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異世界の恋愛メソッドで君もモッテモテ  作者: 620(むに丸)
第一章:爆愛機モテモテオー
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第二話:たいへんだ、豆乳屋が#1

 早朝、朝日の白と月の桃色が交じり合う朝霧の中。

 ベネッタは山を登っていた。

 いでたちは動きやすいシャツとショートパンツ、

ニーソックスの上に山歩きにも耐える冒険者用の丈夫なブーツ。


 どれも貰い物の古着である。

昨晩の宴でまさか洒落っ気があるとは思わなかった、

と失礼千万な感想をよこしてくれた、

冒険者ギルドに所属する女性陣がよこしてくれたものである。

 服に罪はない、それに今日、

この町の裏手に有る山に登っているのは冒険者としての活動ではなく。


 過日の巨大ゴブリンとの戦いで大破したダイハチ

 テリオスの相棒、その代わりを勤め上げるためである。


 


 テリオスは日々の糧、豆乳ミルク配達を休んだことはない。

 むしろ夜っぴて酒をかっ食らった冒険者達のために、

胃に優しい豆乳ミルクを、町へ多めに卸すことだろう。




 かさばるミルクタンクを運び出すならば、きっと人手が居るはずだ。

 何往復かかるかわからないが、

命を救ってくれた少年を助けることはやぶさかではない。

 少々寝不足の頭も、山頂程近くまで足を運ぶにつれはっきりとしてきた。


 だがしかし、彼が世話になっているという噂の商業ギルド所属

『フォルクス乳業』なる寄合クランは謎の多い組織と聞く。

 本拠地の場所こそ明らかになっているものの、

その敷居を跨ぐには商業ギルド長の免状がなければならぬとも聞いた。

 冒険者たる自分がぽっと現れて、果たして使ってくれるかどうか…………。




『やあ、君はテリオスの友達のベネッタじゃないか。

 朝早くから会いに来てくれたのかい?』


 

 山歩きをものともしなかった足元が、つんのめった。

 その施設の入り口前には、乾布摩擦に励む巨大な馬。

、そしてダイハチの親分、昨日大立ち回りを演じた謎の馬車が止まっていた。

「あ、ベネッタさんおはようございます」


 寝巻き姿のテリオス14歳が、その馬車の荷台からひょっこりと顔を出す。

 宵の口で宴を強制退場させられた少年は、

久しぶりの寝床でもぐっすり安眠できたらしい。






 とりあえず、テリオスの助手として使ってもらう一日の始まりは、

彼のストレッチ運動を手伝うことから始まった。

「まあ、激しい運動の前に体を温めるのはわかったけど、

ずいぶん体柔らかいね」

「筋力強化を通すときは、みっちり筋繊維がつまっているより、

柔軟性があったほうがいいらしいです」

 前屈伸する少年の背を前に、ぐっと体重をかけるベネッタ

 もちろん押し付けた、豊かなやつをだ。

 だが毛ほども動揺しねぇ。


「ああ、でもやっぱり男として筋肉をつけたいなぁ、

がっちりしたやつを…………」

『ははは、それは早計だぞテリオス。

 時代は必ず線が細い男のほうに傾く、

 せめて細マッチョぐらいに抑えておかないと』

 謎の持論を持ち出す馬車、

だが傍らの響天ぎょうてん号はその前足で力こぶをこさえてみせる。

 細面派と筋肉派はここに対立した、真っ二つだ。


「と、ところでテリオス。

 そこの立派な幌を羽織った御仁なんだが…………」

 ちらちらっ、と馬車のほうに視線を向けながら聞く。

「はい、僕の友達のテオドールです。

僕が生まれた時からそばに居てくれたんですよ?」

『よろしくな!

 いつもテリオスに色気を振りまいてくれてありがとう!!』

 なんともさわやかに、教育上よろしくないお褒めの言葉をいただいた。

 こんな保護者とよろしくできるだろうか。


「そして響天ぎょうてん号、そういえば昨日一緒に乗って歩きましたね」

 立派な蹄でベネッタの尻を指し、己が背中の鞍をたたいて見せる馬。

 そのニヤケ具合から察するに、おう好い尻をした嬢ちゃん、

また坊主とタンデムさせてやるよ、とでもいいたいのだろうか。


 桃色の光を放つ月は、すでに西のほうへ顔を隠しつつあるというのに、

ベネッタの頬は赤くなるばかりだ。

 しかし程なく体をほぐした少年は立ち上がり

 『フォルクス乳業』の出入り口へ向かう。

「さて準備運動を終えたところで、そろそろ商品を取りに行きましょうか?

テオドールは先に商品搬入口のほうに回っておいてよ。

7年ぶりに……本当に久しぶりに、一緒の仕事だ」

『心得たぞ、テリオス』








 冒険者の町は戦闘都市である。

 そこに住まう人々が、

大穴から定期的に沸くモンスターを狩って暮らす場所だ。

 ダンジョンを中心に放射状に広がっていった建物、

表門へ続く大通り以外は馬車がすれ違う程度の小道が並び、

歩きなれぬ者が行けば迷うこと必死。


 ダンジョンを迷宮という蓋で塞いだような有様である。


 だが住み易さでいえば、緩衝場周辺以外は、

各ブロックごとに生活に必要な店を商業ギルドが出しているし、

武器屋防具屋やくそう屋、

そして宿屋が採算取れているか不明なほど住宅街にひしめき合っている。


 仮に諸君が超文明世界に住まうものだとすれば

 沢山コンビニがあります。

 その程度に便利と考えてもらえばよい、かも知れない。



 だがしかし、そんな便利な場所でも手に入らないものは有る。

 家畜を育てる余裕がないのだ。

 都市の外周には鉄柵が生え、

 最悪封鎖か放棄するのが前提の戦闘都市ゆえに、のんきに放牧などやってられないのである。

 よしんば周りの草原でかわいいかわいい牛など育てても、

最悪モンスターの餌にするリスクを負う酪農家などいないのである。


 ゆえに、せいぜいが商業ギルド管理の養鶏場で卵をせしめる程度。

 食肉はモンスター由来の品か程近い村から、

保存魔法で運ばれる定期馬車便で、大量に買い付けているのだ。




 だがしかし、乳が手に入らない。

 圧倒的に乳製品が手に入らない場所柄なのである。




 保存魔法は固体を覆うように膜を張って使うもの、液体にはむかない。

 保存魔法をかけた容器を用意すればいいと考えたら、

魔道士ギルドが首をひねった。

 曰く、容器にかける年間維持費を考えたら、コップ三杯で仔牛が買えるよ?

 負けてくれといったら殴られた、グーでだ!

 ちっとも痛くなかった。


 そして余談だが闇チーズの売買は重罪である、

商業ギルド禁制の焼印が押されたものしか買ってはいけない。

 密輸入した奴が無事に朝日を拝めたという話は、

この町で聞いたことがないのだ。

 商業ギルドの制裁ではない、冒険者共がこぞって奪い合う

―――そしてチーズと同じ重さの血が流れるのだ。

 規制しようと考えたやつは責められるどころかほめられた。


 とまあ、上記のように長々説明したわけだが諸君。



 乳離れできていますか?この町の人間は駄目です。




 そんなおっぱいが恋しいとROCKする、

この町に住み着いたいかつい面構えの冒険者達がしみったれた顔を突き合わすこと五年。

 乳飲み子を卒業して、たかだか3年そこらのハナタレ小僧が、

こんなことを言い出したのだ。




「まめをしぼってもミルクはとれるよ?」



 

 テリオス、当時5歳。

 言わずもがな本作の主人公である。


 冒険者ギルドの正面広場は爆笑の渦、いやらしい意味でも爆笑の渦。

 中でもひときわガタイのいい冒険者

“樽酒飲み”ボルッヘは頬を引きつらせこう言った。

「オウ坊主、そんなやくそうみたいな豆があるならちょっと持って来いよ!

もし本当にミルクが出るなら、この前近辺で発見されたゴブリンの巣、

ジョッキでなぐって全滅させてくらぁ」

 担ぎ上げた酒樽から金属製のマイジョッキに酒を注ぎつつ、小ばかにする。


 程なく立派な馬がハナタレと同じ体積ほどの麻袋を担いできた。

 中身を空けると人差し指の先ほどの豆がぎっしり詰まっている

 黄金と同じ色をして見えた。



 はたして石でできたすり鉢と金属棒、熱い湯が用意され、

その豆をすりつぶし始める小僧。

 丹念に、そして必死に作業をするその姿は、

人を揶揄するのも呼吸と言わしめる冒険者達を持ってしても、

幼児の本気を思わせた。

 スナック感覚でぼりぼりその豆を食ってるそこの馬も、

少し手伝ってやれと思う程度には同情した。


 そしてお湯を挿し挿し、

その鉢の中にお空に浮かぶ雲を思わせるほどの純白の汁がたまる頃には、

期待感が押し寄せた。

 白い液体が満たされた鉢を取り上げるボルッヘ、

それをかじりつくように一気飲み。

「はあああああああああああああああああッッッッッッ!!」

「ヲォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!」

 たちまち傍らに居た馬と顔を合わせ競いあうように絶叫し、

チョップで鉢を叩き割ると、町の外へ走り出す。


 ばかやろう代わりのすり鉢をもってこいと、

入れ替わり立ち代り冒険者達がその豆をすりつぶし試す頃には。

 汚らしい血濡れのジョッキを持ったボルッヘが帰ってきた。


「やあ思いっきり働いたゼ!すまんが熱いミルクをいっぱいくれないか?」


 “ミルク飲み”ボルッヘの爆誕である。

 その場に居た、伝説を目撃した冒険者達の心は一つであった。





 ――――それで飲むのか?








 

 そんなすったもんだの伝説から7年、

商業ギルドが一目置く寄合クランに『フォルクス乳業』がある。

 冒険者達が口々に呼び始めたその名も“乳豆”を安定して仕入、

消費者に供給し、かつ様々なフレーバーを生み出した老舗。


 どうでもいいがもう一度言おう、その名も“乳豆”である。


 もしかしなくても:卑猥


 冒険者の心を掴んで話さないその豆は、名前からして一味ちがう。


 そんな大人気の食品を扱う一大寄合クランの本拠地を、

ベネッタは今案内されているのだ。

 山の中にあるくせにずいぶん先進的なその建物の廊下を、

少年が先導し、説明してゆく。


「事務所の奥は新製品開発の実験場になってまして、

きっと今日も徹夜でフォルクスさんがあたらしい味を求めているはずです」

 そんなテリオスの声を聞き、不健康そうなエルフが嬉々としてそちらを向いた。

「おおテリオス君、誕生日おめでとう」

「ははは、僕の誕生日は昨日です、やっぱり寝てませんね?」


 ゆらゆらと足元のおぼつかない、幽鬼のような足取りで近づいてくる男。

 名前からしてこの寄合クランの代表なのであろうが、

威厳などへったくれもない。

 エルフの見本のようなイケメンだが、目の周りに、隈がひどいのだ。

 全身から立ち上る雰囲気も、モヤシを想像してもらえればよい。

 わからなければモヤシを前にしてその気配を感じ取るのだ、君ならできる!!


「時に新製品の味を見てくれ、名づけて“マの121型”

原点に立ち返って豆乳ミルクのうまさを極限まで引き出した代物だ!」

「だからやくそうみたいな名前をつけないでください。

 ――――――あ、ベネッタさんもどうぞ」

 出会った瞬間に残念なイケメンだなあ、

と至極最もな感想を抱いていたベネッタは、

礼を言うとのその試飲用のマグを受け取る。

 なんか普段みる豆乳ミルクより、黄色が強い。


「んー、なんかスカッとしない味ですね…………」

「いや、地味…………滋味あふれる味といいますか…………」

「そうか、いや豆乳ミルクにね、

乳豆の粉末を混ぜて味わいを2倍にしてみたのだが、反応が悪いな…………」

 落胆するフォルクス、いや!わるくないんですけどね!

と必死にフォローを始めるテリオス。


 要するに『きなこ豆乳ミルク』であった。


「あの、つまり乳豆が持つ栄養が2倍ってことですよね…………?」

 いぶかしげに手を上げるベネッタ、考えてみればそのとおりだね、

とうなづくフォルクス。

 自尊心も誇りも高いエルフにしてはざっくばらんな人物だ、

冒険者に交わるとエルフでもこうなるのだろうか。

「まことしやかにささやかれている、美肌効果とかバストアップとか

…………その辺の効果も二倍なら、女性は放っておきません。

 最悪一昨年の秋に限定販売された“カカオ豆乳ミルク”の騒動、

その再来かも」

「ああ、アレはひどい事件だったね…………」


 フォルクスは思案し、テリオスは震え上がる。

 ごくわずかに南の温かい地方から手に入ったというカカオの実、

それと砂糖を混ぜ合わせたフレーバーは希少性もあいまって、

女性冒険者の間でリアルファイトを伴う奪い合いになった。

 甘さの中に際立つほろ苦さが後を引く味わいで、

瞬く間に甘いものを好む女性冒険者が中毒性を見せた。

 目の据わった女性陣に『なぜ限定販売なのか』

とつるしあげを食らったのは前線のテリオスである。


「まああれは、テオドール君が持ち帰った、

 わずかな材料だけで仕上げたものだからね。

 時に南方にカカオを求めて旅立った女性冒険者のパーティー

『カカオ特鮮隊』はその後どうかね?」

「いまだに帰ってきてません…………」

 遠くを見つめて呟くテリオス、彼女達の肌がカカオ色になって帰ってきたら、再びその味を販売する約束をしたのだが…………。

「いっそ、我等の安寧のために、帰ってこないほうがいいのかもしれないね」

 真顔で、フォルクスは言い切った。




 件の寄合クラン代表との豆乳ミルクの味談義は、

興味の尽きない物であったが、配達の時間は迫ってくる。

 しかし最後に伝えた

「甘酸っぱいベリーベリー豆乳ミルクが一番好きです、

でも冒険するときは持ち歩くので、

冷たくても溶けやすい粉にしてもらったらもっとうれしいのですが

…………いっつも底に残ってるし」

という一言が余計だった。

 再び気持ちの悪い笑いを浮かべながら粉をいじり始めるフォルクス。

 魔法より森の恵みをいじるほうが好きなエルフ。


 研究趣味に明け暮れて故郷で婚期を逃した残念な男は、

今日もミ○メーク作りに精を出す。







 続いて生産部門を案内しましょう、とテリオスに連れられてきたのは、

施設内で最も広いスペース。

 上下ともに真っ白な服と手袋をつけ、

白い袋に目の部分だけ穴を開けたものをかぶった人物達が出来上がる豆乳ミルクを次々とタンクに梱包してゆく。

 一部は味をつけるべく、

様々な色合いをした粉を熱々のそれにぶち込んで攪拌していた。

 どんな邪教か?


 そんな事を思った次の瞬間、背後から陽気な声がかけられた。

「ヨゥヨゥヨゥ!テっちゃんおはヨゥさん!!

 朝から何々?女連れ?ガールフレンドをつれてくるなんて、

早速大人の階段駆け上がっているみたいじゃないのヨゥ!ハッ!」


 およそテリオスとベネッタの中間くらいの背丈、全体的に細身の体、

黒髪を坊主頭にし口元にはちょび髭を生やした男がやってくる。

 黒っぽい肌をして、リズミカルに体を揺らし小粋にハミングする様、

実に陽気なおっさんだ。

「あ、ハダールさんおはようございます。

 こちらは冒険者のセンパイでベネッタさん。

 ベネッタさん、こちらは設備管理を担当しているドワーフのハダールさんです」

 一回転してよろしくナッ!と両手の人差し指をこちらに向けて挨拶。

 寡黙で職人気質が身上のドワーフの中で、とんだ異端児も居たものだ。


 諸君も、コメディ映画でこんな感じの御仁を見たことがあるかもしれない。

 即ち、とんだオモシロ外人である。


「そーよぉ~聞いて聞いてテっちゃん、

ついに『豆絞り三号機』完成したんさ!

 これでもう少し調理用の豆乳ミルクを宿の料理人たちに卸せるよ?

 マジよ!?」

 スタタン、スタタンと独特な歩法で二人を案内すると、

複雑にかみ合った金属製の歯車が石臼に装着された謎のマシーンがあった。


「マメいれるぅ!」

 石臼の窪みに乳豆をざらざらと流し込んだハダール、

脇からにゅっと伸びたレバーに手を添える。

「棒下ろすッ!」

 体重をかけてそのレバーを下ろしきると、

ごりんごりんと重苦しい音を立てて石臼が回り始める。


「表の川に水車がセットされていて、そこから動力を取っているんですよ」

 配管のあちこちを指差しながら、ベネッタに機械の説明を補足する。

「で・で・で、煮沸した水が流れ込むゥ

――――――熱いミルクが出来上がるゥ!HOooooooooooo!!」

 ハダールが猛烈な勢いで腰を前後に揺さぶるたびに、

 石臼にあけられた穴からだばだばとこぼれるミルクは、

漏斗を介してミルクタンクに注がれてゆく。

「――――――どうよ」

「どうもこうも最高です、完璧な仕事ですよ!!

 機械の作成も維持も超次元世界の人々に、

負けず劣らずのMI・GO・TOな腕です」

「サァァァァァァァンクス!」

 ぐっと両手の親指を天に突き出すテリオス。

 つぎつぎとハイタッチを交わし、

背後で歯車と同期したように上体を回す白服たちの前で、

 絶好調といった心持でテリオスの方に腕を回し、

ん~まっん~まっ!と頬にちょび髭を押し付けるドワーフ。

 オイちょっと其処を代われといいたい。


「で、ユー。

今日はビッグガイと配達に出るんだろう?

できたて積んどいたからもう出られるぜユー。

量は8タンク、テイストがついたやつは今日はなしだ、

屋台通りで声を張る必要はないゼ。

こんなベッピンが来てくれるなら、

そいつも用意しておいたほうが良かったかなァんんんんん~?」

 裏手の搬出口に導くと、すでにテリオスが幌を閉じて待っていた。

「いやもう、これだけの量を抽出してくれただけで感謝感謝ですよ!

皆さんゆっくり休んでください」

「OH・いぇぁ!昼過ぎまで俺達は夢の住人さ。

容器はいつもどおり夕方まで返しておいてくれ。

ところで昨日ミルクタンク返しに来た冒険者の兄ちゃんは、

なんかノリわるかったなぁ」

「たぶん新人さんじゃないかと、また来たら宜しくしてあげてください」

 もちろん、ベネッタもついてゆけずに頬をヒクつかせていたのだが。








 朝の心地よい空気は自分には毒だぜ、

とばかりに響天ぎょうてん号は報紙で飼葉を巻いたやつを噛んだ。

 立派な鬣を収めた中折れ帽に挟んであった火付けのやくそうを一本取り出し、後ろ足の蹄でシュッとこする。

 じりじりと咥えた草を焼いてゆく火種、朝霧に紫煙が溶けて行く。


 はたして、いまテリオスが少女の手を引いてテオドールの元へ向かってゆく。

 思えば14年、あっという間の、長い長い14年だ。


 乳飲み子であったテリオスをつれて教国を脱出し、

ここにたどり着くまでに拾ったエルフ。

 彼の植物に関する知恵と、テオドールが持つ異界の知識をもって、

少年はここまで成長できたのだ。

 果たして豆乳を赤ん坊に与えて大丈夫なのか、

とガタイに似合わずうろたえていたテオドールの顔は今思い出しても笑えた。




 テリオスは、沢山の仲間に恵まれた。

 願わくば、彼は日の照らす正道を歩んでいけるようにと柄にもなく願う。

 幌の中に案内されたベネッタの「広ッ!」

という声が彼の元にまで聞こえてきた。


 今日も忙しくなりそうだ―――テオドールの輩は、

蹄で草をもみ消すと馬車馬の責務を勤めるべく彼らの輪に歩み寄っていく。

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