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仲間がいるこの世界で 2

名前が可愛いとか、外国人みたいで格好いいとか、すごいとかそういうお世辞は頂いたことはあるし、俺は名前を褒められるというのは、大概嘘だと自分で理解している。


「まじで言ってます?」

「え?優しい感じの響きでとても良いと思いますよ」


あっけらかんと言われたその言葉と彼女の創りだす表情は、本当にそう言っているようで俺を動揺させた。

あ、え、その……という、言葉に詰まった感じのうめき声のようなものしか、俺の口からは発することが出来なかった。


赤くなった顔で目を逸らしながら、小さくありがとうとその言葉が精一杯だった。


俺が変な反応をしてしまったせいで、無言の少し変な空気の時間が流れてしまったが、なんとか俺がメンタルを持ち直して、その空気を壊すことができた。


「緋谷さんは、これからどうされる予定なんです?」

「わっ、私は今まで生きてきたのが精一杯だったので、これからどうするかとか考えれない…です。すいません」


それもそうか……。逆に考えれば俺が異常なんだ。たしかにこんな世の中で、数日かそこらで考えを冷静にできるものじゃあ無いと思う。

むしろ俺の場合は、この世界にきてすぐ、死ぬか生きるかぐらいのストレスとか、でかい鹿とか、そういう異常現象が起こりすぎて、感覚が麻痺しているっていうのもある。


「逆に春瀬さんは、どうされるんですか?」

「俺はとりあえずもう少し安全そうな場所を見つけて、今俺自身に何が起こってるのだとか、そういうことを調べていこうと思ってます」

「え、どこか行かれるんですか!?」

「まあ、ここに居ても仕方ないですし。………一緒に来ます?」

「ぜひ!!!ぜひぜひ行きます。連れて行って下さい!!!」


緋谷さんはこれでもかと言わんばかりに、身を前に乗り出して俺に懇願してきた。

それもそうか。男女間の関係は抜きにして、話ができる相手がいるというのは、俺にっても彼女にとっても相当大きい。

それにトカゲを殺した武器を持っているし、俺と同じかは定かではないが、戦闘能力を持っているのは心強い。


「じゃあこれからよろしくお願いしますね」


その旨が決まってから俺は緋谷さんと、少しばかり世間話という交流をした。驚くほどに言葉がでてきて、俺も彼女も会話という行為を欲していたんだろうと思う。


まあ主に会社の仕事とかプライベート以外の会話だったが、それでも大変楽しかった。


「そういえば春瀬さんは、先ほど右腕が炎?に包まれてましたが、あれはいったい…」

「正直俺もよく分からないんですが、この刀を持つと右腕が炎に包まれるんですよね。そもそもこの刀もいきなり現れたものだし、よくわからないんですよ」


菊門については本当に謎だ。今は不思議な刀で済ましているが、今後調べてみることもありかもしれない。


「緋谷さんもさっきでっかいクロスを持ってましたよね」

「はい。あの大きいトカゲが襲ってきて、助けてって思って、頭に浮かんできたこのクロスの名前を叫んだら、いつの間にか手に握られてました」


俺と全く一緒だ。だが、現時点彼女は武器を持っていないように見えるが、どこに置いてあるんだろう。


「緋谷さんは、その武器をどこに置いてきたんですか?」

「なんか、今はいらないって思ったら消えたんですよね。多分……ですが武器の名前呼んだら出てくると……思うんですけど。ちょっとやってみますね。……クロエ」


彼女がその名前を呼ぶと、アハ体験のように最初から手に握られていたかのように、この空間に突然身長ほどもあるようなクロスが出現した。


呼んだら出てくるってちょっと格好いい。


「春瀬さんも、その刀に名前ってあるんですか?」


……ああ、困った。困ったぞ。

この場合なんて言えばいいんだ。なんで俺がほぼ初見の女性に尻の穴発現をせねばならぬのか。セクハラ案件になってしまうのか。


俺が名前をどう言おうか迷って唸っていたのを、緋谷さんが覗きこむように下から見てくる。まあ、言うしか無いか。


「あまり言いたくないんだけど…………もん」

「え?なんですか?」

「だから……言いにくいんだけど……この刀の名前………菊門」


ああ、言ってしまった。肛門の隠語発言をしてしまった。隠語プレイじゃあないんだぞ…。

俺はちらっと彼女の顔を見てみると、少し考えるようなそぶりを見せたあと、何か思い当たる節があったのか、笑顔と引きつりの両方が混じった顔が見えた。


「だから言いたくなかったんだよおおおおおおおぉぉぉぉぉ。申し訳ありませんでしたああああぁぁぁぁああああああ」


うわあああっと手で顔をガバッと覆う。俺は別に悪くないのに、俺が悪者のこの空気が耐えられない。


「ご、ごめんなさい。春瀬さんは悪く無いから謝らないで下さい。ぶ、ぶきの名前ですよね…きく……もん、良い?名前ですよね」


死んだ。俺は精神的に死んだ。ちょっと頬を赤らめて、恥ずかしがるように言う彼女を見た。泣きたい。ちょっと興奮した。

ちょっとだけ。


「ええ、そう。なんでこんな名前なのかは知らないんですがね」

「で、でも春瀬さんと行動していく以上、武器の名前に慣れないといけないので、私頑張りますね」


天使の様な反応に、俺の精神は徐々に徐々に回復していく。こんなセクハラ発現をしても許してくれた彼女は優しい。再度少し変な空気が流れる。ちらっと彼女の方を見ると、申し訳無さそうな顔をしているのが見えたが、それ以外に気付いたことがあった。


服の破れた袖から見える、右腕の上腕二頭筋あたり、つまり二の腕の辺りに歯車が二つ、埋め込まれるように装着されてあるのが見える。


「緋谷さん。その二の腕にある歯車って…」

「えっえっ、どれですか?」


手さぐりで自身の二の腕を触って確かめていく。その存在を確認した彼女は、視線を歯車に向けると、ちょっと怯えた表情でこちらを向いてきた。


「はっ、春瀬さん。私どうなってしまうんですか!?」

「ちょ、落ち着いて緋谷さん。多分……多分なんですが、それ俺の炎と一緒の現象じゃあないですかね。そのクロス…クロエでしたっけ?ちょっとそれを消してみてください」


何かを唱えるような考えるようなしぐさで、彼女が一瞬止まったあと、すぅーっと消えるようにクロスがその場から姿を消した。

それと同時に彼女の二の腕から歯車が消えたのを確認して、やっぱり俺と同じような現象なんだと、俺と緋谷さんが顔を見合わせた。


「はぁ〜良かったぁぁ……」


緋谷さんのこの歯車はどんな効果があるんだろうか。まあ、そのうちわかるかもしれないし、この件は保留にしておくのがいいかもしれない。

そのまま、体力が尽きたかのように地面に緋谷さんが身体を倒した。


「だ、大丈夫ですか?」

「お、お腹すいたぁ〜〜…」


緋谷さんは食料を持っていなかったので、俺がリュックに詰めてきた缶詰を分けることとなった。

缶詰食ばかりはやはり味気ない。


それでも食べるものがあるというのはありがたい。そのうち、食べ物を補充しなければならなくなってくるだろう。

それこそ、黒い奴のような獣を倒したり、もし川や海に魚がいるのであれば、積極的に食べていきたい。


緋谷さんはよほどお腹が減っていたのであろうか、渡した缶詰をすごい勢いで消費していく。

そんな彼女を見て、俺はリュックからもう一つの缶詰を出して差し出した。

食料は大切にしましょうと言った彼女だが、その直後に景気の良い腹の虫が鳴って、顔を赤くしながら、恥ずかしそうな顔で缶詰を受け取った。


でもそろそろ本当に、他の食べ物を摂取しないとヤバイ気がする。栄養が偏っていそうで、失調に陥りそうだ。

この問題は早急に解決する必要があるな。


「緋谷さんは、相当お腹が減っていたようですね」

「恥ずかしながら、ずっとパニックだったので、コンビニにあった、まだ食べれそうな缶詰を4個ほどしか食べれてないので…」


だよな。そうだよな。正直こんな状況で、缶詰や携帯食料以外の何か食料を見つけ出すということは、この便利な世の中で揉まれまくって、特に食に不自由なく育ってきた俺たちにとっては無理な話だ。


渡した水をこくこくと飲み、飲み過ぎないように注意してそっと口から飲み口を離した。

そういえば水の確保もヤバイ。

これは早急になんとかしなければ。


本日はもう日が落ちてきてるし、とりあえずは寝て疲れた身体を癒やすしか無い。ああ風呂が恋しい。脂ぎった髪の毛が気持ち悪くて、服もとても臭う気がする。


「緋谷さん。今日はもう寝ましょう。とりあえず寝袋持ってますので、それ使って下さい。……ああ、安心してください。俺はあっちの洋室で寝ますから。」


小さく小さく折りたたんでいる寝袋をリュックから取り出して、そのまま彼女に押し付けると、そのまま横の洋室の方を見た。

とても埃っぽそうだ。多分、床を指でついーっってこするとごっそり埃が採れるだろう。


俺がそう思いながら、一歩踏み出そうとした時足首をガシっと掴まれた。

結構強い力だったので、何事かと思って俺はとてもびっくりした。なぜ足首をつかんだ?


「あ、あの…」


俺の足首を掴んで、まるで引き摺られているような体勢の緋谷さんがそこに居た。


「怖いんで……こっちの部屋で寝て下さい…。嫌だったらいいんですよッ!」


なるほどね。俺が軽率だった。普段の状況なら、自分が寝る空間で知らない男が居るなんて普通は嫌だが、こんな特別極まりない状況だ。誰だって怖いに決まってる。


俺だって経験したはずだ。自社であの黒い奴の鋭い視線を浴びて、どれだけ怖かったことか。


「すみません。俺が軽率でしたね。こんな状況です。俺だって怖いんだから、緋谷さんも怖いに決まってますよね。じゃあ、俺も和室で寝ることにします」

「あ、ありがとう…ございます」



床が畳で結果的に良かったのかもしれない。敷布団も何もないし畳もぼろぼろだけど、多分というか絶対、洋室のフローリングよりは寝やすいと思う。


寝っ転がると埃っぽい匂いが鼻を刺激して、一回だけごほんと咳をする。少し寒いが、この部屋が壁に覆われているだけマシだ。


先程から横向きで寝ているが、人と会話ができたという興奮で、全然眠たくならない。ギンギンに目が冴え渡っている。

ううーんと寝返りを打とうかなと思った時、


「春瀬さん」


小さくか細く、少し離れた端のほうで寝ている緋谷さんの声が聞こえた。


「なんでしょう」

「私……これからどうなってしまうのかって考えると……すごく怖いんです」


これから……か。俺にも全く分からない。俺は今を生きることが精一杯過ぎて、今後の自分とかそういうことを考えていなかった。


こんな荒廃した世界で、自分を殺そうと、食料にしてしまおうという獰猛なモンスターが居て、周りには人が一人も以内で、とても孤独だったこの世界で、彼女は不安だったのだ。


家に帰れるだとか、みんな無事でどこかに生きているだとか、そういう思いが彼女の中で駆け巡っているのだろう。


「春瀬さんは…怖くないんですか」

「怖いさ。怖いに決まってる。俺だってこの荒廃した世界に来た当初は、泣き叫んで走り回ったこともあったし、恐怖で息もできなかったときも、生きるか死ぬかの攻防で諦めかけたこともあります」


寝袋の衣擦れの音がして、ジッパーを少しだけ下ろし、むくり身体を起こした音が聞こえた。横目でみてみると、暗闇で見えにくいが、緋谷さんが上半身だけ身体を起こしてこちらを見ているのが分かった。


「まあ、色々あって現状の自分を見るようになって、そういうことを考える余裕がなくなっただけの話。でも、緋谷さんのそういう感情は必要だと思います。余裕がなくなってくるということは、逆に危ないこともありますしね」


少しの間沈黙が流れる。なんか少し恥ずかしい。人に自分の思いをぶつけるというのは、恥ずかしい時のほうが多い。


「春瀬さん」

「…ん?」

「ありがとうございます。少しだけ考えを頭の中でまとめる事ができました」


……いつの間にか熱弁しすぎていたようだ。だが、これで少しでも、ほんのすこしでも気持ちが落ち着けることができのなら、熱弁してよかったのかもしれない。


「まあ、とりあえず…今俺たちは一人じゃあないですし、漠然とした言葉ですが、頑張りましょう。じゃあ今日のところはおやすみなさい」

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