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この孤独な世界で 2

ぶぁっくしょぉぉぉおおい」


くしゃみが出ると同時に俺は眠りから覚醒をした。どうやら俺の顔の近くにあった雑草が鼻を刺激したようだ。


はてさて、あのドラゴンの様な生物はなんだったのだろう。考えても考えても非現実的すぎて、眉間にしわがよるだけで考えがまとまらない。


俺がうーんと唸っていると、右手にさわわっと何かが這い上がるような感覚があった。驚いて目を向けてみると、ベースはピンクだが虹色がところどころ混じった色の、俺の腕くらいありそうな太さのミミズが手を這っていた。


気持ち悪さで思いっきり手を振りきってその場から離れる。


「ななな、なんだこのでかいミミズっぽいのは!」


他にもいないかと辺りをキョロキョロ見回してみたが、他にはいないようだ。俺はミミズから結構離れた、草が生い茂っている場所へと腰を下ろした。


……ん?草が生い茂ってる場所?俺はそんな場所にふと疑問を思いきょろきょろと周りを見回してみた。ぼろぼろに崩れた建物、その建物から生えている雑草や苔、今自分が居るこの雑草が生い茂っているし場所。


「……えっ」


そんな声が出た。足下の雑草をよく見てみると、雑草が生えているのは、アスファルトから生えているものや、アスファルトがひび割れむき出しの土から生えているもの。そのアスファルトは白と黄色の線が描かれた、車が走る道路のようなものだと見て分かった。


「え……なにこれ」


気持ちが悪い。その感想に尽きた。なんでこんな場所に居るのか、なんで建物がこんなに崩れているのか、こんなに見晴らしがいいのになんで


「誰も…一人も人が居ないんだ」


俺はジリッっと少し後ずさりをして、うわあああと大声をあげてその場から全速力で走りだした。


正直何も考えれなかった。走っている最中にも目に入った、俺が行ったことのある小さな食事処や、大きなショッピングセンター、そういったもののほとんどが崩れたり、雑草が生えたりなどして荒廃していた。


無我夢中で走り続ける。あまりにも不安すぎる状況に、思わず目尻から涙がぼろぼろと溢れる。これまで一度にこんなに大量の涙を流したことがあっただろうか。いや、ない。


足下にいたであろう、小さい動物のようなものをぐちゃっと気が付かずに踏み潰し、醜いトマトがその場に散らばってしまったが、そんなことはどうでもいい。

とにかく俺はへとへとになるまで走り続けた。


走れど走れど、人の姿は見つからない。壊れた建物や、ほころまみれで雑草だらけの車などしか見当たらない。もう疲れた。

何回もこけて擦過傷だらけの腕を見て、俺はふと動いている自分を静止した。


気がつけばもう辺りは真っ暗で綺麗な夜空が地面を照らしていた。

つい昨日までは、こんなに夜空が綺麗に見えることはなかったのに。いや、見えるというか全然見えなかったはずだ。


「悪い夢なら覚めてくれ…」


もう足がぷるぷるして動かないので、近くにあった建物の残骸に身体を預け、すとんとその場に座った。持っていた非常用のリュックから、ひざかけのような小さな毛布を取り出すと、そのまま肩にかけて、夜の寒さをしのごうとした。


……なんなんだこの状況は。見慣れた建物が崩壊してるし、そこは緑地化してるし、人は居ないし、変な生物はいるしなんなんだよもう…。


吐いた。もう耐え切れずにその場で盛大に吐いた。もう吐くものは無いんじゃないかっていうくらい吐いた。酸っぱかったので、多分胃酸も少し出たんだと思う。


それにしても―――怖い。孤独で、月明かりがあるとはいえこの周りの暗さで、何が出てくるかはわからないし―――眠れない。

ずりずりと這いずる音が小さく聞こえる。俺の手を這っていた、あのミミズのような生物でも居るのだろうか。


ぐにゅぐにゅした感覚は忘れようと思っていても、忘れることができないくらい鮮明な感覚の記憶を心に残している。


あの長い体躯で身体を締め付けられるのは嫌なので、どこか安全な場所はないかと見回してみたが、暗くてよく分からない。

とりあえず、もたれかかっている建物のの残骸を、手さぐりで調べてみると、段差のようなものがあり、寝っ転がることのできるスペースがあることが確認できたので、筋肉痛で痛む足に負けずに、よっこいせと段差の上へと身体を移動させた。


寝転んだ固くて寝るには不向きの場所だったが、絨毯が敷かれていたので幸運だった。

どこかのオフィスなのかと頭の中で思ったが、思いの外俺は疲れていたらしく、何も考えることができずに、暴漢魔のように急激に襲ってくる睡魔に意識を預けた。


目が覚めた。感覚的にはお腹が減って覚醒したという感じだ。ディストーションの掛かった、エレキギターの5弦の音のように若干低いような、少し歪んだ腹の虫が暴れた。


エレキギターとかそういうことを連想するあたり、心の中に少し、ほんの少しだけ余裕が湧いたのかもしれない。昨日の急激な運動で未だに痛む、足と腹の筋肉痛を我慢しながら状態をむくりと起こした。


ここは一体どこなんだろう。たしかに走り続けたとはいえど人間の足だ。そう遠くまではいけないし、どこの方向に向かっていたのかもわからないので、最初に居た場所からそう遠く離れていないのかもしれない。


それにしても地面じゃあなくて、絨毯の敷いてある場所を発見出来て本当によかった。この灰色の絨毯には感謝してもしきれない。汚いかもしれないが、さわさわと愛おしく絨毯を触っていく。


そして俺はふと絨毯にあるものを発見した。


「………この染み。」


俺が寝ていた場所より少し置くの方にあった絨毯のしみに俺は見覚えがあった。それは、俺がコーヒーをふとしたことで落としてしまい、絨毯の上に星形の跡が偶然ついてしまった事を思い出した。


その時は急いでいたので、他人のコーヒーをこぼしたことにも気が付かずなかった。後日朝に自分で思い出して気がついたのだが。


まあそんなコーヒーをこぼした成り行きはどうでもいい。この絨毯の色といい、このコーヒーの染みといい、慣れ親しんだこのオフィスの壁といい、石に埋もれているが見覚えのある椅子といい、もしかしたらここは、ここは


「なんで俺は会社に出勤してるんだよ…」


外にでて、建物の外観を確認してみると、それは俺が務めている……いや、この状況だと務めていた会社だった。ちょっと小奇麗で少し大きな俺が毎日出勤していたビル。


どれだけ混乱していても、俺の身体は会社までの道のりを記憶していたということか。いかなる場合でも出勤する社会人の鑑だな。


でも、このビルも周りの建物と同じように荒廃しているが、なぜか他のビルよりは損傷が軽いらしく、草やこけはところどころ生えているが、元の姿を保っている。


「とりあえず…ここを拠点として動くか。」


このビルにも非常食はあったはずだし、周りにコンビニも多かったので缶詰とかそういった類のものも存在しているだろう。まあ、多分の話ではあるが。


俺が持っていた非常用のリュックの中に、携帯食料や水が入っているあたり、多分その確率は高いと思う。探してみたい気持ちもあるが、正直なところを言うと恐怖の方が勝っており、身体がこわばった。


あんなでかいミミズが居たのだ。何が居ても可笑しくはない。そんなことを考えるとまた嘔吐感が込み上げてきた。

出すものは一つもないので、ぐぅっとその気分を飲み込むと床にぺたんと座った。


「本当にどうしてこんなことになったんだろう…」


体操座りをしていた、膝と膝の間に顔を埋めて嗚咽を漏らす。うぅ…と情けない声が漏れるが、こんな状況では仕方がないと自分に言い聞かせてみる。


俺のメンタルは別に強くはなく、普通程度である。会社の仕事の中で強化されたのは、メンタルの強化ではなく、その仕事へと慣れという部分での強化だ。

別にメンタルが強くなった訳じゃあないので、こういう状況には普通程度には弱い。


とりあえずここでウジウジしていても仕方が無いので、不安が入り混じった表情を崩さずに、俺は自社の非常用倉庫がある場所へと赴いた。


何が出てくるかは分からなかったので、辺りを注意しながらソロリソロリと、抜き足差し足で時間をかけながらゆっくりと歩いて行く。自分が立てたガサガサという音にもビビってしまう。


数十分掛かったかはわからないが、長い時間をかけて非常用倉庫の場所へと着いた。特に変な生物と遭遇することもなく、着いたので安堵のため息を、肺に残っている空気分だけ大きく大きく吐き出した。


倉庫の中には、思った通り乾パンや缶詰、水などがあって、飢えには困らなさそうだった。

まあ缶詰の半分くらいは破裂しているので食べられそうではなかったが。


何も居なかった倉庫までの道を、行きとは違う速度で少し軽快に絨毯の場所まで帰っていく。


とりあえず持ってきた食料を、少しだけ開けて腹を膨らまさせる。この状況がいつまで続くか全くわからないので、食料は大事にしていきたい。


急激に現れた有機物に、胃は潰れたカエルの様な小さい悲鳴を上げた。

一方で、俺の脳内はやっと満たされた食欲への幸福感でいっぱいだった。普段食べないような、こんな美味しくない食料でもここまで感動できた。


その後ぼーっとしてたら、いつの間にか意識を失っていた。


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