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仲間がいるこの世界で 1

「大丈夫です?喋れますか?」


俺は再度声をかける。そうすると、彼女はこくこくと頭を立てに二、三回振り、壁を支えにしながら弱々しく、つぶれかけのノミみたいにその場に立ち上がった。


敵が潜んでいるかもしれないので、ここから早く移動したい。

しかし、彼女は腰が抜け、脚も子鹿みたいにぷるぷると震えており歩けそうもない。


「ここは他の敵がいるかもしれません。嫌かもしれませんが、肩を貸しますので移動しましょう。」


敵という言葉を出した瞬間肩がビクッと震えたが、移動するという旨には賛成だったのか、はたまたこの場所からすぐに離れたかったのかは分からないが、ものすごい勢いで首を縦に振った。


もし首を横に振られていたら、無理やりでもこの場を離れるつもりだった。鹿の化物のおかげで敵が居ない今が一番良いのだ。


俺は彼女の腕を自身の肩へ回して、足下がおぼついている彼女が転ばないように、ゆっくりだが急いで外へと移動した。


周りには未だ荒廃している建物が多いが、その中でもつい最近まで居た自社の様に、草や苔は生えているがそれなりに原型を保っている、ニ階建てぐらいの建物を発見したので、そこに入り二回へと移動した。


ここはもともと一軒家だったようで、部屋が何部屋かあった。座れないよりはましなので洋室ではなく、ほこりも凄いが畳のある和室を選んで一息つくことにした。


「はぁ……どっと疲れた。えっとー、再度聞きますが、大丈夫です?怪我とかありませんか?」

「……大丈夫……です。」


ビクリと肩を震わせて、俺の言葉へと恐る恐る返答してくる彼女。目元には涙が溜まっており、この荒廃した世界で相当怖い経験でもしてきたんだろうか。

俺が頬を指で掻きながら考察していると、会話がなくなってしまった。


その間にも彼女は、何回も何回もこちらの顔を見ていたことに、俺は気付いていたが考え事の方を優先してしまっていた。


「……あーあの、」

「……ああ!!あぁぁあああ!!ごめんなさいごめんなさい!」


何か喋ろうと俺が思いかけた瞬間、彼女が少し大きい叫び声を放ち俺を指差刺すのを見て、敵襲かと思い思わず鞘から菊門を抜く。


「…ひぃゃやああああ!」


俺の右腕からいきなり立ち上った炎を見て、彼女は先程おてゃ違うニュアンスの叫び声を俺に浴びせてくる。ちょっと俺が引いた。


その顔は驚愕と恐怖の表情が入り混じっており、ペコペコと頭を下げてくる。

俺に殺されると勘違いしたんだろうか。まあ、そりゃあいきなり刀を抜けばそりゃそうなるか。


「ああ、すいません。叫び声と指差しで敵襲かと思いました」

「ごめんなさいごめんな…………勘違いさせてごめんなさい」

「で、なんでまた叫び声を」

「そう、そうです。なんか見たことのあるような顔だったので、必死に思い出して見たんです。ようやく思い出せました。春瀬さんですよね」


どこかで会っただろうか。俺は思い出そうとしても何も思い出せない。

マジマジと顔を見てみるが、外国人のような日本人のような顔立ち。多分ハーフなんだろうか。

つやつやの髪に、ぱちくりとした目。……誰だ。


「すいません。俺は思い出せないようです」

「私が誰かというと……言いにくいんですが、その……金曜日の件の…張本人です…」


金曜日の件……残業……ミス…………なるほど思い出した。大きなミスをした子だ。まあ部署も違うし名前なんか覚えていないが。


「あー、あの件は大変でしたね」

「その件についてはほんっとうにごめんさい。私が悪かったんです〜……」


彼女は顔を手で覆い、身体を左右に揺らして泣き真似をするような、反省しているような反省していないようなそんな態度だった。まあ、他の部署の仕事が出来てなんとなく楽しかったしまあ良いんだけど。


「春瀬さん、技術管理部なのに契約部の仕事させて本当に申し訳なかったです」

「まあ、別にそれは良いんですけど、部署違うのによく俺の名前覚えてましたね」


正直疑問に思っていたところだ。たかが一社員の俺なんかの名前をなんで覚えているんだろう。落し物を拾った覚えも無いし、こちらからコミュニケーションを取りに行ったこともない。


俺が顔をきょとんとしながら話すと、彼女は再度目をパチクリさせてこっちを見ながら口を開いた。


「それはそうですよ。春瀬さん割りと有名ですよ」

「えっなんで」


思わず敬語も忘れて、反射で素の声が出てしまう。


「だって、若くして技術管理部リーダー候補のスケべって噂ですよ」

「えっ、それ知らないんですが。ちょっとまってスケベって」

「春瀬さん女性のふともも好きですよね」

「あっあっ……なんで知って」

「女性社員のふとももをチラチラ見てることが多いっていう噂が」


うわああああああああああああああああああああああああ。

バレてたああああああああああああああああああああああ。

まじかよ。気付かれないように、横目でこっそり見てたのが端から見ると露骨だったのか。


それにしてもそんな噂があったとは。どおりで、色んな仕事をやらされてると思ったが、そんな思惑だったのか……。まあ今となってはどうにもならないが。


「あの、春瀬さん。良かったら一応自己紹介しておきませんか」


自己紹介……か。まあ名前を知らないのも不便だろうし、俺は一度だけうんと首を縦に頷いた。


「じゃあ私から。私は契約部に所属してた緋谷ヒタニ梨里子(リリス)って言います。イギリス人の血が混じった日本育ちのハーフです」


部署をいう必要があるのかは全くわからなかったが、まあそこは突っ込まないことにしておこう。


「ん。俺は春瀬と言います。技術管理部所属でした。純日本人です」

「春瀬……何さんですか?」


これだ。この質問だ。なぜフルネームを聞いてくるんだ。俺はこの質問が一番苦手なんだ。俺は自分の名前が嫌いだ。

それは、何年から流行りだしたかは知らないが、所謂キラキラネームという分類に属する名前だからだ。


いま目の前に居るハーフな彼女ならそういう名前をつけられても、特に違和感はないのだろうが、俺は純日本人だ。外国人の名前に憧れた両親は、俺によくわからない名前を名づけてしまったのだ。


「あー……その………はるびん…」

「…えっ?」

「いや…俺の名前……春夏秋冬の春にガラス瓶の瓶って書いて、ハルビンって読むんです」


しどろもどろとなりながら、俺は目をそらしつつ正直に答えた。春瀬春瓶。人にフルネームを言う時は、だいたいこんな感じの反応をしてしまう。

小中高と俺の学生時代、名前に対して微妙な反応しか得られなかったり、小さい頃は名前で虐められたりといい思い出がないのだ。


「俺、自分の名前嫌いなんですよね。日本人なのに外国人みたいで恥ずかしいんですよね」


頬をぽりぽりと掻きながら、自嘲気味に顔を真っ赤にしながら、俺の名前の反応に対しての保険をかけていく。これはいつもの常套手段だ。俺が、はぁと一回大きなため息をついた所で、彼女の口が開いた。


「可愛い名前だと思いますよ」

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