腐男子の恋煩い
「宗彦…」
「凛…」
彼らはお互いに見つめ合い、やがて口づけを交わした。初めは浅くお互いの唇の感触を感じるように、やがて互いの口内を味わうように深く激しくなっていく。
「なぁ…。宗彦、俺もう我慢できないよ」
「俺もだよ、凛。寝室に行こうか」
潤んだ瞳で見つめる凛に対して、宗助が応える。彼の躰もまた熱く昂っていた。
…何じゃこりゃ。
どうやら俺は見てはいけないものを見てしまったらしい。まあ、人のパソコンの中身なんてそれ自体見てはいけないものなのだが、それ以上に大変なものが親友のパソコンに保存されていた。まだ書きかけらしい小説のようだが、ベッドシーンに突入しようとしている。
俺は今日友人の家で大学のレポートをするはずだったのに、何故こんなものを見ているのだろうか。先に始めておいてくれいてと言われ五分ほど過ぎた。下の階にいる友人はまだ来る気配がない。
小説の保存先のフォルダ名を「レポート」にして誤魔化していたことが仇となったようだ。甘いな、こいつ。
でも何かごめんな、宗助…。俺は少し罪悪感を感じた。
というかこいつら二人とも俺って言ってるけど…男同士なのか?今流行りのBLなのか?
友人はオタクではあるが、こういう趣味があったことは知らなかった。いつの間に目覚めていたのだろう。
というか冷静に分析している暇はない。そろそろ友人が戻ってくる頃だろう。まあとりあえず見て見ぬふりをしておくか、と画面を閉じようとしたその瞬間。
「おいいいいいい!がめ、パソコンのがっ画面み、見んな!!」
ものすごい足音とともに噛み噛みな友人が部屋に入ってきてしまった。
しまった、遅かった。気まずい沈黙が二人の間に流れる。
「あ、あああのそ、それはだな。その何だ、そういうあれじゃないんだ」
そういうあれって何だよ…。
「まあ、落ち着け。俺は別に気にして」
「友達に頼まれてだな…」
友達?腐女子の友達がいるのか…?
とにかく落ち着いてくれ。
「いやだから気にしてないから」
「とにかくそれは見なかったことにしてくれ…、お願いだから。何でもしますから!!」
何でもって、そんな簡単に使うもんじゃないぞ。悪いやつに利用されるぞ。
「とりあえず落ち着け、な?俺は気にしてないから」
「いやでも…。嫌だろ?友達がこんなの書いてたら…」
少しは落ち着いてきたのか、しょぼくれつつも俺に聞いてくる。
「気にしないって言っただろ。宗助は誰かのためにこんな面倒くさいことしない。自分の意思で書いたんだろう?」
「うっ…」
宗助が静かにダメージを受ける。
「隠さなくてもいいよ、趣味なんて人それぞれだし。とりあえずレポート始める?」
「えっこの流れで?お前クールだな…。惚れるわ」
宗助は呆れつつも、幾らか安堵したように息を吐いた。最後の一言は余計だ。
BL小説のファイルは宗助により閉じられた。俺があれを目にすることは、もう二度とないかもしれない。
それはちょっと寂しいような気がする。友達が書いた小説というのは内容はともかく、気になるものだ。
「…あの小説完成したら見せてくれない?」
「だめ、絶対だめ!!」
「えー」
「そういえば登場人物の宗彦って何かお前の名前に似てるな」
「え、あー偶然偶然」
「ふーん。凛っていう名前には由来あるの?」
「いやまあ、それも何となくだよ、何となく(モデルがいるなんて言えない…)」