仲間がいるこの世界で 4
私は、春瀬さんの言われたと通り走り抜けた。
「緋谷さん。先行ってください」
そう言われた時は一瞬耳を疑った。
彼は何を行っているのだろうか。あんなにでかくて目が怖くて体毛が黒くて、腕がすごく太くて、あんなにでかくて、でかくて…。
何はともあれ、あの化物と戦おうとしているんだろうか。このまま逃げたほうが良いんじゃないだろうか。恐怖で脳内がどうにかしてしまったんじゃないだろうか。
一瞬の中で頭のなかに色々な考えが生まれてきて、移動速度を落とそうとして、足の回転を止めると、そのまま前につんのめって転びそうになってしまった。
「え、で、でも!!」
「いいから!!」
とっさに出た言葉は戸惑いの混じった言葉。考えるよりもなによりも、恐怖が混じったイントネーションでそう言った。
クロエを出そうかと悩んだが、彼の表情と後ろに迫る化物を見て、今の私では足手まといに鳴ってしまうと思い、逃げることを念頭に置き彼を置いて走り去った。
周りの景色が早送りのように流れていく。こんなこと、今までじゃありえなかったことだ。
私は別に人並み以上に運動が出来たわけでもないし、スポーツクラブなども通っていなく、ごくごく普通の成人女性並の運動神経をしていたはずだ。
この世界に、この怖い怖い世界に来てから力も強くなったし、足も早くなった。
それでも、ずっと走り続けているので、息は乱れてハァハァと口から大きい呼吸をしている。
後方をちらっと見てみたら、春瀬さんと化物が対峙しているのが小さく見えた。
腕から赤くて熱い炎が出ているので、これから戦闘が始まるんだろう。
途端に申し訳無さの感情が湧いて出てきて、情けない顔をしまいながら前を向いて、ずっとずっと走りだした。
もうかなり走った。2キロくらいは離れているだろうか。私は、その辺りで蔦が生えボロボロな建物の影に隠れて小さく座り、今走ってきた方向へと視線を向けた。
今頃はもう交戦中だろうか。
音こそ聞こえないが、遠くの方で数回赤い炎が空高く上がっているのが見えた。
春瀬さんはすごいなぁ…。怖くないのだろうか。
……怖くないわけがない。彼があの化物を見た時は、彼も冷や汗を掻いていたし、指先もほんの少しだけ震えていた。
「私は、全部まかせっきりで何やってんだろう…」
泣きたくなってきた。全部、押し付けて、彼の行為に甘えて、たくさん良くしてもらって……私だけ逃げてるのか…。
そんなんだから、会社でミスした時も、他の部署の春瀬さんだって巻き込んでしまうんだろうなぁ…。
あんなに大きいミスは金曜日の件だけだったけど、小さいミスは春瀬さんもちょくちょくやってくれていると聞いていた。
たしかに彼は、色々な人のカバーを回せるだけの技量があって、
自分の仕事が明後日まで終わっていることが普通だったらしいし。
技術管理部リーダー候補のスケべだけど、実力と度量がないとそうは呼ばれないし。
私は、色々助けてもらっているんだから、私も助けてあげたい。
そう思った次の瞬間には、その脚はすでにそのまま直立していた。
彼の元へと走りだそうとした時、後ろで妙な視線と声を感じた。
グルルルルと小さく絞りだすような声。この声は聞いたことがある。
そこには、私が泣きながらクロエで叩き潰したトカゲだ。
あの時は、クロエがたまたま発現して、ちょうどその下にトカゲが居たという偶然の産物でできた勝利だ。
すでに見つかってしまっている今、不意打ちは効きそうにない。
私は、クロエと唱えて、右手に身長ほどありそうなクロスを出現させた。
一刻でも速く倒して、彼の元に向かわなかければ!
そうは思っているのだが、トカゲを見るだけで足がガクガク震える。
何を考えているのか分からないその眼光に射られる私は、今すぐにでも何も考えずに、横になりたい気分になってくる。
頭に生えている長い角を見るのが怖い。
相手がいつ攻めてきても良いように、自身の前にクロエを構える。
上から来るのか、左右のどちらかから来るのか、喧嘩とかをしたことがない私には一つもわからない。
さっ、さあどこからでもかかってきて。
そう考えるとトカゲは、その小さい前足からは想像つかないくらいのスピードで、こちらへと向かってきた。
このまま向かってくるのなら、足にでも攻撃をしかけてくるのかと思い、とっさに足の部分をクロエでガードをする。
だがそれは全くの的外れだった。
トカゲが空中を舞ったのだ。
いや、舞ったというよりは真っ直ぐ飛んできたと言う方が正しいのだろうか。
とっさに避けたのだが、トカゲの角が私の足に小さな切り傷をつけ、その身体は、私のお腹にクリーンヒット、お腹にボーリングの球でもぶつかったのだろうかという衝撃を受けた。
肌が地面に擦れる痛みから、脳内が激痛の一色で満たされていく。
痛む首元と腕をなんとか駆使して目の前を見ると、トカゲは私に向かって走りだしていた。
こそ泥のように、四つん這いになってその場を逃げ出して、目から涙を溢れさせながらトカゲに向かってクロエを振り下ろす。
しかし、狙いが上手く定まらず、トカゲには全く攻撃が当たらなくて、私は翻弄されていた。
こちらの身体といえば、容赦無い攻撃によって、致命傷ではないが、その爪や角で肌が肉が傷つけられていく。
血が服に滲んで、じくじくと幹部が痛み、こめかみに一滴の冷や汗がたらりと流れ落ちる。
攻撃は当たらないし、傷は増えていくし、このまま消耗戦になったら、私は間違いなくこのトカゲにやられるだろう。
数分しか戦ってないのだが、肩で息をするぐらい、私は体力を消耗している。
この状態では全速力で走っても、逃げ切ることは出来ないだろう。
その時だった。遠い所だったが、私の耳にも大きく聞こえるほどの爆発音があった。
とっさにその方向を振り向くと、まるで天にも届きそうな、大きな大きな火柱が上がっていた。
いま現時点、ここであんなに炎が上がるのは、きっと彼しか居ない。
春瀬さんが頑張っているんだ。それも、あんなに大きな炎をなのだから、きっと敵を圧倒しているに違いない。
一筋の希望を感じった私は、再度敵の方向を向こうとした。
そして、私は本日二度目となる、地面とのデュエットを行った。
そうだ、今は戦闘中だった。生死の攻防をかけた戦いで、私は他所を向いて、全くどうかしているんんじゃないっだろうか。
今吹き飛ばされたのは、多分振り向こうして、クロエが位置を変えちょうどトカゲの角があたったのだろう。
私はとても運が良かった。もしお腹が貫かれていた場面を想像すると身震いしてしまう。
でも、そのおかげでチャンスが出来た。
トカゲはクロエで仰向けに転がされている。
私は、うわぁぁぁあと雄叫びを上げて走り出した。
直後私は転んだ。
何故、何故このタイミングで足がもつれるんだろう。顔面を激しく打ち付けてしまった。地面とキスなんてしたくない。
顔を上げると、体勢を立て直したトカゲがこちらへ向かってくる。
もう無我夢中で転んだままの状態でクロエを前に振り下ろす。
クロエにぶつかる衝撃が走って、腕全体が痺れる。
「嫌ぁぁぁあああ!!!もうやだぁぁぁあああ!!!」
叫ぶしかなかった。
嗚咽混じりのその声は言葉だったのかすらも危うい。
泣きながら、必死にクロエを持つ手に力が入る。
「もう、どっか行ってぇぇぇえ!!」
その言葉を発すると同時に、その場に不釣り合いな音が鳴り響いた。
ドン、というまるで何かを発射するような、前に映画で聞いた大きい銃の発砲音のような重たい音。
ビチィとどこかに、何かの身体に固いもの食い込む音が聞こえる。
私はなんだなんだと思って、素早く立ち上がり、先程から追撃が来ないトカゲの方へと向き直った。
トカゲの左後ろ脚は脚はは何かに撃ちぬかれており、足首が存在していなかった。
いや、何かではない。
私が撃ったのだ。
その場面を見たわけではないが、分かる。この武器が教えてくれるのだ。
何故今まで教えてくれなかったのか、それは疑問点だが、今の私には、このクロスの一番先から大きめの銃弾が打てるということ。
トカゲは撃たれた痛みにより、あまり動けないのだろうか、その場から動いていないが、尻尾と頭が物凄い速さで新堂している。
私はすぐさま距離を取り、10メートルほどの間を開けた。
クロエを両手で持ち、猟師が獣を射止めるときのような体勢を取って、トカゲに狙いを付ける。
撃とうと思った時にはもうすでに撃つことは終わっていた。
もう私の気持ちが心がそういうふうにしたのだろう。
銃弾はトカゲのお腹に風穴を開け、何メートルかその身体をふっ飛ばした。
グェという、カエルではないけど、カエルが潰れた音がその口からして、自身の攻撃で傷つけたことに、少々の罪悪感が湧き上がるが、その気持は無視をした。
その攻撃でもまだ生きていたようなので、もう一度ダメ押しで銃弾を打ってみる。
が、何回撃とうとしても、その先から銃弾が出ない。
何度やってもだめなので、おそるおそる近づき、クロエを思いききり頭にぶつけた。
グシャアと言う、頭蓋が潰れる感触が手に伝わり、思わずクロエを手から話してしまう。
足腰の力もフッと抜け地面に座る。
自分が生きている事実を実感して、私の手はいつの間にか嬉しさを表現する握りこぶしを作っていた。
そうだ、私は今こんなに悠長にしている時間はない。
せっかく手に入れたこの力で、春瀬さんを助けに行かないと。
今、どんな攻防をしているのだろう。
途中に見えたあの大きな火柱を見ると、そうとうすごい戦いをしてそうだ。
よくよく考えてみると、そんなに大きな力を出しているのだから、春瀬さんは苦戦をしているのかもしれない。
次々と嫌な発想が頭の中を駆け巡っていく。
でも春瀬さんなら……春瀬さんなら無事なはずだ。きっとそうだ。
まあ、彼のことは私はよく知らないが、この短い時間の中で、そんな雰囲気が彼にはあった。
今の私ならきっとやれる。怖いけど、今にも脚から崩れ落ちそうだけど行くしかない。
力が入らない脚を殴りつけて、痛みから力を湧き上がらせ、立ち上がり全速力で彼の元へと向かう。
ーーーー
ーー
元の場所へと近づくにつれ、周りの温度が高くなっている気がする。
あと100メートルほどだろうか。目の前に見える街の一遍は、コンクリートや道路が黒く焦げているのが分かる。
彼はいったいどんな戦闘をしたんだろうか。
彼が戦っていたであろう場所に着くと、そこは先程から感じている温度よりも、さらに高いものとなっていた。
私は、本当に彼が生きているんだろうかと不安になり、急ぎ足で辺りを駆けまわった。
周りの暑さから来ている服が汗でベトベトになって気持ちが悪い。
しかし、そんなことはおかまいなしに、私はきょろきょろしながら、彼が倒れたりしていないか探しまわる。
その時、脚にガリッという、何か焦げきったであろうものを踏んだかもしれない感触があった。
おそるおそるそれを見てみると、私の胴体ぐらい太い炭化した物体があった。
……これ、見覚えがある。………ゴリラの腕だ!!!
「ひぇええええ…」
恐怖から、脚をどけるもバランスと崩して尻もちを着いてしまう。
地面熱い!!!反射的に飛び上がってしまう。
そうすると、少し向こうの方にこの黒い周りの景色に不釣合いな、白色の布が見えた。
あれは…春瀬さんが来ていた服だ。
急いでかけると、そこには嘔吐物やら血液やらで汚れ、菊門を握ったままで倒れている彼の姿があった。
その横には、片腕がとれ、焦げ臭い匂いがしているゴリラの上半身と、切り離された下半身があった。
私は安堵し、その場で深く深くため息を吐く。
あっ、こんなことをしている場合ではない。彼を安全な場所に運ばないと!
私は、春瀬さんを俵を担ぐように肩に担いで、この場所から離れて、どこかの建物へと移動した。