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異世界の恋愛メソッドで君もモッテモテ  作者: 620(むに丸)
第一章:爆愛機モテモテオー
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第四話:光届かぬ年月#1

 ストール領を出帆したテオドール達は、同じく未開拓地域の森から飛び出してきたというエルフと情報を交換していた。

 馬と馬車、そして赤子だけという不思議な旅に道連れが出来た形であったが、そのエルフ、フォルクスの口から聞かされる『教国』の惨状は耳を疑うばかりである。


『そうか、領を追われた難民は税の増加だけに苦を覚えたわけではないか…………』

 路道に豆をまく線の細い背中を見つめ、馬車はため息をつく。

「そうだ、働き手の若者から順に兵役に付かされる村が続出している、何のための出兵かもわからぬほどにその数は増加し、今の所帰ってきたものはいないそうだ」


 フォルクスが何事か呟くと、豆はまいた端から発芽し、さらに立派な豆を蓄えた房が実ってゆく。

 強制的に道の活力を吸い上げれば地力が失われようものだが、代わりに残った茎や葉が地に栄養を巻き、根は土を耕す。

 彼は未開拓地域でも感じる地力の枯渇を憂い、単身野に下ってきたという。


 熱い湯で消毒した布に、乾燥させ荒く砕いた豆をいれ、魔法で作った純水を含ませる。

 もちろんその温度は人肌だ。

 そしてその包みを赤子の口元に含ませると、意外な力でその湯を吸い上げる。

 フォルクスの端正な顔に、つかの間の笑顔が浮かんだ。


「まさか私が赤子を、それも人族の赤ん坊を世話する日がこようとは思わなかったな」

『感謝するフォルクス、私も輩も抱き上げることは出来るがこまごまとした世話をすることは難しいのだ』

「持ちつ持たれつだよ、おかげで私も安全な寝床で休むことが出来るからな」


 満腹になったテリオスをあやすフォルクス、しかしその眦に再び影が差す。

「私達エルフにとって、人族の赤子の世話などほんの瞬きの間であるのだが、同じ人族としてはそうも行くまい。

知っているのなら教えてくれないか、赤子の巨大な人形よ

――――――人はなぜ、他人の子とはいえ同胞を使い潰すような振る舞いをする?」

 答えられぬテオドール、追い討ちをかけるようにエルフは、耳にすれば消して忘れられぬ単語をテリオスに聞かせた。





「――――――民畜たみちくとは、なんだ?」








 桃色の夜が明け、冒険者の町の裏手にある草原には、駆け出しも含めた気の早い冒険者が集まっていた。

 中には急ぎダンジョンから抜け、その足で現場へ訪れたものも居る。

「はーい、ダンジョンの3階層まで行った事のある人たちはこちらです!また登録から3年を経過した人たちも集まってください!」

「山の中を捜索します、歩きやすい靴を履いてきましたか!?」

 ギルド職員達が大声を張り上げて先導する傍ら、物売りたちも負けじと胸元に下げた箱を叩き呼びかける。

「はいはい!突撃イノシシを使ったジャーキーだよ!森の中は火を焚けないよ!昼飯持ったか!?」

「蜜アリにたかられるのを恐れないなら、この三倍飴かってけ!銅貨三枚だ!ギルドの事決めにも抵触してないよ!!


 再び祭りのような喧騒が起こっていると、冒険者達は感じていた。

 諸君がもし、高次元世界に連なる者であるのなら――――――遠足や運動会の朝を思い浮かべると良い。


 それもそのはず、このような大規模な依頼は早々ないことである。

 勅命であるのならばどちらかというとダンジョンから漏れ出たモンスターの市街探索等、受け身の事が多い事実。

 準備を挙げて何事かに図ろうということは少ない、中にはまれな再会を喜ぶ集団も居る。

 和気藹々と声を重ねる冒険者達――――――だが、最後列に有る初心者集団は少々顔色がちがう。


 中には初の勅命任務を受ける、採取から始めたばかりの子供のような冒険者も居る。

 羽振が悪く今日明日の食事代くらいはまかなえる、と胸をなでおろすものも居る。

 中にはあからさまに、自分達も捜索組に加わりたかったと不満を漏らす血の気の多いものも居る。


 そんな彼らの後姿に、元気良く声をかける一人の少年が居た――――――テリオスである。

「みなさん、おはようございます!」

「あ!テリオス兄貴チィーッス!」

「テリオスさん今日もイカしてますね!」

 次々と投げ返される返答、一部舌打ちも混じっているが、それでも少年の冒険装束に目を離せぬ。


 テリオスは先日手に入れた上衣ジャンを身にまとい、立派な角が片耳の後ろに生えたヘッドガードをしていた。

 今日が初めての冒険者家業だというのに、飛びぬけて良い装備ばかりである。

 今日という日を迎え、喜色がその細面にも浮かび、頬の辺りで切りそろえられた紫紺の髪が風にそよぐ。


 その若武者ぶりにうらやもうにも形ばかりと毒づこうにも、彼を軽んじて良いはずがない。

 テリオスは生まれも育ちも根っから冒険者の町で過ごした古株、年もこの町と同い年という逆箱入りだ。

 食い扶持をもとめて外の村からやって来た新人とは格がちがう、赤子の頃から荒くれにもまれて過ごした猛者。

 そのくせ妙に人懐っこくて、面倒見もいいやつである。


 町に住もうものなら宿の紹介やら採取物の群生地の情報やら、ちょっとセンパイ方ともめちゃったときの仲裁やら、大なり小なり世話になる者多数。

 面と向かって物申す奴は、あれだほら、彼へ言い寄る女の子に横恋慕する奴。


「おいテリオス、お前も今日から冒険者なんだろう?――――――俺のことは先輩と呼べよ」

「はいセンパイ!とりあえず靴なめればいいですかぁ!?」

「おいやめろキタねぇ!」

 這い蹲る少年から飛びのく新人、私のもなめてと靴を脱いで迫る女性冒険者。

 彼の周りはたとえ同年代であろうとも盛り上がる。




「時にテリオスさん、俺ら始めて町の防衛なんて言付けられるんですけど、なんかアドバイスあるっすか?」

 よりにもよって本日初めて依頼を受けたような小僧に物を聞く小僧。

 しかし、華々しい活躍をする上位の冒険者にも顔が利くテリオスのことだ。

 きっと何か、穿った意見が聞けるものかと周囲の新人達は傍耳を立てる。

 しかし、その答えは案外にシンプルなものである。

「ん?緊張しっぱなしだと身が持たないから、退屈したら今まで知り合った町の人たちの思い出を振り返ってみるといいんじゃない?」

 何かあっても正面のベテラン達が片付けちゃうのがほとんどだし、とテリオスは笑う。

 実にいい案だ、と若者達はうなづいた。

 迷惑をかけっぱなしである町の面々を思い返せば、ここぞというときに臆病風など吹く暇もない。







 うまい具合に緊張の解けた面々、しかしそのとき女性冒険者の一人がとんでもないことに気がついた。

「テリオス君…………その、武器は?」

 凍りつく一同、形ばかりの防衛任務とはいえ一応最終防衛線を担う彼らである。


 丸腰で戦働きが出来ようものか?――――――確かに先日の巨大ゴブリン騒ぎへ飛び込んだとき、彼の装備はダイハチだけであったと聞くが…………。

(まじでテリオスさん無手なんすか?戦い)

(身体強化に自身があるとは聞いてるけど…………)

 ぼそぼそと話し合う新人達、さすがに武器もない相手だと万一の際足手まといだろう。

 何かあったら助けてあげたいが自分も魔物とか相手はそんなに経験が、など不安げな声が上がる。


 そんなときである。

 町のほうから、ふらふらとよろめく一人のドワーフがやってきた。


 輝く表情のテリオスとは逆に、満身創痍のドワーフは左右の腰に飾り気のない剣と巻いた麻を抱えていた。

 据わった瞳でテリオスの元に近づき、巻いた麻を投げ渡す。

 何事かと見守る少年達の前で膝を落とし、テリオスはその麻の巻物を正眼に構えた。




 そして、もう片方の手に携えられた、鋼の封を解くドワーフ。

 柄や鞘の飾り気のなさに反比例して、刀身の見事さは若手の乏しい表現では言い表せぬほどだ。

 目ざとく注目した中堅たちの中にも、見ほれるものが出るほどの鋭さ、豪胆さ、繊細さ。




 そしてドワーフは短い足でテリオスににじり寄り、ろくに力も込めず手にしたその麻を両断する。

 剣を手にしたものであるならば、布のような柔らかいものほど切ることは難しいという。

 肉にまとった衣服ならともかく、布を巻いたような弾力のあるものは、せいぜいが刃に引っ掛けて引きちぎる程度の事にしかならぬと説く。

 ゆえに布の塊を両断できるのはよほどの技量を持った剣士か、名剣であるかのどちらか。

 鋳造の安物には真似できぬ、見事な切り口であることはそれを投げ捨てたテリオスの目にも明らか。

 満足のいく一品になったことは、それを鞘に収める一睡もしていないドワーフの心にも明らか。


 一歩近づいて、その剣を差し出すドワーフを、テリオスは力強く抱きしめた。

 今にも眠気に遣られそうになっているドワーフも頬に涙で一筋の光を湛え、それに答える。




「――――――麻断丸あさだちまる

「…………麻断丸あさだちまるッ!」




 その剣の銘を呟いた二人――――――若手冒険者達は感動した、まるで英雄譚の冒頭を見るかのような一連の出来事を讃え、喜び、声を挙げた。

 脇でグラスランナーも歌い、踊りだす!


 そしてその光景を脇で見ていた冒険者達は若干引いていた。









 その場で安らかにぶっ倒れたドワーフが、神輿のように町へ運ばれていくのと同時に、冒険者達の最後尾に合流する者が居る。

 おお、メイド服を重苦しくたなびかせ、朝の空気を切り裂くように彼らの耳朶を打つマシンボイス。

『元気があるようで大変結構です、新人のお歴々――――――本日皆様の若々しくも張りがあるお尻を掲げ持つ、わたくし自動人形のメイド、カペラにございます。

ご不満、ご不服がございましたら今のうちに仰せ願いますでしょうか?』

 がちゃん、うぃーんとスカートの端を持ち優雅に一礼。

 無礼者の卵達も威勢のよさは成りを納め、口々に「ちぃぃぃぃぃっすッ!」「カペラさんうぃぃぃぃぃっすッ!!」と挨拶を返す。

 採取任務当代一番、新人たちともなじみが深い冒険者貢献ランク9位のビッグネームが傍らに居るとあっては安心以外の何物でもない。

 不平不満などこの場に居る誰もが抱こうはずもなかった。


 そして感情のないカペラも、そんな彼らには悪くない感情を抱えている。

 見ようによっては上機嫌に見えないこともないアルカイックスマイルを携え、直立不動で整列する少年少女の前をゆっくりと歩き、一人ひとりの表情を見やってゆく。


 とある一人の少女冒険者の前で立ち止まると、その名を呼んだ。

『これはこれは、半年前にこの草原で草むしり中に毒蛇にかまれたと、猫のように泣き喚いていたルシール嬢――――――お久しぶりにございます』

「その節はお世話になりまして!ありがとうございます!!」

 毒も何もない蛇にかまれたぐらいでわんわん泣いていた恥ずかしい過去をほじくられ、赤面に負けじと声を張り上げる。

 その場にたまたま居合わせたカペラは、ふくらはぎの肉を引きちぎらん勢いでつねりあげ、血抜きをしてやったものだ。

『噂では総菜屋の若亭主と最近良い仲なのだとか?

――――――襟元についばまれた後がございますよ?』

 うそっ!と下を向き自身の鎖骨あたりを見据えるルシール、そのつむじに手刀を落とすカペラ。

『――――――油断大敵と申します、どうぞ股座を大蛇の巣にする前に、心中のうわつきをお収めください』


 テリオスよりも一つ二つ若い少年の顔を覗き込み、声をかける。

『最近冒険者に成り立ての方とお見受けします、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』

「はいっス!ザックといいます!」

 冒険者としてのトップに名を連ねる、偉大な先輩に声をかけられたのがうれしいのか、大きな声で自己紹介する少年。

『元気があってよろしいことですが、余分な力が思わぬ暴走をする危険もございます――――――こちらに来る前には一発ヌかれましたか?』

 とんでもねえことを聞きやがる!はいともいいえとも言えねえ!

――――――周りの少年達は戦慄した。

『――――――お母様に甘えてもよろしいのですよ?』

「むしろいっぱい稼いでお袋や兄弟達に楽をさせてやりたいっす!!」

 良い心がけだと今度は尻を叩いて肩の力を抜いてやった。


 そんな具合に新人達を可愛がってやりながら、しばしのときを過ごす。

 そして、彼らの背後にある町からも、二つ名のある中堅やベテラン達が続々と登場してくる頃合であった。

 立派な装束に見事な剣を履いたテリオスの横にさり気無く立ち、遠目にする彼らを紹介してゆくカペラ。

 まだこの町にやって来てから日も浅い新人が居るのだ、顔合わせとは言わずとも覚えておいたほうがいい顔もある。


『今しがたこちらに向かってこられますのは“いかり肩”ボンショス様、“ダガー舌”マローン様でございますね。

お二人が組んで3年、様々な仕事を互いに力を合わせ大きな害獣に挑んでこられた中堅です。

さしあたっては昨晩、袖引きの華であるルーナ女史を二人で買い求めになり、落とそうと図ったようですが返り討ちにされました。

お代はもちろん二人分――――――果敢に挑む心意気と潔さは皆様のご参考になられることでしょう』

 後輩達にいいところを見せようと格好の良いポーズを決める二人には、もちろんこちらの声など届いていない。

 頭を下げる若手達の肩が震えている。


 そして次に姿を現したのは、いい意味でも悪い意味でも有名な二つ名を持つ、中堅女性冒険者――――――ベネッタその人である。

『ああ、あちらは“グラビアアイドル”の名を持つベネッタ様ですね』

 なんとなしに呼ばれたその名を聞いて、男集が挨拶する前に腰から頭を下げた。

 ここ数日は街着で過ごしていた彼女の冒険者姿は、その名に恥じぬほど恥じるものである。


 ビキニアーマーである、それは白い。

 とある魔法文明の遺跡へ遠征に行ったときに手に入れたと伝えられるそれは、いかなる不思議か何の魔法的装飾も施されていないのに全身甲冑に迫る防御を有する。

 腰といい脇といい紐みたいなので繋がれているだけなのに、硬い。

 布面積など男達のハンカチ一枚に勝つか負けるかというぐらい潔いのに、それは鉄壁なのである。

 よくもまあ恥ずかしくないものだと夜の立ち仕事たちもこっそり噂をしているのだが、町売りのどんな防具よりも有益なのだ、仕方がないのである。


 そしてなんといっても色が白い、当時の魔法文化は何を考えてるんだ、とそのアイテムを目にした女性冒険者は嘆き天を仰いだ。

 透けるか透けないかという疑問は、手に入れても居ないのに同じ装備を着ることを迷わせる痴的一品。

 だが、躊躇なくそれを着ることを選んだベネッタはなるほど、それを問題なく着こなすだけの資格を有する容姿の持ち主であった。


 齢17を迎えた彼女は熱帯に咲く花のような黄色の髪をアップにし、顔は形良い眉と意志の強く大きな瞳、色素の薄い唇を有し頬の線は細い。

 そして首から下は見事なまでに突き出た部分が男の目を引き、どうやら魔法の鎧は紫外線まで弾くようだ、布地に負けぬほど白く美しい肌は腰の上できゅっと締まっていた。

 女性の目からしても歯噛みするほどである。


 だがしかし、その腰元には二振りの物騒な装備がぶら下がっている。

 彼女の獲物、左右一対のトマホークである。

 腎力に劣る女性戦士である彼女は遠心力を利用して硬い怪物の外皮も断ち切る。

 握って振るよりも手に引っ掛けて振り回す、だがそんなことはいい。


 問題はビキニアーマーの腰ヒモにそんなものをぶら下げて下にずり落ちないかということだ。

 やくそうのホルダーまで付いてるんだぜ?


 そんな彼女の姿は男女かかわらず様々な憶測と懊悩を生み、誰しもが様々な心配をする。

 だが一部男の期待にこたえたことはない、そんな女傑であった。




 そんな彼女へ朗らかに笑いかけ手を振るテリオス。

 それに答え手を振り返すベネッタ、腰と胸の物騒な獲物が揺れる。




『前にヨッパライが彼女に手を出そうとして突き指しました。

指一本触れることの出来ない彼女は白金の城とも言われています』

 ですが、心のほどは押せば崩れそうな安普請ですね

――――――カペラはテリオスと見比べながらそう呟いた。







 最後に、まず少年少女が感じ取ったのはガション、ガションというショック・アブ・ゾバーの音である。

 そして次に足裏に感じ取るのはかすかに地を振るわせる揺れ、遠近法を無視して冒険者の町からやってくる白い人影。

 おお、と誰かが感嘆の声を挙げた。

 ざっくりと定められた冒険者ランクの頂点にありながら、誰も彼の実力を疑いようのないこの町の伝説。


 テオドールだ――――――――――――彼が来たのだ。


 中堅やベテランの誰もが初心の彼らの横を通り過ぎるだけであったのに対し、マントのような幌をはためかせて、まっすぐこちらに向かってくる。


『おはよう、新人冒険者諸君――――――幸い天気も快晴、崩れることはないだろう』


 まずは天候と健康について、話を進めるにあたって信仰と金の話はノーグッド――――――諍いの元である。

 いきなり本題を話す話術もあるにはあるが、初対面ならば心のガードを下げて徐々に盛り上げてゆくと良い。

 モテるだけの話ではない、その他人の関係を構築するための基本的な話術に、その馬車は忠実である。


 大きな声で挨拶を返す若者達に一つ頷くと、テリオスは方膝をついた。

『諸君の中にはこのような大作戦を経験したことがないものも居るだろう、自身の力量と調査に選抜された者達の間はどれほどのものか、いぶかしむものも居るだろう。

だが君達の前に居る冒険者達も、同じような経験を踏み越えて、あそこに立っている』

 わかるな?――――――その声色は穏やかで、揺るぎようのない安心感すら覚える。

『先へ行く者と追い越そうとする者、その心中は様々だがゆるぎないものは一つ。

――――――今日を生き、明日へ行く意思。

君達の今日が、明日への糧になると信じて、今日の私は戦おう――――――背中は君達に任せる』

 願わくばここと、町に居る誰もが同じく、明日を迎えられるように。


 鬨の声を挙げる若者達、そしてテオドールはメイド服に身を包んだカペラのほうを向き、彼女だけに声をかけた。

『お初お目にかかる、ナンバーナイン』

『こちらこそ、お目にかかれて光栄です――――――帰ってきた一番手』

 それはただ互いを呼んだだけ。

 しかし周囲に居た少年と少女は、二人の声色から得も言えぬ“色気”を感じ取った。

 騒ぎ、はしゃぐだけの自分達では到底出せぬ円熟した雰囲気、良く出来た恋愛が主題の戯曲を思い切り圧縮すれば、こんな気を発するかもしれん。


『若き冒険者たちを導く大役、引き受けてくれた君に敬意を表する

――――――私事で恐縮だが、この場には私の最も愛する友が居る』

『存じております、先の戦いではあなた方のすぐそばに居りました』

 馬車と機械人形、果たして人ですらない二人の会話は唯人に立ち入れぬほどだ、それはきっと上位冒険者だからとかそんな次元の話ではない。

『彼らをよろしく頼む。

 今日の私はわき目も振らずに前へ出る

――――――背に憂いがないのは、君のおかげだ』

 物言わずスカートを摘み上げて礼、表情も動かないカペラその人だが。

 なんだか風に乗って、かすかにキュイーンとかppp音がする

――――――なんだろうこれは。




 最後に、テリオスとテオドールは笑いあって互いに親指を天にさした――――――二人にはこれだけで十分である。




『では、行ってくる――――――まもなくギルドマスターからの説明があるだろう。

諸君、聞き漏らさないようにな!』


 この世界に到底響くことのない足音が遠ざかり、カペラはほぅとはぅの中間みたいな息を吐いた。

 そしてその馬車を垣間見た新人冒険者達は、そのものすごさを仲間達と共有することにいそしんでおり。


 ゆえに――――――誰もテリオスの表情がこわばったことに気がつかなかった。


(テオドール…………何か、あせっているように感じる

――――――アレが冒険者としての彼の顔、なのか?)


 小さくその胸を揺らす波紋、冒険者として初めての任務は二人の運命を突き動かすものになる予感がした。


 本日は2話投稿、続きは19時より

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