種太郎 1
前に1話だけ書いてたのが出てきたので投稿します。続くかどうかは未定です。
ご意見、感想などありましたらご遠慮なくください。
昔々、あるところにおじいさんとお婆さんがいました。
「婆さん、婆さん、飯はまだかいのう?」
「おじいさん、朝ご飯はもう食べましたよ?いい加減ボケるのもカンベンしてくださいよ。」
お爺さんはだいぶ認知症が進んでいるようでした。
お婆さんはいつものように食事の催促をあしらいます。満腹中枢がおかしくなっているお爺さんは出したら出しただけ食べるので仕方ありません。
ただでさえ稼ぎの少ない零細農家、しかもかなりの高齢で家族は無く、夫は認知症という不安要素しか無い生活でしたが、しかしお婆さんは満足してもいました。
それは長い間一緒に暮らしてきたお爺さんのことを愛していたからでもあったのですが、この人はわたしが居なかったら生きていけない、という思いもありました。
つまりお婆さんは男が原因で人生を間違える典型的なタイプだったのです。
「私はお爺さんと夫婦になったことを後悔したりしてませんよ?」
多分、そうでも言わないとやってらんないのでしょう。年齢が年齢ですから今更第2の人生とか無理ですし。
「いきなり何を言っとるんじゃ、婆さん?ついにボケたか?」
・・・色々と台無しでした。
とはいえ、そんな2人でも生活していれば、色々としなければならないことが出来てきます。その日は、お爺さんは燃料の木を切りに、お婆さんは洗濯をしに出かけました。
因みにお爺さんは名前と住所を書いた木の板を首にぶら下げています。以前帰り道を忘れて行方不明になったことがあるため、考え付かれた措置でした。
飼い犬の首輪に見えるのは気のせいでしょうか。
……気のせいですね。気のせいということにしておきましょう。
誰にとってもそれが幸せな選択です。
さて、お爺さんの行動に一抹の不安が残りますが、ここで重要なのはお婆さんの方です。
お婆さんが手馴れた動作で川を利用してエコ洗濯をしている時、上流から何かが流れてきました。
それを見たお婆さんは一度流して洗濯物を見たあと、二度見しました。
DONBURAKO、DONBURAKOと流れてくるのは、桃でした。
ただし、1メートルほどの大きさの。
どこかの映画製作所から流れてきたセットか、それとも誰かの悪戯か。
知るすべはありませんでしたが、お婆さんは放っておくのも(環境保護的な見地から)良くないと考え、とりあえずその桃?を川から引き上げました。
因みに、老婆が1人でそんな大きなものを川から持ち上げることが出来たのは、普段から唐突な行動をとるお爺さんを取り押さえることで筋力を鍛えられていたからです。
けっして何か別の都合があるわけじゃありません。邪推しちゃいけませんよ。
そうして、お婆さんが持ち帰った巨大な桃を見ると、おじいさんは大喜びしました。
時期外れだとかそもそも桃としておかしい大きさなんじゃないか、という疑問は一切挟まずに、包丁で一刀両断すると、桃の果肉に食らいつきます。
やたらとワイルドで決断力がある風に見えますが、その実は何も考えていないだけでしょう。多分。
半分を貪りつくした後、もう半分を食べてしまおうかとお爺さんが持ち上げると、桃の中央からおぎゃあ、おぎゃあと赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。
お爺さんとお婆さんが老眼でその声が聞こえる場所を見ると、桃の中央、本来なら種がある場所に、縮こまったかたちで玉のような赤ちゃんが入っていました。
「そうじゃ!この子の名前は『桃の種太郎』にしよう!」
お爺さんはどこかから電波を受信したように大きく目を開くと、唐突にそう叫びました。
「お爺さん、そんな名前じゃ、将来この子がグレちゃいますよ。もうちょっと無難に、せめて『桃太郎』なんかでいいんじゃないですか?」
お婆さんが難色を示しますが、彼女のネーミングセンスも大概です。
「何を言うんじゃ婆さん!この子が居たのは桃の中心、普通は種がある場所じゃぞ!関係があるとしたら、桃よりは種に決まっておるじゃろう!?そんなことを間違えるほど、儂は朦朧しとらんわ!」
怒って細かいことを言いだしたお爺さんの言葉は完全にボケ老人のそれでしたが、優しいお婆さんはそれに突っ込まずに流しました。
その日から、お爺さんとお婆さんはせっせと働きながら、その桃の種太郎君を育て始めました。
周囲からはどこの子供を攫ってきたんだと疑われ、本当のことを説明したらお婆さんまで晴れて認知症の疑いをかけられるという紆余曲折もありましたが、それでも子供は時間が経てば成長するものです。
勿論、育つだけ、ですが。
「今日も世界は狂っている・・・。俺を拒絶する混沌は、どこまで存在するというんだ・・・。」
このいきなり邪気眼なセリフをブツブツと言っているのは桃の種太郎君。通称『種太郎』です。
名前の桃はどうなったって?あえて原因は明記しませんが、しいて言うならどこぞの爺さんが無駄に頑固でハッスルしたせいです。
名前と生い立ちのせいですっかり周囲の子供から孤立した彼は、自分の生まれが特殊であることも相まって一人遊びや妄想が好きな子供に育ちました。
そしてそれが周囲からどう見られるのか判らないまま青年になってしまったのです。
中二病をこじらせすぎたせいでお爺さんと並んで村のお荷物になっていましたが、元より交友関係が皆無なので全く気にしません。ここ数年で誰かと会話をしたこともなく、家族以外の声を聞いたのも先月お隣の奥さんが子供に「(頭が)悪い子だと、ああいうどうしようもない大人になっちゃうわよ」と自分を指差しながら言っているのを見たっきりです。
因みに彼の妄想俺設定は、『昨今世間を騒がせている鬼たちを生み出したが、その莫大な魔力ゆえに鬼に恐れられ不意打ちを受け、殺されたものの、自身の陰陽術によって死後の世界から帰還した超陰陽師』というものです。
本人以外誰にも興味を抱かれない情報ですが。
現状はただのニート。将来的にも現状維持になりそうな彼でしたが、その日は少し気が大きくなっていました。
昼間から手元に置いている酒瓶が何か関係があったのかもしれませんが、余人には知る由もありません。
まず始めに思ったのは、俺はこんなところでくすぶっている器じゃない、ということ。
現状に不満があるようですが、これは一時間ほど前に定職につくことを巡ってお婆さんに懇々と説教をされたことが原因でしょう。
次に考えたのは、誰か俺の代わりに不眠不休で働いてくんねーかなーというニート的思考。
骨の髄までパラサイトな種太郎は自分が働く、という考えを持ちません。
「おい、太郎。いつまでそんなところで拗ねているつもりだ?」
既に赤い顔をして大分できあがっていた種太郎に、渋い声がかけられました。でも、彼の周囲に人影はありません。
「・・・悠久なる史実を知る俺には、単調な繰り返しは酷く憂鬱な行為なのだ。」
意訳:妄想設定の超凄い前世を持ってる自分には、単純作業の労働とか超無理ッス。
どこまでも駄目な返答に、しかし相手は根気強く問いかけます。
「いつまでもお母さんに食べさせてもらうわけにはいかないだろ?」
完全な正論に種太郎は嫌そうな顔をしましたが、しかしそんな反応をするということは多少は自分の現状に不満を持っているということでしょうか。
「お前も既に元服した身だ。自分の将来を安売りしろとは言わないが、それでもそろそろ少し考えてもいい頃じゃないか?」
そう心配するように言って、種太郎の足元に一匹の白い犬が近寄ってきました。
賢そうな目は、逃げるようにそらされた種太郎の目を見ていました。
「そうは言っても、一生誰かに使われて生きるなんてごめんですよ、お父さん。」
ほぼ素になってその犬に言い返す種太郎。
因みに両者は血縁関係があるわけではなく、単に雰囲気から種太郎がそう呼んでいるだけです。
「誰かの下で働く、ということも決して悪いことではないのだぞ太郎。男が輝くことが出来る場所なんていくらでもあるんだからな。」
『犬に説得される青年』という非常にカオスな空間が出来上がっていますが、しかしこれは今日に限った話ではないので特別珍しいわけではありません。
逆説的に言えば、日常的にこのような会話をしているということになり、種太郎君の駄目さ数値(単位はDM)がさらに跳ね上がってそろそろスカウターを破壊しそうな勢いですので追及するのはやめておきましょう。
さて、日常的に、と前置きしましたが本日の彼はお酒が入っているせいで気が大きくなっていました。しかも、直前にお婆さんに説教され、今もお父さん(あくまでも犬)にも訓示めいたことをいわれたせいで段々と苛立ってきていました。
「俺は・・・、俺だってやれば出来るんだよ。ただ、やる場所が無かっただけなんだよ。やろうと思えば鬼だって退治できるし、お姫様をさらってくることだって出来る。」
「ふむ。生きている以上は決して可能性はゼロではないが、しかしお前に鬼退治なんて大それたことが出来るのかな?」
もう一つさらりと問題発言をしましたが、そっちには突っ込まずにお父さんは鬼退治について尋ねました。大人な配慮が出来る素晴らしい犬だと思います。
「簡単だよ。勿論、正面から行っても負けるだけだ。だから、一人ずつ仕留めていけばいいんだよ。罠を張って、食い物に毒を混ぜて、一人でいるところを奇襲して、子供をさらって・・・。」
自分の実力を理解しているのでしょうが、物語の主人公としてそれでいいのかと思えるような戦術ばかりを思いつく種太郎でした。ニート邪気眼かつ下種野郎でもあったのでしょうか。斬新な3重苦ですね。
まあ特に運動が得意なわけでもない無職ニートが一人で戦闘集団と戦おうとするなら、現実的にはゲリラ戦法しかありえません。
どこぞの主人公のように窮地で目覚める不思議パワーや弾切れしないコスモガンはこの時代にはありませんから。
「・・・なら、今から行こうか。」
「は?」
強がって俺だっていざとなれば・・・的なことを言っていた種太郎にお父さんの以外な言葉がかけられます。
「そこまで明確なプランが出来ているのなら、今から行こうと言っているんだ。鬼が棲む、鬼が島に。」
改めてそう言ったお父さんを見た種太郎はまず始めにお父さんがお爺さんと同じく認知症になったことを疑いました。そういえば、なんだかんだでもうそろそろ5歳だからな~と他人事のように考えます。
そうして次にお父さんのフットワークの高さを考え、早急に反対しなければ嫌でも連れていかれると確信しました。
「それは「ハハハ!駄目太郎には無理ッスよ、犬の旦那!」・・・なんだよ糞猿。」
種太郎の言葉を遮ったのは、屋根の上から下りてきた一匹の日本猿でした。顔にはいかにも小悪党っぽい笑みを浮かべ、種太郎をバカにしたような視線を向けてきます。
彼は自称お父さんの一の子分です。ただ、セットについてくる種太郎君のことは完全に阿呆だと思っていますので、自然と種太郎も彼のことが嫌っていたりします。
「だいたいなんでウチの屋根に上がってるんだよ。馬鹿と煙は高いところが好きって言うけど、お前もそのクチか?」
「さあてねぇ・・・?仮にそうだったとしても昼間っから酒を食らってる無職ニートにはあんま関係ないんじゃねぇの?」
2人の間の空気があっという間に険悪なものに変わっていきます。しかし、猿と本気で口喧嘩とか人間のすることじゃないですね。さすが種太郎君。悪い意味で期待を裏切ってくれます。
残念ながらそこに痺れませんし憧れもしませんが。
「・・・2人とも、止めんか。猿君、私に用があって来たのだろう?それから、種太郎はすぐに仕度をしてきなさい。」
「・・・まさか、冗談「なはずがないだろう?太郎、君がせっかくやる気を出してくれたんだ。私がそれに応えないでどうするというんだ。」あ、そッスか・・・。」
今度はお父さんに言葉を遮られ、言いたいことが言えない種太郎は、とぼとぼと家の中に入っていきました。
こうなればヤケです。仮に逃げたとしても、お父さんはその嗅覚を遺憾無く発揮してどこまでも追跡してくるでしょうから、とりあえず従ったフリをしておいて、適当なところで切り上げよう。
どこまでも駄目な彼の辞書に『立身出世』や『努力』といった文字は存在しません。完全な落丁本です。回収騒ぎが起きるレベルです。
「どうしたんじゃ、種太郎?」
箪笥の中からテキトーに荷物を見繕っていた彼に話しかけたのは、お爺さん。認知症が進行しているわりには1日5食しっかりと食べて昼夜を問わず働いたり寝たりしているせいか、目が死んでいる種太郎君よりは健康そうに見えます。
「あ~、その、俺、鬼を退治しに行くことになってさ、ハハ・・・。」
お茶をにごす気満々だったのに見つかったことで種太郎は気まずそうに言いました。
「!・・・、そうか、お前も旅立つ日が来たんじゃなぁ・・・。」
お爺さんは感慨深げに言うと、奥の部屋に入っていきました。
意味が判らないまま、まあいつものボケだろうと思い、荷物をまとめ始めて数分。
そろそろお父さんに呼ばれる頃かと思っていると、お爺さんが再び出てきました。しかも、その手には抜き身の長物を持って。
間違いなく何とかに刃物状態だったので種太郎君は一瞬にして自分の命の危険を悟りましたが、しかしお爺さんはその長物を彼に差し出しました。
刃の方を彼に向けて。
「危な!」
皆さん、包丁とか刃物を他人に渡すときには柄の方を相手に向けて渡しましょう。でないと殺意と常識を疑われますから。
「何すんだよ爺さん!殺す気か!?」
「何を馬鹿なことを言っとるんじゃ。儂はまだ耄碌しとらんわ!」
耳も遠いみたいです。
長物を渡そうとするお爺さんと命からがらそれを避ける種太郎君のバトルは実に5分に及びました。
そうしてどちらからとも無く膝をつくと、体力がゼロになったせいで荒くなった息を整えます。
冒険前からHPゼロってどんな縛りプレイですか。
ともかく、どうにか落ち着いた状態で種太郎君は長物を奪い取ると、鞘に納めてから腰につけました。それなりの重量があったので重いはずですが、しかし刀を持っているという事実だけでなんだか強くなったような気がします。
これで、俺は殺す側の人間だ!
この状況でそう考えてしまう種太郎君は保護者と同じで絶対に刃物を持たせてはいけない人種なのでしょう。どういう運命の悪戯か、現在腰に差していますが。
では家から出ようとする前に、ふと食べ物をもって行くべきでは?という閃きが浮かびました。
お茶をにごすためには、それなりの距離をブラブラする必要があります。さすがに村を一周したくらいではお父さんも納得しないでしょうから。
とりあえず台所に行ってみるかと思い、そちらに移動すると、そこにはお婆さんがいました。
「おや、太郎じゃないか。どうしたんだい?」
笑顔で聞いてくるお婆さんを見て、種太郎君は反射的に顔をそらしました。ついさっき説教されたことが気まずかったせいでしょう。
「あ~、その、ちょっと鬼退治にさ、・・・ハハ。」
「・・・そうかい、そうかい。ついにアンタも頑張る気になってくれたんだねぇ。」
何故かその説明だけで通じてしまうお婆さん。しかも、何かをなそうとするわが子を見る目です。
なるべく早くこの人も施設に入れてあげないといかんな、と種太郎君は決心しました。勿論、費用はお爺さんとお婆さんの年金から出す予定です。
「それなら、ご飯をたっくさん、持って行かないとねえ。」
「いや、それはアテがあるからいいや。ちょっと小腹が空いたときに食べるもの無い?」
まずい!
本能的に、これを受けてしまうとなし崩し的にマジで鬼退治に行かなくてはならないことを悟った種太郎君は、すぐにそれを断りました。
どこまでも保身を第一に考える駄目っぷりは凄いものがあります。
「う~ん、そうだね・・・。昨日作っておいたきび団子ならあるけど、それでいいかい?」
棚から出てきたのは、とうもろこしで作ったお団子です。種太郎君、実はこの田舎臭いお団子が嫌いだったりしますが、しかし今から作り直してもらうわけにもいきません。
人間心理として、やたらと準備に手間をかけると、結果がそれ相応じゃなければ納得できないものです。
つまり、結果はお茶をにごす予定の種太郎君にとって、準備にあまり手間をかけるわけにはいかないのでした。