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殺人鬼のレシピ  作者: 花南
9/13

月の泪

「えー、今回みんなをここに集めたのは他でもない」

 冒頭からまったくもって馬鹿馬鹿しかった。

 ホールに集めた部下たちにビョークはやる気のない声で説明をはじめた。

「毎年この時期になるとお歳暮がくるのは皆知っていると思うけど、あろうことかリジーから送られてきた銘酒“月の泪“をった奴がいるらしい。これが月で一番高級な大吟醸酒でテールではアルカロイドでしか手に入らない逸品でさー、カエデの好物なんだ。なくなったことがわかった時のカエデが怖いのでこっちにとばっちりがこないよう、てきとうに誰か八つ当たりされる人を作ろうと思うんだけど犯人を捏造しろ」

 エンジュが挙手して先制攻撃をした。

「トキの口から酒の臭いがします」

「トキが酒臭いです」

「むしろトキが臭い」

「ワキガもかおってきそうだっぺ」

 続く部下たちによって吊るし上げられるトキをビョークは指差して、風呂場を指差した。

「とりあえずお前風呂入って来い、臭いらしいから」

「臭くないよ! おじさんを見ろよ、フローラルの香りがするナイスミドルだよ」

「フローラルって具体的に?」

 ビョークが隣にいた韻葵ヒビキに聞くと、ヒビキは鼻を押さえて呟いた。

「トイレのラベンダー臭がする……あとこころなしか排泄物臭い」

「直行風呂! 浴槽にそのまま入ったら殺すから」

 ビョークにGOと風呂を指されてトキが部屋から出て行く。それを見送る前に話に戻った。

「トキがいない間に他に犠牲者で名乗りをあげる者はいないかー?」

 ヒビキがそのまま手をあげる。

「アルストロメリアが昨日飲酒していましたよ」

「アリーよぉ、酒と煙草は身長が一六〇こえてからだって言ったっしょ?」

 呆れたように言ったビョークにアリーが減らず口を叩く。

「太れって言ったのビョークじゃない。えーとねぇ、エンジュがこの前カエデおばちゃんの部屋から瓶持ち出してたよ」

「えっ、ちょっと待ってくださいよ!」

 ぐるっと回って自分にお鉢が回ってきてエンジュはびくっとした。

「何持ち出したんだ?」

「カエデさんが飲みっぱなしだったお酒の瓶ですよ。あの人なんでも秘書室におきっぱなしにするから……」

「怪しいよな。みんなー?」

 ビョークは確認するように、疑惑を強化するように周囲に聞いた。

「怪しいな」

「あやしいっぺ」

 数名が怪しい怪しいと連呼したのでビョークは手招きをした。

 少年はすぐに自分のことを呼んでいるのだとわかったらしく、人垣を避けて前に出てくる。

「ここに人間精密機械のアカツキくんがいる。エンジュとアリーは見てもらうように」

 アカツキは色素の薄い茶色の目でエンジュとアリーを見る。アカツキはしばらく考えてからビョークのほうを振り返った。

「エンジュは酒を飲んでないよ。でもアリーのほうはすごく精度の高いお酒をたくさん飲んでいたみたい」

「アリー……」

 ビョークがうめく。

 自分の娘が犯人なのかと思いきや、アリーは首を振った。

「あたしが飲んだのはビョークのジオ産のゴールド・モルト」

「…それアイリッシュ・コーヒーに入れようと思って買っておいた十二年ものの最高級ウィスキーなんだけど……」

「珈琲と酒とクリームが混在している飲み物なんて不味いに決まっているだろう、クソが」

 ぺっ、と言い切る。

 たしかに不味いことは不味いのだ。だがあの綺麗な層でわかれている外観を眺めるのは好きなのだ。もうこの娘に珈琲の素晴らしさを語る無意味さは嫌ってほど知らされていた。

 そこでもう一言、アカツキが付け加える。

「エンジュはでも何か隠し事をしているみたい」

「よし、エンジュ。懺悔の時間だ」

 ビョークの声を合図に、がしっと後ろからトキとスオウに羽交い絞めにされるエンジュ。ビョークはのそのそと近づいていく。

「色々考えてみたんだけどね……」

 ビョークが色々考えている時はろくでもないことが多い。

「現在まだらハゲのスオウの髪をここぞとばかりにまるめて、エンジュの全身にオイルを塗りたくってからそこにふりかけるという新手の屈辱的拷問を開発したんだけど……」

「ちょっと待ってくださいビョーク!」

「俺の貴重な髪の毛を何さらすんじゃ!」

 ふたりの男から同時に非難された。

「仕方がない。脂ぎったスオウの髪が一番嫌だろうと思ったけど、ここは原点に戻ってエンジュ自身の髪の毛を剃り落として体にふりかけるってぇことで」

「なんだってそんな恐ろしいこと考え出したんですか」

 力なくうめくエンジュの顎を少しだけ持ち上げてビョークは訊いた。

「実は色々あっちの毛やこっちの毛も剃り落としてつるっつるにしてからふりかけようとも考えているんだけど、貴重な毛が減る前に説明してくんないかな? 月の泪を持ち出したのはお前か?」

「……はい」

 後ろを振り返ってアカツキを確認すると、アカツキも嘘はついていないと頷く。

「じゃあ今はエンジュの部屋にあるのか?」

「少し減っているけどありますよ」

「なんだって一番品行方正なお前が酒盗んでいったりするわけよ?」

「…………」

 なんだか言いづらそうにエンジュは押し黙った。しかし毛を剃られるのは勘弁なようで、口を開いた。

「クリュウも大好きな酒だったので、少しだけお墓に供えに行ったんです。あとでカエデさんにだけ言うつもりでした」

 ふーん、と唸ってからビョークは言った。

「最初に言えよ」

「恥かしいじゃないですか! 絶対あなたたちからかうんだから」

「笑わないって。お前はクリュウ想いのいい部下だなぁ。きっとクリュウも喜んでいるさ。墓前にお供えされた酒が飲めず歯軋りとかしつつ」

「もういいよ! 好きなだけ笑えばいい」

 別に笑うつもりなんてなかったわけだが、期待されるとからかわなければいけないような気がするというのが人情というか人の性。

「まぁいいや、年末だし俺もちょっと墓参り行ってくるか。エンジュ、ついてこい」

「え? あ、はい」

「あとの奴らは月の泪探しとけよ。エンジュの部屋のどっかだ」

「棚の上に置いてありますので、よろしくお願いします」


◆◇◆◇

 コツコツコツ、と階段を登っていく音が聞こえてふたりが消えていったあと、周りの男たちは顔を見合わせた。

「おい、俺面倒だからお前とってこいよ」

「お前がとってくればいいだろう」

 そうやって押し付け合いをしていると、後ろのほうからウォルターが通りかかった。

「全員集合してどうしたのだね?」

「ああウォルターさん、別にたいしたことじゃあないんです。月の泪を誰がとりにいくかって話で……」

「月の泪……ああ、あれか」

「あれって言いますと?」

「記憶がないので定かではないが……たしか青い瓶で、華やかで透明感のある果実や花のような芳香がだったと思う。口当たりはさらりとした、甘さと丸みは中程度かな。爽快な酸との見事な調和がとれた逸品だよ。あるんならば是非飲んでみたいものだな」

 今度はまた顔を見合わせる。

「俺が取りにいく!」

「俺が取ってくる」

「お前こっそり飲むつもりだろう」

「お前こそどうなんだ?」

 また騒がしくなるホールをウォルターは後にしたが、しばらく騒いだのち、全員一致で一緒に酒をとりにいくこととなった。そうしてみんなで一舐めずつしていくというそういう結論に至った。

 アカツキはやめておいたほうがいいと止めたが、食い意地の張った奴らは止められない。

皆で狭いエンジュの部屋にぎっしり詰まって、代表でアリーが最初の一舐めをした。

「うわー何これ、すっごい美味しい! ビョークのお酒なんてメじゃないよ」

 無論ビョークのゴールド・モルトだって、最高級のウィスキーなわけだが、値段が一桁違うだけあって、味は比べ物にならないらしい。

 スオウが喉をごくん、と鳴らし、アリーから杯を借りてぺろりと舐めた。

「なんだこれ! こんな酒死ぬ前に飲めたら本望だ」

 えらく表現力の貧困なスオウからそんな言葉がでてくる。

 そのあとはわいわいと手が伸びて、一升ある酒のかさはどんどんと減っていった。


◆◇◆◇

「夕食までご馳走してくれるビョークなんてなんだか怖くて気持ち悪いですね。」

「あそこの料亭カエデが好きだったからいるかなぁと思ったんだがな……」

「カエデさんを探しにいったんですか?」

「全員いっしょのほうが手間かからずでいいだろ?」

 本部への地下へ続く階段を下りるとなんだか騒がしい声が聞こえた。

「なんでしょうか?」

「ホールの方角だな」

 なんとなく嫌な予感というか、明らかに想像のつくものを考えつつ部屋に入った。

 そこには月の泪と言わずあらゆるビョークやらクリュウやらの高級酒がごろごろと転がっており、周囲では男たちが酒盛りをしている。

「……あの、ビョーク? 落ち着いてください」

「落ち着いている」

 一瞬すごく腹が立ったが、もうこの状況をどうやって収拾しようかということのほうが大変そうですぐに怒りは萎えた。

 手をパンパンパン、と鳴らすと男たちが ぎょっとしたように振り返る。本当にこちらに気づいていなかったようだ。

 朗々とした声で周囲を見渡した。

「まぁ俺の酒が転がっている理由はアリーに聞けばわかるだろうが……月の泪はどうなった?」

 ごろん、と月の泪とメカポリスの言葉で書かれている蒼い瓶が足元に転がってきた。

 ビョークはため息をついた。

「そんでー、首謀者は誰なわけ?」

 沈黙が続いた。

「……全員か。よしお前ら、俺が今から1人ずつ上から下までつるっつるにしてやるからそしたらオイルかぶって自分達で髪の毛を体にまぶしつけろ」

「待て、待てよビョーク! これには深い理由があるんだ!」

「言ってみ?」

 慌てて取り繕うヒビキにビョークが聞き返す。

 アリーがこんな時のためにと用意していたせこい作戦があった。

「ビョークの大事にしていたクマちゃんを近所の犬が引き裂いてしまったので俺たち死んでお詫びをしようと思って急性アルコール中毒を起こすため飲んでました」

「あーなるほどー、そうか、クマちゃんかぁ」

 クマちゃんというのは、昔ビョークが気まぐれで注文したあのアライグマの剥製のことだろうか。それくらいしか思いつかない。

 ビョークは笑顔のまま手をぽきぽきと鳴らした。

「急性アルコール中毒なんて狙わなくたってもっと手早く眠らせてやるよ。さぁ最初は誰がいい?」


「案外誤魔化し効くんでねぇの?」

「本当にこんなのでごまかし効くんでしょうかね……」

 水でうべられた蒼い瓶を持ってビョークとエンジュは歩いていった。秘書室の扉を開けるとそこには既にカエデが帰ってきている。

 やっぱりといった具合にお歳暮の中を探していた。

「カエデー、探しているのはこれか?」

 水しか入っていない月の泪を掲げるとカエデが頷いた。

「そうそう、それそれ」

「今から墓参り行こうと思うんだ。たしかクリュウがこの酒好きだったろ?」

「え……まぁ、ねぇ」

「派手に墓にぶちまけてやろうぜ、この高級酒」

「随分と気前いいことするわね。それ白金粒でしか買えない最高級よ?」

「いいのいいの」

 冬の終わりに深々と雪が降る。

 墓にまんべんなく酒(水)をふりかけると三人で手を合わせた。

 今度はちゃんと本物の月の泪を派手にかけてやろうとか思いながら。

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