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少女は今夜も夢を見れない

作者: ate.

「お嬢様、また昨夜もお眠りにならなかったのですか?」


 カテゴリ名『朝の挨拶』、パターンD『お嬢様が眠らなかった場合No.6』を再生する。私が起動してから二年一ヶ月と二十七日。この音声プログラムを再生したのは今日で三回目だ。

「少しでも眠らないと、治るものも治らないとお医者様が仰っていましたよ。」

 閉め切った部屋は薄暗く、空気が濁っている。窓を開けて空気を入れ替えなくてはならない。本能(プログラム)がそう命じていた。

「眠らない、じゃなくて眠れないのよ」

 白いネグリジェを着た少女が私の音声に返事をする。彼女はこちらを見ず、ぼんやりと壁を見つめていた。頭がぐらぐらと揺れて安定していない。

「私は病気だから、誰かが隣に居ないと眠れないの」

 少女の詳しい病状を知らない私は、彼女の不眠が孤独感によって惹き起こされるものなのか判断できなかった。私の仕事はあくまでも、深刻な伝染病に侵される少女の身の回りの世話や簡単な会話の相手になるだけであり、それに必要のない情報はインストールされていないのだ。

「そうですか」

「そうよ」

 無表情で鼻歌を歌う少女を横目で見ながら、私はベッドの近くにあるデスクに食事を置いた。少女はそれを興味なさげに見つめている。相変わらず、頭はぐらぐらと揺れていた。

「……でもね、その『誰か』は貴方じゃないの」

「そう、ですか」

「そうよ」

 確かに、私が少女のベッドに眠ることは物理的に無理だ。少女のためだけに作られた天蓋付の柔らかいベッドは、私の体重を支えることは不可能だろう。いくら女性型だといっても、アンドロイドである私の身体は鉄の塊であり、体重は150kg以上もあるのだ。柔らかな人工の皮膚はハリボテにすぎない。

 その事実を瞬間的に導き出したプログラムに悲しくなる。少女の心情を考えるより先に計算をし始める無機質な人工知能が嫌で堪らない。しかし、その、人工のココロで感じた拙い感情が、私の表情に表れることはなかった。


 「ねえ、これ、食べなくちゃ駄目?」

 そんな私の内なる感情に気がつくことはなく、デスクに移動した少女が不満そうに言った。痩せ細った少女の左腕はスプーンを持っただけで震えている。徐々に衰えていった筋肉は、もうほとんど残っていないのだろうか。

「はい、どうか召し上がってください。お薬を飲まなくてはいけませんから」

 私の言葉を聞いた少女は心底嫌そうに、震える腕でドロドロの液状になった「何か」をスプーンですくった。食事を作るのは私の担当ではないので、その「何か」が何なのか知らない。食事をすることは私にとって最も無駄な行為であるため、「食べる」ことがどういうことなのかも知らなかった。私は、知らないことばかりだ。しかし、目をぎゅっと閉じて、ガタガタと震えながら辛そうにスプーンを口に運ぶ少女を見る限りでは、とても食事が楽しい行為には見えなかった。

 

「薬なんて、もう無駄じゃない」

 少女が、か細い、小さな小さな声を発する。しかし、私のイヤーセンサーは優秀なので、その声をしっかり拾うことができた。皿から口へスプーンを往復させることに疲れたのだろう。スプーンは皿の上に放り投げてあった。

「何故です?」

「何故って……無駄でしょう?私はもう、」

 そう言ったきり少女は黙ってしまった。続きを代わりに言って欲しそうに、私をじっと見つめてくるが、私は少女の言葉の続きを想像することもできなかった。

「でも、お嬢様。これは痛み止めなので、飲まないと辛いのではないでしょうか」

「あ、そう」

 痛み止めなら飲むわ、と少女は言って薬を私の手から引っ手繰る。

「左足が痛くて堪らないの。……きっと、右腕みたいになるのね」

 彼女は薬をデスクの上に置いて、かつて右腕があった場所を左手でさすった。今はもう、根元の部分しか残っていない。身体の一部が腐り落ちる。これが私の知っている唯一の、少女が侵されている病気の病状だった。


「……ねえ、貴方は、死ぬってなんなのか、知ってる?」

 暫くして、少女が躊躇いがちに口を開いた。即座に私の人工知能が「死ぬ」という単語の意味を検索し始める。私の頭の中には、何冊もの辞書がデータとしてインストールされているのだ。

「はい、お嬢様。『死ぬ』とは、命がなくなる。息が絶える。また、自ら命を断つことでございます。また、そのもの本来の力や働きが果たされなかったり、うまく利用されなかったりする状態になる、活用されなくなる、という意味もございます。」

「ふうん、そうなの」

 少女は下を向いて、足元に落ちているテディベアを右足で蹴っている。私は、彼女の薬用に水を用意することにした。


「死ぬのは、こわい?」


 彼女の問いに、私は思わず手を止めてしまう。何と答えれば良いのか分からなかった。私は、生身の人間が近づくことのできない少女の世話をするためだけに生まれてきた。つまり、私の死とは少女の死を意味しているのである。私が死ぬときには、もう少女は存在しない。そのことだけが私の拙いココロをギリギリと締め付けて止まないのだ。しかし、それを言葉にして少女に伝えようと口を開いても、声にならない。該当する音声プログラムが存在しないのだ。基本的に、インストールされている音声は日常的で簡単な文章しか録音されていなかった。勿論、思考を言葉にして発する機能など私には備わっていない。耳の奥で、乾いた電子音が鳴り響いた。

「――自分が死ぬことは怖くないです。」

「そう……私は、怖いけどね」

 少女は薬を水で流し込んで、また口を開いた。

「この頃、眠れない夜はいつもこの事を考えてる。私はいつ死ぬのかしら、もうすぐかしら……って。そして、思い出すのよ。右腕が痛くなった時のこととか、お父様とお母様が泣きながら消毒液をかけていた時のこととかをね。忘れようとしても、左足が痛むの。忘れるな、逃げるなって、私に囁くのよ。夜が、長い……。こわいよ……」

 

 ……私は、少女の右腕になることはできるのだろうか。少しでもいいから、私は少女の役に立ちたかった。彼女の眉間の皺を無くしてあげたかった。その、陶器の様な白い肌に浮かぶ痛々しい隈を消してあげたかった。少女の安らかな笑顔が見てみたかった。確かに、私は少女を愛していたのだ。この溢れる愛情が意図的に作られたものだとは分かっていた。勿論、少女が私の愛を受け取ってくれないことも。それでも、私は、この痩せ細った少女を愛さずにはいられないのだ。

 「お嬢様、」

 私は音声に合わせて口を開く。数百通りしかない音声プログラムでは、愛しい少女の名前すら紡ぐことができない。

「どうか、お眠りになってくださいませ。そうすればきっと良くなります。」


 少女は今夜も夢を見れない



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