言葉の重み
最初は、良くあるからかいみたいな感じだった。
軽いジョークめいた悪口。
それだけだった。
でも、いつからだろう。
それが、軽いと言えなくなったのは。
手が出るようになったのは。
物を隠すようになったのは。
それは、誰がどう見ても完全な嫌がらせ……いや、イジメだった。
りょうたが教室に入ると、教室の中は急に静まり返る。
りょうたは別に気にする様子も無く、自分の席に向かう。
そこでりょうたは、自分の机の上に花が飾られた花瓶が置かれている事に気付く。縁起が悪い。それはクラスの中の大半が思った事。だが、誰も止めなかった。それが何故なのか、考察するに恐いからなのだろう。もし止めたら、今度は自分がイジメられるかも知れないから。
恐いと思う事は普通の事だし、自分の身を案じるのも普通の事だ。自分を犠牲に他人を守る……そんな事が本気で出来るのは、極僅かの人々だろう。
だが、もし誰かが止めていれば、あの惨劇は回避出来たかも知れないのに。
「おっはー、りょうた君」
静まった教室の中、そんな呑気な挨拶をしたのはきょうすけ……イジメの主犯だった。それに続いて、手下のような連中も声を掛ける。
だがりょうたは依然、無言のままだった。
「あっれれー?その花瓶はどうしたの?」
わざとらしく、きょうすけは花瓶を指差し言う。
「ひっどいよなー。こんな事するなんてさ」
そう言って花瓶を手に取り――花瓶をりょうたの頭上で傾ける。
流れ落ちる水は、りょうたの頭から足元までを濡らす。
「あっ!ごめん!手が滑っちゃった」
テヘペロと、きょうやは悪びれる様子無しで詫びる。
そんなきょうすけを無視して、りょうたは無言のまま服を脱ぎ、ジャージに着替え始めた。
そこできょうすけの顔から笑みが消え、両手でりょうたの胸ぐらを掴んで自分へと引き寄せる。
「おい、何無視してくれちゃってんの?」
りょうたはそっぽを向いたまま答えない。
そして――――
「本当にお前ウザいよな。もう死ねよ、生きてる価値無いよお前」
きょうすけは言った。
その瞬間、
「っふふふ――あっははははは!」
りょうたの高笑いが教室に響いた。
きょうすけ含めクラスの全員が、りょうたを奇異の目で見た。
「分かった分かった。良いよ、死んであげる」
「…………は?何言ってんのお前」
きょうすけが自分で「死ね」と言っておいてりょうたの言葉が理解出来ないのはおかしな話だが、恐らく理由は本気じゃ無いから。
きょうすけの中では、ただの冗談なのだろう。
だが、りょうたは本気だった。
彼はベランダに出ると柵に手を掛ける。
「おいおい、冗談止めろよな」
きょうすけはめでたい事に、まだ冗談だと思っているようだ。
「冗談じゃ無いよ。じゃ」
その次の瞬間、りょうたはあっさりと柵を飛び越えて――落ちていった。
「――――ぇ?」
クラス中の視線が、先程までりょうたがいた場所に集中していた。
彼らは皆、何が起きたのか分からないと言った表情を浮かべている。
沈黙が流れる。そして、遅れたように響く悲鳴。
学校中に聞こえるのではと言う悲鳴に、他のクラスも騒ぎ始めた。
そんな中、未だに立ち尽くしているきょうすけに、誰かが言った。
「この人殺し!」
クラス中がきょうすけに敵意の眼差しを送りながら、その声に続いた。
「最低!」
「酷すぎるわよ!」
「この屑野郎!」
虚空を見つめていたきょうすけが、我に返ったように反論した。
「何で俺ばかり責められてんだよっ!お前らだって何も言わなかったじゃねえか!」
だが、売り言葉に買い言葉。反論に反論と言う状況がしばらく続く。
「お前が死ね!」
それを聞いたきょうすけは固まった。
目を見開き、発言者を見つめた。
「何だよ、俺が間違った事言ったか?」
だが、きょうすけにその声は聞こえなかった。
きょうすけの中では、先程の言葉が何度もループしていた。
そして、きょうすけは気付いた。
言葉の重みに。
彼の瞳から流れたのは――涙。
クラス中から罵声を浴びせられながら、彼はただ、涙を流し続けた。
お疲れ様でした。
今回は暗めでした。




