第一話:少年の人形(アルヴィオス)#2
そして時刻は昼を過ぎ。
いよいよ持ってギルド前の広場は祭りの雰囲気を色濃く見せ始める頃に。
一人の女冒険者がギルドに顔を出した。
今晩のバカ騒ぎを前に、夕刻すぎまで体調を整えると称し寝ている
やからばかりだというのにだ。
「よう、代表、テリオスはここに来てる?」
「あぁん!?あいつなら夜まで時間をつぶしに…………ハァァァァァァ!?」
ケツァゴール代表はその立派なアゴを地べたに落とすところであった。
声自体は良く聞き知った中堅どころの女戦士のものであるのだが
、格好が普通であったからだ。
大きな塊を収めた濃い茶色のチュニック、膝丈のスカート、真っ白なソックス、編み上げサンダル、すべて下ろしたての新品か?
そして髪を梳り結い上げている―――誰だこいつは。
「おぅベネッタ――――――だれだおまえは」
「名前言ってるじゃないかベネッタだよ!
自分言うのもなんだけど結構働いてるほうだよあんたのギルドの中ではさ!」
そんな風に毒づいても、自身で性に合わない格好をしている
自覚があるのだろう。
一寸顔を赤らめ、スカートのすそを下に引っ張った
やめろ破れる。
「いいや信じねえ、俺はしんじねえぞ。
今日はギルド一同登録冒険者以下、一丸で大事な依頼をこなすんだ、
今日は顔見知り以外にギルドの門を通すわけにはいかねぇ。
おめえさんがベネッタだというなら、自分の二つ名ぐらいはいえるよな?」
「いやだよ!いいたくないよ!!」
「そこを曲げて言ってくれ、おめえが偽者でない証拠を挙げろ、
これは勅命だッ」
見知らぬベネッタを指差しながら大声を出す、
騒ぎを聞きつけたギルド職員も小声で彼女を誰何し始めたところだ。
こいつらわかってねぇ。
自分が誰かということを、わかっていながらわかってねぇ。
ベネッタは意図的に作られた脅威に震撼した、
このままでは気合一発洒落っ気を出した自分の乙女心の居場所がなくなる。
恥ずかしいが、今でも十分恥ずかしいが。
ここは一つ自身の存在証明を明かすことにしよう。
「――――――グ…………っ」
「おい、聞こえねえぞはっきりしゃべれ」
「――――――“グラビアアイドル”…………っ」
おいなんだやっぱりベネッタじゃねえか、
ちょっと心配したぜと野次馬が散り散りに仕事へ戻ってゆく。
露骨に安堵を見せたギルド代表が残り、
彼女の顔を覗き込んで二の句を告げた。
「まったく今日はどうしちまったんだ?
まるで町娘がめかしこんでるみたいじゃないか。
いつもの卑猥な格好はどうした?おなか冷やしちゃったのか?」
「冷やしてないっつの!今日はアレだよ、オフだよ。
夜にテリオスの誕生日祝いに来るから、先に場所確かめに来ただけだよ」
その割には真っ先にテリオスの所在を聞きに来るぐらいだから、
ああもうこれはアレだね、とケツァゴールは得心した。
この女冒険者、戦士の職で登録されている“グラビアアイドル”ベネッタ
、割とテリオスに近しい知り合いである。
ちなみに二つ名は超文明世界のことに割りと詳しい知人からもらったとのことで、何でも絵のモデルを生業にする女のことらしい。
そんなものに選ばれるくらいならばすなわち見目麗しいとけっして本人を軽視するものではなく、
これは冒険者の二つ名にしては本当に珍しいので、
その立派な胸を張って喧伝すればいい指名依頼でも来そうなものだと思うのだが、本人はどうしても恥ずかしいらしい。
まあ、功名な“ドラゴンバスター”なんかも自分の二つ名は大仰だと忌避するような感じだし。
実際“美しい”みたいな二つ名で本当に画家から依頼が来ても、
こいつは困るような女だ。
御年16歳、まあケツァゴールからすればこれくらいの娘がいてもおかしくない年だし、きっと内心は色々難しいのだろう。
「まあなんだ、今宵を待てずにテリオスを連れ出して個人的に祝おうとする魂胆がわかった。
先んじてそんな企みがつぶせて俺は満足だ、本当に満足だ。
あいつなら夜まで帰ってこえねぞ。
緑色の女をあてがってやったから、今頃はよろしくしてるさ」
「ハァ!?誰そいつ、セイン?シルミィ?アンシイ?ジズ?」
ベネッタはケツァゴールの立派に突き出たあごを力任せにつかみ、
振り回した。
「いてててて、やめろフラフラする!
知ってる髪が緑の女片っ端から疑ってんじゃねえ。
…………アンシイはドリアードだしジズは干物屋の女房だろうが」
※
「まあなんだ、当てが外れたとはいえそう感情的になられても困る。
ブンむくれた顔で夜を迎えてもらってもなんだしな、
かわりに今晩“テリオスの誕生日を祝う宴”において、重要な事を教えてやる」
アゴをさすりながら先導するケツァゴール、その背についてゆくベネッタ。
どうやら向かう先はギルドの裏にある演習場らしい。
ベネッタ自身、有料無料問わず闘技演習の常連であるし、何度も見ている場所だ。
石造りの、円形の舞台があるぐらいでさして面白い場所でもない、闘技場のような観客席もない場所だ。
宴の場所取りもここだけは除外されたくらいに、血や汗のにおいが染み付いていたりする。
そんな剣呑な場所に、この冒険者の町を象徴する奴らがいた。
もちろん冒険者の町だ、そこを象徴する奴らといえば“冒険者”に決まっている。
「おうなんだ!?えらい別嬪かとおもったらベネッタじゃないか!」
「えっらいめかしこんでるナァ」
「その辺歩いてそうな普通の格好だけどな、あえて言うぞ?
めかしこんでるなぁ!!」
石造りのリングの上に、みっちりと、隙間なく、男の冒険者達が詰め込まれているのである。
どいつもこいつもがっちりと、むっちりと、傷だらけで……汗臭い。
そんな奴らが、200人近く下穿き一丁でだ。
「イヤァァァァァ!これが地獄か?目が、めがぁぁぁ…………」
顔面を押さえてうずくまるベネッタこれは一体何の集まりというのか。
「おう、集まってるな野郎ども、そんなに“テリオスと一緒の席”に座りたいか、あぁん?」
衝撃波のようなうなり声が響く、誰しも気合十分のようだ。
「ならば冒険者7大決闘法の2番、その名も“白き栄光を掴む者”をはじめるぞ!
その前に一応聞いておく、このかわいらしい娘さんに、栄光の一つを分けてやろうとする心積もりはあるかぁ!?」
衝撃波のようなブーイングが大気を振るわせた。
「ハァ!?ふざけんなこのメス」
「テリオスの相席はわたさねえぞタコ」
「おんなじ席に座ればうめえ料理も酒もいの一番よぉ」
「それにな、あいつの目の前で…………」
「おうよ!目の前で…………」
「「「「「“ハピ・バス・デー”が歌えるんだぜ?」」」」」
それは誕生を寿ぐ聖歌である、こいつらそんなもの練習していたのか。
「バカ野郎共!テリオスだってきゃわわな女横にいたほうがうれしいに決まってらぁ!
あいつのことをおもうんなら今すぐ壇上から降りろならずもんどもがぁ!!」
「NO!」「NO!」「NO!」「Boooooooooooooooo!!」
やあすまん、言い聞かせても聞かなかったわ、とギルド長はベネッタに平謝りした。
「というわけで、あいつの隣で祝いたかったらお前も壇上に上がれよ、
なぁに、下にいつもの履いてんだろう?」
「はいてねえしイヤだ!
なんであんな地獄の釜が開いたような場所に飛び込まなきゃいけないんだよ」
「そういうなよ…………めぼしい冒険者もあの様を見たら
『妊娠しそう』ってみんな勝負を投げちまったんだァ。
ほら、テリオスのためを思って、な…………」
必死に拝む後ろで屈強な男性冒険者達がそろってベネッタを挑発しはじめた。
分厚い胸板をドラミングするやつ、聞くに堪えない罵声を放つヤツ、腰をグラインドさせるやつ。
そして、けして少なくない数の下穿きが飛んできた…………下穿き?
「や、いやぁ…………」
だめだ、あの輪に飛び込むわけにはいかない。
報酬は破格だがリスクが大きすぎる。
明日からのために、今日は清い体でいなくてはならないのだ。
「くっそぉ、ベネッタでもだめか!
もう万策は尽きた、野郎どもぉ!戦いを始めるぞぉ。
投入する石鹸は7つ、リングから落ちたやつは失格、拳や蹴りでの攻撃は反則!
だが今下穿き投げてよこしやがったやつへの金的攻撃はかまわん、俺が許す!
そうれ、試合開始だァァァァァァ!!」
三度放たれる衝撃波をかいくぐる様にして石鹸が七つ舞台へ放り投げられた。
険者7大決闘法の2番“白き栄光を掴む者”
―――それは諍いが日常化する冒険者達への公式私闘法の一つ。
冒険者二人は半裸で壇上に上がり、互いに一つの石鹸を奪い合う。
転倒したほうが敗北、直接攻撃は禁止。
そして勝利を難しくする一番の要因は……
「よっし、魔術師部隊前へ!
―――攻撃魔法でもかまわん、水を奴らにぶちまけろ!!」
周りの野次馬達は二人に向かって水をがんがんぶちまけるのである。
そうすることによって手にする石鹸はどんどん小さく滑りやすくなり、転倒の危険も高まる。
そして取り落とす石鹸は意図せず冒険者達の体に擦り付けられ、あわ立ち、
おお、その体をきれいにするのだ。
身だしなみって大切だよね、本当。
「…………やだ、きたない虹」
阿鼻叫喚から目をそらすように、ベネッタは青空に目をやった。
フードを目深にかぶった雇われ魔術師の一人が親指を掲げてみせる。
「うぉぉぉぉぉ!これかッ、これが石鹸かッ!!」
「バカヤロウ、それは俺の“ひざこぞう”だ!!」
「ハァハァハァ…………ウッ!!」
「おい誰かトゲはずしてないヤツいんぞゴラァ!」
土煙が白い泡に変わり、スポーンスポーンと天を白い石鹸が行き来するたびに、右へ左へ集団が移動する。
そして集団の外側に押しやられたものから順番に、石の舞台から押し出されてゆくのだ。
そして今、すっぽんぽんの一人が宙を飛んだ。
冷静さを失った一人が、水をかける役目を果たしている魔術師の一人まで揶揄してしまったのだ。
このような雑用に近いバカ騒ぎに加担するにしても、彼らは自身の魔術に誇りを持っている。
魔術師ギルドたっての依頼ゆえにここにいるとはいえ、彼らの内心は不本意であったのだろう。
「おい、“つぶれ鼻”ガベッドが飛んだぞぉぉぉぉぉ!」
「『そんな小便みたいな勢いじゃ女も喜ばせられんぞ』見たいな事言うから!」
すいません、魔術への誇り以前の問題でした。
だがしかし、そこは冒険者側も負けてはいない。
はじめにそれに気がついたのは、風下に立っていた一人の魔術師であった。
「うわッ…………なんだ…………酸っぱ…………ッ!?」
もちろん男冒険者達の体臭である、この私闘、伊達にギルド公認ではないのだ。
たとえ冒険者が風呂から縁遠い職業だとしても
―――身だしなみって大切だよね、本当。
そこから先はさらに戦いは熾烈になった。
水の魔法の上に風の魔法が加わったのだ、さながら台風のような有様を掻き分け、ちっぽけな白い塊を奪い合う男達。
その中でも、比較的大きな一つが―――嗚呼、これも天の采配か。
スポーンと、ベネッタのほうに飛んでいったのだ。
「あ、やった、げっと………?」
いいの?と傍らにいたギルド長に聞くと、彼は頷いた
悪いわけがない。
そんな二人のやり取りを見て、私闘真っ只中の野郎共が許すはずもない。
「オラァァァァァァ!!ベネッタァァァァァァ!!」
「その石鹸返しやがれこのアマぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
渾身の力でリングから跳躍し、ボディプレスを仕掛けようと迫る半裸の冒険者達!
むさくるしい野郎共!!
「逃げろベネッタここは俺が食いとめる!
お誕生会は太陽が落ちきったらすぐです!!」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それから日が沈むまでの間、泡だらけの半裸冒険者達が一人の女を捜して町中をうろつきまわっていたとか何とか……