第五話 魔剣1
魔剣。
世界ラングルジグナルの住民にとって、それは別段珍しいものではなかった。
たとえば、基本四属性の下級魔剣である、炎剣フレイム<炎纏うもの>、水剣ウォル<清らかなるもの>、風剣ウィンド<切り裂くもの>、土剣タイラン<砕くもの>。
この四つの魔剣は普遍的なものだ。
各国の兵士に通常装備として配備され、また、武器屋に行けば通常の武器より値は張るが、在庫を切らすことなく置かれている。
故に、一定レベルに達し、金銭に余裕のある武芸者の多くは魔剣を装備する。
普遍的である理由は、製造方法が確立しているからである。
もっとも、ジグナリウム鉱石の流通が滞っている現在は、その製造が停止し、下級魔剣であろうが値段が絶賛高騰中なのではあるが。
魔剣の効果は絶大で、フレイムであれば刀身から炎をだし、ウォルは強烈な水流を展開する。ウィンドは風の刃を幾重にも出現させ、タイランは岩石砲弾を打ち出す。
また、その能力の汎用性は高く、使い手の能力次第で応用が利くのだ。
もっとも、使いこなすための修練は通常の武器よりも遥かに厳しいのではあるが。
そして基本四属性以外にも魔剣の属性と効果は多岐に渡り、世界で一振りしかない希少価値の高い物も存在する。
オリジン、と呼ばれる、世界に流通する魔剣の元となった魔剣だ。
人はそのオリジンを解析し、魔剣の製造方法を確立させたのである。
ジンは、心臓を一突きにしたレインを見下ろしていた。
「かっ……はっ……」
彼女は驚愕に目を見開き、茫然とジンを見つめ、その瞳が次第に濁っていく。
致命傷となる一撃。
心臓を破壊するそれは、通常であれば即死を免れぬ一撃であった。
しかし――
心臓に突き刺さった短剣を中心に、幾何学的な魔法陣が展開され、山吹色の眩い光がレインを包み込んだ。
ジンが起こした焚火程度の明かりしかない闇夜を照らす、まるで太陽のごとき光はやがて徐々に集束し、やがて何事もなかったかのように消滅した。
「気分はどうだ?」
その光の中心にいたレインに向かって、ジンは微笑みながら尋ねる。
「あ………え……な、なにが……」
レインが気が付くと、体中のすべての痛みがなくなっていた。
おそるおそる左耳を触ると、千切れたはずのそれが確かに存在していた。
何が起こったかわからず、ただただ茫然とする。
「探しているのはこれか?」
そういいながら、左手でジンは何かを摘み上げる。
「ひっ」
短い悲鳴がレインの喉から絞り出される。
ジンは千切れた耳を持っていた。
「まぎれもない、君の左耳だ」
そういいながら、彼女の目の前にそれを投げ落とす。
そして焚火のそば言置いてあった鞄からナイフを取り出すと、彼女の左の小指に押してた。
「こう言う事さ」
そしてためらいなく切り落とすと、痛みに悲鳴を上げりレインの心臓に再び短剣を突き刺す。
先ほどと同じような現象が起こり、彼女が気付くと小指は再生し、ジンに手には切り取られたそれが無造作に捕まれていた。
「いくつか質問したいことがある。まあ、どうせ素直に答えると思ってないから、しばらく耐えてみせろよ」
ジンは彼女の頭をくしゃくしゃと撫でると、彼女の指を斬り落とす作業を開始した。
レインはうず高く地面に積もった自らの指を見下ろし、その現実離れした醜悪な光景に思わず吐きそうになった。
だが――もう一〇〇回以上切断と再生を繰り返されており、逆にレインは冷静さを取り戻していた。
「随分と余裕だな?」
「ええ。切られてもどうせ再生するのだから、痛みさえ我慢すればなんともないわ。ご丁寧に失った血液ですら元通りになるのだもの。拷問官としてはあなた三流でしょ?」
それでも体力の低下は免れない。ともすればふら付きそうな意識を意志の力で無理やり立たせる。
「その割には、顔色悪いけどな」
そう言いながら、ジンはぷつっとレインの指を切り落とす。
痛みにレインは小さく呻き、失われていく血液を眺めた。
最初こそ泣きわめいてやめてくれと懇願したが、もう慣れたものだ。
「まあ、自分の指が刻まれることになれるってのもおかしな話だと思うがな」
「だからあなたは三流なのよ。拷問に慣れさせてどうするのよ」
「違いない。だが、まあ、まだしばらく続けるぞ?」
「好きに……してもらっても困るけど、無駄よ? 最初の数回で口を割らせることが出来ないかった以上、私はもう喋らないわ」
「どうかな」
ジンはレインに微笑み、髪を撫でる。
「君は綺麗だな」
焚火に照らされて赤く染まるレインの顔を見ながら、囁いた。
「はぁ? 拷問に失敗したからって今度は口説いて口を割らせるつもりなの?」
「いや?」
そう言いながら、ジンは短剣を手にした。
「それ、どうなってるのよ?」
冷静になってから、レインはジンがその短剣を持っていないことに気が付いた。
手の指を切り落とし、回復させる間際になってどこからともなくジンの手の中にあらわれるのだ。
「さあな」
軽く肩をすくめると、ジンは短剣を心臓に突き刺す。
すると魔法陣が現れ、一瞬だけレインの目が濁るとその傷をすべて回復させた。
「ん……ぁ」
不意にレインが呻いた。
「どうした?」
ジンは耳ざとくそれに気づき、口元を吊り上げる。
「な、なんでも……ない……わよ」
奥歯を食いしばりながら言ったレインの言葉の隙間に、けだるい吐息が混じっていることをジンは聞き逃さなかった。
「そうか……ちなみに、この魔剣の名は癒剣リヴァイブ<命灯すもの>という。まあ、一般的な癒剣よりもすこしレベルの高い魔剣だが、効果は身をもって知っているだろ?」
ジンはそこで一度言葉を斬ると、レインの頬を撫でた。
ほんのりとしたレインの体温を感じながら、その指先で唇に触れ、顎先へと滑らせてそのまま彼女の首筋を撫でる。
「ふぁっ」
その擽るような感触に、思わずレインは声を上げ、体が跳ねる。
「どうした?」
その様子にジンは、あえて優しく聞いた。
「なんでも……ないっ」
レインは身をよじり、体の異変に耐えようとする。
「この魔剣の回復効果は絶大だ。失った血液ですら大気中の魔素を元に復元する。だが、その復元された血液の中に、微量の毒が混じるのさ」
ジンはそう囁くように言いながら、首筋を撫でていた指を彼女の服の襟元から滑り込ませると、胸元を撫で、小さめの先端をつまむ。
「んあぁっ、あ、あぁ、ふあぁぁあぁあああああ」
レインは叫ぶと、背筋をのけぞらし何度か身体を震わせる。
「そしてその毒は、体内に残留し続ける。なんど体を傷つけて血液を流したとしても、流れ出す事はなく、体内に蓄積される」
ジンはもう片方の腕でレインを抱きしめると、耳元でささやいた。
「さて、たくさんこの剣で君の血液を入れ替えたね」
その言葉は、ともすれば沸騰しそうなほど茹だったレインの意識の中に滑り込み、絶望を植え付けた。
「ああ、君は綺麗だなあ。この幼さを残す瞳も、ふっくらした唇も、このささやかな胸も、その割に大きめの尻も。実に俺のタイプだ。まずは君の名前と年齢を聞かせて欲しいな」
耳元でささやき、そのままちろりと舐める。
たったそれだけのことで、レインは体の芯がしびれるのを感じ、腹の奥からくる熱を抑えることができなかった。
びくびくと体が震える。
「レ、レイン……一七……さい……」
吐く息は荒く、声にこもる熱は甘く。瞳を潤ませながら告げると、ジンに自ら強く抱きつく。
「そうか。よく言えたね、レイン。じゃあ、ご褒美をあげなくてはな」
言いながらジンは彼女を解くと、おもむろに指を切り落とす。
「あああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっぅ!」
痛みの中に混じり始めた、切ない疼きににレインは悲鳴を上げることを抑えることができなかった。
それは、彼女が、陥落した証だった。