昇った地上。 夢の中での、俺が慈しんだ命が謳歌する時間。 ベッドとクローゼットの他は何もない部屋。


クローゼットの中にあるのは制服だけ。 私物を持つのは好きじゃない。 何かに愛着を持てば…夜がやってきて全てを滅ぼす。そんな気がして。


月は嫌いだ。


特に夜の領分からはみ出した、昼に見かける白い月は。


夜の世界にとどまっていれば、夜の愛を受けていれば。 誰も不幸にはしなかったのに。


「……馬鹿馬鹿しい」


夢は夢だ。 自分を太陽と同一視するなんて誇大妄想にも程がある。


その上昨日初めて会ったクラスメイトをその妄想に巻き込んで、挙句憎むなんて。


――どうかしてる。


俺は俺でしかなく、月科は月科でしかない。


太陽は恒星で月は衛星で夜は時間だ。


神話じゃあるまいしそれらが愛憎劇を繰り広げる筈がない。


「馬鹿馬鹿しい」


もう一度呟いた自分の言葉は奇妙に乾いていて。


馬鹿馬鹿しい物語であって欲しいと願っているように、感じられた。 そう考える事自体が既に馬鹿馬鹿しく、不本意なのだが。


早めに登校して昨日から自分の席になった場所でぼんやり過ごそうと思っていたが目算が外れた。


クラスの女子が寄ってきてひっきりなしに話しかけられる。 転校を繰り返していたからこういう経験は初めてじゃない。


自分の容姿が人目を引くのも納得は出来ないが経験上理解はしたつもりだ。 しかし。


……こう喧しいと夢見が悪かった事を含めて気分はあまり良くないな。 放っておいて欲しいのだが。


……此方が興味をまったく示さないのに女子達はお構いなしにうるさく質問責めにしてくる。 何か答えればそれから新しい質問が生まれるのは過去に体験済みだから全て黙殺した。


そして今日も代わり映えのない一日が過ぎていく。




愛しい人。


愛してはいけないと知りながらどうしようもなく貴方に惹かれた。


貴方が私を疎んで尚。


あの方が怒りに任せて死を蔓延させるのを見ながら尚。


ただ、惹かれる。


ただ、焦がれる。


何故愛したのが貴方だったのだろう。


あの方を愛せていたなら。


貴方に会わずにいたなら。


きっと世界は平和だったのに。


世界が壊れる音が聞こえる。


私が、滅びを呼んだ世界。


我が主、どうかお止めください。


そう願う資格を私は永遠に喪った。


還らなければ、と思う。


昼の世界に私の居場所はない。


ただ朧に霞むだけの月。それが今の私。


それでも私は昼に、太陽に焦がれる。


暗く冷たい夜の世界ではなく、光と命に満ちたこの世界が私は好きだ。


でも――芽吹く命が、私のせいで死んでいく。


どうしたらいいのだろう。


どこでボタンを掛け違えたのだろう。


時を戻しても、きっと私は同じ過ちを繰り返す。


巫女でありながら神を裏切った。


主ではなく主の片割れに心を寄せてしまった。


現世の私よ、どうか。


私を許さないで欲しい。


その代わりに私以外の全てを許して欲しい。


身勝手で浅ましい願いと知りながら願わずにいられない。


これは贖罪ではない。


ただの――我欲。






苦しい。私のものではない罪悪感で胸がつぶれそうなほど、苦しくて切ない。 私はいつから迷い込んでしまったのだろう。


この混沌とした、彼岸と此岸が曖昧な世界に。 私はいつか形を喪って溶けていくのだろうか。


そして夢で嘆き続ける彼女と一つになってしまうのだろうか。 それは酷く嫌な想像だった。


私は私のはずなのに。 ノイズのように他人の思考が混ざりこむ。 罪悪と、後悔と、それでも抑えられない思慕。 どうして、どうして。


繰り返す疑問。辿り着けない答え。 私は私でいたいだけ。 平凡な世界で平凡に生きていたいだけ。 他人の思考なんて要らない。 そんなもの抱えて生きていけない。


これ以上私に干渉しないで――!


視線を感じて顔を上げる。


乙夜、秦君。


悲しみと…憎しみが籠もった目。


「……やっぱり、お前…」


「…え?」


「『月の巫女』なのか?」


「……っ、…違う」


どうして貴方が知っているの。


「何で月の巫女が誰なのかを聞かない?」


「…ぁ……」


繰り返し、響く声。


「貴方は、誰」


「……夢を、見る」


乙夜君は私の質問に答えず苛烈な視線を地面に落とした。 それだけですこし呼吸が楽になる。


「どんな?」


「月の巫女が夜の神ではなく昼の神…太陽を愛してしまう夢」


「それ、は…」 私が繰り返し見てきた白昼夢と同じ…?


「夢の中での俺は太陽で、兄である夜を尊敬している。それなのに月の巫女に思慕を寄せられたせいで夜からは憎まれ、慈しんだ命は死を与えられ…結局太陽は月の巫女を憎む」


「……でも月の巫女は太陽を愛することを止めなかった」


「…!やっぱり…」


「でも私は月の巫女に共感は出来ない」


「なに…?」


「私は、月科藍だから。月の巫女本人じゃないし、そんな風に誰かを愛したこともない。破滅を呼ぶ愛なんて悲恋小説の中だけで十分だと思ってる。だから仮に月の巫女の…生まれ変わり?とかそういうのだったとしても、私は私。魂が同じだろうがなんだろうが共感も理解も出来ない」


「……そうだな」


乙夜君が一歩近付く。


「だけど俺は」


長い手が伸びる。


「その顔を見るだけで腹が立って、殺意を押さえられないんだ」


――私の首に、指が食い込む。


「…っ、…!」


「おかしくなりそうなんだよ。いっそ殺せたら、と何度も思った。殆ど初対面のお前を憎んでも仕方ないって理性では分かってる。確かにお前は月の巫女じゃなく月科藍なんだろう。俺は乙夜秦で太陽神なんかじゃないんだろう」


静かに燃えるピアノブラックの瞳。 深い悲しみと、抑えきれない憎悪と、哀惜?


「太陽神が愛した世界がこの世界なら、この世界に死を招いたのはお前なんだよ、月科」


物心ついたときから見続けてきた夢。 心のどこかでずっと罪悪感を感じていた。 私は私。月の巫女なんかじゃない。


そうやって自分を保とうとすることで目を閉じ、耳を塞ぎ、逃げてきた。 確かに私が真実月の巫女だったなら。 あの夢のとおりの事がずっと昔に起きたのだとしたら。 この世界に不幸の種をまいたのは私だ。


「慈しんできた命が理不尽に奪われる痛みを何度味わったと思う?何故太陽神を愛しているなら太陽神の愛する命を失わせることができる?それは太陽神にとって身を切り裂かれるよりも痛みを伴うと分かっているのか!」


息が、出来ない。 ひゅうひゅうと木枯らしに似た音が口から漏れる。 地面に足がついていなかった。 苦しいのは多分息ができないからだけじゃない。 私を憎悪の目でにらみながらそれでも乙夜君が泣いているから。 理不尽だと、多分私以上に彼が痛感している。 それでも私の死を望むなら。


「……よ」


「…何?」


「…わ…たしを…殺して…全部終わるなら、…殺して…いいよ」


必死に声を振り絞って疑問に答える。 私が死んでも多分何の解決にもならない。 それでもこの、憎悪と自分がもたらす理不尽さに狂いそうな人の気が済むなら。


――死んでも良いと、思った。


他に何も出来ないなら。せめて。 どさり。 地面に足がついたけれど体重を支える力は残っていなくて私は地にはいつくばった。 急に供給され始めた酸素にむせる。


「…んでっ…!」


血を吐くような声だった。 あぁ、結局この決断も…彼を苦しませてしまうのか。


「なんで、そんなっ…!」


「……貴方のためじゃない」


「…何?」


「貴方に殺されることで、私また逃げようとしてた。貴方に殺されれば罪悪感から一時的にでも逃げられるから。だから貴方のために死を選んだんじゃない。私のため、だと思う」


「……馬鹿かよ」


「うん、馬鹿だね」


「…悪い」


「ううん」


「……何処で道を間違えたんだろう。…なんで、こんな夢ばっか見るんだろう。……くそっ、分からないことばかりで…感情に引きずられてばっかりで…馬鹿は、俺か」


「月の巫女……は」


「…?」


「太陽の下で明るく輝く世界が、好きだって。命の芽吹く様を見るのが、好きだって。何度も言ってた。自分を許さなくていいからその代わりに他の全部を許してほしい、って。そう願ってた」


許されない恋だと、きっと誰より巫女が知っていたはず。 二柱に仕えることは許されない。 昼の月は何も生み出さない。 夜、輝いて旅人の行く末を照らすのが、月。 夜、星と共に輝くから月は美しくて。 人々は真の闇に怯える事なく、月の光に安堵して夜を過ごすことができる。


昼間太陽が照ってる間働き疲れた人を夜がその腕で抱きしめるから、眠りの時間を与えるから、人々は次の日また頑張れる。 休息の時が終わって日が昇り、起き出した人々が働いて、そうして命は続いていく。 だったらやっぱり。 太陽に焦がれた月の巫女の思いは。


――許されない、恋だ。


「もし月の巫女が太陽神を愛したせいで、死が訪れたんだとしたら。…私が、月の巫女の生まれ変わりなんだとしたら」


「……月科…?」


「私は、どうやってその罪を償えばいいのかな?世界中の命全てに誰か大切な人との永久の別れを強いてしまったのが私の前世なら、どう贖えば許されるのかな?私の命一つで済むなら今すぐにでも捧げるよ?でもどうやって月の神に会えばいいの?」


「月科、落ち着け」


「……ううん。月の神は愛されることを望んでいるんだから、会えても愛せなきゃ意味がないんだよね。人を愛したことがない、愛し方が分からない私に、月の神を慰撫することなんてできるのかな。あの、全てを呪い、恨みながらそれを哀しいと思ってる、痛いほどに孤独な人の心を癒すことなんて出来るのかな」


「月科!」


「……あ……ごめん」


「いや…原因は俺だし。…多分、いろんな意味で。俺の前世が月の巫女に会わなかったら月の巫女は夜の神のもとを去らなかったんだろうし、そうしれば二柱の神が怒り嘆くこともなかったはずだ。…で、今お前がそうやって思い詰めてんのは俺が『お前がいなければよかったんだ、全部お前のせいだ』みたいなこと、言ったからだろ」


ピアノブラックの髪を乱暴に掻き毟りながら乙夜君は言葉を探してるみたい。 あぁ、そんな雑に髪の毛扱ったら傷んじゃうのに。 折角綺麗な髪なんだから傷んだらもったいない。


思わず物いいたげな視線で見てしまっていたのか、私の様子に気付いた乙夜君が「なんだよ?」とぶっきらぼうに聞いてくる。 髪が傷んだらもったいない、と正直に思うまま言ったら乙夜君は暫くぽかんとして。


やがて盛大に噴出した。


「……ちょっと、そんなに笑わなくても」


「くっ…だっておま、殺されかけて、自分が死んで全部救われるなら死んでいいとか思い詰めて、お互い言葉の拙さに気まずくなってる時になんか言いたげにしてるからどんなシリアスな話題かと思ったら『髪が傷んだらもったいない』ってどんだけ空気ぶちこわしゃ気が済むんだよ」


「そ、それは確かに空気読むどころか破壊しちゃったけどさ…そんなに笑うことないじゃない。本当にそう思ったんだから」


「お前って変な奴だな。面白い」


「もーっ!」


「褒め言葉だって。なんか毒気抜けたっつーか……殺意、なくなったし。感謝してる」


憑き物が落ちたように笑う乙夜君と、まだ笑い続ける彼に頬を膨らませる私。 そろそろ登校し始めた学校の生徒たちが私たちを奇妙な目で見ていることに気づいて、私たちは慌てて教室へ向かった。


登校時間に校門前で人の首絞めるとか乙夜君も追い詰められてたんだろうけど大胆っていうか見境ないっていうか。 無茶するっていうか無鉄砲っていうか。 そこまで膨れ上がってた殺意が髪の毛傷む云々だけで消えちゃうのも正直どうかと思うんだけど。 意外と感情の起伏激しかったりするのかな?


熱しやすく冷めやすいタイプ? 冷静沈着で滅多に激昂しないようにみえるけどなぁ。 クールビューティーとかクラスの女子が騒いでたし。男子に対してクールビューティーは褒め言葉になるのか分からないけど、多分褒めてるんだよね? 爆笑してるところ、クラスメイトがみたらどんな反応示すのかなぁ?


笑顔も素敵!って騒ぐのかな? それともイメージと違う、って嘆くのかな? 同年代の、同じ性別だけど、クラスの女子の反応は時々全く想像できない。 それが恋をしたことがある子とない私の差なのか、所詮一般的な反応なんてないという現実なのかは分からないけど。 前は分からないことが当たり前だと言い聞かせながら、それでもどこかで寂しいと感じていた。


でも、乙夜君と本音を多少ぶつけあった今なら、この問題については反応が予測できないことも気にならない。 大事なのは、乙夜君が笑ってくれたこと。 許してもらえてはいないのかもしれないけど、人殺しにせずに済んだこと。


完全に分かり合うなんて幻想かもしれない。無理なことなのかもしれない。 それでも分かろうとすることは決して無為ではないから。 だから少しずつ乙夜君のことを知っていきたいと思う。 そして月の巫女の生まれ変わりじゃなく、月科藍として私を見てほしいとも。


心を通じ合わせるのは、きっととてもとても難しいこと。 壊れるときは一瞬なのに、通じ合わせるのには一生あっても足りるかどうか、だと思う。


何度も何度もすれ違って、そのたびに誤解を解いて。分かってほしいと言葉を重ねて。 時としてただ黙って隣に寄り添って。


そうして時を重ねていくうちに心も寄り添っていくんだと思う。 与え続けなければ同じだけの想いは返ってこない。 ………だったら。


月の巫女に全てをぶつけた月の神に、月の巫女は何を返したんだろう?


もし会うことが叶ったとき、私は彼に何を返せるんだろう?


彼は本当は何を求めているんだろう?


クラスの自分の席に座ると女子がわっと群がってきた。 勢いにちょっとだけ身を引いてしまう。


「乙夜君となに話してたの!?」


「っていうかいつ仲良くなったの!?」


「藍って恋愛興味ないんじゃなかった!?」


マシンガントーク、ってこういうことをいうのかなぁ。 ちょっと遠い目になってたと思う私の制服の袖を友恵が引っ張った。


「大丈夫?」


「あー。うん。この勢いにはちょっと勝てないかも」


「そうじゃなくて。首、なんか絞められたみたいに痣になってるよ」


「え…本当に?」


「うん。痛そう…」


まるで自分のことみたいに眉をひそめる友恵とのやり取りで多少我を失ってたクラスメイトたちもその痣に気付いてさっきとは違う騒ぎが巻き起こる。


「どうしたの、それ!?」 「あー、うん、ちょっと」


まさかクラスメイトで女子の注目一気に掻っ攫ってった乙夜君に締められたともいえないし……ここは嘘も方便!


「ちょっと目がおかしい感じの人に登校中絡まれて、首絞められてるところを乙夜君が助けてくれたの」


これなら株は下げないよね?


目がおかしいっていう人も助けてくれたのも実際は同一人物なんだけど、いうとややこしくなるし…。 騒ぎが聞こえていたらしい乙夜君が複雑な表情で私を見ていた。


だって『目がおかしい』もまるっきり嘘ってわけじゃないし仕方ないじゃない。 追い詰められて理性飛んでるっていうか…普通の目つきじゃなかったもん。


「気をつけなきゃ駄目だよ?下手したら窒息死じゃない」


「ちょっと、縁起でもないこといわないで」


「あ…ごめん」


友恵の強い口調にクラスメイトがしゅんとうなだれる。


「気にしないで。心配してくれてるんだって、わかってるから」


「藍…ありがと」


「でもそんなことあったのに随分落ち着いてるね?本当に平気なの?」


「うん。死んでないし」


「そういう問題じゃなくてさ。怖いとか」


「怖くは…今は、ないかな。首絞められたときは流石にちょっと怖かったけど」


「そっか…。それで、乙夜君とはどうなりそうなの?」


「どうって?」


「つり橋効果で恋に落ちるとか。つり橋効果はないにしてもドラマティックじゃない」


「そういうのは…………どうなんだろ」


「え、冗談だったのになにその反応!?」


「色恋沙汰に興味持たない藍がばっさり切らなかった!?」


騒がしくなる女子の中でそっと息を吐く。 好き、とかそういうんじゃなくて。 ただ、笑ってくれたのが嬉しくて。 目から一時でも私に向ける憎しみの色が消えたのに、ほっとして。 多分、それだけ。


それ以上は…望んだら、いけない。 私のためにも、乙夜君のためにも。 太陽神に惹かれた月の巫女の裏切りを、夜の神は許さなかった。


私が繰り返せば、その怒りは増すばかりだろう。 生物に約束された死はもう覆せないかもしれない。 でも私は地球上の生き物からこれ以上なにかを奪いたくはない。


夜の神。


激しさと、冷たさと。


憎しみと、哀しみと。


月の巫女に対する狂おしいほどの思慕の念に飲み込まれそうになっている存在。 月の巫女を手に入れるためならなんだってするって言ってた。 多分それは本当で。


誰も愛さないなら誰のものにもならないからまだ少しは安心できる。 でも仮に乙夜君に惹かれてしまったら。 命を育む様を見るのが好きだといった乙夜君を傷つけることになる。 そして夜の神の怒りを買うことにも。


恋愛感情に歯止めをかけるのは、私が月の巫女の生まれ変わりだからなんだろうか。


――手を伸ばさなければ、手を取らなければ。


喪う痛みを味わうことも、きっとない。 …ないと、信じたい。 弟神の愛するものをこれ以上奪わないでほしい。 きっとそれは貴方自身も傷つけるから。


「ホームルーム始まる時間だけど…早退するなら私から先生にいっておくよ?」


「平気。ちゃんと授業受けて、下校時間に帰るよ」


「そっか。…まぁ、その方が安全かもね」


「ん……」


会ってみたい。


月の巫女を気が遠くなるほど昔から追い求めてきた夜の神に。 あの哀しい思念の持ち主に。 会ってなにが出来るかなんてわからない。 それでも。 終わらせられるのはきっと。 私、だけだから。 共感できるかなんて分からない。


与えられた分の愛情を返せる自信なんてこれっぽっちもない。 生きて戻ってこれる保証も、ない。 そもそも帰してくれるのかも分からない。 それでも会わなければいけない気がする。 逃げて、逃げて。逃げ続けてきた。


太陽神を追いかける気持ちはきっと偽物じゃなかった。 でもそれ以上に月の巫女はきっと…。 自分へ向けられる執着が、怖かったんだ。


ホームルームで先生が喋る注意事項や連絡事項を聞きながら、私はどうやったら『彼』に会えるのか、そればかりを考えていた。




シビル。愛しい我が巫女。


幾星霜の間汝を求めただろう。


何度手を伸ばし、何度汝を喪っただろう。


いつの世も汝は我を恐れ、太陽に焦がれ、我の元へは訪れなかった。


巫女。我が巫女。我が愛する唯一の存在よ。


なにが不満で我がもとを離れた。


なにが不足で我を見放した。


相反する存在である太陽を慕うのは何故だ。


命が恋しいと汝は言う。


けれど太陽の光ばかりでは命は育たない。


夜の帳が眠りをもたらすから生命は安らぐのだ。


太陽の光ばかりでは命は疲弊し、その輝きを喪うだろう。


そなたもそれは承知だったはず。


それなのに何故我を省みず、太陽ばかりに焦がれるのだ。


そなたは我が巫女だ。


我がもとを離れれば意味を、役目を喪う。


それを誰より承知していたのはそなただったはずだ。


巫女よ。我が巫女よ。


何故。


何故我を裏切った。


何故我がもとを去った。


何故、何故、何故。


巫女。我が巫女。


汝が我を呼ぶならば。


我は汝の声に応えよう。


たとえその目に我への思慕が欠片も宿っていなくとも。


我が求めるのは未来永劫、そなただけだからだ。


そなたの声にならば我はいかなるときも応じよう。


それが更なる絶望を呼ぶとしても。


そなたの声だけに、我は応えよう。






同調する。 深い深い魂の根幹ともいえる場所で。 私を呼ぶ声がする。 自分を呼べと、そうすれば自分は応えようと告げる声がする。 哀しくて、きっと本人は認めないけれど寂しがっている、声。


憎しみと愛情に引き裂かれそうになっている、声。 どれだけの時を、この思いを抱えて過ごしてきたんだろう。 たった一人で。


「……行くのか」


「えぇ。始まりが月の巫女だったなら、終わらせられるのも月の巫女……私、だから」


「俺もいく」


「…でも」


危険だ。


太陽の化身である乙夜君を、月の巫女が心を奪われた弟神を、兄神は決して許さないだろう。


「お前だけに咎は背負わせない。見届けたいんだ」


強い、目。 止めても無駄なのだと分かってしまう。 迷いのない、目。 たとえ兄神に命を奪われる結果になっても、魂だけになっても。


…魂すら、砕かれようとも。 この物語の結末を見届ける。 そう意思を定めた、眼差し。 深く、深く息を吐く。 それは諦めの色を色濃く映していて。


「お前一人を、いかせはしない。始まりに立ち会ったのは、俺だって同じなんだから」


太陽と、夜と、月と。 全てはその三人から始まった。


「……分かったわ。行きましょう」


彼の人の支配する時間に、彼の人に近い場所で。 『あの時』からなんて遠くに。 そしてなんて近くに…来てしまったんだろう。 夜が訪れるのを待って私たちは閉ざされた校門を乗り越えた。 幸いこの学校は侵入者に対する対策は警備員だけ。


生徒の間でこっそり噂になっている壊れていて鍵がかかっているように見えるけど実際は開く窓を音を立てないように開けて校内に侵入する。 昼間の喧騒が嘘のように静まり返った暗い校内を屋上へ向かって二人で歩いていく。


掛け違えたボタンは直せるだろうか。 最善の道を、私たちは選べるだろうか。 分からないことばかりだし、怖くないといったら嘘になる。


…ううん。嘘になるどころか。 本当は、怖くてたまらない。 逃げ出して何もなかったように日常を過ごせたら。 このまま帰って自室のベッドで眠りにつけたら。 そうできたらどれほどいいだろうと思うと同時に、絶対そうはしたくないと思う自分もいる。


目を背けていたって、終わりは来るから。 どう立ち向かえるか。 終わりまでをどう過ごせるか。 望みを貫けるか。 大事なのは、きっとそういうこと。


私は強くなんかないし、誰かのために死ねるほど出来た性格でもない。 痛いのは嫌だし嫌われるよりだったら好かれたい。 でも愛情を向けられるのは怖い。 臆病で、わがままで、弱い人間だ。 歩いているだけなのに乱れそうになる呼吸を整えて、爆走する心臓をなだめて。 私たちは屋上へ続く階段を登りきった先にあるドアにたどり着いた。


「……開けるよ?」


「…あぁ」


普段あまり開ける人のいないドアノブは夜気に冷たさを増してひんやりとしていた。 軋むドアをゆっくりを開く。 折しも、天頂には満月がかかっていて。 私は屋上の真ん中まで歩を進めると一つ息をついた。 乙夜君はドアを締めたまま動かない。 静寂が場を満たす。


「……我が君。私の声にお答えください。お姿を、お見せください」


その静寂を、打ち破る私の声。 空気が震えた。 長いピアノブラックの髪。 白い長衣は指先を隠し、足元を覆って地に広がっている。 目は深い色。その色は夜空と同じ。


「……久しいな。我が巫女よ」


発せられた言葉は、その言葉に込められた想いは。 想像していたよりずっと優しくて温かかった。


「汝が我を呼んでくれるのを、ずっと待っていた。汝が我が元を去ってから、永劫とも思える長い時間が過ぎても。それでも我が心を砕く存在はそなただけだった」


「……夜の、神様。私は月の巫女だったのかもしれません。貴方の中では生まれ変わってもその枠から出ていないのかもしれません。けれど私は人間です。月科、藍という、一人の、ちっぽけな人間なんです」


「藍、か。何処かこの国ではない場所ではその音は月を示すな」


白い面に静かに笑みが浮かぶ。 乙夜君と全く同じ顔。


「では藍よ。人の子よ。何故我を呼んだ?」


「貴方は私を恨んでいますか?」


「…恨んだことも、あった。我が身に何が足りぬのかと自身を責めたことも。太陽に…そこな人間を憎んだことも。月の巫女のため。


彼女を照らすために我が闇はあり、彼女に照らされて初めて我は命を育むものになる。全ては巫女のためだけにあった。巫女だけが我が孤独を溶かし、癒し、安らぎを与えてくれた。月のない夜に人々は恐れしか抱くまい。 未来永劫、我は月と共に歩んでいくのだと、信じて疑ったことはなかった」


静かな声で。 柔らかさすら感じる視線で。 夜の神は月の巫女を語る。 殺されたほうがマシだと思えるほど。 責めてくれと頼みたくなるほど。 その優しげな、そして哀しげな声が胸に刺さる。


「月科藍。人の子よ」


「…はい」


目を逸らせたらどんなに楽だろう。 けれど私は真っ直ぐに見つめ返した。 優しくて哀しい目を、深い絶望に彩られた視線を、全霊を込めて受け止めた。


「汝が愛しいと思うものは、どんなものだ?」


愛しいと、思うもの?


「春になると咲き乱れる花。芽吹く緑。そよぐ風。渇きを癒す雨。葉が雨を弾く雨音。木漏れ日の眩しさ。燃えるような紅葉。世界を白く染める雪。そして…眠りへ誘う、夜の静けさ。この世界を形作る全てが、私の愛しむ存在です」


「…太陽」


「……」


「…名はなんと言う?」


視線が私の後ろ…乙夜君に向けられた。


「乙夜、秦」


「では秦。人の子よ」


「…はい」


「汝は何を慈しむ?」


「月科と同じく、世界を形作る全てを」


あぁ、声も、そっくりだ。


「……私はずっと孤独だと思っていた」


そっと夜の神が目を伏せる。


「誰も私を顧みぬと。我が巫女ですら我がもとを離れ、命を育む太陽に焦がれたと」


神の独白が夜の空気を震わせる。 何処までも静かで、けれど何処までも激しく泣いているような声だった。


「ただ闇雲に月の巫女を求め、縋ろうとし、何度怯えさせただろう。何度、喪っただろう。そのたびに我は一人なのだと痛感した。我の性質は死と同じもの。未来を約束できる術を我は持たず、未来永劫一人なのだと思っていた」


だから命を続けていく力を持つ弟神に呪いをかけた。 全てのものがいつか終わるように、と。 そう続ける夜の神はまるで断罪を待つ罪人のようで。


「我が世界で月の巫女だけが輝いていた。星々では我が闇に勝てぬ。巫女だけが安らぎ、巫女だけが救いだった。その巫女も、去った。藍が自身が人の子だというのならば、巫女はもう戻らぬのだろう」


苦悩に満ちた声が。痛みを耐えるために伏せられた眼差しが。血の気の引いた顔が。長衣の中できつく握り締められているであろう大きな手が。言葉より雄弁に長い孤独の辛さを示していた。


怨嗟に満ちた目で見つめられると思っていた。 罵倒されると思っていた。 歯向かえば殺されると思っていた。 拒んでも無理に連れ帰るだろうと思っていた。


けれど。 そのどれも、神は実行しようとしない。 ただひたすらに哀しげで、たった一人で孤独を背負っているように見える。


「主たちを、みていた。ずっと」


かみ締められた唇。


「妬ましかった。人として生まれ、惹かれあいながら反発し、結局は抗いきれずに結ばれる。そして時が来れば死を迎えてまた生まれる。その繰り返し。我の声は届かなかった」


その唇から血が滲む。 どれだけの激情を封じ込めようと自身と戦っているのだろう。


「二人で生きていくのが当然と思う姿が憎かった。死ぬ時ですら大きな違いが生まれないのが憎かった。来世で会うことが約束されているのが疎ましかった。悪夢を見たとき逃げ込むのが相手の腕の中だというのが、二人だけの世界を持っているのが、憎くて、妬ましくて……羨ましかった」


神様って超越した存在だと思ってた。 人のことなんて取るに足らない存在だと侮ってて、万能で。無慈悲で。怒らせれば罰として命を奪うことも平気でするんだって。


「我は、醜い。巫女が我がもとを去ったのも道理。顧みられないのも必定。永遠に我がもとに戻ってこぬように人として転生したのも無理からぬこと」


でもこのひとは。 全ての痛みを抱えて、全ての責を背負って。 咎は私にだってあるのに、決してその咎を負わせようとしない。


「夜の神様」


「……なんだ」


「貴方や、貴方の弟神以外に、神はいないのですか?」


「神代の時代はとうに過ぎた。人々の心から神に対する畏敬の念は消えつつある。多くの神は現世に関わることをやめ眠りにつき、あるいは自らの生み出した世界を生み出した存在と近しい目で見るために人や草木や動物に転生を果たし、輪廻の輪を巡っている」


「それならどうして貴方は……」


「眠るには妄執が深すぎた。転生の道を選べば神として生きていた記憶は薄れ、やがて消える。巫女を待つという想いだけが支えの我はそれに耐えられなかった」


「今も巫女を追い求めていますか?」


「いや……」


意外な答えだった。 永劫ともいえる時間、彼はずっと待っていたはずだ。その存在を何故今になって待つことをやめたのだろう。


「なにを驚く?」


ほんの少しだけ、神が笑った。


「他でもない、汝が申したのだ。自身は月の巫女ではなく人の子だ、と。巫女は喪われた。永遠に手の届かない場所へ、我をおいていってしまったのだ。ずっと昔、巫女が転生したとき、我はそれを認めたくなかった。認められるわけがなかった。だが…本人に言われてしまっては認めざるを…諦めざるを、得まいよ」


「だったら…転生することもできますよね?」


「……そうだな」


夜の神が面を上げる。 吹っ切れたような、けれどやはりどこか物悲しそうな顔。


「月の巫女としてではなく月科藍という一人の人として貴方に願います。孤独はなにも生み出しません。月の巫女は貴方の元へは還れません。だから、貴方が転生してください」


「我が転生すれば手が届く、と?」


「届くかどうかは分かりません。でも待ち続けるよりは、忘れても追いかけられる道を選んだほうが建設的だと思うんです」


それに、と私は言葉を紡ぐ。


「愛には、いろんな形があるんです。友愛も、親愛も。恋人に向けるだけが愛情じゃない。貴方が呼びかけをやめたら私は月の巫女としての記憶を呼び覚まされることはなくなるでしょう。乙夜君もそれは同じ。転生することで記憶が揺らぐならもう二度と会えないのかもしれない。


でも、会えるかもしれない。私は…いえ、月の巫女は自分のわがままでずっと貴方をひとりにしました。私は私のわがままで貴方にこれ以上孤独を味わってほしくない。孤独に押しつぶされて本来の優しさを忘れてほしくない」


「優しい?我がか?」


「働きつかれた人を安らかに眠らせるために夜があるなら。それに何より私たちを責めない貴方が。優しくないなんていわせない」


思っていることの半分も言葉に出来ないのがもどかしい。 言いたいことがぜんぜん形にならない。


「貴方に、一人でいる道を選んでほしくないんです。温もりを、知ってほしいんです」


願うことが許されないとしても願わずにいられない。 ずっと孤独だったこの神の、魂に刻まれた傷がいつか癒えることを。


「……今すぐには、叶わぬな」


「どうしてですか?」


「……どうせなら、藍と秦の子として生まれたいからだ」


「…は?」


「…え?」


爆弾発言をさらりと口にした夜の神は私たちの反応を見て不思議そうに首を傾げる。


「愛にも色々ある、と言ったのはそなただろう?夫婦として愛されないなら親子として愛されたいと願ったのだが、間違っていたか?」


「いや、間違ってるというか…」


「なんで相手が乙夜君に限定されてるんですか!?」


「藍には秦が似合いだし秦には藍が似合いだからだ。気付いていなかったのか?」


「そんなこと分かるわけないです!?」


「ならば改めていおう。藍には恐らく秦しかいないし、秦には藍しかいない。二人とも似合いの夫婦となるだろう」


「いや、え、あの、ちょっと!?」」


「再び見える日を楽しみにしているぞ」


「いい逃げ!?」


「夜の神様、ちょっとまっ…!」


「では、息災でな。未来の父母よ」


大気が震えて不意に夜の神の姿が掻き消える。 屋上に残されたのは、茫然自失の私と、振り返って確認したら『まっしろ』という彫像にでもなったような乙夜君の姿。


引き止めようとしたらしく中途半端に伸ばされた手がなんだか妙に哀愁を誘う。


「未来の、父母、て」


「確かに、一人にしたくないっていったけど……愛には色々あるっていったのも、私だけど……」


それ以上言葉がみつからない。 なんか今乙夜君と目が合ったらまずい気がする。理由はよくわからないけど本能が警告を発している気がする。


まぁ、そんな警告がなくても気まずすぎて目なんてあわせられないから私は乙夜君の状況を確かめたあとはすぐに視線が合わないように俯いたのだけれど。


二人して呆然としたまま暫く時を数える。


「……そ、そろそろ帰ろうか。明日も学校だし、警備の人に見つかったら大変だし!」


「そうだな…そうだな!」


二人とも声が動揺しまくってて他人事だったら噴出せるんだけどな、なんて考えが浮かぶのは余裕があるからじゃない。たんなる現実逃避だ。その自覚くらいはある。


「夜の神様、なんというか……いろいろ予想外だった、ね。生きて帰れるかどうかとか心配してたのが嘘みたい」


「確かに…いろいろ、予想外すぎて俺はこれからどうしたらいいのか」


「え?」


文脈が整ってない気がする言葉に思わず顔を上げると目が合う。 凄い勢いで私から目を逸らした乙夜君の頬が赤いのは気のせいだろうか。


えっと…照れて、る? そう考えた瞬間かぁっと顔が熱くなるのが分かった。 釣られて照れてどうするのよ、私。


どうしよう、どうしよう。 これからクラス替えがあるまで、平日は毎日顔を合わせるのにこれじゃ気まずすぎるよ。


何よりこの不自然な空気にクラスの女子が気付かないわけがない。 根掘り葉掘り聞かれることは十二分に予測できる、というかほぼ百パーセントの確率で確定なのになにをどう返せばいいのかわからない。


私の前世を追いかけていた神様に転生を勧めたら二人の子供として生まれたい、って言われて恥ずかしくて顔が合わせられない、とか言えるわけないし。


事実なんだけど。嘘は一つもいってないんだけど。信じてもらえるもらえないでいったら信じてもらえたら吃驚なレベルで他の人にとっては意味不明だろう。


あぁぁぁぁぁ。夜の神様!なんてたちの悪い置き土産しれっと置いてってくれたのよ! 出来た人間じゃない私は思わず夜の神に八つ当たりしてしまう。


悪気は…多分なかったんだろうけど。


私に愛されたいってだけじゃなく…あぁ、この台詞も大概恥ずかしいな。自意識過剰みたい。事実だとは分かってても理性が納得することを邪魔する。だって凄い美形だし、神様だし、ずっと待たされた相手を攫うでもなく自分の意思を引っ込めちゃう出来た性格だし。そんな神様に求められていたという巫女の生まれ変わりだなんて今更ながらに恐れ多いって言うか。


爆弾発言放ってさっさといなくなっちゃったけど自覚ないってことは実は天然ボケなのかな、とかやっぱりこれ現実逃避だよねぇ…。


「……月科」


気まずげな乙夜君の声に思考を強制ストップさせる。


「な、なに?」


「今の、気付いてないだろうけど全部駄々漏れてるから。声に出てた」


「嘘ーっ!!?」


「…事実だって証拠に復唱してもいいけど」


「やめて。恥ずかしさで死ぬから。本気でやめて」


「…ぶっ…!」


乙夜君が思いっきり噴出した。


「他人事だと思って笑わないでよ!」


っていうか髪が傷む発言の時も思ったけど乙夜君って実は笑い上戸だったりするのかな? なんか凄い笑われてるんだけど。


「だっておま、あんなに威勢よく神様相手に啖呵きった奴が思考駄々漏れてたから恥ずかしくて死ぬとか…くくっ、駄目だ。俺のほうこそ笑い死にそう」


「むー……」


そこまで笑うかなぁ。こっちは本気で恥ずかしいのに。


「もう、知らないっ」


居たたまれなくてその場から逃げようと駆け出せばぐいっと手を引かれた。


「…いつや、君…?」


「…秦」


「え?」


「秦、って呼んで」


「えっ…と…秦、君?」


「呼び捨てで」


「……なんで、急に」


「さぁ?」


月明かりでも彼の顔が赤いって分かってまた釣られて照れてしまう。


「なんとなく…そう呼ばれたいって思った。それじゃ駄目か?」


「駄目じゃ、ないけど」


「俺も、藍って呼んでいい?」


「…ん」


夜の神の言葉を思い出す。


反発しあってそれでも抗いきれずに惹かれあって寄り添いあって生きて、さほど一人の時を持たずに死んでいく、と。


その言葉に縛られるつもりはない。 恋愛感情なのかも分からない。 仮に恋愛感情だったとしても結婚するなんてまだまだ先の話だし、結婚したところで夜の神様の転生した赤ちゃんを授かるのがいつになるかなんて未知数だ。


私は私だし、月の巫女の生まれ変わりだったとしても今はただの女子高生だし。 乙夜君…秦、だって太陽神の生まれ変わりだったとしても今は男子高生だ。


夜の神様の望みでも、私たちにその気がないなら申し訳ないけど叶えてあげるのは私たちの来世とかその次とか更に次とか…兎に角本当にいつになるかは分からないわけで。


夜の神様も多分そのくらいなら待っててくれるだろうし私達が愛し合うことを強要するつもりであんな置き台詞を残したわけじゃないんだろうけどやっぱり意識しちゃうっていうか気まずいっていうか。


「……だから、藍。全部駄々漏れてるって」


「また!?なんなの、私!駄々漏れ機能なんて要らないし!!」


「いや、俺に言われても困るっつーか」


困ったように頬をかく秦の、もう片方の手は私の手首を掴んだままで。


「…離してよ」


「…逃げないなら」


「振りほどいて逃げたら?」




「…こうする」 抗う間もなく掴んだ手を引き寄せて、秦は私を腕の中に閉じ込めた。


「夢に引きずられて憎もうとしたけど。そっちからはお前のお陰で逃げられたけど。太陽神の感情に、やっぱ引きずられてんのかな」


「?どういうこと?」


「兄の巫女に手を出すわけにはいかないって自制してただけで太陽神も月の巫女を愛して立ってこと。巫女の思いに応えたらただでさえ険悪な兄弟仲は壊滅しただろうし、そうなったら夜の神は地球を滅ぼしてただろうし、太陽神は全部犠牲にしてまで巫女の思いに応える勇気がなかったんだ。


…でも諦め切れなかったから半端にしか拒絶できなくて、結局は夜の神から逃げるために人間に転生した巫女を追って自分も人間に転生した」


「……つまり、私が月の巫女の生まれ変わりで、貴方が太陽神の生まれ変わりだから惹かれてるって言いたいの?」


「違う!そうじゃない…」


抱きこむ腕に力がこもる。 痛いくらいに抱きしめられて、私は動くことが出来ない。


「そんないい加減な気持ちで好きになったりしない。藍が藍だったから。馬鹿みたいに真っ直ぐで、自分を殺しかけた相手に自分のわがままでもあるからって言っちゃうような奴で、神様相手にもわがまま通して。そんな風に強いのかと思ったら置き台詞に全部思考が駄々漏れになるくらい狼狽する弱さもあって。


そんな藍だから……愛おしいと、思える。 俺たちは人間だから神様みたいに永遠に寄り添うことなんて出来ねぇけど。生まれ変わりがほんとにあるなら。


生まれ変わっても絶対藍を探し出す。砂漠に落ちた針を探すみたいに途方もないことだったとしても、絶対見つけ出して…こうやって腕の中に閉じ込めて離さない。全身全霊で護りたいし愛したい。愛されたい」


「……凄い恥ずかしいこと言ってるって自覚、ある?」


「恥ずかしさに負けて言わなかったら、絶対後悔するから。…茶化すなよ。さっき笑ったのは悪かったけど、本気で告白してるんだぜ?」


「…私にとって恋愛ってね、他人事だったの。自分がしたらいけないもの…タブーに近いものだったの。でも友達が言ってた。恋は落ちるものだから、本気で好きになったら落ちるところまで落ちるしかないって」


「なんか人生終わりみたいな例えだな」


「同じようなこと、私も言った。…でも」


「うん?」


「……確かに、落ちるものみたいだね」


理性も、言い訳も、理由付けも意味がない。 ただ相手の何気ない仕草にひたすらドキドキして、自分で自分の気持ちが分からなくて。


これもつり橋効果なのかな。それとも前世の想いを引きずってないって言い張りながら引きずってるのかな。はたまた夜の神様が小さな呪いに似たまじないをかけたのかな。


急に生まれた思いに、激流に舞い落ちた木の葉のように頼りなく心は揺れる。 けれど私を抱きしめる腕は決して不快ではなくて。むしろ全てに自信がない今はその力強さに安堵して、寄りかかっていたくて。


恋は人を変えるっていうのは小説や漫画の定番台詞で。それを実感する日が来るなんて思わなくて。 それじゃあこれは恋心ってやつなんだろうかと思うけど、気恥ずかしさがそれを否定したがる。


あぁ私はやっぱり超然とした神の巫女なんかじゃなくて。 ちっぽけなことでこんなに大きく揺らいでしまう、紛れもない人の子なんだ、と。


「藍?」


「…顔、見ないで。今凄い赤いから」


「…なら、もうすこし、このままで」


そう言って秦は少し腕の力を緩めて、けれど私を離そうとは、しなかった。 色々ありすぎて頭飽和状態だしいい加減夜も遅いし、学校あるのに寝坊は確実かもしれない。参ったな、明日もやっぱり苦手な英語の授業があるのに集中できなかったらどうしよう。


伸ばした手は、届かないんだと思ってた昔。 静かに拒絶されることに慣れて、追いかけてきてくれるなと懇願されて、自分の本来の居場所へ帰れと諭されて。 だから届かないことに慣れていた。


届くわけがないと知りながらそれでも焦がれた。 関わる存在全てを不幸にするとしりながら止められなかった。 だけど今、私は秦の腕の中にいる。


戸惑いながら背に手を回せば確かな感触が伝わってきて、一瞬震えた力強い腕が応えるように抱きしめる力を増す。 揺れる。戸惑う。地に足がついてないみたい。


実感がわかなくて。とても幸せな、夢を見ているようで。 確かなものは私を包み込む秦の身体と、彼の心臓が刻む心音。 世界の音は酷く遠いのに少し早いように感じられるその心音は凄く近くて、私を安心させる。


…出会った時から、なんて遠くに。そしてなんて近くに来てしまったんだろう。


ゆらゆら。ふらふら。


枝から離れた葉っぱのように、翼から抜け落ちた羽根のように。 何処へつくかも分からない海を漂う漂流物のように。


私たちは当て所ない旅へ出たのだろうか。 確かなものなんて何一つなくて。 ふとした弾みで心変わりするかもしれなくて。 不確かな未来しか知らなかったはずなのに、確かなものが何もないことを不安に思う。


落ちて落ちて落ちきったら、開き直って平然と構えることが出来るんだろうか。 明日友恵に聞いたらやっぱり「乙夜君と何かあったの?」って聞かれちゃうかな。 不安なことだらけなのに何故かとても、とても幸せで。


「なぁ、藍」


「…なに?」


「たくさん、話をしよう。好きだけど、この気持ちは嘘じゃないけど。知らないことのほうが多いから。少しでもお互いを知れるように。共有できる記憶や話題が増えるように、たくさん、話をしよう」


「…うん」


「それで、時々喧嘩もしよう。人を恋愛感情的な意味で好きになったことなんて一度もないから、多分怒らせることも多いと思う。そういうときは隠さずに伝えてほしい。俺も、何かあったらそうするから」


「…ん」


「嘘にしたくないから、確かな約束なんて何一つ出来ねぇけど……一緒に生きていくなら、藍がいい。藍以外、考えられない」


鮮烈に響く言葉。互いの心音がますます乱れる。


「…好きだ」


「…私も」


いつか別々の道を歩む日が来ても。 今心を寄り添わせたいと願ったことは嘘じゃないから。 永遠は、望まない。人の子は有限の中で生きる存在だから、その領域を超えたらきっと不幸になる。


けど、その限りある時の中で生きる間、出来るだけ長く一緒にいたい。出来るだけ多くの記憶を共有したい。そして一緒に年を重ねて、いつか黄泉路を旅するときはその思い出を微笑みながら辿っていきたい。


「……そろそろ本気で帰らないとまずいな。名残惜しいけど…」


「…そうだね」


「家まで送る」


「有難う」


まだ心臓は全力疾走したあとみたいにバクバクいってるし、顔も火照ってる。 遅くなる、なんていわなかったから家族が心配してるだろう。 怒らせているかもしれない。


それでも、やっぱり名残惜しくて。 ついいつもよりゆっくり歩いてしまう私の歩調に、秦は黙って歩幅を合わせてくれた。 そんな些細なことが、とても、とても幸せで。 私は生まれて初めて、心の其処から出会えたことを感謝した。




「…収まるところに収まったか」


太陽が、我が巫女に反発しながらそれでも彼女に惹かれていることを知っていた。


そして我の存在があるが故に二人は結ばれないことも。 思えば酷い仕打ちをしたものだ。彼らの愛する存在に死を与え、祝福されるべき命に終わりをもたらし、愛し合う二人を引き離した。


我がいなければ。 或いは月の巫女ではなく太陽の巫女だったなら。


我らは悠久の時を共に刻むことが出来たのだろうか。 弟と巫女が人の子として転生した今となっては考えても詮のないことだが。


人として生を受けなおせばいい。


自分のわがままで一人にしたくない。


そういった少女の、強く、けれど何処か揺らぎを持った眼差しを思い出す。 月の巫女は我と視線を交えることはなかった。


常に敬意を示すため、と視線を伏せ、静かに頭をたれていた。


だが藍はまっすぐに我を見た。


その心に思慕の念はなかったが、永い時が凍てつかせた我の心を、その視線と言葉が溶かしてくれた。


藍。そして秦。


汝ら二人を寿ごう。


転生したときどれだけの記憶が我に残るかは分からぬ。 その時汝らがどんな姿をしているのかも分からぬ。


この先どのように二人が心を通わせていくのかも、行き着く先も。たどり着く応えも。 何一つ、誰にも分からぬ。


だが我は祈ろう。汝らに幸あれ、と。 今まで呪った分、それを上回るほどの幸せがあるようにと切に願おう。


そして我のわがままが許されるなら…汝らを父母として、もう一度出会えるように、と。


全ての記憶を失っても、愛の形が変わっても。 敬愛できる二人であるように、と。 今は遠い場所から、ただ願う。


――そう遠くない再会を夢見て。






次の日、二人揃って寝不足全開の顔つきで登校した私たちは案の定クラスの女子に質問責めにあった。


秦があっさり付き合うことになったと暴露したせいで騒ぎは蜂の巣を突いたような状態にまで発展し、転校したばかりなのに他のクラスの女子まで事実確認にやってくる始末。


まぁ、大体の女子は悔しがりながらも恋愛感情というよりは憧れとかファン心理だったみたいで応援してくれたのだけれど…。


中には本気で秦を狙ってた子もいたみたいで、その子たちからの視線が痛いったらない。


「もうちょっと上手く立ち回ることってできなかったの?」


「お前のことに関しては嘘を言ったり誤魔化したりしたくないから正直に言っただけだ」


開き直ってるわけじゃなく本心からそう思ってるのが伝わってくるからそれ以上苦言はいえない。 変なところで笑い上戸なのかと思ったらこういうところはちゃんと男の子というか格好良くて、詐欺だ、と思う。


騒動が落ち着いたのは一週間以上経ってからのこと。 それまでろくに会話も出来なかった私たちはあの夜振りに屋上に来ていた。


今日は普通にお昼を食べに、だけど。


「女子が食いついてくるのはある意味いつものことだけど…今回は藍も関わってるから男子からの追求も酷かったな…」


げんなりとした風の秦の言葉に首を傾げる。 秦は顔立ち整ってるし噂の転校生だから女子に騒がれるのはいつものこと、っていうのは分かるけど…なんで私が関わってるせいで男子から追及されるんだろう。


友人として親しくしてる男子は、特にいないし付き合うのだってこれが初めてだから元彼が、とかいうことでもないはずだ。


「分かってねぇとか俺よりたち悪くねぇ?」


あきれ返ったような視線と疲れたような溜息にますます首を傾げてしまう。 だって分からないものは分からない。


「藍の彼氏の座を狙ってた連中から総攻撃食らったってこと」


「え、そんな物好きいるの?」


「物好きとか言うなよ。すげぇいるぜ。告白とかされたことなかったわけ?」


「うーん…恋愛ごとにはなる前に逃げ回ってたしなぁ…」


「少しは自覚しろよな。強硬手段に出る相手がいないとも限らないし」


「なんかそれって自惚れてるみたいでちょっと嫌かも」


「藍は少し自惚れるくらいでちょうどいいよ。警戒心なさすぎ」


「そんなこと言われたって」


「出来るだけ目は光らせとくけどさ、あんま一人でフラフラ出歩くなよ?遅くなるようなら友達と帰るとかしとけ」


「過保護だなぁ」


「何かあってからじゃ遅いだろ」


大げさな、とは思ったけど本気で案じる様子の秦にそう言ったら傷つけるし怒らせるから私は頷く。


「…男子もだけど秦を本気で狙ってた子とかに後ろから刺されそうな気がする…」


「んなこと、俺がさせるかよ」


あぁ、もう。そういう台詞と真剣な表情は反則だ。心臓が壊れる。 誤魔化すように紙パックのジュースを啜ると秦も言った後で恥ずかしくなったのか視線を外す気配。


お互い初めての恋に、溺れて、溺れて。 息をつく間もないほどドキドキして。 愛されていると分かっていても妨害があるとそのまま疎遠になってしまうんじゃないかって怖くもなって。


友恵は「乙夜君人気あるし、まぁ落ち着くまではハラハラしそうだよねぇ…」となだめてくれたけど。


心配するのと同じ位初恋に悶えてる私を楽しそうに観察してたから素直に感謝できないんだよね。経験談は参考になるようなならないような、だし。


友恵いわく「恋愛なんて十人十色どころかその時々でまるっきり違うから付き合ってても数日前の経験ですら当てにならないもの」らしいけど…本当、恋は落ちるもの、なんだなぁ。


感情に理性が負けるって言うか振り回されるって言うか。 秦を好きになったこと、好きでいてもらえることに後悔はないけどやっぱり恋愛は人ののろけを聞いたりしてるときのほうが気が楽なのは否めないかも。


「恋愛って難しい…」


「…ま、焦ることないんじゃないか?俺らのペースで行かなきゃ息切れするし。…周りが俺らのペースでいかせてくれないから難しく感じるんだろうけど、その内収まるだろ」


「悟ってるねぇ…私はその境地にいくにはまだ無理っぽい」


「悟らざるを得ないっつーか悟らなきゃやってらんないレベルで追求の嵐の真っ只中っていうか。…強がりなとこもあるし、正直言ってるほど余裕はないぜ?」


「そうなの?」


「まぁな」


手探りなのは俺だって同じだし、と秦が空を仰いで呟く。 そっか。不安なのはお互い様なんだ。 秦は余裕あるように見えたけど、余裕あるように見せてないと私が余計に不安がるから、余裕ある振りをしてたのかな。


そうやって庇ってくれるより、弱さをみせてくれたほうが、嬉しいけれどそういったら「男は好きな奴の前では格好つけたいんだからあんまり弱いところは見せられない」なんて苦笑されてしまった。


「でも無理しすぎてきつい想いさせるのは、嫌だよ?」


「分かってる。程ほどにしておく。…今こうやって甘えてるだろ?」


甘えて…る、の、かな? むしろいっぱいいっぱいすぎる私を見て私だけじゃないって助け舟出してるんだから甘やかされてるのは私のほうだと思うんだけど。


疑問が顔に出てたのか秦は私を見てちょっと笑って髪をくしゃりと撫でた。 それから私の膝に頭を乗せる。


…いわゆる、膝枕の体勢になって硬直する私を見て楽しげに口の端が緩くあがった。


「これなら間違いなく俺のほうが甘えてることになるだろ?少しは納得した?」


「な、んでいきなり…」


「眉間に皺寄ってるから。取れなくなったらもったいないし。…藍には、笑っててほしいし」


眩しそうに目を細めて頬に手を伸ばしてくる秦。 その手に自分の手を重ねて、私も少しだけ笑う。


「日差し、この角度だと結構眩しいな」


「それはそうよ。真上に太陽があるんだもの。眩しくなかったらおかしいわ」


「…そうだな」


喧騒が遠い。世界に二人だけ、なんていうつもりはないけどそれに近いものは感じる。


「なぁ、午後、サボらないか?」


「え、でも…」


「折角久々に二人きりになれたんだし、もうすこし堪能したい」


「……秦」


秦が何かを言いかけるのと、私たちが物音を察知するのと、屋上のドアが校内のほうから開かれるのがほぼ同時で。 扉を開けたのは山積みに雪崩れたクラスの女子。


「いったーい…もう、よく聞こえないからって押しすぎ。ドア開いちゃったし」


「あー、ほら。乙夜君たち凄い目でにらんでる、退散しようよ」


「お邪魔しましたー。藍が貧血で倒れて乙夜君が保健室で付き添ってるって伝えておくからごゆっくり!」


「リア充末永く幸せに爆発しろーってね」


「じゃーねー」


「ちょっ……」


凄い勢いで畳み掛けられて反論する暇もなくドアが閉められる。


「女子の野次馬根性ってすげぇな」


呆気に取られた様子で秦が隣に座りなおしたけど膝枕してるところはバッチリみられたし、あんまり意味はない気もする。


顔を見合わせて、友達が去り際に投げつけてきたあれこれがお互い頭を過ぎって、赤面して視線を逸らす。


「暫くはだしにされそうだね…」


「……こういうときは、あれだな」


「なに?」


「祝儀だと思えって親から聞いた」


「…微妙にありがたくないご祝儀な気がするんだけど、気のせい?」


「まるっきり祝福されないよりはいいだろうってさ。覗きは勘弁してほしいけどな」


どちらからとも泣くその台詞に笑い出す。


「…幸せだな」


「うん」


隣に座った秦の手へ先ほどと同じように自分の手を重ねればそっと握りこんでくれる。 手を繋いだまま、視線は合わせずに私たちは隣り合って空を眺めていた。






それから数年後。高校を卒業し、大学へと進んで。 大学卒業を機に私たちは同居を始めて。




仕事にも慣れて生活に多少余裕が出来た頃、結婚式を挙げて入籍した。 出会った時の最初の印象は美形の転校生なんて本当にいるんだ。で。 憎しみをぶつけられて首を絞められ、殺されかけたこともあった。 転生前に彼の兄だった夜の神と対峙したときは殺されるのを覚悟で見届けてくれて、それからつり橋効果だったのか急速に惹かれあって。


高校のクラスメイトに出歯亀をされて気まずいまま、それでも手を繋いで空を眺めたことも。 違う大学に進んだせいで中々会えずに声が聞きたいと、傍にいてほしいと痛切に願ったことも。


時々会えば時間はあっという間にすぎて、次に会うのが待ち遠しくて。 会うたびに少しずつ男らしさを増していく姿と心にドキドキして。


それらは色あせない思い出だ。 同じくらいたくさん、彼の心の中に私がいればいいと思う。


今、私のお腹の中には命が息づいている。 大分待たせてしまったけれど、この中にいるのは約束をしたかの神様の転生した命だろうか。そうだったとしても、そうでなかったとしても、目一杯の愛情を込めて、でも甘やかすだけではなく将来しっかり自立した人間として見送れるよう育てて生きたいとは思っているけれど。


「名前、何にしようか」


「男の子だったら恒、女の子だったら春陽、は?」


「綺麗だと思うけど…何か理由があるの?」


「太陽に焦がれてるように見えたからさ。長い一人きりの夜は終わって、温かい日の出を迎えたんだって知らせてやりたくて」


恒は恒星の恒、春陽は字の通り春の日差しから太陽を連想させる。


「喜んでくれると思う」


「…はやく会いたいな」


「そうだね。世界が凄く綺麗だってこと、この子に知ってほしい。そして、望まれて生まれてきたんだってことも」


お腹に手を当てる。 まだ目立つほど膨らんではいないけれど、ここに確かに命がある。 秦がそっと手を重ねた。


「元気に生まれておいで。待ってるから」


願う。元気に生まれてきて、幸せいっぱいに育ってくれるようにと。 祈る。この子の歩む先が光に満ち溢れたものになるようにと。


貴方に会える日を今からとても楽しみにしている。 言葉が分かるようになったら直接伝えるからね。 だからはやく、元気に、生まれてきて。






永い永い時を経て。


すれ違いを重ねた魂は、再び出会う。






貴方の心が負った傷を、私が負わせた傷を、現世の私が癒してくれることを願っている。








現世の私と、現世の彼女が、貴方を真っ直ぐ愛せるように。


掛け違えたボタンが正されるように。


笑顔を取り戻せることを、希う。






明けない夜がないように。


やまない雨がないように。


永い孤独は終わりを告げ、迎えたのは暁降ち。


雨夜に月が浮かぶような、ありえないことだと思っていたのに。


この胸に、光が満ちていく。


盟約は果たされた。


そうして命は、続いていく。


太古に交わされた、約束の通りに。

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