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セカイ 神殺し  作者: 妄想野朗
序章 神社所有者
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第一章 明けない夜


 朝、漸は母屋の玄関の前で立っていた。

 特に掃除をする訳でも、仕事に向かおうという様子でもない。

 なのに何故、この神職はただただ玄関に突っ立っているのかというと、

「遅い……」

 麗を待っていたのだが、かれこれ一時間は待っている。

 今日は用事で出掛けるのだが、身支度にこんなにも時間がかかるのだろうか?

(なんか櫟が俺に待たされる気持ちが分かった気がするな……)

 これは辛い、と漸は一人頷きもう遅刻はしないと肝に命じる。

 「……それにしても本当に遅いな……」

 と、そろそろしびれを切らした漸は『ちょっと見に行こう』とスライド式の玄関の扉を開いて入っていった。


 麗の部屋の前に着くと、部屋の中からは何も音はしない。

 本当に人がいるのか疑うような静けさだ。

(まさか、居眠りとかじゃあないだろうな?)と漸は一瞬思考する。

 だとすれば延々待ちぼうけを食らうこととなる。

 人のことは言えないが、というか遅すぎだ! と漸は勢い良く襖を開いた。 

「麗、早くし――……」

「………………え?」

 すると、身に何も纏っていない麗の姿が視界に捉えられた。

 麗の手には着物。 それにより大事な部分はは隠されているが、文字通り生まれたままの姿である。

「…………」

「…………」

 漸は、時間が止まった様な気がした。

 麗は呆然とした様子で固まっており、小さな部屋に気まずい空気が流れる。

 そして今頃漸は(どうして何の確認もなく襖を開いたんだろう……)と呑気に思っていた。

「――――っ……」

 と、ここで麗が我に返り顔をトマトの様に赤くする。

 それと同時に漸も正常な思考を取り戻し、ヤバイ、といった表情であとずさり、

「……しっ、失礼しましたぁぁぁぁぁ!!」

 すぐさま百八十度回転して脱兎の如く走り去ろうとした。

 その瞬間。

「部屋に入るときくらい確認してよバカーーっ!!」

「ごふぁっ!?」

 麗の涙ぐんだ声とともに、漸の後頭部に裁縫箱がゴシャア! と鈍い音を立ててめり込み漸は床に崩れ落ちた。



 ――――あれって下手したら死ぬんじゃないか? と漸はまだズキズキと痛む後頭部を押さえながら嘆いた。

 麗は怒ったり身の危険を感じたら近くの一番殺傷力のある物を相手に投げつけるらしい。

 過去にそれで妖怪を倒してしまった事もあるという逸話を残している(何故か必ず急所に命中する辺りコントロールはかなりのものだと思われる)。

「お兄ちゃんが何の確認も取らずに襖を開いたのが悪いんでしょ?」

「……以後気を付けます」

 漸は僅かに殺気のこもった冷たい目で睨んでくる麗に頭を下げ、次からは気をつけようと決心し、なんにせよ準備は完了したようなので漸と麗は神社の裏側へと歩いていった――――。



 用事といっても大した遠出ではない。

 幻神神社の裏手、木々や雑草の生い茂る場所で、今回はそこに用がありそこへ向かうのには三分も必要としなかった。

 そこは木々に囲まれた空間で薄暗く、いつ妖怪が現れてもおかしくない。

 そんな危険地帯に一体何の用かと言うと、目の前のソレにあった。

 それは、ジャングルのような緑の空間の中。

 何故かそこだけは草が一切生えていなかった。

 約十メートルの開けた空間。

 その中心には五メートルほどの魔方陣を思わせる円形のプレートがあった。

 そしてそれには御札が一定の間隔で貼り付けられており、ただならぬ力の様なモノを放っているようにも見える。

 ちなみにこの陣は、結界である。

 そしてそれの管理も神社所有者の仕事なのだ。


 また、結界の管理とは自分の担当する世界に必ず一つ、造りや構造は異なるがその世界のパワーバランスを保つ結界が存在して、その管理も仕事の一つ。

 もしも、管理を怠ればいずれその結界は崩壊し、その世界に住む妖怪や神様といった能力者の莫大なエネルギーを抑えきれずにその世界は崩壊してしまうのだ。

 そして、その結界に触れることの出来るのは神様と神社所有者か賢者と呼ばれる者のみ。

 だからこの結界の管理は怠ってはならないのだ。

「さて、さっさとやるか」

「うん」

 管理といってもすることは単純。

 その結界にはエネルギーを抑えるための御札で陣を貼られている。

 その中の御札の中に効力の切れているものはないか探し、あれば貼りかえるという作業。

「あ、お兄ちゃん。 この陣結構古くなってるから全部張り替えた方がいいよ」

「え? 本当か?」

 麗が陣を指差す。 するとそこにはボロボロになった御札。

 確かに古くなっていた。

「じゃあ麗、修復任せた」

「はいはーい」

 麗が頷き、袖の中から十数枚の御札を取り出す。

 修復のための予備の御札だ。

 麗は人間だから当たり前だが能力を持たないが、そのかわり人一倍結界や御札についての知識持っている。

 そのため、こういった結界の管理などの仕事は基本的に麗の仕事だ。

「じゃあお兄ちゃん、ちょっと離れてて」

 麗が御札を構え、言う。

 それに漸は従う様に一歩下がった。

 この結界の張替え作業は一度、陣を剥がす事になる。

 その場合、少しでも貼りかえる速度が遅ければたとえ数秒でも人間界に渦巻く能力者のエネルギーが抑えられずに多少の被害が人間界の何処かに現れてしまう。

 そのため張替えの作業は迅速に、確実に行わなくてはならないし、その一瞬の動作のための集中力もかなり必要となるのだ。

「………………、」

 そんな失敗の許されない張り詰めた空気の中、麗は緊張した面持ちで一、二回ほど深呼吸をすると、手に持っている御札を――、

「ふっ!」

 一気に息を吐き、ほぼ一瞬。

 一秒にも満たない時間で麗は新しい御札を飛ばして古い札を弾き飛ばし、そのまま貼り付けて新たな陣を組み上げた。

「よし完了!」

 すると麗は緊張の糸が解けた様に満面の笑を浮かべて安堵のため息をつく。

「相変わらず速いな……」

 そしてその光景に漸は思わず呟いた。 

 漸は今まで何度とその光景を見ているが、一体どうやってこんなにも素早く結界を貼れるのかが解らない。

 ちなみに今の作業を漸が行うとすれば約三十秒は掛かる。 被害発生確定である。

 普通に御札の扱いに慣れている人でも三十秒は掛かるのに麗はそれを一瞬に満たない時間で行うからもう凄いとしか言いようがないだろう。 

 そして麗は感覚だよ感覚、とか言っていたが普通に解らない。

 とりあえず、結界の早張り関しては麗の右に出る者は居ないだろう、と漸は一人頷いた――。



 神社に戻ると、また客が来ていた。

「漸、麗。 おはよー」

 春の太陽の様な笑顔でこちらに走ってくる緑髪のポニーテールに花柄の黄緑色の着物を纏った小さな少女、胡弓である。

 相変わらず楽器の『胡弓』を大事そうに抱えている。

「胡弓ちゃんおはよー」

 そして麗も明るい笑顔で挨拶。

「本当によく来るなお前。 これで一ヶ月連続訪問の皆勤賞だぞ?」

 なんなら賽銭入れてくれ、と漸は言葉を付け足した。

 それに胡弓は可愛らしい笑顔を一切崩さずに嫌だ、とはっきりと断る。

 な、なんかそこまできっぱりと言われると少しショック受けるな……、と漸は苦笑い。

「それ以前に私はその辺の森で寝泊まりする妖怪だよ? お金なんて持ってる訳ないじゃん」

「まあ、確かにそうだな……」

「あれ? じゃあ胡弓ちゃんってどうやってその服とか楽器とかを手に入れたの?」

 胡弓の言葉に麗は首を傾げる。

 確かに服や楽器は森の中とかに落ちてはないだろう。

 なら、お金のない胡弓はどうやってそれらの物を手に入れたのだろうか?

 その疑問に胡弓はこう答えた。

「えっとね、この服は昔中のよかった鎌鼬かまいたちさんにもらって、この楽器は物心がついた時からそばにあったよ」

「へえ~その鎌鼬さんって人型? 動物型? それとも――」

「麗、お前動物が絡むと目が怖いぞ」

 と、にへへ……となにやら危ないうすら笑いを浮かべる麗の言葉を漸が遮る。

 動物関連のこの喰らい付きは少し自重して欲しい、と口の中でそう呟くと、隣の胡弓は苦笑いを浮かべた。

「ところで胡弓ちゃんはお菓子貰いにきたの?」

 すると麗は話を変えて胡弓の訪問の理由を問う。

 それに胡弓は笑顔で頷いた。 どうやらここに来るのはお菓子目的らしい。

 子供らしいといえば子供らしい理由なのだが、

「今はお菓子残ってなかったんじゃないのか?」

 漸のその言葉に胡弓は驚愕の表情で抱えている楽器を落とした。

「うわっ、楽器は大切に扱えよ!?」

「お……お菓子が、無い……?」

 お菓子が無かったのがかなりのショックだったらしく、漸の言葉も聞こえていない。

「そんなにショックなのか!?」

「うん……」

 胡弓が両膝をガクンと地に着ける。

 こいつ、本当にお菓子にしか興味がないんじゃないか、と漸はため息をつきながら、

「そんなにお菓子食べたけりゃあ、買いに行けばいいだろ。 里とかに」

 その漸の言葉に胡弓は立ち上がった。

「行こう! いざ人里へ!!」

「え?」

 そして漸の手を掴み、瞳をキラキラと輝かせてグイグイと里のある方向へと引っばる。

 ま、まさか俺が買うのか……? と漸は胡弓へ問うと、

「うん!」

 胡弓は溢れんばかりの笑顔。

 笑顔が眩しい。

(俺……財布が火の車なのですが……?)

 漸は引きつった笑を浮かべた。

 今の彼の財布事情はもう子供にお菓子を買い与える程の予算を残していないのだ。

「…………麗」

 すると漸、視線を麗に向けて救援を要請。

 それに麗は意地悪そうに微笑みこう答えた。

「貸してあげてもいいけど次のお小遣いからその分引かせてもらうよ?」

「ぬう…………」

 何か今朝の出来事を根にもたれているような気がした――――。


 結局、漸は麗にお金を借りることとなった。

「で、麗もついてくるのか?」

「だって暇だもん」

 そして現在、五十嵐兄妹+胡弓は神社から西に存在する里へと向かっていた。

「あれ、胡弓は楽器置いてきたのか?」

「うん。 どうせこの道なら何も襲って来ないし、それにすぐ神社に戻るからね」

 里へ向かうのにはそれ程危険ではない。

 理由はこの里へ続く道は、かなり開けており木々も比較的少なく森も離れていて見晴らしがいい。

 そのため人間を獲物として行動する妖怪などは、獲物を捕らえる前に逃げられることが多く、あまり危険な妖怪はこの道には現れないのだ。

「それにしても、暑いね~」

「ああ……流石は夏だな……」 

 そんな日光を遮るものの少ない道の中、これでもかと言わんばかりに照りつける中、麗は太陽を見上げてうなだれる。

 それは漸も同じで、額から汗が滲み出ていた。

 だが、この子供妖怪はそうでもないらしい。

「お菓子~お菓子ぃ~」

 胡弓は暑さにうなだれる二人の横を可愛らしくスキップしながらなにやらお菓子お菓子と歌っていた。

 妖怪は人間よりも丈夫だからかあまり暑さに体力を奪われないのだろうか、と漸は一人考える。

(だったら暑さを凌ぐための努力もいらないから楽そうだからいいなぁ……)

 と、考えていると前方に和風建築物が連なる里の姿が見えてくる。

 平屋やら寺子屋やらが並んだ風景。 ここが人間界の里である。

 そして漸達が里へ入ると漸はまず胡弓に質問をした。

「そういや胡弓。 お前は何を買うんだ?」

「え~っとね~……」

 胡弓はまるで小さな子供がおもちゃを買ってもらえるかのように目をキラキラと輝かせて里に並ぶ駄菓子屋や団子屋を見渡す。

 そして最終的に胡弓はひとつの店を指さした。

「これ!」

 その店には、だんご と書かれた暖簾のれんが掛かっていた――――。




「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおぉぉい………………」

 店に入ると、謎の奇声と共にプルプル震えるよぼよぼのお爺さんが現れた。

「あの…………店主さんですか?」

 麗がその全身貧乏ゆすりの爺さんに問い掛ける。

 するとそのじいさんはコクりと頷いた。

 震えてるのでよく解らなかったが多分頷いたのだろう。

(……なんか変な店に来てしまった気がする)

「……ご注文はなんでしょう?」

 と、そのお爺さんが問いかけてくる。

 プルプル震えすぎて(こいつ、本当に大丈夫か?)、と心配になりつつも漸は「じゃあ、団子六つで」 と注文を入れた。

「かしこまりましとぅあぁぁぁぁぁああああ…………」

 すると爺さんが一礼して百八十度方向転換して店の奥へと歩き出す。

 ふとみれば、その爺さんの進行方向には麺棒が踏んで転べと言わんばかりに堂々と落ちていた。

「あっ、お爺さん危ない!!」

「ふぉぁあ!?」

 それに麗が注意を促したが、遅かった。

 爺さんは麺棒を踏んずけ、見事に半回転しつつ転び、頭を床に打ち付けたのだった。

 ゴシャリ、と鈍い音が部屋に響く。

 そして転んだ爺さんはまるで人形の様に動かない。

「お、おじいさーん!? だ、大丈夫ですか!?」

 麗が慌てて倒れた爺さんに駆け寄り、首筋に指を当てて脈を計り出す。

 それでも爺さんは微動だにしない。

(なんか心配になってきたな……本当に大丈夫か?)

 と、漸も段々と心配になってゆき、麗の隣にしゃがんで様子を伺うと麗が爺さんの首に指を当てたまま真っ青になっていた。

 顔面蒼白。

「れ、麗? どうし――……」

 どうした? と漸が声を掛けようとした、その時だった。

「…………死んでる!」

 ――――一瞬、時間が止まった様な気がした。


「え……マジですか?」

 思わず、間抜けな返事をしてしまった。

 というか、全く予想していなかった展開に三人共驚きを隠せなかった。

 胡弓に関しては放心状態で固まっている。

「お兄ちゃん! どうしよう!? 死んでる!! これって医者!? いや埋葬!? 火葬土葬水葬!?」

 そして麗はパニックになって訳の解らない事を言い始めた。

「とにかく落ち着け!! まずはこの人を医者の所へ――……!?」

 と、漸が倒れた爺さんを運ぶべく、その爺さんへ目を向けると漸は我が目を疑うこととなる。

「……い……」

 何故なら、そのじいさんが立ち上がっていたのだから――――。

「生き返った……!?」

 三人が驚愕の余り停止する。

 まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情で石像の様に停止している。

 まあ、いきなり死んだ人が生き返ったら驚かないわけが無いだろうが。

「え……ええ……?」

 麗が目をグルグルと渦を描くように回しながら生き返った爺さんに混乱している。

「あ、あなたは何ものなのでしょうか……」

 そんな麗を置いておいて、漸も動揺しつつだが、その爺さんに質問をした。

 すると、その爺さんはニヤリと悪戯心に満ちた笑を浮かべる。

「儂は人間ではなく、妖怪じゃ。

名前はぬっぺふほふという妖怪で、いくら死んでも生き返るのじゃよ」

「え……妖怪?」

 ――――ぬっぺふほふ。

 それは、死んだ人の肉が何らかの力で集まってできた肉の塊の妖怪で、死んでも直ぐに生き返り、その肉を食べれば不老不死になると言われているらしい。

 主に夜の町を歩き回る、また、人を襲う事は特になく、非常に大人しい性格の持ち主である。

 だが、このぬっぺふほふという爺さんからは死臭もしないし、体もいたって普通の老体だ。

「まあ、儂はぬっぺふほふの子孫じゃからただ死にやすく、生き返る妖怪となったんじゃがな」

「ああ、成程」

 漸が相槌を打つ。

 どうやら先祖の特性を一部受け継いだ妖怪らしい。

「え……じぁあ、何があっても死なないってこと?」

 と、ここで混乱から立ち直った麗がぬっぺふほふに質問をする。

 それにぬっぺふほふは軽く頷いて、

「寿命以外では死なんよ」

「ほえ~~、それはすごいですね……」

 隣に居た胡弓が初めて手品を見た子供の様に驚いたような声を上げる。

「まあ、最近は歳をとるごとに死にやすくなってきておるがのぉ……さて、」

 プルプルと振動しながら爺さんは続ける。

「団子、六つでしたかのぉ……?」

「あ、はい」

 話が脱線していたからか、ぬっぺふほふは当初の話に引き戻してくれた。

 それに三人は頷いて、この日は団子やお菓子を買って一日を過ごしたのだった――――。




 ――――まさか、その翌日にあんな出来事が起きるとは知らずに。



「お兄ちゃん!! 起きて!」

「ん――……?」

 その日、神社は騒がしかった。

 麗が襖を蹴り倒す勢いで漸の寝室に転がり込んできたからだ。

 顔もこころなしか青みがかかっている所からただ事ではないことを思わせる。

「どうした? 血相変えて」

「とにかく言葉じゃ説明できないから外を見て!!」

 麗が窓の外を指差す。

 外は闇がかかっており空には綺麗な月や星が輝いていた。

「まだ夜だな」

「違うって! 今は朝なの!! これをみなさい!!」

 漸がはあ? と首をかしげる。

 そんな漸に麗は時計を突き出した。

「……朝の七時!?」

 その時計は太陽ののぼっているはずの朝の時刻を示していた。

 時計は見たところ正常に作動している。

「壊れてはないよな……?」

「壊れてるだけならこんなに騒がないよっ」

「…………とりあえず、外に出てみるかな」

 このまま部屋の中に居ても何も解決しない。

 そう判断した漸は寝巻きのまま外へ出た。


「…………」

 まずいな、と外に出た漸はまずそう思った。

 何がまずいのかというと、周囲が殺気で埋めつくされている様な雰囲気が漂っていたからである。

 いや、周囲というよりはこの人間界全体に殺気が渦巻いている様でもある。

 更に、周囲はまるで墨のような暗い闇で覆われており、視界も悪い。

「そういえば、里は大丈夫なのか?」

「え?」

 漸の言葉に麗は首を傾げた。

 今の人間界は尋常ではない量の殺気で埋めつくされている。

 この状態ならば妖怪達が凶暴化してもおかしくはない筈だ。

 もし、妖怪が凶暴化すればいつ里を攻め込まれてもおかしくはないし、しかも里には妖怪をあいてに戦えるのは二人しかいない。

 つまり、里が襲われているとすれば長くはもたないだろう。

「あ! そういえば里には戦える人が神下さんとナーシンさんだけだったね……」

 じゃあ襲われたら大変じゃん!! と麗もそのことに気づきわたわたと慌て出す。

「麗、俺は里の安全を確保しに向かうからお前は神社に防護陣を貼って留守番しててくれ」

 と、漸はそう言い麗の肩をポンっと叩き、着替えを取りに大急ぎで部屋へと戻っていった。


 ――――漸が着替え終わる頃には麗が神社の周辺に防護の結界を貼り終えていた。

「よし、じゃあ麗。 留守番頼んだぞ」

「うん、気を付けてね?」

 麗が心配そうに声をかける。

 それに漸は元気に返事をすると、

「じゃあ、いってくる!」

 外の闇の中へと駆け出していった。


(これは、自然的な異変じゃないよな)

 闇のなかを一人、提灯で足元を照らしつつ里を目指す漸は心のなかで呟いた。

 今の人間界は異常だ。

 この空気中に漂う妖怪や悪霊の殺気。 ソレに刺激された妖怪達はほぼ必ず獰猛な猛獣の様に狂暴化するだろう。

 そうなれば確実に里が襲われ、基本的に能力が無い人間の里は壊滅する。

 なんかヤバい事になってるな……、と、これからの苦労を考えため息をつく。

 それに、このように殺気で包まれたり、明けない暗い夜が訪れたりは今まで無かった。

 ちょっとした異常気象ならばまだしも、この異変は下手をすれば人間界が潰れるかもしれない。

 また、この状況を天災的なものとしては原因がまったくもって不明で、どちらかと言えば強力な力を持った大妖怪あたりの能力者が引き起こした事件である可能性のほうが高かった。

「まあ、天災だったらかなり厄介だけどな」

 こんな現象がまるで台風がくるかの様に当然に発生したら命がいくつあっても足りないだろう。

「それにしても……」

 困った、と漸は呟いた。

 取り敢えず里の方角へと飛び出したはいいものの、予想を超える闇に、提灯などの明かりも持たずに神社を発った物だから神社と里の間にあるちょっとした森で軽く道に迷っていた。

 右往左往はまるで黒い壁があるのでは、と思う程の漆黒の闇で塗り尽くされており漸の方向感覚が狂っていたのだ。

 くそ、こんなことならせめて提灯を持ってくれば良かった・・・・、なんて歯ぎしりするがもはや神社へ戻す事も出来ない。 一寸先も闇だった。

 能力で闇を払っちゃうか? と考えるが無駄に能力を使用する事は出来ない。

 漸の能力は「神技を使う」能力で、自分と親しい神様の特徴を借り、それを神技に組み入れて使用する。 と言った物。 まあ、今の漸には親しい神様は一人くらいしか居ないのだが。

 くそ、どうする!? と焦っていると、

「……漸?」

「!?」

 近くの茂みから声が聞こえた。

 力無く、怯えたような震えた声が。

 その声には聞き覚えのある声で、いつも神社に遊びに来る鎌鼬の派生系の妖怪の、

「胡弓?」

 緑髪のポニーテールに茂みに同化する様な花柄の黄緑の着物を纏い、身長が百三十くらいで楽器の胡弓を抱えて腰でも抜かしたのか、力なく座り込むその少女は、やはり胡弓だった。

 その姿を見て漸は

「良かった、無事だったか」

と少し緊張の糸が緩む。

 元々争い事の嫌いなの胡弓はこの空気中の殺気に触れても大丈夫な様だ。

「ぜっ、漸だよね……?」

 すると、胡弓はまるで怯えた子犬の様に恐る恐る問い掛ける。

「ああ、そうだけど……」

 そういえば何故胡弓はこんなにも怯えているのだろう? と漸は疑問に思った。

 空気中の殺気に怯えた? いや、狂暴化した妖怪を見て怖くなった?

 漸は頭の中で色々考えたが、今はそんな事より胡弓を保護した方がいいだろう。 と漸は胡弓の前まで歩き、彼女の目線辺りまでしゃがんで声をかけた。

「大丈夫か?」

「ふ……ふぇえええ」

 突然、胡弓が飛びついてきた。

「うわっ!?」

 ドシッ、といきなり飛び付いてきたものだからバランスを崩して尻餅を着きかけるがなんとかバランスを保つ。

 恐かったのだろう。 妖怪とは言え胡弓は子供。

 しかも真っ暗な森に充満した殺気。 恐がるなと言うのが無理な話であった。

 取り敢えずは胡弓を安全な場所に運ぶ必要があると漸は胡弓を抱いて立ち上がる。

「ほら胡弓、ずっとくっついてたら動けないだろ?」

「うん……」

 すると胡弓が漸から離れ、地面に置いてあった楽器の胡弓を拾い、抱える。

「なあ胡弓。

胡弓はどうしてこんな場所に居るんだ? 薬草の森が住家なんじゃなかったっけ?」

「……、」

 漸の言葉に胡弓の表情が少し強張った。

 まるで嫌な事を思い出した様な表情。

 何かあったのだろうか? と漸は少し心配になる。

 すると、胡弓が重い口を開き、こう言った。


「実は、いつもみたいに薬草の森で寝てたんだけど、突然そこに怖い妖怪が襲ってきて……、」

 震える声で言う胡弓の表情が見る見る内にいまにも泣きそうになってくる。

「そうか、解った。

じゃあ安全な場所に行こう」

 あ、ヤバい泣く!? また泣かれたら妖怪とか寄ってくるんじゃないか!? と漸は内心焦りつつ胡弓を宥める。

 すると胡弓は頷き、泣くのは止まったみたいだ。

「安全な場所って、里?」

「ああ、里なら俺の知り合いが二人程居るからどちらかに匿って貰えば暫くは安全な筈だ」

「その人って、怖くない……よね?」

 すると胡弓が不安げな表情で子犬の様に首を傾げる。

「大丈夫だ。

悪い奴じゃないさ、じゃあ行こう」

「うん」

 漸の言葉に安全したのか、胡弓の表情が真っ暗な場所を小さな光で照らした様に少し明るくなる。

 そして、二人は(恐らくだが)里の方角へと歩きだす。 ずっとここに居たら妖怪に襲われた場合かなり危険だ。

 妖怪である胡弓が襲われる確率は低いと思うが、今の環境ではそれも確信出来ない。 漸は早く此処から立ち去りたかったのだ。

 だが、そういう訳にもいかない様だった。

「人間みーつけたー」

「……!」

 何故なら、二人の背後には既に一人の妖怪が見えない所から近づいていたからだ。

「何処だ!?」

 背後から聞こえてきたその声に漸が一喝する。

 だが、周囲には漸の声が山彦の様にこだまするだけ。

 一瞬、幻聴かと疑うが胡弓が漸の服の袖をギュッ、と握りしめ前方を怯えた様な目で見つめる。

 まるで、前方には誰かが居るかの様に。

(幻聴ではないみたいだな)

 と、 漸は身構える。

 妖怪の視力は人間よりも高い。 胡弓には見えているのだろう、前方から迫って来る妖怪が。

 向こうからは見えるがこちらからは見えない。 まるで盗視で覗かれている様な嫌な感覚だった。

 暫く前方を睨む様に見ていると、目が馴れてきたのか少しずつ見える様になってきた。

 すると、前方からこちらへ向かってくるモノがようやく確認出来る。

「……、」

 小さな女の子。 身長は90センチあるくらい。

 目は血の様に紅く肩辺りまで伸びる白髪は、雪の様に白い。

 そして白色の上着を纏い、白色の足元まで伸びるカーテンの様なスカート。

 一見可愛らしい子供だが、普通の子供とただ一つだけ違う点が一つ。

(くそ、厄介そうだな……大体胡弓と同じくらいの妖怪なのに……)

 それは、妖怪特有のベタリと蛞蝓がへばり付いた様な纏わり付く様な殺気。

 それも尋常ではない。 こんな小さな下級妖怪が持っているモノとは違う。

 周囲は静まり返り、接近してくる少女が歩く度にパキ、パキリと音を立てる草や枝。

 まるで死神の足音の様に思えた。

「ねぇ、男の人の方は人間だよね?」

 白い少女が漸へ密かに微笑み、問い掛ける。

「……だったらどうする?」

「食べる」

  即答。

 やっぱり人食いか・・・・、と漸は自然と身構える。

「俺はお前なんかに構ってる程暇じゃないんだけどな?」

「しらないよ、そんなこと」

 白い少女が小動物の様に首を傾げ無邪気に微笑む。

 ゾワリ、と悪寒が走る。

「ぜ、漸……」

 すると漸の背後の胡弓が涙ぐんだ声で言う。

「ああ、こいつはすぐに倒すからどこかに隠れてろ」

 それに漸は胡弓の頭をポンポンと撫でる様に叩く。

 心配するな、と。

「あれ? 逃げないんだ」

 白い少女は意外そうな声でそう言いながら、

「じゃあ、すぐに食べれるね」

 と、気味悪く微笑んで漸へ向かって走り出した。

「! 胡弓、先に里まで逃げてろ!!

俺はこいつを倒すから!」

「う、うん!」

 胡弓が漸の逆方向へと走ってゆく。

 取り敢えずはこれで、他人を巻き込まずに戦える。

 漸は接近する少女に、素早く袖の中からお札を数枚取り出し、投げる。

 するとそれはまるで手裏剣の様に回転しつつ、弾丸の如く敵へと襲い掛かった。

「そんなの当たらないよ?!」

 すると少女は両手を前方へ突き飛ばし、そこからまるで鮮血の様に鮮やかな色のアメーバの様に不安定な形の妖力の光線を放つ。

 そしてそれは、手裏剣の様に襲い掛からんとするお札をことごとく焼き払い、そのまま漸へと襲い掛かる。

 それに対し、漸は横へ大きく跳び、それを回避する。

 すると宙を斬ったそれは、背後の木に命中し、木の幹をまるで光線などで鉄を切り裂いたかの様に切り口は溶け、真っ二つに切断されていた。

 思わず息を飲む。

 ――こんな小さな下級妖怪が、何故こんな破壊力を持ってるんだ? と疑問を抱く。

 普通なら木の幹が焼け焦げる程度が妥当な攻撃だ。

 だが、そうではなかった。まるで切り口は焼け爛れた皮膚の様にぐにゃりと曲がり、それがもし俺に当たったら? と考えると漸は背筋が凍った。

 今更ながら、後悔する。

(なんでいつもこんなヤバイ奴が相手なんだよ!?)

 本来ならば既に倒していそうな妖怪が、何故こんな力を身に付けているかというと、原因はこの夜にあった。

 それは今空気中に漂う妖怪の殺気。 それにあてられて力が狂暴化したのだろう。

 だとすれば、ただの雑魚同前の最下級妖怪もかなり危険だ。

 里に居る二人の自警団じゃあ防衛しきれないだろう。

(とにかく、まずはこいつを倒さないとな……)

 そう、今は里のことよりも現状をどうにかしない限りは無駄。

 このまま里に逃げても迷惑をかけるだけだ。

「……やるしかないな」

 漸はそう呟くと、悪魔の様な少女へと向かって駆け出した。

「わざわざ食べられにきてくれるんだ?」

 すると、少女は凍りつく様な無邪気な笑みを浮かべ、目の前から全速力で突っ込んで来る漸へ迎え撃つかの様に走り出す。

「……!」

 一瞬。 悪魔は一瞬にして約十メートルの漸との距離を詰めた。

 それと同時に漸は咄嗟に回転する足にブレーキをかけるが直ぐには止まらない。

「いただきま~す」 

「……っそ!!」

 悪魔が口をワニの様にガバッと開き、噛み付かんとした瞬間、漸は咄嗟に右掌を悪魔のこめかみに薙ぎ払うかの様に打ち込んだ。

 すると白い悪魔は小さく悲鳴を上げ、頭から地面へ吸い込まれてゆき、強打。

 ドシッ、と鈍器が地面にたたき付けられる様な鈍い音、それが周囲に響き渡る。

「っ……ぁう゛……」

 白い悪魔は頭を痛そうに抱え込み、フラリと立ち上がる。

 そして、ジロリ。 と漸を睨む。

 恨めしそうに。 確かな殺気を込めて。

「……、」

 背中に嫌な汗がじわりと浮き出ているのが解る。

 後方から流れて来る生暖かい風が氷の様に冷たい。

 こんなに子供が恐ろしく感じた事はないだろう。

「もう怒った……絶対に食べてやるもん!」

 瞬間、目に違和感を感じた。

 視界の端が、黒い。

「な……ッ!?」

 するとそれはまるで、和紙に墨汁が染み渡るかの様にどんどん黒くなってゆき、十秒も経てば、完全に視力が奪われていた。

「なんだ・・・・これ・・・・?」

 この時脳裏に一つの単語が過ぎった。

 「能力者」。


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